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メイドは厄介事も掃除する!  作者: RayRim


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9話 対決を前に

 出発の時点で既に深夜だったので、旅慣れていないクレアさんをハルカ様がおぶって夜通しで歩き続けた。

 夏の早い夜明けと共に、子爵が休息しているはずの小都市へと到着する。


 焦らずにというのはこれを考慮してだろう。

 おぶさっていたクレアさんは少し眠っていて、かわいらしい欠伸をして目を擦った。


「さあ、対決はすぐですよ。」

「は、はい。」


 リリ様に促され、クレアさんは自分の足で立つ。

 交渉に備えてハルカ様が【洗浄】の魔法で綺麗に洗い、私は速やかに身嗜みを整えて差し上げた。少し着飾るべきかもしれないが、旅装束なのでこれが限度だ。


「やっぱり、小都市は入るのが楽でいいですね。その代わり、治安がよろしくないですが。」


 杖でコンコンと地面を突きながらリリ様が言う。

 これは狙われている合図だ。


「私たちの味方もすんなり入り込んじゃうけどね。」


 眼鏡の位置を直しながらハルカ様が言う。

 気にはなるが、気にしても私には把握できない。

 きっと、2人は魔力の動きとかで事態を把握しているのだろう。この辺が戦える人と、戦えない私やメイプルとの違いだ。

 同じスキルを取っても、性能が異なったり、同時起動できなかったりする個人差はどうしようもない。


「さて、行きましょうか。子爵も『フォレスト・ウルフのように』お待ちでしょうし。」


 ルエーリヴに本拠を置く冒険者らしい言い回しをするソニア様。

 フォレスト・ウルフの見た目はすごく大きい柴犬なのだが、縄張り意識と警戒心が強く落ち着きがない上にすぐ噛む。ただし、柴犬よりずっと大きいが新人や行商人でもなければ手こずる相手ではない。

 人をそんなのに喩えるのは、かなり侮蔑が含まれていた。


 柴犬ということではブラウン・ウルフの方がサイズ感も近い。そっちはヒュマス領でしか見ないそうだが…


「ソニア先輩はちゃんと冒険者なのですね。」

「歳も変わらないのですから呼び捨てで構いませんのに。」

「やっぱりお二人は憧れですから。」

「私と違い、ちゃんと貴族の振る舞いができるクレアさんの方が立派ですわ。」

「ここまで背負われてましたけどね…」

「それはそれ、ですわ。」

「クレアちゃん、軽かったから気にしなくても良いのに。」

「いえ、そういうことではなくてですね…」


 ハルカ様が微妙にズレた回答をするが、クレアさんは深く息を吐いて気を取り直す。

 狙ってるのかどうか分からない掴み所の無さは誰に似たのだろう?


「では、参りましょう。この交渉を勝ち取らねば我が領内に安寧は訪れません。」

「そうですね。一家としても領民が安心して暮らせることに勝る報酬はございません。」

「やっと芽吹いた横断交易路外の発展の兆し。私腹を肥やしたい『古狸』に潰させませんわ。」


 そこは一緒なのかと感心してしまう。

 見た目の印象も狸そのものだし他に言い様は無いかも。


「じゃあ、リーダー。号令を。」

「私ですか!?」


 とんでもないボールをハルカ様に放り込まれてしまう。

 このメンツじゃブッチギリで格下のミジンコだというのに!


「そうですよ。」

「今回のリーダーですもの。」


 元領主と男爵令嬢の2人まで笑顔で言う!

 違うのだ!私にはそんな度胸も能力もないのだ!


「アクアさん、よろしくお願いします。」


 クレアさんまで困ったような笑顔で言う!もう腹をくくるしかない!


「わかりました!わかりましたよ!」


 そう言ってから息を整え言葉を考える…決めた!


「乗り込んでやりましょう。ヴェーラ領の安寧と美味しいお昼ご飯を食べる為に!」

『おー!』


 出入都市管理所(にゅうかん)の前で声を上げて拳まで突き上げる私たち。

 クレアさんまですっかり染まってしまったようだ…




 子爵の足取りを掴むのは実に簡単。

 この大陸で最も足が速く、ライトクラフトレースで優勝したこともあるハルカ様が、()んだり跳ねたりすれば文字通り秒で見つけられる。

 既にここは一家の狩場となっていた。


「では、参りましょう。」


 出来る限り身嗜みを整えたクレアさんを先頭に、宿泊している市長邸を訪ねる。


「おい、何の集まりだ。」

「父、ヴェーラ男爵の名代として、娘のクレアが子爵様との交渉に参りました。」


 そう言って、衛兵に男爵の紋章を見せる。

 家紋とは違い魔王陛下に下賜された物のようで、これを出されては無下にできないだろう。

 これを使う状況が想像できないが、ソニア様も持っているのかな?


