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彼女の仕事02

 


「癒しの修理屋って呼ばれてるんだ?」


 店を閉めた後、カザムはダイニングからカウンターキッチンにいるウルティアに尋ねる。

 冷蔵庫にしまっておいたアリーシャからの差し入れを覗いていたウルティアは、視線を上げた。


「マリカさんから?」

「うん」


 緑の瞳が困ったように細くなる。


「大したことは出来ないんですけどね。少しでも、痛みがなくなればと思って」

「もしかして、ノッカー団長が常連だっていうのも?」

「はい。クラウスさんは頭痛に悩んでいらっしゃって」


 ウルティアは肉の包みを出しながらそう答えた。カザムはそれに驚く。


「頭痛も治せるのか?」

「体の歪みのせいで筋肉が固まり、血行が悪くなると頭痛が起こることがあるんです。クラウスさんの場合はそれに当てはまっていたから、わたしでも改善できただけですよ」


 体の歪みを正すだけで、頭痛が良くなるとは嘘のような話だ。しかし彼女が嘘をつく必要などないし、ノッカー団長がここに通う理由としては十分だ。

 そうと理解できるから、カザムは彼女の物言いが府に落ちない。


「それってすごい事だろう? 少なくともオレはそんな技術、今まで聞いたことがない。もっと胸を張っていいと思うけど」


 自信なく自分を卑下するようなウルティアにそう言えば、彼女は作業していた手を緩める。


「……ありがとうございます。でも、聖女さまだったら、すべての痛みを取り去ってくれるんですよ。それに比べれば、わたしの手技なんて取るに足らないものです」


 それは彼女が、本当に聖女が召喚されることを信じていることの現れだった。

 聖女を引き合いに出すこともないだろうにとその時のカザムは思ったが、ウルティアにとって聖女がどういう存在なのか彼はまだ知らない。

 確かにウルティアの言う通り、聖女であれば何でも完全に治してくれるはずだ。しかし今、聖女はいないのだ。だから癒してくれるウルティアを頼りに大物たちもこの店に通っている。


「そうかもしれないけど、今こうやって君を頼りに来る客がいることは必要とされてるってことじゃないか?」


 ーーオレとは違って。

 隠れた本音はカザムの腹の奥底へと沈められる。


「オレは十分、すごいと思う」


 思ったままを言って微笑んだ後、彼はギョッとした。


「ウル?」

「す、すみませ」


 彼女は目からこぼれ落ちたものを、慌てて拭う。


「そんなこと言われたの、初めてで」


 ウルティアは眉を八の字にして笑っていた。

 カザムはうろたえる。先ほどマリカに悲しませるようなことはするなと警告を受けたにも関わらず、ウルティアが涙をこぼしたのだ。

 仕事一筋カザム・ハイト。女性の慰め方、ましてやその正解など知らない……。


「ひとりでいるとネガティブにばっかり考えちゃうから、そう言ってもらえると嬉しいですねぇ」

「ッ……」


 力が抜けたその表情に、抱きしめたくなるような衝動に駆られるものだから、カザムはグッと踏みとどまる。


(落ち着け、オレ。そんなことして嫌われたら終わりだぞ?)


 そう自分に言い聞かせ、彼はひとつ息を吐き出した。


「うわぁ。すごいお肉! 見てください、カザムさん!」


 その間にアリーシャからの差し入れを開いていたウルティアが、パッと花を咲かせる。


「今日はステーキにしよう!」


 さっきまでとは打って変わって心から嬉しそうに笑う彼女に、カザムの心も慌ただしく波を打つのであった。








 ジュワァ〜。

 何度聞いても空腹を刺激する音が、部屋に染み込んでいく。

 西国の歌だろう。聞きなれないがリズムが良く耳に残る歌を小さく口ずさみながら料理をするウルティアは、いつになく機嫌が良い。

 公爵夫人からもらった肉ということで、質の良いものに違いなかった。

 カザムは食卓の準備を整えていたが、ちらちらとウルティアの様子を伺って、少し落ち着きがない。

 というのも、片手しか使えなくなってから、ステーキを食べられなくなったことを思い出していたからだ。


「カザムさん。お肉、どのくらい焼きます?」


 コンロに鉄板をセットして肉を焼いていたウルティアに問われ、カザムはそちらを覗く。


「今はレアって感じですね」


 彼女は良く切れるナイフで脂の乗った肉を切り分けると、断面を彼に見せる。


「もう少し焼いてもらおうかな」

「わかりました。アリーシャさんは少しだけって話てましたが、もらったお肉の量を見る限り、カザムさんの分も用意してくださったみたいです。たくさんありますから、ここでは遠慮なく食べてくださいね」


 ウルティアがニッとはにかむ。

 それを聞いて、カザムは彼女が自分の苦難を理解してくれていることを悟った。

 この人は自分以上に、隻腕という不便さを分かってくれているのではないかとすら彼は思う。

 程よく焼けたステーキは、さらに横にひとつカットされ、フォークだけで食べられるようなサイズに変わる。ウルティアは自分の分も同じように切ると、それを長方形の皿に盛った。


