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27. 告白(2) /番外編

※ジュール視点になります


「好きでごめんね..」


ルイは涙を浮かべた顔でそう言って微笑む。

舞い散る花弁が頬を掠めると、

彼女が遠のいていくような錯覚が起きて

手を伸ばした。


「ルイ..っ」


どうして謝るんだ。

俺はこんなに嬉しいのに。


ずっと手に届かない存在だと思っていた。

好きになってはいけない存在だと。


だからルイが女だと分かった時、

俺は安堵と同時に自責にかられた。


俺は今までルイの何を見てきた。

側でなんでもないように微笑むルイは

今までどんな苦しみを背負ってきたんだろう。


光の騎士に囚われていたのは

ルイも同じだったんだ。

思い起こせば、

そのサインはいくらでもあった。


兄上の罪を知ったあの日の馬車、

家族も気づいてくれなかった俺の孤独を

ルイは埋めてくれたのに。


俺は倒れこみそうになる

虚ろなルイを支えると、

ルイは急に俺の腕をはねのける。


「由来はアンタへの恋心を捨てる覚悟が

ようやく出来たんだ。邪魔をしないでくれるよね?」


ルイはそう言うと無機質な瞳で俺を睨む。

俺は瞠目してルイを見るがこの状況に既視感を持った。


この瞳、この声色。


「..お前はルイの友人だな。

一体何者なんだ」


俺がルイを睨むとルイは含んだような笑みを浮かべる。


「あまり知らない方がアンタの為だよ。

アンタと由来は決して結ばれることはない。

この子とアンタとでは住む世界が違うんだ」


「それは以前知らない側だと言ったことと関係するのか?由来は何を知っている。

お前も知っているのか?」


俺の言葉にルイは面倒だというように顔を反らせるがすぐに俺の方へと向き直る。


「それを聞いてどうするつもり?

アンタはあの男の妹と結婚するんだろう?

どんな立場でものをいっているのかな?

..まさか親友としてとか言うつもり?」


ルイは、ははっと皮肉を帯びた顔で

から笑いする。


「..お前がどの縁談の事を言っているのか分からないが光の騎士のつとめを終えるまでは全ての縁談を断るつもりだ。

光の騎士にはその権利がある」


「へぇ、あの男の言葉は嘘か。

それでアンタは由来の気持ちを聞いてどうするつもりだったんだ?


