19.告白とは気障なものだと、俺は開き直った。
『大雪のため、現在三崎~市井間の運行が停止しておりますーー』
突然の大雪。電車はうんともすんとも言わなくなった。
朝の通勤・通学時間に襲った公共交通機関の滞りは、田舎と言えど混乱を招いた。
高校への連絡を済ませた俺は、人ごみから少し離れた場所の壁によりかかった。
「寒すぎんだろ」
代替えのバスがあるらしいが、この人の多さならいつ乗れるかわからない。
学校をさぼれるのは非日常でいい気分だが、授業に遅れるのはあまりいい気分ではない。制服を身に纏った人は、ここにいる人々の約半数ほどを占めている。皆で遅刻すれば怖くない、かもしれないが、同じ制服の人間は見渡す中にはいない。
「大塚君!」
「……有馬さん。おはよう」
「おはよう。災難だったねぇ」
人をかき分け、有馬奈緒がこちらに近づいてきた。
白い有馬の顔が所々赤く染まっている。髪は降りかかった雪が解けた様でしっとりとしていた。
「学校に連絡した?」
「した! さっきお父さんが連絡してくれたって……送ってくれるって言ったけど、そんなに時間かからないかと思って断っちゃった」
「まぁ、この雪だと車でもだいぶ渋滞してそうだしな。公共交通機関での遅刻の方が、いいだろ」
いつになったら学校につくのだろう。それに加え、帰る時の手段も気になってくる。
駅には人がたくさんいるのに、まるで2人きりのような感覚に陥った。駅の外に見える雪がそんな気分にさせるのだろうか。
「今週末クリスマスだけど、テニス部は部活あんの?」
「うん。イブも当日もあるよ」
「まぁ、運動部だしな。ボランティア部も珍しくあるよ。と言っても、イブの日にクリスマス会するだけだけど」
「いいなぁ。羨ましい。私もクリスマスっぽいことしたいなぁ」
「じゃあ、イルミネーションでも見に行く? そこの裏手の公園、毎年結構豪華なイルミネーションされてるだろ? イブの部活終わった後とか」
「ふぇ!?」
どっから出たんだ今の声? なんか、音のなるおもちゃが踏まれた時のような音だったな。有馬奈緒の虚を突かれたような間抜けな表情に、俺は思わず吹き出す。
「あははは」
「そ、そんな笑わないでよ!」
「ははっ……悪い。で、どうするんだ?」
「えっと」
有馬は顔を真っ赤にしている。俺の体もグッと熱を帯びるようだった。いや、もうこの顔は絶対――
「俺はさ、有馬さんの“たぁ君”が俺だと思っているし、それならいいなって思ってる」
「!?」
「その、だから、それが勘違いじゃなかったら、一緒に来て欲しい。駅で待ってるから」
「あ、あのーー」
「……電車の代わりのバス、手配終わったみたいだよ。行こう、乗り遅れたらまた1時間とか待たなくちゃいけなくなる」
何か言いたげな有馬奈緒の袖を引いて、バス停の列へとならんだ。有馬は何も言わなかったし、黙って袖を引かれていた。
× × ×
クリスマスイブ。
土曜日だというのに俺は学校に来ていた。俺が所属するボランティア部は、いつも週一回の適当な活動だというのに、イベントごとだけは盛り上がる。
今日だって「クリスマスイブに予定が無い負け犬どもー」とか「クリスマス満喫している人類は猿」とか騒ぎながら菓子を囲んでいる。ボランティアの精神はどこいったんだよ。
俺は教室の端でジュースをちびちび飲みながら、これからのことに対しての不安をごまかしていた。
俺は今日、有馬奈緒に対して一方的な約束を取り付けている。テニス部の終了時刻は午後16時過ぎ。(神田さんに聞いた)俺たちのこの会が終わるのは15時ぐらい。ぼーっとしながら駅で待っていれば時間はすぐに過ぎ去るだろうが、有馬が来るかはわからない。
こんな気障過ぎる事せずに、ガチガチに予定を組めばよかった。いやでも、あの場で告白まがいのことをするのはーーまぁ、もう告白みたいなこと言ってんじゃないのかってのは、それはそうなんだが。なんかあの雰囲気に押されて言ってしまったのだ。
ボランティア部のクリスマス会も段々と終わりに向かって行く。最後の目玉、ビンゴ大会の時間になった。
イベント担当の樫山がガラガラを回して、番号を次々に告げていく。
「15番~、15番~」
「あ、ビンゴ」
「お! 大塚君一番乗りじゃん。オメ~」
「おめでとう!」
「あ、ありがとう」
一番でビンゴになった俺に、想像よりも多くの部員からお祝いの声がかかる。なんやかんやでうちの部員はノリがいい。
「はい、これが一等賞の景品、高いタオルです」
「高いタオル!?」
「はい! 高いタオルでーす」
俺は樫山から木箱に入ったタオルを受け取る。
部活のビンゴ大会の景品なのだから、ゲーム機だとかは期待していなかったが、高いタオルってなんだよ。
箱を開けると、中には桃色と水色のタオルが入っていた。
「色違いで、片方彼女にあげてもいいかもネ」
「えっ」
「いればだけど、って……え?」
樫山の冗談に変な反応をしてしまい、変な空気になってしまう。俺は逃げる様に先ほどまでの位置に戻る。樫山は頭の上に「?」を浮かべたが、すぐに司会業務に戻って行った。
変な場面で変に動揺してしまった。俺が焦っているといつの間にかビンゴ大会が終了し、俺は片づけをしていた。無心で机を拭いていた。
はぁ。嫌な感じだ。と言うか、この木の箱片手にイルミネーションに行くのか?
