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メイドは厄介事も掃除する!  作者: RayRim


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10話 再交渉スタート

「本日は改めて河川の拡幅、改良工事についてお話に参りました。」


 幼いながらも、凛としたという言葉が相応しい姿勢でクレアさんが切り出す。

 その姿は、ディモスが人間より3倍以上の長命ということを思い出させてくれた。


「クレア嬢が自ら(せがれ)と婚姻を結んでくれるとはな。」

「その件は重ねてお断りいたします。その代わり」

「話にならん。」

「そちらにとって良い」

「他に交渉の余地はない。」

「河川利用の利益の100%を献上いたします。」

「……なに?」


 流石に子爵の態度が変わる。

 腕組みをして断固譲らない態度であったが、この条件はとても跳ね除けられないようだ。


「何もせず、懐を痛めることもなく、河川の改良工事が行われ、当領地で生まれた利益まで得られるなんて大変良い話だと思いませんか?」

「……」


 これには子爵も黙る。

 当然、裏が無いか疑念に思うに違いない。私だってこんな条件に安々とは乗れない。


「こちら、当領地の地図となります。献上するのはこちらの流域の利益。」


 リリ様が亜空間収納から地図を出して広げると、クレアさんが指でなぞる。

 それは大工事をした川の本流で都市内全域だ。本当にこんな条件で交渉しても良いのだろうか?


「二言や約定違いは無いな?」

「ございません。」


 互いに目を見て言葉を交わす。

 色々な戦闘を越え、目撃してきたが、それらに勝るとも劣らない火花が両者の間で散っているように見えた。


「だが、これでは足りぬ。我が領内で好き勝手に工事を行うというなら更なる見返りが必要だ。」

「利便性が増すのにですか?」

「メンツの問題だ。ただ、川の工事のためだけに越境を認めるなど笑い者になる。」


 川の工事を過小評価するような物言いにムカッとするが、察したソニア様に袖を引かれて心を落ち着ける。

 そう、これは言葉による戦いで、両者の心の内、手の内の探り合いなのだ。メイドである私が取り乱してはならない。


「分かりました。では、そちらの領内に橋を架け、街道の整備も行いましょう。ただし、街道整備はこちらの伝手を使わせていただきます。」

「了承しよう。」

「では、こちらに互いの署名を。」


 リリ様が追加の条件を書き加えた紙を2枚出すと、それぞれが署名を行い、交換してもう一度署名した。

 これで同じ内容の紙が2枚、それぞれの手元に残るはずだ。


「では、わたくし達はこれで失礼いたします。一刻も早く工事に取り掛からなくてはなりませんから。」

「そうか。重ねて言うがくれぐれも約定を違えるな。男爵領などすぐに潰せるのだからな。」

「子爵様も反故にしませんように。裏切り者には領民共々、結束して立ち向かう覚悟ができておりますので。」

  

 小さなクレアさんの圧、というより覚悟を前に子爵はそれ以上、言葉を返せなかった。

 ポカンと見ていたぼんぼんタヌキだが、クレアさんが目の前まで来て立ち止まるとハッとする。


「し、失礼しました!玄関までご案内しますね!」


 大慌てで扉を開けると、来た時と同じように玄関へと案内された。

 玄関の扉を開いたところでぼんぼんタヌキが呼び止める。


「クレア様。」

「クレアで構いませんよ。歳も近いですし。」


 オドオドしてるぼんぼんタヌキと違い、クレアさんはまだ緊張や臨戦状態から抜け切れない様子だ。


「あの父を前に全く怯まず、交渉をやり遂げるなんて感激しました。僕もクレアを見習って精進いたします!」

「でしたら、領内問題に目を向けてください。それだけで心持ちは大きく変わりますから。」


 そこまで言ってクレアさんは大きく息を吐く。


「あなたと婚姻を結ぶつもりはございませんが、意見を交わすくらいはしてもいいですからね。」

「…は、はい!」


 オドオドしていたぼんぼんタヌキの表情がパッと明るくなる。クレアさんも実に罪な女だ。

 次の題材はこれにしようか?


「ダメですわよ。また、フロリアーナ様から笑顔で呼び出しを喰らいますからね。」

「わ、わかってますよー」


 ソニア様に釘を刺されてしまう。

 

 偉い人絡みをネタにすると、国外から怖いお叱りが笑顔でやって来るので無茶はできない。

 以前、メイド一同、一晩正座でお説教の刑を喰らって懲りていた。何も知らないカトリーナさんからも、おかわりまで喰らうハメになったし…

 

「そういえば、ハルカ様は?」

「最初からいませんでしたわね。外を見ているのでは?」


 ここで姿が見えないということは、私たちから離れて何かしているのだろう。

 まだ、見えない所で何か動いている気がした。


「では、また会いましょう。その機会はすぐかもしれませんが。」

「はい!」

『おぉ』


 クレアさんが手を差し出すと、ぼんぼんタヌキはすぐに握り返す。

 その光景に私たちは思わず声が出てしまい、2人から怪訝な表情を向けられた。


 若い者同士が、まだ定着していない握手を、当たり前のように交わしている!その様子が既に新時代の到来の象徴だ!

 やはり、この光景は絵にしておかねばなるまい!私も、絵もフロリアーナ様預かりになってもいい!!


