17.君の言葉を叶えたいってのは少し気障かなと、俺は自嘲した。
[何とか、丸く収まりました。色々ありがとう。 神田咲良]
その日の夜。俺のスマホに神田から連絡があった。どこから連絡先を得たのかと驚く。こういう細やかな所が、彼女が部長をしている理由なのだろう。
しかし、普通に連絡先を知っているはずの有馬奈緒からは何も連絡が無かった。まぁ、俺に連絡する義理はないのだが、無いは無いで心配だ。もしかすると明日から有馬奈緒は学校に来なくなるかもしれない。そんな最悪な妄想が脳裏によぎる。
でも、そんな俺の妄想は杞憂で、次の日の学校へ有馬奈緒はやって来た。目は腫れていなかったが、うっすらと化粧がしてある気がする。姉が隈を隠した化粧をした時と似たよう何かを感じる。
「おはよう、大塚くん。昨日は、ありがとう」
「おはよう。……別にいいよ」
ホッとしていたくせにどこか突き放すような言葉をかけてしまう。
でも、本当によかった。
「あの後は大丈夫だった?」
「うん。なんか、みんな私が突然出ていったからか、拍子抜けしてて……あははー」
「……よかったな」
「で、そのお礼がしたいんだけど……」
「はい?」
お礼とは?
有馬奈緒は照れ笑いなのか、へらへらとしながら俺を見つめている。
別にお礼をもらうようなことはしていないが……まぁ、くれるなら貰うか。
何がいいだろう。府中や中山と借り貸しした時はどういうやり取りをしてただろうか。飲み物やお菓子などの少額の商品をおごるぐらいがスタンダートな気がする。
んーでも、今飲み物が欲しいとかでもないしなぁ。それならーー
「じゃ、映画見に行かない?」
「へ?」
「見たい映画があるんだけど、少女漫画原作で一人では行きにくいんだよね」
有馬奈緒がぽかんと口を開けている。そんな顔するんだな。
いつもこちらが振り回されているから、なんか不思議な感じだ。
「土日どっちも部活ある?」
「えっと、日曜日は休みになった」
「じゃあ、日曜日の10時に駅で……あ、学生証忘れるなよ。映画に必要だから」
呆然とする有馬奈緒を無視し、俺は約束を取り付けた。
× × ×
寒い。まだ12月になったばかりだと言うのに、駅前はクリスマス一色だ。気が早すぎる。
俺は駅前のベンチに腰掛けながら、有馬奈緒が来るのを待っていた。
「お、お待たせ」
「……いや、待ってない。おはよう」
「おはよう!」
有馬奈緒はベージュ色のコートを身にまとい、真っ赤な顔で待ち合わせ場所にやって来た。品の良い、革製の小さなカバンを肩から掛けている。姉の持ち物を見ても思うのだが、こういうのってどこで買うんだろう。ってか、その小さな中に何が入っているんだろう。
有馬は、想像よりもガーリーな服装だ。俺ももう少し彩度のある服を着ればよかったのかもしれない。今の俺の服装は黒一色だ。
内心肩をすくめながら、有馬を促す。
「じゃあ、行こうか。後10分くらいで電車来るから」
「うん」
連れ立って駅の構内に入っていく。いつも通学で使う駅だが、今日はいつもと違う場所に来ている気分だ。
会話もそこそこに電車に揺られる。
「今日って何の映画見るんだっけ?」
「……言ってなかったけ? 『すてぃるいんらぶ』って漫画原作のやつ」
「私たちが小学生の頃に流行ってた少女漫画の映画化だよね。 ……少女漫画、好きなの?」
「姉の影響で。割と好き」
会話の合間に電車のガタンガタンという音が紛れ込む。
「私も、少女漫画好き」
「中々面白いよな。少年漫画より巻数が少ないから読みやすいし。俺、簡単に完結しない話を読むのは、苦手なんだよなぁ」
「確かに大塚君、本よく読んでいるけど、シリーズ物は読んでない気がする」
「あー、そうかも」
話しているうちに、映画館がある総合商業施設近くの駅に着く。
日曜の総合商業施設は人が多い。マジで多い。この中には知り合いもいそうだ。女子と一緒にいるとこを見られたら、なんて言われるか。キャップでも被ってくるべきだったか。……いや、芸能人でもあるまいし。
はぐれない様に、存在が感じられるぐらいの距離感を保ちながら、映画館へ向かう。ドッドとなる低音が心音なのか周囲の人の足音なのか、俺にはわからない。
各フロアの人の量に反し、映画館は空いていた。いくつかの映画が始まって人が収容されたタイミングだったかもしれない。
「有馬さんはどこの席がいいとかある?」
「えっと、いつもお父さんが勝手に買うからわかんない、かな」
「友達と映画とか見に来ないの?」