「わ、わかりました!少しお待ちください!」


 高圧的な態度で追い払われることも考えていたが、流石にそれはなかった。

 衛兵が大慌てで入っていくと残った一人がまじまじと私たちを見る。

 女ばかりだから下卑た視線で見てるんでしょ!と思ったが、視線はソニア様の棒と手、リリ様の長杖と手に向いており、戦闘力を測っていたようだ。なんかすみません。


 慣れない状況に、考えや推測が空振りし続けているのを反省していると報告に行った衛兵が息を切らして戻ってきた。

 重装だけどそこまでのことだろうか?


「お、お入りください。中で別の者がご案内いたします。」

「わかりました。」


 こういう時はちゃんとエスコートすべきでは?とも思ったが、格下かつ敵対派閥だからだろうか。

 こちらを窺う衛兵らにただ見守られ…いや、見張られて私たちは前庭を通り過ぎ、開けられた玄関へと入り込んだ。


「よくお出で下さいました。父はこちらです。」


 出迎えたのはクレアさんとの許嫁を持ち掛けられたぼんぼんタヌキ。

 人は良さそうでも北部の貴族の端くれ。油断はならない。


 ぼんぼんタヌキに案内されて屋敷の中で最も大きな扉の前にやってきた。


「ご丁寧にありがとうございます。」

「い、いえ。父上、男爵の御令嬢をお連れしました。」

『入れ。』


 不機嫌そうな返事を聞き、ぼんぼんタヌキが扉を開けた。

 中はそこそこの広さでそこそこの家具が揃えられていて、都市の規模相応の部屋である。ちょっと掃除が足りてない気はするが。


 子爵にやや疲労の色が見えるのはなぜだろう?


「すんなりとお会いしていただけるとは思いもしませんでした。」

「白々しい。」


 クレアさんに被せ気味に吐き捨てるように言うが、すぐ周囲を警戒する。

 いったい何があったのだろう?


「道中、大変手厚い歓迎でした。あれだけの者を雇うのも安くはなかったでしょう。まあ、不要な出費であったと言わずにいられませんが。」

「何のことか知らんな。この『半耳』が…!」


 他のエルフに比べて耳が短いのが西方エルフの特徴だが、この罵倒は珍しい。まあ、西方エルフ自体が長年鎖国していたこともあり、あまり領外に出て来ないというのもあるが。


「子爵様いけませんよ。この方は西方エルフ第2位の前オラベリア領主のリリ様。公爵様ほどの地位ならともかく、私たちにこの方を罵るなど許されません。」

「な、なんだと…」


 ソニア様に窘められ、ようやく相手が誰なのか知ると、子爵様の顔が青ざめていく。

 第2位という規模の領地はそれほどの地位だ。

 子爵レベルが正式な外交の場で罵倒など許される相手ではない。特にオラベリア領は多くの地域、勢力との繋がりが強く、武力で脅せば逆に捻り潰されるような相手である。


 内乱で崩壊寸前に陥った西方エルフ領。

 それをいち早く治め、復興を諦めた近隣を吸収する形で拡大したリリ様の手腕は誰もが認めていた。


「大げさですよ。相手がどのような地位であろうと、そのような無礼は許されませんから。」


 徐々に感情が失せていくようにリリ様が告げると、子爵は『ゴクリ』という音が聞こえてきそうな表情になった。

 リリ様と一家の繋がりはオラベリア領に近い事もあり、知っているのも当然だろう。

 そして、リリ様自身の強さも。


 毎週のように、自称後継者を全て自身の力で捻じ伏せた逸話は大陸中が知っている。私が本にして広めたのだ。


 そのリリ様が杖を持ち上げた瞬間、


「ここは我が領地だ!何者だろうとワシに歯向かうなど許さぬ!」


 子爵が中腰になって怒鳴り散らす。

 だが、クレアさんもリリ様も怯まない。

 リリ様は何事もなかったかのように長杖を亜空間収納に片付けた。ソニア様もそれに倣う。


「では、穏便に交渉を始めましょう。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますよ?」


 両の手の平を見せ、無害であるとアピールする。

 

 これは相手を怯え、困惑させ主導権を握るためだとバニラ様から仕込まれた手法。短い練習も見ていたが、まさかここまできれいにハマってくれるとは思いもしなかった。


 クレアさんが2人が対面で話すのにちょうど良いテーブルの席に着くと、リリ様がその後ろに立つ。

 私とソニア様は部屋の隅に立ち、そこから見守り続けるだけ。


 ヴェーラ領の行く末を決める交渉が始まった。

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