49.お、大きいですね
事が終わったと息をついた頃に新たな面倒ごとに巻き込まれるのが世の常である。第一大隊及び賀堂の独立小隊を名指しでガルバニスの生存確認をする命令が下った。また厄介な仕事を押し付けられたとため息をしながら渋々承諾する賀堂たちは現在、ガルバニスを目の前にしようとしている。
野砲、迫撃砲の雨に晒された土地は荒れ果てていた。いや、既に荒れているのは確かだが人工的に破壊されたと言う事だ。ガルバニスと共にいた生物たちの死骸。形を保っている数が少ない。砲撃位置はどうやら正確だったようだ。
第一大隊の指示はガルバニスを囲うように散開行動を取りつつ動き出した場合に備えて機銃の設置、後方からの敵襲に備えてガルバニス班と防衛班に分かれた。
賀堂ら小隊はガルバニス班に振り分けられる。そもそも名指しから防衛班に配属される可能性は薄いのだが。
「動き出したらどうするのでしょうか?」
沙耶の不安は、いや、大隊の不安はガルバニスが絶命していないことにある。万が一、動き出してしまった場合対処する方法が思いつかないのである。
ガルバニスはヤドカリをベースに変異を遂げた生物。そこらに立っていたビル群の様にデカく、人間が持つ小さな小銃では豆鉄砲同然で堅い甲殻に弾かれてしまう。
「祈るしかねぇな。そればかりは……」
いくら長年生きている賀堂ですら対処できる問題ではない。知恵はあるが道具がない。火力がなければ太刀打ちが出来ない。設置する機銃が柔らかい部位に突き刺されば何とかなるかと安直な考えに陥っていた。
「気楽に行こうよ。立ちあがったら逃げればいい。私たちにはどうすることもできないさ」
「癪に障るが致し方ない。おい、賀堂。そろそろだぞ」
背中に弩を背負い、拳銃一丁をぶら下げて歩く舞は気難しい顔をしていた。
「敵前逃亡できる立場じゃねぇんだよ。全く……、本当に面倒ごとだけは困る」
同じく気難しい顔をする賀堂。守護官たる者、最後まで戦わねばならない使命があるからだ。賀堂の場合は渋々請け負っているに過ぎないがそれでも守護官であることは変わりない。
爆撃痕に晒されて残るコンクリート壁を背中にガルバニス地点を観測する。
「……いるな。今は動いていない。他には……一匹もいないな」
ガルバニスはいた。まるでくたばったかのように地に伏せている。現在の地形はガルバニスを中心に円状に平地になった場所だ。大隊も合わせるように円状に散開し機銃を設置し、大気中である。
背中の貝殻は砲撃が直撃した結果の穴が開いている。巨大な爪も同様に穴が開きひび割れ、青紫色の毒々しい体液が流れ出ていた。
合図がでる。
賀堂を先頭に舞、沙耶、綾崎の順番で感覚を取りながらゆっくりと進む。何も起こらない。ガルバニスは動かない。
「お、大きいですね」
目の前にすると見上げる大きさ。名古屋の壁を破壊することにも納得できる爪の大きさ。そして感染生物の成長を驚きと共に人間の知らない所で変異を重ねていることに恐怖すら感じる事だろう。
賀堂小隊、及び大隊がガルバニスのゼロ距離で包囲。つまり戦果を誇るようにガルバニスに乗って高らかに自分の武功を叫ぶ者が出ているということだ。
「馬鹿か。そんな事で誇りおって」
「まぁ、そう言いなさんな。君と違って初めて一生に一度とない大きな戦闘だからね。誇りたくもなるさ」
舞は口では言うが安堵をしているのかほころんでいる。気持ちは分からなくもないというころだ。
「このまま……ってわけにもいきませんよね。これってどうするのですか?」
沙耶はガルバニスを指さしながら賀堂に尋ねる。
「後々の研究材料になるからばらして名古屋に運ぶらしい。後は俺らの仕事じゃねぇ」
賀堂も爪の部分に触れる。ザラザラとした表面、刃は長年、犠牲になってきた人間や生物の歴史を物語るようにこびりついた血の黒い痕。生きるとはいえ多くを殺してきた。人の何も変わりはしない。
「さぁ、行くぞ。俺らは独立小隊だ。仕事が終わったら帰る」
賀堂らはガルバニスから機銃を設置する地点まで離れた。周囲にいる軍人もようやく終わったと喜びあっていた。
束の間、怒号が響く。賀堂は振り向いた。ガルバニスが動き出す。
瞬間、爪を周囲に薙ぎ払う。瞬きをした後には人の残骸だけが残った。
「ガルバニスが動き出すぞ!」
軍人の表情は一転する。機銃兵は配置に戻り射撃を開始。僅かな配備だが迫撃砲も飛んでいく。
「次から次へと面倒なことばかり起こりやがって! 沙耶は残れ。さすがにてめぇは連れていけねぇ。綾崎の援護でもしてろ」
「……分かりました」
状況が状況だ。沙耶は頷くだけであった。賀堂と舞は装備を確認後、ガルバニスに向かい走っていく。
「では沙耶ちゃん。僕らも仕事をしようではないか」
残された沙耶を気遣うように肩を叩いた綾崎。ニコリとする。
「ところで綾崎さん。私は何をすればいいですか」
「とても簡単な仕事さ。僕がガルバニスを狙撃する。君が観測をしてくれ。どこら辺に当たったとか言ってくれればいいさ」
「はぁ……、簡単?」
疑問は残るが時間がない。従うほかないだろう。綾崎も準備をするため見晴らしの良い場所へ移動し狙撃準備を行う。
沙耶は隣で渡された双眼鏡でガルバニスを見る。四方八方から弾丸と迫撃砲を撃ち込まれる。地響きがする怒号を発しながら必死に爪を振り回す姿。見るたびに背中がゾクゾクとなる感覚。沙耶はその光景を食い入るように眺めた。
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