真の性別とは関係なく

由来は男として生きる覚悟をしてる。

アンタはこの先そんなルイと結婚出来るわけもなく

誰かと政略結婚をするだろう。


アンタの気持ちは

由来を苦しませるだけだよ」


ルイの言葉が胸の奥にどくりと杭を打つように響く。


ルイを縛る枷の全てを叩き斬りどこかへ

連れ去ってしまえたらどんなに良いだろう。

だがそれをルイはきっと望まない。


自分の幸せの為に周りを巻き込む事は

ルイが何より嫌う事だと知っているから。


俺は自分の心を落ち着かせる為に長く息を吐き出した。


ルイは俺を好きだと言った。

それがたまらなく嬉しいのに。


本当は抱きしめて俺も好きだと言ってしまいたい。

ルイは多分笑ってくれる。


でもその後きっと傷つく。

俺の気持ちを受け入れられない己の境遇に。


「ルイの友人、お前はどうして今俺の前に現れたんだ?」


俺がルイを真っ直ぐに見て言うと

ルイは自嘲げに瞳を揺らす。


「アンタは危険な存在だ。

由来は僕よりアンタを信じようとしている。

それでは由来も世界も救われないのに」


「それはどういう意味だ?」


俺が訝しんで聞くとルイは軽薄な笑みを浮かべる。


「聞きたいことがあるなら由来自身を

問い詰めればいいさ、

それを由来が望んでいるならね」


言い終えたルイがふっと抜け殻のように崩れ落ちるのを間一髪で受け止めた。


驚いてルイの顔を確認すると静かに寝息をたてている。


俺は安堵して彼女を抱き上げると

アレックス達の元へ戻った。



************************



「気がついたか?」


ぼんやりと目を覚ますと

私はロビーのカウチに横になっていた。

ハッとして声の先を見るとアレックスが

心配げに私を見ていた。


「あれ..私どうして..」


ジュールに告白をした後からの記憶がない。

最後に覚えているのは

世界が白んで行く感覚だけ。

神様がなにかしたんだろうか..。


「ジュールがお前を抱えて降りてきた時は驚いた。

もう大丈夫か?悪い、俺があんな事言ったから..」


アレックスは悲しげに

眉を寄せて顔を伏せる。


「アレックス?」


きょとりとアレックスを見ると

アレックスは自嘲げに微笑む。


「余計なお世話だと思ったけど

ジュールとお前をくっつけたくて

今日のパーティに呼んだんだ。


お前に言ったことは半分嘘、

ジュールは妹との縁談を既に断っている。

お前の気持ちを確かめたくて嘘をついた。

こんな事になってしまって悪かったな..」


「アレックス..私達は男同士だよ?」


私が問うとアレックスは穏やかに微笑む。


「性別なんて関係ないよ。

俺はそんな事より友達が苦しんでいる事の方が

放っておけない。


俺はお前達には猶予があると思って、

その期間ぐらい自由に恋愛すればいいのにって

勝手に思っていたんだ..ホント余計なお世話だよな」


猶予というのは光の騎士としての勤めを果たすまで、という事だろう。


聖女に愛されることも光の騎士としての使命だから、勤めを果たすまで光の騎士は縁談を断る事が出来る。


でもそれが終われば私達は

家柄に合わせた相手と婚約を交わすだろう。

性別を偽る私には関係の無い事だけど。


「アレックス..気持ちは嬉しいけど

私達は本当にそういう関係じゃ無いんだ。

私も、ジュールもお互いに恋情は抱いていないよ」


でもそっか..

ジュールは婚約していなかったんだ..。


でもこれでいい、想いが強くなる前に

線引きをしなきゃ諦められなくなる。


ふと人の気配がして横を見るとジュールと

オリヴィアが立っている。


「そうだよね、ジュール」


私はそれに気づいて

何でもないように微笑見かけると

ジュールは複雑げに顔を硬ばらせる。


「何も言わないのか。なぁ、ジュール。

お前今までルイの事今まであんな必至に

探して来ただろ?あの時の顔が答えじゃないか。

想いを言えるのは今だけなんだぞ」


アレックスが珍しく厳しい面持ちでジュールを見る。


ジュールは何も言わずに何かと葛藤しているようだった。


「オリヴィア、服を持ってきてくれたんだよね。

助かるよ、いつまでも女装しているわけにはいかないから」


私が茶化すようにオリヴィアを見ると

オリヴィアは切なげに頷いて

服を渡してくれる。


「ルイ、馬車を呼んだから送って行く」


ジュールはそう言って私に手を差し伸べた。

馬車の中で私達は一言も話さず

重い沈黙が流れる。


ジュールは私の告白をどう思っただろう。

せっかく距離が近づいたと思ったのに

もう友達にすらなってくれないかもしれない。


「ジュール、

さっき言ったことは忘れてくれ」


私は笑みをつくりジュールを見ると

ジュールは傷ついたような顔をする。


やっぱり困らせたよね..。


「あれは自分に区切りをつけるために言ったんだ。

困らせてしまってすまない。

..良かったらこれからも

友達でいてくれないか」


私の言葉にジュールは眉を寄せたまま何も言わない。


「ってごめん..無理だよな..