それは流石に、と思った俺は木の箱だけ自分の教室に置きに行った。もちろんその時には部活仲間とも別々になっており、一人になっていた。
中身を持って帰るのも後日でいいかと思ったが、樫山の言葉が妙に心に引っ掛かって、それを取り出した。
1人、昇降口へ向かう。学校は不気味なぐらいに静かだ。吹奏楽部ですら今日は部活が無いーーもしくは俺たちと同じくクリスマス会でもしているのかもしれない。
俺の足音だけが、廊下に響く。
「……宝君!」
「え?」
昇降口で座っていたのは、部活用のジャージを身にまとった有馬奈緒だった。俺を呼んだ彼女は、すっと立ち上がり、頬を赤らめながら前髪を直す。
「あ、有馬さん、部活は?」
「クリスマスイブだから早く終わるかって、先生が。あと、明日、練習試合なんだ。早く休めって。んで、そこでリンコちゃんたちに会って、宝君がここにいるって聞いて」
「えっ、そうだったんだ。でも、明日練習試合なら、今日――」
「誘ってくれて嬉しかった!」
俺の心配を遮るように、有馬が首と手を振る。あまりの勢いに、俺の不安もそがれる。
「じゃあ、行こうか」
「……うん」
つかず離れずの距離感で駅までの道を歩く。そして最寄り駅まで電車に揺られる。
途中、沈黙を埋めるため何かしらをしゃべったのだが、自分でも何を言っているかわからなかった。ただ口から言葉が零れ落ちていった感じだった。
やがて駅に着き、裏手にある公園に向かう。
電車に揺られている間に、日はだいぶ傾いてあたりは暗くなっていた。イルミネーションが段々と綺麗に見えてくる時間だ。
「わぁ!」
「……綺麗なもんだな」
公園の木々は全て、白いLEDで飾られている。ただの木の時は存在感が薄かったのに、電飾をつけるだけで、こうも存在感を増すのか。
公園の真ん中にはクリスマスツリーのようなものがあった。深い青の電飾の上に星が立てられている。少し離れたここから見ても高さがあることがわかる。
田舎なのに、中々やるなぁ。
失礼ながらそんなことを思った。でも、それぐらいに良い出来のイルミネーションだった。
有馬へ視線を向ける。
有馬もまた、うっとりとした表情でイルミネーションを眺めていた。イルミネーションの光を浴びた彼女の顔は、様々な色で照らされている。瞳は特に、光で反射して魅惑的な何かを浮かべていた。
「……もっと奥に行ってみる?」
「う、うん!」
俺は自然と有馬の手を引いて、公園の奥へ向かう。光の中は光を外から眺めるよりも幻想的であった。頭の上も足元も光でいっぱいだ。
「こんな景色も、帰ったら思い出になっちゃうんだろうなぁ」
「……もう、帰った時の話を考えているのか?」
「えへへ。楽しい時はいつも終わったときを考えちゃうんだ」
「そっか」
現実から遠のけば遠のくほど、楽しければ楽しいほど、それが終わった時に悲しくなる。だが、楽しい最中からそのことを憂うなんて、本当に難儀な性格だ。でも、かわいいなって思ってしまう。
少ない言葉の量に反して、時間だけが過ぎていく。
吐く息が白い。体は寒さを感じなかったので、その現象を見て温度を感じた。
突然、ぎゅっと手を握り締められて、俺は有馬の顔を見た。有馬もまた俺を見ている。
「どうか、した?」
「……なんで、“たぁ君”が自分だって思ったの?」
「あぁ、それは、俺の名前が宝だし、他にも共通点があると思った。あと、俺が小倉がたぁ君だって勘違いした時に態々訂正してきた。それに、好きな人がいるのに他の男とデートにはいかないだろ。……少なくとも、俺の感覚からしたら、俺が“たぁ君”だから来てくれたのかなって思った」
「そ、そっか」
「まぁ、途中まで何でこんなことしてんだろうかって、怖かったけど」
「う゛」
繋いでいた有馬の手と俺の手にじんわりと汗が浮かぶ。それが有馬のものか自分のものかわからなかったが、手を拭いてしまい衝動にかられた。でももし、相手のものなら有馬はショックを受けるかもしれない。自分がされたら確実にショックだ。
有馬奈緒は何も言わない。
「俺は、有馬さんの好きな人の話が俺ならいいのになって思った。その、好きな人の話をする有馬さんはかわいかったから」
「……怖い、んじゃなかったの?」
「ははっ、まぁ、うん。怖かったよ。でも愛情表現だったら、それもいいかなって。単純なんだよ。俺。これまでの恋愛経験とかないし、もしかしたら俺が目の前の子に好かれてるかもって思ったら、すぐ舞い上がっちゃう。だから、勘違い野郎だったらバッサリと切り捨てて欲しい」
「……それは、その」
「俺は有馬奈緒が好き、で……この恋の決定権は有馬奈緒にある」
有馬奈緒はうつむいており、その表情は分からない。
自分の意思を言葉にすることが苦手な彼女に、俺は言葉にするように強要している。酷なことを言っただろうか。でも、今まで振り回された分、こっちも振り回したい。
有馬奈緒は答えない。
俺は肺の中の空気を全部出して、ゆっくりと吸い上げた。
「俺は君と、恋人になりたい。君の好きな人の話を俺の話にして欲しい」
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