表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/20

7.同じ中学で今は隣の席の子のことを、俺はあまり知らなかった。


「だからさ、アンタは期限を決めてた方がいいって話ね」



 姉の助言から、俺は有馬奈緒との関係性を見直そうと決めた。

 本当にアプローチを受けているとしても、俺の勘違いだといしても、俺はもっと有馬奈緒を知りたい。素直にそう思った。


 有馬奈緒。俺と同じ、鷹矢中学校出身で三波高校に進学した。女子テニス部所属。部活の成績は良かったはずだ。学校の成績も悪くはないが、得意不得意で差があるタイプ……だった記憶がある。

 誕生日は、確か冬? そんな話を聞いた気がする。

 性格は明るい。明るくてーー明るい。


 ……ちゃんと考えてみると、同じ中学と言っても知らない事ばかりだとわかる。


 とりあえず、俺は友人である府中青葉と中山皐月に有馬奈緒の印象を聞くことにした。俺と同じく2人とも有馬奈緒とはクラスメイトだ。

 2人は、うんうんと唸りつつも答えを出そうとしてくれた。


「そう言っても、大塚の方が仲いいと思うけどなぁ」

「とりあえずいろんな角度から話を聞きたいから、大丈夫だ」

「……部活中の有馬は、普段の感じと違って熱入ってるって感じだけどな。県大会入賞もしてるし、ザ・実力派って感じだ。まぁ、でも圧はないから絡みやすいよな」


 最初に答えたのは府中だった。男女の違いがあれど、府中は有馬奈緒と同じテニス部だ。女子とめったに話さない府中が「圧が無いから絡みやすい」と言うのは、珍しいと思う。でも、言いたいことは分かる。有馬奈緒には圧が無い。いつだって明るくてのほほんとしている。

 しかし、有馬は部活の時はあののほほんとした感じが消えるのか。それは新発見だった。部活が違う俺は、一生知りえなかっただろう。

 感心した俺と同じように、中山も頷いていた。そして何かを思い出したかのように声を上げる。


「あー、でも、俺最初は、有馬さんは男嫌いだと思ってた」

「男嫌い?」

「女子のコミュニティから出てこないし、対応も塩っぽいし」

「塩?」


 思わぬ中山の言葉に俺は首をひねる。府中の言ったような部活に真剣な有馬奈緒は想像できるが、男子に塩対応する有馬奈緒は想像できない。誰に対しても明るく爽やかな対応をするタイプじゃないか?

 怪訝そうな俺に対し、中山は慌てた様に手を振った。


「いや、最初だけな。お前の友達ってわかってからは対応も柔らかくなったし、人見知りだったのかなって今は思ってる」

「そうか、人見知りか」

「……中学から一緒だから、大塚は感じなかったんだろ」


 中山と府中から謎のフォローが入る。

 そして府中は、“人見知り”という言葉に心打たれるようであった。ギっと眉をひそめる。


「……今まで考えたことなかったけど、俺も人見知りかもしれない。ほんと、女子との会話ってむずいよな。何話していいか分かんねぇ」

「彼女もちが何言ってんの?」

「彼女は……幼馴染だから。何話していいかは困らない」

「別に関係の薄いクラスの女子だろうが、基本的には彼女と話す内容と変わんないと思うけどね」


 むっつりと告げられた府中の言葉に、中山のツッコミが入る。

 しかし俺は、ツッコむよりも先に気まずい感情が心に浮かんだ。

 府中には幼馴染の彼女がいるが、クラスメイトの女子との対応が上手くいかず、影でろくでもないあだ名をつけられている。まぁ、本人はそのことを知らないはずだが。


 俺から会話の話題を振ったが、俺はそのまま空気を消して、府中と中山の漫才のような会話を聞いていた。



×   ×   ×



 次に俺は、同じクラスで同じ部活の樫山凛子に話を聞くことにした。ちなみにこいつは、府中に“いがいに”というろくでもないあだ名をつけたギャルグループの一人だ。見た目は黒髪三つ編みのThe・優等生といった風だが、しゃべり方がゴリゴリにギャルだ。


 久しぶりのボランティア部では学校周辺のゴミ拾いが行われていた。既にゴミ拾い開始から1時間と少し経っており、そろそろ終わりの時間だった。周りの生徒も雑談している。俺は、樫山が1人になったタイミングで自然に近づいた。


「集めたごみどうした?」

「んー? 今、加奈子たちが聞きに行ってる」

「そうか。……俺もここで待ってていいか?」

「いいよぉ」


 俺はごみの処理をどうするか悩んでいるふりをして、樫山の隣に並び立つ。

 学校周りの景観は緑にあふれて綺麗なものだが、よく見るとゴミは少なくない。花壇の間に捨てられている煙草を見ると、苦々しく感じる。いい大人が学校周辺の花壇に煙草捨てるなよ。まさか校内に吸っている奴はいないはずだが、こんなことから全校集会とか嫌だぞ。