私はジュールに嘘をついていた。

ジュールはいつも誠実でいてくれたのに。

本当にごめんなさい..。

あの約束、もう気にしなくていいよ」


涙が溢れ落ちそうになるのを必死に堪えて笑みをつくる。


私はジュールの誠実な信頼を裏切った。

初めはクロフォード家のためだったけど

今思えばこうなる事が怖かったんだ。


「....れられるわけないだろ..」


「今なんて」


「忘れられるわけないだろう」


ジュールは私の瞳を真っ直ぐに見る。


「ルイ、俺はまだルイの言葉に

何も返す事が出来ない。

だけど、いつか必ず返事を言えるようにする。

だからそれまで待っていてくれないか」


ジュールの黄金の瞳は決心したように

澄んだ力を秘めている。


「え..?」


私はわけが分からず首を傾けると

ジュールはクスリと微笑んだ。


「俺は一度した約束を違えたりしない。

針を千本も飲みたくはないからな」


ジュールがそう言うと

馬車が丁度私の宿に着き、

従者が扉を開けてくれる。


「ルイ様、到着致しました」


「あ、あぁ」


私は惚けた顔を戻し

慌てて馬車を出ようと立ち上がる。


「ルイ」


呼び止める声に反応してジュールを見ると

唐突にジュールに腕を引かれる。

ぐらりと体勢が崩れ、

ジュールの懐に飛び込んでしまうと、

ジュールが私の額にキスをした。


「ふぁ..?!」


私は赤面してジュールを見ると

ジュールは優しげに微笑んで

顔を近づける。


「可愛い」


「.......」


唐突な甘い台詞に言葉を失う。

可愛いなんて..

家族以外の男の人に初めて言われた..。


私は惚けた顔を戻して飛び退いて

ジュールを睨む。


「か、からかわないでくれ!」


ジュールは私の威嚇など諸共しないように

優しげな笑みを深めるだけだ。


「はぁ..。

そういえば、私、

倒れる前変な事言ってなかったか?

エランデルの時みたいに」


「...いや、何も言っていなかった」


ジュールはいつもの

穏やかな眼差しで首を振る。


神様の仕業だと思ったのは勘違い..

なのかな?


それから馬車を出るが、

頭の中で先程の事ばかりが巡っていた。


ジュールは何を考えているんだろう。

いや、ここは外国っぽい感じだから

あれは別れの挨拶かもしれないし..


でも私はジュールに告白したんだよ?

そんな相手に普通する?


いや..もしかしてジュール

私やアレックスには内緒で実はめちゃくちゃ遊び人なの!?


