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依頼編 あの山を追え ④

 神々が集った宴会場には重い沈黙が広がる。


 響くのはそれぞれの担当者たる一柱が平身低頭で伝える現状や、事前の討論で上がってきた対策や、代替手段を提案する神達の声だけ。


 それをただ無言で縁は聞く。


 楠木の肩を座とし、手酌でちびちびと酒を飲みながら、つまらなそうに話を聞いて、一柱が報告が終わると、空になった杯を振って次の神に交代しろと手振りで指図する。


 このまま霊脈の重要な聖地である霊山の一つを欠いていては、さほど遠くない未来に日の本全域に影響が出る。


 いや、数か月ならばどうにかできる。ここにいる全柱が協力すれば戻るまでは耐えられる。


 そんな無理をしては歪みが生じる。それが新たな崩壊を引き起こす、新たな霊山と神を生み出すべきだ。


 それこそ陰陽の均衡が崩れる。今は神代の時代では無い。山体形成のような大規模な儀式をすぐに行える物か。

 

 ある程度の話を聞き終えたあたりで、その体躯にあった小さなとっくりに入れていた酒が尽きたのか縁は杯を楠木の眼前に突き出した。


 片付けろという命令だと受け取り、楠木は懐紙を取り出して恭しく受け取り、軽く拭いてからタブレットケース型の神具を取り出し、収納する。


 楠木の肩を蹴って宙に浮いた縁は下知を下す。



「お主らの話はわかった……妾達が、家出娘を連れ戻してくる。各々はそれぞれが良いと思ったことを、明日の日の出より進めるがよかろう。手が足りぬという話も聞いておる。妾から口をきいてやるから、暇をしている神共を呼びつけてやる。そやつらに手伝わせろこれで話は終わりだな」



 何故こんな簡単なことでこれだけの神が雁首そろえていながら揉めると、呆れの色を隠そうともせず縁は告げる。


 だが神々としてはたまったものではない。


 今は縁と名乗っているがその神魂は最古神の一柱にして父神母神からの覚えも良い天之尾羽張。


 その伝手で誰を呼んでくるか。


 想像するだけで恐ろ……恐れ多い上に、上級神の力を借りるわけに行かない理由もある。



「お、恐れながら進言いたします。天之尾……縁様。我らだけでは手が足りませぬ。ですが我らがどうにかしなければ、かの兄妹神へのお許しをいただけぬのです。かの双子はこれまで霊脈の安定に多大な功績を……」



 長老役らしき古き樹木神が平伏し、何とか考え直しをと申し出るが、



「まったく……この程度で罰を与えると申しておるのは誰だ? 大山津見神か。ならば母を見習って現場に出ろとバカ息子に説教してやろう」



 昔の名で呼ぼうとしただけで不機嫌になった縁の眼光がさらに強まる。


 大山津見神は日の本の山神の頂点に立つ神。


 だがその誕生はイザナギが天之尾羽張でカグツチを斬った際に、こぼれ落ちた血から生まれた神。

 

 縁からみれば数多くいる子の一柱という気安さだ。


 だが宴会場にいる神々からすれば、その気安さは恐怖だ。


 大山津見神に責任を押しつけたと思われかねない。 



「い、いえ! 大山津見神様よりは現世平穏を第一とし、罪だ罰だは後にせよとお言葉を戴いております!」



「ふむ。そうなるとあやつの下の者どもか。大社ともなると面子を気にする者が多いな……ならその者どもに伝えろ。たかだか兄妹喧嘩でわざわざ大げさに騒ぎ立てるな、姉弟喧嘩云々でいうなら天の岩戸に閉じこもった姉と、姉を困らせたバカ弟の方を先に罰せよと。日を隠したことをおもえば、たかだか山ひとつが家出したことぐらい、たいしたことで無かろう」



 あまりの暴論に気の弱い神などは青ざめて血の気の引いた顔になっている者もいるほどだが、縁は気にしない。


 

「第一昔を思えばよくあったことであろうが。力比べで山を動かしたり、うっかり足を踏み外して湖を作ったりなど。慌てる程度の事では無い。今の世は人の子も隠蔽が上手くなっておる。お主らは泰然と構えておれ。立てた計画もどれも悪くない。しっかりと現世のことを考えておる。一つの考えに固執せず、いくつもの手を立てることは良い。褒めてやろう……しかし力が足りぬか」 



 鷹揚に頷いた縁は労をねぎらっていたが、途中でポンと手を打ち、にやりと笑う。



「よし。ならば過去の清算として、喧嘩の原因となった天照と須佐之男。後ついでに仲裁をサボった月読も呼びつけ手伝わせよう。あの3姉弟を部下と思って好きに使うが良い。山体形成だろうが、天地開闢であろうが、それこそ島生みも好きに出来るであろう」 


 

 一言も発せず気をやったのか倒れる者や、ここから逃げ出したいと無言で訴える神々が狂乱状態に入る直前、深いため息が一つ響く。


 今まで黙っていた楠木が深々と頭を下げつつ、縁にだけ聞こえる小声で苦情を伝え、



「縁様。いじめすぎです……神々の皆様方。許可無く発現する無礼はお許しください。今回の事件は明朝まで解決に掛かりません。かの妹神様が訪れた世界は時間流が極めて乱れた世界となります。今の時間の流れは現世で一晩もあれば数ヶ月は経つほどでしょうか。太陽が昇るよりも……天照様が来訪なされるよりも遙かに早く奪還してまいります」



 頭を上げた楠木はゆっくりと立ち上がる。


 これ以上縁のパワハラに付き合わせるのを哀れに思ったとは、さすがに言えないので今からすぐに向かいますと一言断る。


 立ち上がった楠木の肩に戻った縁が、してやったりと上機嫌で笑いながらその耳にささやく。



「ふんたわけが。教えてやっただけじゃ。妾が力を貸してやる神官を侮るなとな……良いか他の神共にも伝えておけ。もし何か妾に用件がある場合は、このでくの坊も常に付き添わせると。これは妾の腰掛けじゃ。拒否などゆるさんとな」



 堂々と楠木をなじった縁は、その足で楠木の肩を蹴る。行きは許したが、帰りはゆるさんとその足の強さが伝える。


 御輿として玉砂利の敷かれた参道のど真ん中を左右を神々に囲まれながら、ゆったりとした足取りで鳥居を通り抜け退出した古い神とその神官を、百柱を超える神々はただただ無言で見送るしかなかった。

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