9 fin.
そんなある日。
神崎家の玄関に、一人の男が現れた。
「夏希を返してください」
裕翔だった。
司がゆっくり振り返る。
「……帰れ」
「帰りません」
「夏希は俺の妻だ」
「彼女はあなたから逃げたんです」
司は黙った。
「そして、あなたに連れ戻された」
裕翔の声が震える。
「夏希は今、どうなっていますか」
その言葉に。
司は答えられなかった。
裕翔が奥へ進む。
「夏希!」
その声を聞いた瞬間。
部屋の中にいた夏希が顔を上げた。
「……裕翔?」
裕翔が駆け寄る。
「夏希!」
夏希の目から涙が溢れた。
「……裕翔」
「迎えに来た」
裕翔が手を差し出す。
「もう大丈夫。帰ろう」
夏希は、その手を見る。
自分をここから連れ出してくれる手。
失った赤ちゃんの父親。
かつて自分を守ってくれた人。
そして。
反対側には司。
自分をここへ連れ戻した人。
自分を傷つけた人。
それなのに。
今、自分が離れたくないと想うひと。
「夏希」
裕翔が呼ぶ。
司は何も言わなかった。
もう。
自分から選択を奪うことだけはしたくなかった。
「……好きなほうへ行け」
司が言った。
「俺がお前の人生を決めることは、もうしない」
夏希の唇が震える。
裕翔が手を差し出している。
司はただ立っている。
夏希は二人を見つめた。
そして。
ゆっくりと一歩、前へ出る。
裕翔が息を呑む。
司は動かない。
夏希の手が上がる。
どちらかへ伸びていく。
愛しいあの人のもとに___
つづきがあります。
裕翔→10年越しの愛に名前をつけるなら___過去
司矢→10年越しの愛に名前をつけるなら___未来