それかジュールも私を..いやいやだったら

返事を保留したりしないよ..ね。


「返事、待っててもいいのかな..」


なんて、男として生きるって決めたのに何言ってんだろ。私は誰とも結婚出来ない。

ジュールにはいつか奥さんが必要になるんだからこんな事考える資格だってないよ。


私は悶々と浮かぶ思考を振り落とすように首を振る。


「女の私は今日までだ..」


私はそう言い聞かせるように呟くと石造りの豪奢な宿の中へ入っていった。



************************



番外編 「とある騎士のお話」


※アレックス視点のお話になります。


「茶会?」


今は社交界の最中。

目の前にいる子爵貴族のご令嬢に茶会に誘われた。


「いいよ、それで、誰か他に誘いたい人がいるんだろ?」


俺は目の前のご令嬢に微笑みかけるとご令嬢は頬を赤くして俺の隣を盗み見る。


ほら、やっぱりビンゴ。

このご令嬢の本当の目的はジュールね。


よくある事だ。

仲のいい俺に誘われたらジュールは茶会を断れない。そう言う奴だって事をよく調べてある聡い令嬢なんだろうな。


「ジュール、今暇だろ?」


俺は隣でさっさと帰ろうとしているジュールに話しかける。

そしてご令嬢に微笑みかけた。


「俺はちょっと席を外さないといけないんだ。だから申し訳ないが代わりにこいつが相手でも許してくれるか?口下手だけどいい奴だからさ」


ご令嬢にそう言うと目を瞬かせて勢いよく頷いた。

そして不満げなジュールの肩を叩くとその場を離れる。


俺は人よりも少しだけ気を配れるたちのようで昔から相手が何を求めているか的中するのが得意だった。


だから正直言って今の状況に少し苛立っている。


俺は遠くからジュールと子爵令嬢の様子を観察する。


ジュールは俺にとって一番仲のいい友人。

だけど俺とは真逆の鈍感魔性な朴念仁。


遠目でジュールを見ているとジュールは俺に気づいて鋭く睨む。


へいへい、余計なお世話って言うんだろ。

分かってるさ。


俺は睨むジュールに気さくな笑みを浮かべて手をひらひらと振る。


ジュールはおそらくルイが好きなんだ。

ルイが居なくなったのはもう3年前の事。

それでもジュールがあいつを見る目は変わらない。


最初は男同士だし気づかなかったけど思えば

初めからジュールのルイを見る目は特別だった。


でもジュールを見てる感じ男が好きってわけでもなさそうなんだよな..。

女にも無関心だけどさ。


それでも俺達はいずれ家のためにより良い相手を探さなくちゃならない。


社交界っていうのは仕事と同じだ。

あいつもその事が分かっているからこうやって参加しているんだろうけど。


俺の妹との縁談もほんのり話はあったようだけどあいつは断っている。


俺は心配なんだ。

俺の目にはあいつがルイを諦めきれないように思えて。


ルイはもういない。それは俺にも辛い事。

でも、もし戻ってきたとしてもルイは男だ。

このままじゃジュールは幸せになれないじゃないかって思えてならない。


俺も別にモテないわけじゃないけど

あいつの隣にいるとあっという間に霞んでしまう。

無口で無表情もご令嬢達はクールだと喜ぶし、美しい容姿と剣術の才もある。


何よりあいつは光の騎士だ。

それだけでもこの国では

令嬢の憧れの的になる。


その気になれば相手はいくらでもいるというのに。


あいつがルイを忘れられれば

今のように苦しまずに済むんだろうか。


そんな事を考えていたある日、

知らせは唐突に届いた。


「ルイが見つかった」


その知らせは王都中にあっという間に広がった。

俺は嬉しかった。ルイの消えたあの日の後悔がずっと心に刺さったままだったから。


「アレックス!」


王城の廊下を歩いていると懐かしい声が背後からして勢いよく振り向く。


3年ぶりに見たルイは成長こそしているものの思ったよりも華奢で淑やかな印象を醸している。


俺は目を丸くしてルイに近づくと

ルイは申し訳なさそうな顔で俺を見た。


ルイの口から出る言葉は

この一連の事態に責任を感じているようだった。


この一件はあまり言及するなと王宮から命が出ているがルイもルイで謎が多い。


でもそれよりも今の俺には気になる事がある。


ルイにジュールの事を聞くと

ルイは優しく微笑んだ。

その表情にひっかかるものがあり

俺は二人の仲を聞いてしまう。


「は!?そんなわけないだろ!?

おおお男同士だぞ?」


ルイは顔を真っ赤にして俺を睨む。

俺はその姿に面を食らう。

なんだ?


「ジュールは私を家族のように好きだと言っていた。アレックスの勘違いだよ」


じゃあジュールの片思いかと聞くとルイは悲しそうな表情でそう言った。


もしかして..

ルイもジュールが好きなんじゃないか?


ルイの揺れる瞳に恋情を感じ

思わずパーティに誘ってしまった。

先程クロフォード公爵を王城で見たから

ルイはすぐに自領に戻ってしまうだろう。


そうなれば当分は聞くことが出来ない。

ルイとジュールには幸い猶予がある。


だから今ならお互いの気持ち確かめる事ができる。たとえ終わりがあったとしても。


俺の思惑は簡潔明瞭。

互いに嫉妬心をわかせれば

お互いの気持ちに素直になれるという算段


.....だったがルイはどこぞのご令嬢と

本当に親しげに話し出した。

心なしか距離も近い。


おいおい、まさか知り合いなのか?


ふとルイと話す令嬢が俺達を見る。


「あれはもしかしてブルーローゼ家の..」


ジュールが傍でポツリと呟く。


「ブルーローゼって言えば

噂の変わり者のご令嬢か」


そういえばどこかで聞いたことがあったな。

ルイの縁談の噂でその家の名前が。


ってますますまずいんじゃないか?

本当にルイはジュールの事が好きなんだよな..?


俺が恐る恐るジュールを見るとジュールはじっと二人を見つめている。


マスクのせいで表情は読み取れないが気にしているには変わりない。


「ジュール、このままでいいのか?

