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5.友人がとんでもないあだ名をつけられていたことを、俺は知ってしまった。


 9月も終盤に差し掛かるある日。その日は、家に大学生の姉が帰省するため、空港まで姉を迎えに行く家族が、ついでに俺を高校まで迎えに来てくれることになった。

 放課後の俺は約束の時間まで時間を潰すため、教室で自習していた。

 しかし、俺はすぐにそのことを後悔することになる。あぁ、図書室に行けばよかったのだ。


「でさ、金子がさぁ、スカートが短いって言いやがって。アタシ高校入ってから突然背が伸びたから、わざわざ折ってないっつーの。そう言ったら『買い替えろ』とかなんとか言いやがって、制服いくらするか知ってる?ってハナシ」

「マジ? ウザぁ。アイツ娘いるはずだけど、子育てには参加してなさそー」

「娘にも学校とおんなじ感じで説教すんのかな」

「あ、あんまり言われるようなら他の先生に相談した方がいいかもね」


 クラスの中でも派手な女子グループが、大きな声で雑談をし始めたのだ。その中には有馬奈緒の姿もあった。今日は部活とかねぇのかよと内心毒づきながら、俺はその声をBGMに勉強を続ける。

 話の内容は、俺もウザいと思う数学教師の愚痴が中心だったが、途中でその数学の時間にあったグループワークの話にシフトチェンジしていった。


「マジ、“いがいに”仕えねぇわ。喋んねぇし」

「“いがいに“頭いいもんね。それが発揮できなきゃ意味ねーけど」

「社会性お母さんのおなかの中に置いてきたん?ってハナシ」

「そのセリフ、漫画でしか聞いた事ねぇw」


 何の話だろうか? いや、話の内容から察するに、誰かに対する愚痴だということは分かる。だが、誰だろう。……俺だったら嫌だな。いや、流石に本人居る所で悪口は言わないか。(※ギャルグループが、俺の存在に気が付いていない可能性は考慮しない)

 彼女たちの話を熱心に聞いていたわけではないが、自然に耳には入ってくる。愚痴の対象に関する疑問や考察が湧き出てき、俺はペンへの力をそっと緩め、その会話へ耳をそばだてた。


「マジ、もっと大人になってくれって感じ。社会人になって痛い目見ろ」

「今は別にいいの?」

「……今、なんかきつく当たると私が悪者になるじゃん。あんな奴のために冤罪でもいじめの容疑かけられたくない」

「それはそう」


 マジで誰の話かわからない。いじめの冤罪をかけられるかもしれないほどの勢いの文句を言いたいのか!? うちのクラスに、そんなヤバめの奴いたか? 

 彼女たちの会話についていけない俺と同じ状態の人物が、その会話の輪の中にもいた。有馬奈緒だ。キョトンとした顔で話を聞いている。


「ねぇ、凛子ちゃんたち、誰の話してるの?」

「ん? “いがいに”」

「あぁ、奈緒は知んなかった? “いがいに”君」


 いがいに君ってことは、“いがいに”って人のあだ名だったのか!? 「意外に」っていう形容動詞?だと思っていた。でも、やっぱり人につけるあだ名じゃないだろ、それ。

 こっそりとそのグループに視線を向けると、有馬奈緒も俺と同じく困惑しているような表情を見せていた。


「“いがいに”ってのは、うちのクラスの府中青葉の事ね。あの女子に対してダンマリ決めてるすかした奴」

「グループワークで全然話さないくせに、意外に部活には熱心。女子とは話さないくせに、意外に男子とは誰とでも仲いい。だから、“いがいに”ってあだな」

「は、はぁ」

「あ! あと、意外に彼女がいるらしいよ! この学校じゃないらしいんだけど……で、デレデレなんだって!」

「じゃあ、クラスの女子とも話せよって話じゃんね。いや、デレデレしろとは言わないけどさ、せめてグループワークはちゃんと発言しろや」

「そ、そうだね」


 いがいに君こと府中青葉……それって、俺の友達じゃあねぇか!!


 俺の友達がぼろくそに言われとる。ってか、アイツらの視界には俺は入っていないのか? 俺と府中が仲いいことは、結構わかりやすいだろ! 友達がいる前で悪口展開すんなよ!