 足元のたばこから遠くを走る陸上部へ視線を移しながら、俺は樫山に話しかける。


「樫山さんって有馬さんと仲いいのか?」

「え、何?」


 思いっきり眉をひそめられた。まずい。キモがられただろうか。

 繕うように、俺は言い訳を続ける。


「いや、同じ中学だから気になって……俺たちの中学からの進学者は俺と有馬の2人しかいないから、最初の方に気に掛け合うように言われてんだ。先生から」

「あー、浮かないための配慮ってやつ? でも、もう2年生も中盤過ぎたし気にすぎじゃん?」

「……うん。そうかもしれないな。悪い、変な事聞いて」

「ま、安心しなよ。アタシ、別にいじめてないし」

「そう言うことを心配してたわけじゃないがーー」


 樫山に言ったことは嘘ではない。1年の初めに担任からそのようなことを言われていた。

 だが、言い訳は言い訳だ。

 しかし、俺のとっさの言い訳でも樫山は納得したようで、先ほどの訝しげな表情から一転、ニコニコとした表情になり、俺が促すまでもなく有馬奈緒について語り始めた。


「奈緒は変わったとこあるけど、別にクラスで浮いているとかないよ」

「変わったとこ?」

「まっすぐ行き過ぎるところあんじゃん?」

「あぁ」


 心当たりがありすぎる評価だった。有馬奈緒は進むと戻れない性格だとは俺も思う。

 友達とのコイバナだとしても「好きな人の話」が「彼氏の話」になった時点で、いや、なる前に訂正すべきだ。本人が楽しかったという点があっても、止まれなくなる性格というのは納得できる。


「好きなこと話始めると、止まんなくなるし……あれ、ビビるよね~」

「あーうん。勢いがすごいよな」

「でも、奈緒は顔もいいから、ちょっと変なとこがあっても丸く収まるんだよなぁ」

「……うん?」


 樫山のボヤキに俺は眉をひそめる。ここから有馬奈緒の悪口を言う流れになるか? それは、あんまりいい気はしない。と言っても、普段からズバズバいうタイプの樫山からしたら悪口を言っている感覚はないんだろうが。

 しかし、俺の想像とは違い、樫山は有馬の悪口を言わなかった。

 樫山は寂しげな表情で呟き始める。


「中学んときは少しでも浮くとダメな感じになっちゃうけど、高校になると結構大人な対応になるよね? それ感じるたびにちょっと無理して受験してよかったって思った。かなり無理してないとこもポイントね」

「どういう意味だ?」

「バカばっかりも頭いい奴ばっかりも、ダメって話。おんなじ知能レベルが一番生きやすいんよ」

「樫山? それって――」

「リンコ~? あ、大塚もいんじゃん! ゴミの事聞いてきたよ」


 俺が声をかけるより先に、他の部員たちが戻って来たので、そのまま話は流れた。

 集められたごみは想像より少なかった。でも、水分を含んでいて汚かった。



×   ×   ×



 最後に俺は、有馬奈緒と同じ部活で仲がいい神田咲良に話を聞くことにした。

 今は違うクラスだが、俺と有馬奈緒と神田咲良は1年時にクラスが一緒だった。また彼女は読書家で、同じく本好きの俺と図書室で度々一緒になるのだ。と言っても、話をしたことは数えるぐらいしかないのだが。

 その所為か、神田は俺が話しかけたことに対し、戸惑った様な反応を見せた。


「……部活での、奈緒の様子?」

「あぁ。最近、授業中によくウトウトしているから、少し心配になってな」


 本当でもないが、嘘ではない。有馬奈緒は普段から居眠りが多いタイプだ。

 神田は俺の適当な物言いに納得し、軽く首をひねった。


「まぁ、奈緒はうちで一番テニスうまいから、練習に熱は入っているかな。先生の指導も一番きついし。……あぁ、愛あるキツさって感じだよ。先生になじられているわけじゃない。奈緒も受け入れているから、部活の空気もそこまでしんどくなってないし、奈緒の口から愚痴も聞いたことない……でも、奈緒も大会で勝ちたいってよりはテニスが好きって感じだから、自分も思ってない所でストレスたまってるのかな?」

「なるほどな」

「うん。だから授業中に寝ているのは部活もあるだろうけど、色々な複合要因だと思うな。通学時間も長いし」

「それは、身をもって知ってる。……そう言えば、テニス部は神田さんが部長になったんだっけ? 世代交代してからもうひと月ぐらいになる?」

「あーうん。テニス自体はそんな上手くはないんだけどね」


 神田さんは気まずげに瞼を伏せた。

 あまり良くない話題だっただろうか。俺は運動部だったことが無いのでよくわからないが、やはり部長になるのにあたって大会成績は気になるのだろうか。

 俺は空気を変えるべく、柄にもなくわざと明るい表情を作った。


「まぁ、大丈夫そうならよかった。有馬さんがウトウトしてたら、遠慮なく起こすわ」

「あははっ そうしてあげて」


 神田はコロコロと笑うと、借りる本を決めて図書室から出ていった。1年の頃はショートカットだった髪はだいぶ伸びており、結べそうなくらいになっていた。歩みに従って彼女の髪が跳ねるのを、俺は後ろから見送った。



 4人から有馬奈緒の話を聞いた結果、あまり有馬奈緒の事は分からなかった。

 納得したことは、部活に熱心だということ。

 意外に思ったのは、彼女に人見知りの気がありそうなところ。だが、それ以外は想像の範囲を出なかった。


 それよりも、みんな色々考えて生きているんだなってことを、短い会話から感じ取った。

 異性との会話の距離感を悩む者。

 人間関係について悩む者。

 部活での能力について悩む者。



 なんか難しいな。俺は適当に生きすぎなのだろうか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