6.姉の自己肯定感の高さを、俺は杞憂してしまう。
今日は女性の愚痴を延々聞いている気がする。
「でさ、バ先の店長がさマジだるくてーー」
「私も最近の保護者が口うるさくてねーー」
「親の顔が見てみたいって言葉、めっちゃ実感する! 客もさーー」
「ホントそうよねぇ。怒れない親とか、何考えているんだかーー」
久々に帰省した姉は、永遠に母としゃべり倒していた。俺と父は身を小さくしながら、時折、女性陣からふられる質問とも言えない雑な問いかけに返答する。いつもは母だけがしゃべり倒している食卓は、今日は姉もいるため2倍の勢いがあった。ちなみに母の勤め先は保育園で、姉のバ先はドラッグストアである。
俺は折を見て風呂に逃げようとしたが、立ちあがったタイミングが父と被り、気まずい視線を交わした。考えることは同じらしい。
両親のどちらに似ているかという質問は定番だが、確実に俺は父似だし、姉は母似だ。
結局、風呂を父に譲った俺は、母が洗い物に向かったこともあって、姉と2人でテレビを見ていた。姉は黙るということを知らず、ガヤ芸人よりも早くテレビに対してツッコんだ。
「この女タレント、略奪愛疑惑で炎上してたわ。なんでTVも使うんだろ?」
「……そうだな」
「あ、『キュンキュンさせろ』じゃん。でもこれ原作からだいぶ改編してるらしいよ? まじ、それって実写化の意味あんのって感じだよね」
「ほー」
「ま、原作もあんま面白くなかったけど。そーいやー『すてぃるいんらぶ』も実写映画化するらしいじゃん。アンタにも貸したことあったよね」
「あぁ、アレは面白かったよな。機会があったら見に行こうかな……」
番組が変わる時間の狭間。そのCMは新しく始まった恋愛ドラマのものだった。流行りのイケメン俳優や女優が次々に登場する。『キュンキュンさせろ』も『すてぃるいんらぶ』も姉の本棚にあるし、俺も読んだことがあった。姉の話を聞き流しながらも、その内容は気になったので、少しだけ会話に乗り気になる。
その時なぜか、「自分が置かれている状況を姉に相談してみようか」という考えが俺の脳内に浮かんだ。
俺が置かれている状況。
それは有馬奈緒に謎のアプローチを受けていること。いや、アプローチと言うのは俺の考えすぎかもしれないが、ともかく、俺の隣の席の娘が繰り出す”たぁ君”の話。
姉はノンデリなとこがあるし、色々とがさつだが、人生や人間関係のあれこれは俺より経験があるだろう。姉の交友関係が馬鹿広いことは俺も知っている。それに女性だから、有馬奈緒の気持ちがわかるかもしれない。何か、イイ意見がもらえるかもしれない。
「姉ちゃん」
「ん?」
「あのさーー」
そこまで声を発した所で、俺は声が詰まった。
俺は姉になんて言うんだ?
「なんかクラスメイトが俺の事好きっぽいんだけど、そのアプローチ法が怖い」ってか?
いやいやいやいや。ない。ないだろ。自意識過剰of legendって感じだ。
……ここは秘儀・友人の話を駆使しよう。
「これは友達の話なんだけどーー」
「は? その導入は思いっきり自分の話じゃん。 何? キモイ事せず、おねぇちゃんに言いな」
「……うす」
秘儀は姉に通用しなかった。
俺は渋々詳細を話始める。
「なんか、同級生にイマジナリー彼氏の話をしている奴がいて」
「イマジナリー彼氏?」
「その子は同中の彼氏がいるって周りに言ってるんだけど、俺もその子と同中だから、そんな奴いないってわかってんだ。だからイマジナリー彼氏」
姉は興味なさそうにふーんと鼻を鳴らしたが、話を切り上げる気はないようでそのまま俺に話の続きを促した。
「それでなんか『怖いな』って思って、直接『なんでそんなことしてるんだ』って本人に聞いたんだ」
「え、相手女の子でしょ? 勇気あんね」
「ま、まぁ。……そしたら『本当は彼氏の話じゃなくて、好きな人の話』だって、『好きな人の話がいつの間にか彼氏の話になってて、自分も放置しちゃった』みたいなことを言われて」
「おんおん」
「それが、その……俺なんじゃないかって感じで。彼女の好きな人が俺かもなぁみたいな」
「は?」
姉は混乱したように眉を吊り上げた。口をへの字に曲げ、顎をさする。
自分で言っておいてなんだが、訳のわからない状況だ。でも、これ以上の説明もできない。
俺は申し訳程度に、机の上にあったつまみ類を姉の方に寄せる。
「んー? それってさ、遠回しにその子にアプローチ受けてるってこと?」
「そう、かもしれないって話。でもその子、学年でも美人な方だし、俺が好きな人かって言われると謎ってかーー」
「あ? 自分が一番ぐらいに思っときなさいよ。私は私が一番かわいって思っているから。橋谷環菜や南田恵子がどんなに美人でも、大塚家調べの美少女ランキングは私が常にトップ」
姉はそう言ってどや顔を浮かべた。どこから来るんだ、その自己肯定感。最近話題の美人女優と自分を並べるな。
