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【完結】終末世界の不死商隊  作者: 稚葉サキヒロ
名古屋軍討伐隊
44/63

41.……限界か

 息をつく暇がないほど敵が押し寄せてくる。もう援軍が来ることはないと悟り退却の時を見計らっている。レザーコートを羽織った少女は冷たいコンクリート壁に背を預け、弩に矢を装填すると巻き上げ器を回した。

 瓦礫の隙間から外の様子を覗いた。怪物どもは目視できない。今ならいけると、目の前で負傷した男を引っ張る。身長差から上半身を両手で持って引きずるのが精いっぱいだ。



「ぼ、僕を置いていけ。舞だけでも……逃げろ」

「うるさい! 私を助けに来たかと思えばお前が倒れるとは……。なぜ戻ってきたのだ!」



 右足から大量の血が流れる男……、風間は止血を施しているがそれでも止まる様子はない。      

 舞は危機的状況化でも笑顔を絶やさない若造の風間が正直、気に入らなかった。確かに一人、残り仲間たちの盾になったのはいいとしよう。どうやって逃げようかと模索している最中に風間が這いつくばって戻って来た時には度肝を抜いた。



「僕は隊長だ。皆を守る義務がある」

「そのせいで私が苦労しているのだ。見切りをつけて見捨てればよいものを……」



 舞らがいるのはビル群の中でも一番高い建物。初めは上階で応戦していたが脱出をするために徐々に階を降りていた。現在は2階で外の様子を見る。

 大丈夫なように見せかけている風間の出血はひどい。徐々に意識が朦朧となっている。



「おい、風間! ちっ、まずいな」



 目を閉じてしまい息も浅くなっている。強行突破をしてでもこの場から離れないと手遅れとなってしまうだろう。



 再び様々な動物が変異した怪物らが襲ってくる。舞は弩を構え狙いを定め放つ。着弾と同時に爆発を起こし周囲を肉片と化した。

 舞が使用する矢の先端には自身が開発した衝撃と同時に爆発する爆弾を取り付けている。その弾数もあと数える程度だ。



 舞は必死に風間の体を引きずる。絶対にこの男だけは助けると心に決めているからだ。『青風』の大半が入隊に反対した中で唯一賛成した珍しい人間。当然、風間は舞の噂を知ってのことだ。



「……っく。こんな時にか……」



 舞は体の気だるさを感じた。スリーパーとしての眠気がやって来た。一度眠ってしまえば自然に起き上がるまで目を覚ますことのない呪い。眠りたくない時でも眠ってはいけない時でも関係ない。しかし、今は眠るわけには行かない。舞には風間がいるからだ。



 ようやく一階にたどり着くと鼻が曲がりそうになるほどの血なまぐさい匂いと火薬の匂いだ。罠に引っかかった怪物どもが至る所に転がっている。

 後少しで外に出られる。そう思った時だ。



「ガルラァァァ!!」



 うめき声と共に肉片の塊の中から犬の怪物、ヘルハウンドが飛び掛かってきた。舞は腰のホルスターから『H1-獅試』を改造した『HS-連奏』を取り出すと3発打ち込んだ。脳天に弾丸を食らったヘルハウンドはぐったりと倒れる。



「ハァ……ハァ……、もう少し……」



 装弾数10発。給弾が『R3-カルセドニー』と似たスライドマガジンの『HS-連奏』を片手に再び風間を掴んだ。気を保たねばすぐにでも倒れてしまいそうな状態だ。瞼が重たいのか時折目を擦る仕草をし始める。

 裏口にたどり着く。鉄扉は長年の風化で外れて地面に突っ伏している。風間をゆっくりと置いてふらつく体を壁で支えながらゆっくりと外を覗いた。



「……いないようだな」



 朦朧とする意識で判断した舞は再び風間を持ち上げるとズルズルと引きずる。なるべく音を立てないように慎重に風間を運び出した。周りは建物の瓦礫に囲まれ身を隠すことが出来る。幸い崩れ落ちていない家屋もある。だが、問題は別にあった。



「……限界か」



 目の前がぼんやりとし始める。うまく前が見えなくなる舞は無我夢中で移動をし続けた。どの方向に進んでいるのか定かではない。でも、あのまま立てこもっていたらいずれ攻め込まれてしまう。せめて風間だけでも逃がすことが出来れば。



 足音が聞こえる。それは複数の音だ。舞は『HS-連奏』を構える。

 獣の唸り声。視界にぼんやりと確認できる人間ではない生き物らしきもの。その個体種をはっきりと認識できない。見渡す限り確かに何かがいると分かるだけだ。



「ここまでか……」



 舞は覚悟を決めた。だが、安々をやられるのも癪に障る。せめて何匹かは道ずれにさせようと銃を構えた時だった。

 頬に何かが飛び散った。生暖かい液体のようなものだ。遅れて感じるのは鼓膜に響く銃声。救援が来たのかと錯覚をした。



「いたよ! あそこだ!」



 あぁ、確かに人の声が聞こえる。鈴の音が聞こえる。少しだけ安堵の心が広がったことだろう。



「大丈夫ですか?」



 フラフラの舞の体を支えたのは名古屋にいた胸のでかい女。近くには風間を抱える黒いジャケットを着る男。そして変な帽子をかぶる女。



「……助けか?」

「はい! そうですよ。私に付いてきてください!」



 舞は手を引かれるがまま走った。鈴が鳴る方向に向かってビルの影を抜ける。ぼんやりとする視界で瓦礫を越える感触を頼りに足を前に出す。



「ん? なんの音だ?」



 男が口にしたとき地響きが鳴る。まだ空高く立つビルに岩のような塊がぶつかった。それも一つだけではない。いくつも目に見えない方向から飛んできたのだ。



「まずい! 走れ!」



 岩は適格に舞が立てこもっていたコンクリート壁の建物目がけて投げられている。だが安心はできない。周囲を倒壊させるように無差別に飛び始めた。



「賀堂さん!」



 舞の手を引き連れていた少女が空を指した。目の前には直撃したらひとたまりもない岩片が飛び込んでくる。それも丁度、少女の真上だ。



 瞬間は訪れた。



 耳鳴りがする音。周囲を粉塵で充満させ視界ともどもに現状を物語る岩クズの山。少女は押しつぶされたと思ってもおかしくない状況だ。



「……舞……ちゃん?」



 だが、少女は奇跡的に無事だった。うまく近くの建物に飛び込んだからだ。いや、手を引き連れていた舞が共に飛び込んだということだろう。その証拠に沙耶の体の上には舞がぐったりと倒れ込んでいた。



「舞ちゃん! しっかりしてください!」

「……私は……もうだめだ。……休ませて……もらう」



 舞はゆっくりと目を閉じた。必死に少女が何かを言っている。それでも、スリーパーの発作には無意味であった。


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