「休日は大体部活だから……、部活終わりに買い食いとかプリクラはあっても、映画はないかなぁ」
「あー、なるほどな。……じゃあ、俺が勝手に決めていい?」
「うん」
真ん中後方の適当な座席を指定する。映画まではあと40分ほどだった。水分を購入し、トイレに行って映画を観賞するための準備をする。映画が近づくにつれ会話が減り、なんだかそわそわとしだす。
映画『すてぃるいんらぶ』は中々良い出来だったと思う。いや、専門家面出来るほど映画を知らないが。でも、自称映画評論家の書き物を見ることは好きだったりする。その気分で言えば、中々合格点の実写化だと思う。
あと、今更知ったが、映画のヒーローが最近話題のアイドルだったらしい。館内はファンらしい女性でいっぱいだった。
「面白かったね!」
「あぁ。原作そのままって訳じゃなかったけど、これはこれで面白かった。それに主人公の子がかわいく撮られてたなぁ」
「……あぁいう子が好き?」
「え? いや、少女漫画の主人公は好かれてなんぼ的な意味で言ったんだけど……」
「そ、そっか」
有馬の視線が俺からそらされる。
……俺の好きなタイプでも知りたかったのか? いやーーいや、そういうことにしよう。姉のような自己肯定感を持とう。
それに、照れているような有馬は非常にかわいかった。
映画が終わった現在は14時に近い時間だった。
「これからどうする? 俺は何か食べたいけど……」
「確かにもうお昼だね。なんでもいいよ?」
「今日は俺が見たいものを誘ったし、食べ物は有馬さんが選んで」
「え? いやーー」
俺はにっこりと笑みを浮かべる。「お前が決めろ」という意思を有馬に提示する。
「えっと……」
「俺、好き嫌いもアレルギーもないから。ファストフードでもいいし、有馬さんがいいなら高めの食事でもいいよ。まぁ、おごれるほどのお金はないんだけど」
「それは大丈夫! ……それじゃあ、パスタが食べたい」
「あぁ、フードコートの? ちょっと前に新しくできたとこだよね」
「うん」
「じゃあ行こうか。俺初めて行くな」
「おいしいよ。私もできた時に、お父さんと行ったんだけどーー」
パスタはおいしかった。名前が妙に長ったらしく、注文するときに噛みそうになったが、長い分の複雑で上品な味わいがした。気がした。
店内は静かな雰囲気で、学生カップルというより家族づれや成人した夫婦が多く、俺たちはどこか浮いている、いや、大人になった気分だった。
支払いを済ませて騒がしい中に舞い戻る。
「次は何する?」
「へ?」
「本屋とかゲーセンとか行く? 有馬さんの行きたいところに行こう」
休日のまだまだ終わらない。
本屋にゲーセンに雑貨屋。無理やりとまではいかないが、有馬奈緒の希望を聞きだし、いろんなところを回った。途中でプリクラを取りたいと言われた時は冷や汗をかいたが、俺は頬を引きつらせながらプリクラに挑戦した。ちなみにプリクラから俺の目は、引くほどデカかった。有馬の顔も現物の方がかわいいと思ったが、俺は口を閉ざした。
それからも俺は有馬奈緒を振り回しーーと言っても有馬奈緒のしたいことを無理やり聞き出したーー俺たちは総合商業施設を楽しみつくした。
ようやく帰る事になった時には、空は暗くなっていた。冬は本当に暗くなることが早い。帰りの電車に揺られながら帰宅の道を進む。
「今日のさ、映画以外はーー」
「うん?」
吐き出そうとした声が喉でつまる。でも、聞かなくてはならない。使命感のような何かに突き動かされ、無理やり言葉を紡ぐ。
「有馬さんのやりたいことができた? やりたいことを言葉に出来た?」
「それは……」
俺は今日、有馬奈緒のやりたいことを叶えたかった。『言葉にしたら叶わない』ってのが、なんか気に障った。俺の思惑が上手くいったか本人に確かめたかった。でも、それを全部言葉にすることはなんか気障に感じてーー
何とも言えない言葉で有馬奈緒に問いかける。有馬奈緒は目をパチパチとさせながら、キョロキョロと視線を彷徨わせる。やがて考えをまとめたらしい彼女がゆっくりと口を開く。
「うん。大塚君のおかげでやりたいことができたと思う。言葉って、私が思ってたよりも簡単に叶っちゃうんだね。お菓子が食べたくなったら、自分でお菓子を買えばいいんだ」
「……ん、ならよかった」
俺は直接有馬奈緒の顔見ることができなくて、窓ガラス越しにその顔を盗み見た。反射は彼女の顔色までは映し出さなかった。だけど、そこまで嫌そうな顔ではなかった。
12月の空は澄んでいて、俺たちを包み込むように覆っていた。




