42.アホか貴様は!
密室の小さな空間。唯一の出入り口は塞がれ二階へと上がる階段も崩れ落ちていた。
沙耶は床に座り壁に背を預け小さな体の舞を膝で寝かせる。眠りに落ちてからしばらくになるが起きる様子は見せない。
頭をなでてやると可愛らしく寝言がでる。適合者と言えど体は子供のまま。沙耶よりも随分と小さな体だ。
「……んぅ?」
膝で寝ている舞が目を擦りゆっくりと体を起こした。周りの状況を確認すると沙耶に飛びつく。
「おいっ、無駄に胸のでかい小娘! 風間はどこに行った!」
「むっ! なんか気になる言葉が出ましたが落ち着いてください。話しますから! 服を引っ張らないで!」
慌てだす舞を諭す。沙耶の困り果てた顔に気が付くと沙耶の横に座り同じように壁にもたれた。
「すまない。どうかしていたようだ」
「いいえ。それよりも風間さんですが今頃賀堂さんが急いで運んで行きましたよ。もう、拠点に着いて治療を受けているはずです」
「……そうか、なら良かった」
一息は付くがどうにも心配なのか顔が晴れる様子はない。沙耶も風見の事を心配するが舞ほどではない。何かに取りつかれたかのようだ。
「舞ちゃんは風間隊長が好きなのですか?」
「はぁ? なぜ私が? そうやって何でもかんでも恋愛に結び付けるとはガキだな。今どきの若いもんは飢えているということか」
「口の悪さは何処かの誰かみたいですね。いいですよーっだ。私はまだ若いですもの」
そういえば恋愛らしい恋愛をしていないなと頭によぎるが今はそんなことを考えている場合ではないと立ち上がる。
「舞ちゃんが起きたことですしここから出ましょう。確か適合者でしたよね。塞がれた所をどかせるのでは?」
しかし、舞は首を振った。立つ様子もなく何もしないと主張するようだ。
「やめておけ。確かに私なら時間はかかるが瓦礫をどかすことは出来る。それにこれなら一発だけどな」
立てかけておいた弩をポンポンと叩く。使用する矢の先端は爆弾付きだから約弾と同時に爆風でどかせることは出来るだろう。問題はそこからだ。
「今の状況を見るに。あの、賀堂ともう一人の女は一度戻ったのであろう。となると今ここにいるのは私と小娘、お前だけだ」
「全く、本当に似ていますね。自己紹介が遅れましたが沙耶です。名前で呼んでください」
「それで小娘。ここをぶち開けてどうする?」
沙耶はしばらくと言ってもものの数秒だけ考えて
「逃げます!」
「アホか貴様は! 先の落石が怪物どもの仕業だ。今頃、ここらにはうじゃうじゃいるだろうに。矢もあと3本。拳銃だけで乗り切れる自信はないぞ」
「なら、尚更逃げないと。鼻が利く動物が来たら大変です」
沙耶の言うように鼻の利く生き物は人間の何千、何万倍もの嗅覚を持つと言われている。もしそうであるならば見つかるのも時間の問題だ。
「安心しろ。奴らの鼻は喜ばしいことに退化している。聴覚もそれほど優れている訳ではない。つまり、ここが一番安全と言う事だ」
舞は地面を指さした。適合者として生きている舞が言うのだから正しいのだろう。結局、救援を待つ形になる。
とは言っても二人がまともに話したのは閉じ込められてからで会話は続くものではない。舞はそんな状況を気にしていないのか得物の弩を整備している。
「舞ちゃんは他の人たちとは違う物を使うのですね」
「私は体が子供だからな。一般に出回る銃器は扱えない。だから自分で作ったんだ。手先が器用だったことが幸いしてだな。それよりもお前も珍しい物を使っているではないか」
舞が指さしたのは沙耶が肩から下げている『エムナイン』だった。荒廃世界ではLE以前の武器は貴重品であり高値で取引されるものだ。それに現役で使える物は数少ない。
「賀堂さんにいただきました。あと、これもです」
太ももに着けるホルスターから『H6-改双』を取り出して舞に見せる。
「改双か……、連射性能以外は文句のない拳銃だな。いいものをもらったものだ」
「はいっ! 賀堂さんは優しいですので」
笑みを見せる沙耶は改双をしまった。ホルスターに視線を落としていたのを再び前に向けると舞は沙耶の首あたりを指さしていた。
「前から気になっていたのだがそれはお前の趣味か? お前の近くにいるとリンリンと鈴の音が鳴ってお前とよくわかるが……」
「ち、違います! これ外せないのですよ! でも、最近つけていてもいいかなぁって思っていたりしますけども! 趣味ではないですから!」
「そういうものなのか。最近の若いのはよくわからんな」
小学生ぐらいの女の子に言われるとなると何だか複雑な気持ちになるのをぐっとこらえる沙耶は苦笑いで誤魔化した。
気になると言われ、沙耶も舞について気になることがある。賀堂と綾崎が言っていた『死を呼ぶ悪魔の子』
関わった商隊がことごとく消滅している噂だ。『青風』の清水の言葉を実際に耳に聞き、情報者である綾崎の話を聞いてしまっては噂とは言えないだろう。元より、話が浮上すること自体がその可能性を秘めているのだ。
「……お前は聞かないのだな」
少しの間だけ黙ってしまったことが原因なのだろうか。沙耶が聞きたそうな顔をしていたのか定かではないが舞から話を振る。その言葉に沙耶はどう返答をしていいか言葉が詰まってしまった。