 スキルを総動員して脳裏に焼き付いた光景を迅速にスケッチブックへ描く。

 この前庭という場所も悪くないではないか!


「いやあ、ついてきて良かった良かった。」

「ディモスの鑑ですわね…」

「私の使命みたいなもんですからね。」


 とりあえず下描きは出来た。完成はルエーリヴに戻ってからにしよう!


「では、すぐ帰りましょう。職人の方々もお待ちでしょうから。」

「そうですわね。」


 門外へ出ると、来た時に比べて通行人の数が増えていた。小さな都市ではあるが萎びた都市ではない。

 整備して、商人や職人を誘致すれば発展できる余地は十分にありそうだ。


『クレア・ヴェーラだな?』


 不意に声が掛かり、全員が足を止める。

 白刃が閃くのが見え、私は慌ててクレアさんを抱き締める。

 非常に高い防御性能を誇る高性能メイド服。

 だが、その防御力、耐久性を上回る一突きが私の身体に刺さる。


「ぅぐっ!」


 痛みに息が詰まり、刺された場所が熱く感じる。

 無言でもう一突きされるが、鈍い音と共に私の服を掴んだ手が離れて3度目はなかった。


「アクア!」

「…っぁ…ハァ…クレア、さんは、だいじょう、ぶです…」


 身体は薄いが私だってヒガン一家の一員で、転生だって果たしている。

 ただの人よりずっと丈夫だし、この程度で死にはしない。

 それでも、泣き出したいくらい痛いが。


「ああ…ああ!」

「だ、大丈夫ですよ。ただ痛いだけですから…」


 クレアさんを安心させる為にすぐに止血くらいしたいが、敵がどれくらいいるか分からない。

 この小さな身体を離すわけにはいかない!


「私が指揮します!ステップ4!」


【インクリース・オール】【バリア・オール】【シールド・スフィア】


 リリ様が宣言すると即時に魔法を掛け、戦闘態勢を整える。

 多くの通行人が悲鳴をあげて逃げ出す中、それを薙ぎ倒したりしながら私目掛けて何人も襲い掛かって来た。


 だが、リリ様の防御魔法は突破出来ない。


「ち、血が…」

「だい、じょうぶですから…」


 膝に力が入らず、クレアさんを押し倒しそうになる。

 

 だめだまだたおれるな


 厳しい訓練を何年も続けて来たのはこういう時のためのはず。護衛対象を不安にさせてはいけない。

 だが、私ではこの状態で高度な魔法は使えない…


「ハルカ!」


【春霖】


 リリ様が名前を呼ぶと、ハルカ様の魔力が瞬時にあちこちに現れては消える。

 だが、敵はそれだけじゃない。どこからか分からないが、矢が射掛けられた。


【シールド・スフィア】


「リリ様、アクアを!」


 ソニア様が防御魔法を展開すると、すぐにリリ様が私に駆け寄って治療を始める。

 男爵様の件があったからか、【洗浄】【浄化】を掛けてから【リザレクション】を使う。

 すぐ痛みは引くが、身体に力が入らない。

 気が抜けたような感覚に陥り、クレアさんを抱き締めたまま横に倒れてしまった。


「これを。」


 倒れたままポーションを飲まされる。

 まさか、自分がこんな目に遭う日が来るとは思いもしなかった…


「戻って殴り込みに」

「ダメです…やめてください…」


 怒り心頭な様子のハルカ様に頼み込む。


「メイドが一人、ケガしただけです…たいしたこと…ありませんから…」

「でも、大事な家族が!」

「お心遣いだけで十分です…せっかく、話がまとまったんです、から…」


 倒れたまま、ハルカ様に手を伸ばす。

 ここで力尽きるわけにはいかない。ちゃんとヴェーラ領に戻らなくてはいけない…

 手を借りて立ち上がろうとするが力が入らない。


〈告知。出血によって身体能力が著しく低下。長時間の休息を推奨します。〉


 召喚者特典のサポートが、視界の隅にポップアップして状態を伝えてくれる。

 旦那様特製の強力なポーションを使っても失った血まですぐには戻らない。だが、それでもここで倒れたままではいられない。クレアさんが自分のせいにしてしまう…


「少し支えて下さい。」


 ハルカ様とクレアさんにお願いして、ライトクラフトを亜空間収納から出す。

 身体能力が落ちているなら魔力で支えれば良い。きっと旦那様もバニラ様もそうするはずだ。


「これならいけます。」

「…うん。」


 手を貸して下さったハルカ様を納得させ、背筋を伸ばす。

 身体をわずかに浮かし、エアロジェットで移動する程度の制御。これなら戦うよりずっと簡単。歩くよりずっと楽。


 ソニア様が防御魔法を解除する。

 たくさんの矢が落ちているが、全て防ぎ切ったようだ。


「急がないと。みんな次の仕事を待ってるんですから。」


 出来る限り元気いっぱいに言ったつもりだが、思ったほどできていない。


「分かった。じゃあ、ここ出たら私がアクアとクレアちゃん抱えて飛ぶよ。」

「そうしてください。私たちもできる限り速く追うので。」


 方針が決まり、急いで都市を出ることにする。

 

 出都市手続きをしていた後はよく覚えていない。

 気が付いたら、あの使用人室のベッドの上だった。

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