このまま中途半端にいても

自身も、今後妻になるだろう相手も傷つけることになるぞ」


俺の言葉を聞くとジュールはこちらを見る。


「この気持ちはルイにとって手枷にしかならない。

俺はルイに幸せになってほしいんだ。

俺じゃなくて彼女のような人間がルイには合っている」


マスク越しでも分かるほどジュールは苦しげにそう呟く。


「そうじゃなくてジュールはどうなんだよ。

お前はそれで幸せなのか?」


俺はそう言ってジュールを睨むとジュールは口角を上げる。


「あいつが笑ってくれるのが俺の幸せだ」


ジュールの声は震えていた。

嘘と真実が入り混じったような複雑な声。


俺にはジュールの気持ちが分からない。


それほどまでに人を好きになった事がないからだ。


程々に遊ぶし、相手も自分の気持ちに応えてくれれば嬉しいし、それがすぐに終わってもあまり気に止める事はなかった。


恋心なんて気持ちは案外儚くて

一度燃えても終わりがある。


だからその期間だけその気持ちが発散できればそれでいいと思っていた。


相手の幸せで四苦八苦したりして

そんな恋愛の何が楽しいんだろう。


なのに、どうしてか二人を見る

ジュールの姿が大きく感じて、

自分には何かが足りないような

気がしてくる。


ジュールの背中を押して二人がくっつけばそれで幸せなんじゃないか?


それよりももっと大切な事が他にあるっていうのか?


..俺は何に傷ついているんだろう。

さっきから胸の奥がひどく軋む。


そう思っていると、

ルイと令嬢がホールから出て行ってしまう。


「やばっ、おいジュール!追うぞ」


俺はジュールの腕を掴んで

二人を追いかける。


仲いいところ見せろって行ったけど

二人でどこに行く気だ?

まさかあのご令嬢、ルイの事気に入っちゃったのか?


俺は冷や汗をかきながら二人について行くと、

二人は鍵付きの個室へと入っていった。


「アレックス、もういい戻ろう」


ジュールは掴んだ俺の手を軽く払うと

ホールへ戻ろうとする。


「それが本当の気持ちなのか?

お前達には猶予があるだろ?

ルイの気持ちを確かめろよ。

その期間だけでも自由に恋愛すれば良いじゃないか」


俺は必死にジュールの腕を掴んで

ジュールのマスクをとった。

そして俺もマスクをとる。


ジュールは悲しげに瞳を揺らしながら真っ直ぐに俺を見る。


俺が悔しげに眉を寄せるとジュールは穏やかな笑みを浮かべて頷く。


「一定の期間だけ自分の気持ちに

素直になるなんて俺には無理だ。

好きになってしまえば止める事は出来ない。


だけどそれでルイを傷つけたくない。

それほどに大事な人なんだ」


「ジュール..」


ジュールの瞳は侵しがたいほどに澄んでいて、

有無を言わさぬように俺を捉える。


「女装じゃないでしょう!

由来は女の子なんだから!」


唐突に壁の奥から令嬢の声が聞こえてくる。


「ユラ?」


俺が訝しげに呟くとジュールは

目を大きく見開いて硬直している。


それからドアが開くと、

白いドレスをまとった

美しい少女が出てきて目が合う。


薄紫の瞳に白金髪。

その少女は紛れもない、ルイだった。


「ルイ?」


驚きで思わず声が裏返ってしまうが

ジュールは吸い込まれるようにルイの所へ行くとルイの手を掴んでどこかへ行ってしまう。


「えっ?」


俺はわけがわからないままその場に立ち尽くすと、部屋から追うようにブルーローゼ家のご令嬢が困惑げに出てくる。


波立つ美しい藍色の髪に赤い月のように艶のある瞳が、気の強そうな彼女の顔によく似合っている。


「あら....ルイ様のご友人かしら?

私はオリヴィア・ブルーローゼと申しますわ。

貴方はコンラッド家の方ですわね」


オリヴィアはふふっと上品に微笑むと俺の顔を値踏みするような目で見てくる。


「ビジュアル的にわんこ系ってところね」


ボソリと何か呟いたが聞き取れず

ひとまず微笑んで答える。


「大当たり!俺はアレックス・コンラッド。

気軽にアレックスって呼んでくれて構わないよ。

それよりなんでルイは女装していたんだ?

何かトラブルでも?」


オリヴィアはふわりと花のある笑み浮かべると静かに首を振る。


「いいえ、ルイ様とは仲良くさせて頂いていますわ。今日も私の趣味に付き合って頂いただけですのよ。

もしかしてアレックス様も着てくださるのかしら」


「い、いや..遠慮しておくよ..」


オリヴィアは服のデザインを自ら手がけたりしている話を聞いていたから、

ルイはそれに付き合わされたのか..。


まぁいいか、

ルイとジュールが気になるけど

とりあえずロビーで待とう..。


「ルイ様にジュール様の事を吹き込んだのは貴方かしら?」


立ち去ろうとするとオリヴィアに呼び止められる。


「そうだけど?どうかした?