「よし。出来ました。覚める前に食べちゃいましょう」


 彼女の瞳は肉に釘付け。こうして普通にやっていることが、カザムにとってどれだけ救われているのか。ウルティアが気が付くことはない。

 すべての料理を運び終えると、彼女は「あ!」と何かを思い出し、再びキッチンへ。

 先に席に座ったカザムが待っていると、ウルティアは悪戯な、少し悪い表情でちらりとこちらを見た後。


「じゃ〜ん! これも貰い物なんですが……年代物のワイン、開けちゃいましょう」


 ボトルをひょっこり覗かせ、上機嫌でグラスをふたつ持って来る。

 ラベルを見れば、それも上客が差し入れたものだろうと簡単に想像がつく。


「かなりいいワインみたいだけど。いいの?」

「いいんですよ。ひとりで飲むのは勿体なくて、今までずっと開けてなかったんですから」


 ウルティアはワインを注いだ。


「遅くなりましたが、ようこそ修理屋へ。これからよろしくお願いします」


 彼女が軽くグラスを持ち上げ、そこでこれは歓迎会なのではないかとカザムは気が付く。

 はっとした様子の彼に、ウルティアは苦笑する。


「すみません。初日にやるべきでしたよね。でも、その。カザムさんも急なことで、慣れるまではこういうことをしないほうがいいかなと思って。やっぱり迷惑でした?」

「いや。そんなことない。ただ正直に言えば、オレのほうが無理してここに住まわせてもらってるから、まさか歓迎されるとは思ってなかった……」


 カザムの答えに、彼女は「そうじゃないんですよ」と呟く。


「え?」

「わたしが、カザムさんが来てくれて嬉しいからちゃんと歓迎したいんです。仕事とか関係なしに」


 ウルティアの瞳に射抜かれ、彼は咄嗟に言葉が出なくなる。


「その、料理が温かいうちに食べませんか」


 話が長くなりそうになり、彼女が困ったように言うので、カザムも頷いて食事を始めた。


「このいっぱい並んでるのは?」

「せっかくだから色んな味を楽しめたらなと思って。ソースとか調味料、色々準備してみました」


 仕切りのついた皿に並んだ調味料たちは、小さくカットされた肉に合わせているようで。ウルティアに説明を聞きながら、それを試すのは楽しい。ワインも申し分なく、家で食べるには豪華な夕食だった。

 食事が終わりに差し掛かかり、一度テーブルを片付けるとデザートのアイスを頬張るウルティア。酔っているのか、頬を赤くした彼女はぽつりぽつりと話を始める。


「それは勿論、最初は見ず知らずの男性と一緒に暮らすなんてびっくりしました。でも、本当に嫌ならちゃんと断りますよ」


 カザムが気にしていたことをハッキリと語り出す。


「まだ五日、いや六日しか経ってませんが、カザムさんがクラウスさんが言う通り誠実で勇敢な狩人だということはよくわかりました。まあ、もともとあのクラウスさんが認めた人が、嫌な人な訳がないってことはわかってたんです」


 とっくに空になったワインボトルの代わりに置かれただクラフトビールの小瓶を、ウルティアは直接口に傾ける。


「ウル。飲み過ぎじゃ」


 酒には強い方だと言っていたが、この五日全くアルコールを入れていなかったのに、結構なペースで飲むギャップに不安が募った。そっと彼女から机に置かれた酒を遠ざける。


「……カザムさんが来てくれて、わたし、本当に嬉しいんです」


 すると瓶を置くのと同時にそんな言葉が聞こえるものだから、カザムはぴたりと手を止めた。

 ウルティアは片手は瓶を握ったまま、視線を机に落として話し続ける。


「こっちに来て一年経ったけど、なかなか踏み込んで親しい人は作れなくて。クラウスさんやアリーシャさんには十分お世話になってて、これ以上迷惑はかけたくないし。でも、この家はひとりで住むには広くて、ふとした時に色々昔のこととか考えちゃって、勝手に落ち込んで寂しくなって。……だから今日、カザムさんがくれた言葉は、本当に嬉しくて……」


 段々と途切れ途切れになっていく言葉を、彼はひとつも逃さず拾った。


「どうしてだか、カザムさんと一緒にいるの、すごく安心、するんですよ」


 そう言ったが最後、机に突っ伏してぴくりとも動かなくなったウルティアが寝てしまったことをカザムは知る。静かに席を立つと、彼女の座る隣にしゃがみ込んだ。


「オレもだよ……」


 聞こえていないとわかっていて、彼はそう小さく呟く。

 この時にはすでに、自分にとって彼女は色々な意味で特別なひとなのだということをカザムは認めざるを得なかった。


「こんな体だけど、ちゃんと頑張るから。嫌になるまで側に居させてくれ」


 狩人としては過去の自分を望めない。だが、この人の為ならまだ頑張れる。そう思った。


「……まずは、寝落ちしたウルをベッドまで運べるようにならないとな」


 すやすや寝ているウルティアに、カザムは肩を竦める。起こさず安全に部屋まで運ぶにはどうすれば良いのか、今彼女で試すわけにもいかない。今日のうちには解決できなさそうだった。だが、不思議とそれが出来ない自分を責めることはしなかった。

 カザムは机の上に残った食器を片付けると、一度上に上がって毛布を持って来るとウルティアの背にかける。それから、時間はかかったが久しぶりに自分の手で食器を洗った。

 やらなかったから出来ないだけで、片手だって皿は洗えた。これから皿洗いは自分がやろうと決め、カザムは蛇口を閉める。

 顔を上げてキッチンから見えたウルティアは、すやすや吐息を立てて安らかに眠っていた。


「おやすみ」


 そう一言呟き蛍光石の照明を消すと、自分もダイニングの席を背もたれに体を預けるようにして眠りにつくのであった。









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