俺は時々、姉の自己肯定感の高さを尊敬するとともに、杞憂してしまう。
呆れた視線を姉に向ける俺の背を、姉は優しく撫でーーいや、思いっきり擦った。痛いというか、熱い。
「この世で一番高貴な私の弟なんだから、アンタだってモテて当然よ!」
「あはは……。ま、まぁ。それで、その女子の行動の意味が分からなくて、俺もどうしたらいいかってのを、姉ちゃんに相談してみたくてさ」
有馬奈緒の好きな人たぁ君の要素はいくつか俺に当てはまる。
同じ中学。成績優秀。宝からのたぁ君。
加えて俺がたぁ君は小倉大志だと疑った時、わざわざ否定してきた。
客観的に考えても、俺がたぁ君である可能性は高いはずだ。
姉は難しい顔で暫く考えこんだが、やがて口を開いた。
「私はアンタの話を聞いて、その女の子はイタイ子だなって思ったんだよ。時々いる、恋愛で暴走しちゃう子って印象。傍目から見たら、どういうことって感じじゃん? でもさぁ、アンタはどうなの? 結局、その子のことどう思っているの?」
「……怖いって思ったけど、生理的嫌悪まではいかないって感じかな。そのイマジナリー彼氏の話が無ければ、普通にいい奴だし、有馬」
「そっかぁ。まぁ、“好きな人の前でその人のことを匂わせる”ってのは古来からある恋愛テクニックではあるけど、そのテクニックを使われた時にどう思ったかは、重要だよね。好きな人からならうれしくても、嫌な奴からなら小賢しくていやになるし」
その姉の言葉は、中々含蓄があるような言葉に感じた。
そう言えば、さっきの母との会話の中にも合コンがどうとか言ってた気もする。いや、これは前回の帰省の時の話か?
姉はいつの間にか酒を準備しており、それを豪快に仰いだ。
「まとめると、今アンタはアプローチを受けているかもしれないと思っている。確信はしていない。そのアプローチも、ビビるけど嫌悪まではしてない」
「あぁ」
「……もし、告白されてたらアンタどうすんの? 付き合うの?」
「へ?」
それは今まで思いついてすらいない内容だった。
もし、俺がたぁ君なら。有馬奈緒の好きな人が俺なら。俺はどうする?
付き合うのか? 告白する……俺から?
今まではたぁ君が誰か、謎解きのような気分な所があったが、そういえばこれは恋愛のあれこれなのだ。
「そんな遠回しなアプローチするような子は告白したくないタイプだろうから大丈夫だろうけど、明日にでも告白される可能性もあるよね」
「……たし、かに」
「とりあえず付き合うか付き合わないかを考えとくのは良いんじゃない? 付き合うつもり無かったら、脈なしですって態度を示さないとだめだし」
脈なしだって態度ってなんだ?
いやしかし、姉の言葉で俺の身の振り方が決まった気がする。
今までは謎の存在たぁ君に振り回されて、有馬奈緒のことを見れていなかった。告白されたら受けるのか? もしたぁ君が俺じゃなかったら、俺はがっかりする?
俺は有馬奈緒とどのような関係性を築きたいのか考えなくてはならない。
俺の脳内でいくつかのピースが音を立ててハマっていく。
そのピースをあてはめるヒントを与えた姉は、ピッと人差し指を俺に突き立てた。
「でも、恋する女ってのは身勝手なの!」
「は? はぁ……」
「それまで惚気を聞いてやったのに、カエル化現象を起こす女とか! この前もさーー」
その大きな声に、先ほどまで尊敬していた姉への感情がしぼんでいくような感覚がする。まだそんなに飲んでいないはずなのだが……。これ以上は面倒かもしれない。しかし、姉は俺を開放してくれない。ここまで話を聞いてくれた恩もあるので、俺も足蹴にしにくい。
そんな姉は一通り友人の愚痴を終えると、何度も何度も俺に向かって人差し指を振り下ろしてきた。
「だからさ、アンタは期限を決めてた方がいいって話ね」
「期限?」
「その間違った恋愛テクニックの娘が、いつ冷めるかわかんないじゃん? だからいついつまでに関係性を明確にするか決めとくってこと」
そうか。もし、有馬奈緒の好きな人が現時点で俺だとしても、俺じゃなくなる可能性は常にある。万が一俺が有馬奈緒と付き合いたいと思うなら、心が離れる前に行動することは必須だ。
それにズルズル引き伸ばしていても、この気持ち悪い感じが続いていくのみだ。
「そうね、決戦はクリスマス! クリスマスより前に心キメて、もし付き合うならクリスマスはデート! デートでチュー!」
「は、はぁ」
「……私にはだれも、チューしれくれない」
そう言ったかと思うと、姉はすうすうと寝息を立たせ始めた。俺はリビングに常備してあるブランケットを姉にかけ、机の上のゴミを片付ける。檸檬とアルコールの匂いが、ツンと鼻を刺す。
だいぶ酔い始めた姉のおかげ(?)で、俺はクリスマスまでに有馬奈緒への気持ちを固めることに決まった。
今日はまだ9月の終わり。期日までには約3カ月近くあった。