やっぱりオリヴィア嬢はルイが好きなのか?」


俺が茶化すように微笑むとオリヴィアは

含んだように微笑む。


「好きだと言ったら、

面倒だという顔をしてますわね。

アレックス様は存外強かなお方なのかしら」


「何が言いたいんだ?」


「いいえ、私と貴方の考えが同じなのかと思いまして」


オリヴィアはそういうと、コツコツと高いヒールを鳴らしながら俺に近づいてくる。


「私もルイ様に..

ルイに幸せになって欲しいです。

ジュール様はルイをどう思っているのですか?」


耳元で囁くオリヴィアの声に驚いてオリヴィアを見るとクスリと艶のある笑みを浮かべている。


いくつも年が下のはずなのに

..強かなのはどっちなのか。


俺はオリヴィアの笑みに乗るように落ち着いた微笑みを浮かべる。


「両思いのはずなんだ。

俺は薄情な男だから二人がどうして気持ちを言わないのか分からない」


人の気持ちは分かる方だと思ったんだけど。

どうやらそれは思い込みらしい。


オリヴィアはきょとりと俺の言葉を聞くと

突然俺の髪を撫でてくる。


「なに?」


「あら、失礼。

本当に子犬みたいな瞳をしてたから..」


オリヴィアはにこっと無邪気に微笑むと

そのまま俺の髪を撫で続ける。


腕を伸ばして撫でられると不思議な気持ちになる。

ジュールは知らないが、

俺にとっては13歳はまだ子供だ。

なのにどうしてか心地よかった。


「お嬢さんの気がすむまでどーぞ、

子犬なんてはじめて言われたよ。

童顔なのは自覚あるけど

これでもジュールと同い年だよ」


「えぇ、最近飼った犬にそっくり」


「飼い犬って..」


俺が眉を寄せるとオリヴィアは悪戯っこのように

クスクスと笑っている。


長い睫毛の下の大きな赤い瞳は細めるとより可愛らしく見える。


「ロビーでルイ達を待ちましょう

どうなるかは二人の問題だもの」


オリヴィアはそういうと俺をロビーに促す。


「いいや、

ロビーまで俺がエスコートするよ。

お手をどうぞ、お嬢さん」


俺がそういうとオリヴィアは上品な仕草で俺の手を取る。


二人の問題、か..。


「君の方がずっと大人みたいだ。

俺は二人が心配で、お節介を働いた」


ロビーに向かう途中、オリヴィアにそういうと

オリヴィアは優しい眼差しで俺を見る。


「それだけご友人が大切なんでしょう。

先程から二人が気になって浮かない顔ばかりされていますわ」


オリヴィアの言葉に瞠目する。


「そうか..

こういう事だったのかもな..」


大事だから相手が

どう思うのか気になるんだ。


相手のためにした事が

相手を傷つける事かもしれないってぐるぐる悩んで、

だからジュールは辛そうなのに、

それで良いって顔をしていたのかもしれない。

そう思えば案外悪くないかもな..。


ロビーに着くと俺とオリヴィアは横並びに椅子に座る。


「..アレックス様は、

薄情なんかじゃありませんわ。

こんなにご友人の事で悩めるんですもの」


オリヴィアはポツリとそう呟くと優しく微笑む。


「きっといつかご友人にように

心から大切にしたい相手に巡り会えますわ」


オリヴィアの言葉に胸に温かいものが落ちていくような心地がする。


..本当は心のどこかで

諦めていたのかもしれない。

俺達には遊びの恋は出来ても

本当の恋は出来ないんじゃないかって。


いずれ結ぶだろう婚姻の相手を好きになれるかも分からないんだ。


だけど..

俺もしてみたい。

一緒にいるだけで愛おしくて、

その人を何より大事にしたいと思えるような

そんなあたたかい恋を。


「あぁ、ありがとう」


俺が礼を言うと

オリヴィアは嬉しそうに頷く。


それから俺達は互いの友人を心配しながら

時折小話を交えてその時を待った。


まさかルイがジュールに抱えられて来るなんてこの時の俺は知る由もなかった。

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