 俺は思いのままに、ギャーギャーと騒ぐギャルグループへ殺気を向ける。

 ギャルたちからの圧と俺からの視線に板挟みされた有馬は、気まずそうに頬を引きつらせていた。その表情を見るとカッとなった感情が、スンと落ち着き始める。


 ってか、府中、女子に「いがいに」って呼ばれてんのか。会話の内容はクソだが、命名理由は納得できるものがある。悔しいが。


 府中青葉。男子テニス部所属。部活熱心で寡黙な男だが、天然な所もあって面白い。男子とはよく話すがクラスメイトの女子とはめったに話さない。「女子の事はよくわかんねぇ」とよく語っている。でも近くの商業高校に幼馴染の彼女が居て、仲がいいと聞いている。

 また女子と同じように、グループワークも苦手だと聞いたことがある。俺や中山と言った普段からつるんでいる人間とグループを組んでも、黙っていることが多い。俺たちは気にしないが、うちの学校は進学校なので、勉学に協力的でない奴は白い目を見られることもある。

 グループワークで「どの役割がしたい?」と聞いた時に、「なんでもいい」と言えば、「何でもしてくれるなんてラッキー! めんどくさそうなもの任せよ♡」と思う者もいれば、「は? 何でもいいじゃねーだろ。なんで自分は関係ありませんみたいな顔してんだよ。グループワークの意味わかってんのか? ……でも、変に重要な役割任せてグダグダになっても嫌だしな。はぁ、クソ」と思う人もいるだろう。恐らく今ここで府中をこき下ろしているギャルたちは後者。


 ……もう少し、グループワークには積極的になれと府中にアドバイスしよう。俺に出来ることはそれだけだ。うん。

 さっきまでは、府中の影口を言っているこのグループに一言言ってやるぐらいの気持ちだったが、冷静になると、流石にあの中に突撃して「俺の友人の悪口を言うな」とは言えない。府中が悪い部分もあるって納得してしまったし。いや、陰口する方が悪いです。でも俺には勇気が足りない。


 俺が葛藤している間にも、彼女たちの会話は続いてた。


「奈緒は“いがいに”と同じ部活っしょ? なんか、不満とかないの?」

「確かに府中君、寡黙で話しづらいけど。でも部活は男女で完全に分かれるし……あはは」

「そ? でもさぁーー」

「あっ、みんな、そろそろ時間だよ!」

「あ、マジだ」


 この後、何か用があるらしい。

 結局ギャルたちは、俺の存在に気が付いていたのか気が付いていないのか、そのまま教室を後にしようとしていた。


 その途中、有馬奈緒と俺の視線がかち合う。有馬は驚いたように、あるいは罪悪感を持っている様に、ぎゅっと口をかみしめた。

 目をそらしたら負け。なぜかそんな言葉が脳裏をよぎり、俺は有馬奈緒が教室を出ていくまで、彼女を眺めていた。彼女の下ろされた髪がふわっと宙に舞う。


 1人教室に残った俺はグッと背を伸ばす。目の前には途中まで埋まったノート。突然の出来事に自習は止まっていた。自習を再開しようとペンを握り直したが、上手く集中できない。

 親との約束の時間には少し早いが、もう出るか。そう考えながら教室の壁掛け時計を見つめる。


 チクタクと振れる秒針を見ていると、ふと、教室から出ていく有馬奈緒の表情が思い出された。

 俺の友達の悪口に加担してしまったことへの罪悪感からか、どこか固く申し訳なさそうな顔。別に気にすることないのに。確かに俺の前で俺の友達の影口を叩くことは配慮に欠けるかもしれないが、そういうことだってある。それが人間社会だろう。


 ……昔から有馬奈緒は、ずるがしこく対応することが下手だったように思う。

 中学の頃、先生が授業を忘れていた時に、呼びに行ってクラスの男子からやいやい言われていた。その時もそのヤジをまっすぐ受け止めていて、「生きづらそうだな」と思った。


 容量わるいのは有馬奈緒だけでなく、府中もだろう。

 “いがいに”だ。よくもまぁ、こんなろくでもないあだ名をつけられたものだ。

 時々テレビで見る若者言葉や造語に、若者ながら驚くことも多いが、こういう突拍子もなさが新たな言葉を生み出すのだろう。


 あだ名、あだ名かぁ。

 そう言えば、有馬奈緒の好きな人であるたぁ君も、あだ名の派生の可能性があるのか?

 たぁ、たあ……他愛、アーツァイ、タージマハル。

 ダメだ。俺の想像力では限界がある。


 結局俺が考えてしまうのは、有馬奈緒の好きな人であるたぁ君のことだった。

 そのまま思考の海に沈み込んだ俺は、両親との約束の時間まで秒針を眺めていた。



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