20.隣の席の娘の彼氏が自分だということを、俺だけが知っている。
「俺は君と、恋人になりたい。君の好きな人の話を俺の話にして欲しい」
有馬奈緒の表情は読めない。顔色も色とりどりのライトのせいで何色かわからなかった。
振るなら振る、拒絶するなら早く拒絶して欲しい。
でも、俺が握る有馬の手は振り払われることもなかったし、むしろその握る力は増していくようですらあった。
俺はただ待っていた。有馬奈緒の答えを。
やがて彼女が顔を上げる。その表情はイルミネーションに照らされ、キラキラと輝いていた。
「私ね。嘘つきなんだ。好きな人のことを彼氏だって言って。訂正するチャンスはいつでもあったのに、楽しくなっちゃったからそのまま続けて……」
「うん」
「妄想の恋バナで満足だって、自分に予防線を張ってた。でも、隣で聞いているだろう好きな人の反応も気になって、どんどん我がままになって。自分の承認欲求みたいなものがどんどん膨れていって。でも、好きな人は私を否定せずにいてくれた。私だけ幸せになってた。だから、好きな人に……宝君にそんな顔させていることに、嬉しさと、罪悪感があって」
「ははっ、俺そんな変な顔してる?」
有馬は今にでも泣きそうだ。俺は今どんな表情なのだろう。
感情としては、少しの不安と言い切った安堵感がある。
「こんな嘘つきな私のことも好きだって言って、彼女にしてくれるの?」
「……うん。俺の彼女になってください。嘘はホントにしたらいいんだよ」
「うっっう……うん。大好き!」
有馬は勢いよく俺に抱き着いてきた。有馬と身長が変わらない俺は、体勢を崩しそうになりながらも彼女を受け止める。ふわっと柔らかい香りが俺の鼻をくすぐった。耳元では涙を流し鼻を鳴らしている有馬の息の音がしていた。
イルミネーションされた公園にはそこそこ人がいる。人目が気にならないわけではない。
でも、俺は有馬奈緒を抱きしめ返した。
前々からかわいい人だと思っていたが、恋人になってみるとさらにかわいく見える。体の柔らかさに、ちょっと動揺して、身をよじらせる。
しばらくその温かさに浸っていたが、俺はそっと体を離した。
「有馬さん、そろそろ帰ろう」
「……奈緒って呼んで欲しい」
「え、あぁ、奈緒?」
「うん! あと、また手をつなぎたい」
「それも大丈夫だけど……」
「あ、あと、電話とか、いっぱいしていい?」
「あぁ、待ってる……ふふっ」
いつか府中たちと肩書の話をしたが、“恋人”と言う肩書には強大な力が隠されていたらしい。自分の要望を言うのが苦手だった彼女が、こんなにも要望を前に出している。俺が堪えきれずくすくすと笑うと、意味が分かっていない奈緒が目を丸めながらこちらを見つめていた。
俺は「何でもない」と言って奈緒の手を取った。そして光り輝くイルミネーション会場を離れる。だいぶ寒い日のはずだが、そんなこと全く感じなかった。
恋人になったことに浸りながら、しばらく歩いていると、奈緒がぽつりと呟いた。
「……クリスマスプレゼントとか用意してくればよかった」
「いや、俺もそこまでは考えてなかったし、また来年、な」
「うん! 来年だね!」
「そう言えば、誕生日もあと1週間後とかじゃなかった? どこか行く?」
「え! ……うん。私の誕生日は27日だね。誕生日の日に宝君とどこか行きたいかな」
奈緒は満面の笑みでつないでいた手をぶんぶんと振り回した。
その時、俺はふと、カバンの一部を占領していた物を思い出した。
「……いや、あるか、クリスマスプレゼント。……奈緒は高いタオルとかいるか?」
「高いタオル?」
× × ×
「それでね、たぁ君がクリスマスプレゼントにタオルくれて」
「へぇ。タオルかぁ。まぁ、部活で使えて実用的じゃん。あんま高いもの貰うとアレだし」
「えー、アンタ、ネックレス欲しいとか言ってたくせにぃ」
今日も、俺の隣で女子たちが恋バナをしている。
奈緒の貰ったクリスマスプレゼントがどんなものかを、俺は知っている。
「でも、タオルにしてはなんか高いらしくって」
「高いタオル……?」
「ん゛ん゛」
流石に部活の景品を流用しのはーー奈緒は了承済みだがーー恥ずかしかったので、俺は思いっきり咳ばらいをした。乾燥した室内での咳ばらいを疑問に思う者はおらず、そのままスルーされる。
奈緒はニコニコとしており、そんな彼女の表情を感心するように周りが眺めていた。
「いやー、前から恋人の話する奈緒は幸せそうだって思ってたけど、最近は輪にかけて幸せそうだよね」
「えへへ。そうかな。……うん、すっごく幸せ」
「いいなぁ。アタシも彼氏欲しいぃ」
樫山が奈緒に抱き着く。まだ俺も抱きーーん゛ん゛
隣の席の雑談が、ホラーBGMだった時も中々アレだったが、自分に対する惚気になっても中々アレだ。恥ずかしい。
冬休み中の奈緒の誕生日にデートした。田舎のデートなんて変わらないと思っていたが、好きな子とのデートは楽しかった。
毎日のように連絡を取っている。夜に自分の部屋で奈緒の声を聞くのはまだ慣れない。
毎朝一緒に通学している。時々じゃなくて毎日隣の席に座るのは、結構新鮮。長い通学時間も、それを感じさせないぐらいに楽しい。
こんな漫画やドラマみたいな恋愛を自分がするとは思わなかった。
「たぁ君のことが、大好きなんだ」
有馬奈緒のたぁ君は俺だ。
隣の席の娘の彼氏が、自分だということをこのクラスの誰も知らない。俺だけが知っている。
これにて終了です。
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