第九十九話 「歴史、文化、総てを此処で」
どれくらい時間が経っただろうか。体感では10分ぐらいは抱きついてた気がする。私はようやく両親から離れて、『通信』の護符を起動した。
「『叡智』」
『うんうん。お疲れ様。これで君の目的である両親の奪還と、僕の目的である九十四級の回収が終わったね。あとは…』
「うん。これから始めるよ。おじ様に伝達と、『転移穴』設置、よろしくね?」
『分かってるよ、まっかせて』
『通信』の護符の魔力を切断し、両親の方に向き直ると、二人が不思議そうな顔で私を見てきていた。なんだ?
「どうしたの?」
「今、誰と話してたの?」
「あぁ、これで遠くにいる仲間と話してたの。私の仲間は凄くてさ、こういう凄いものも作れちゃうんだ」
「へぇ、凄いな…。父さんも其奴に習いたいよ」
お父さんが感嘆の声を上げるが、やめた方が良いと思う。『叡智』は性格悪そうだし。ていうか、弓壊れちゃったし新しく作ってほしいな、魔力が篭ってない普通の弓が使いたいものだ。
そんな事を考えていると、視界の端に大きな奈落まで続いていそうな穴が現れて、ひょっこりと『叡智』が現れた。
「よい、せっと。ふぅ、開通」
「早いね」
「これぐらいの距離ぐらいなら一瞬さ。それで…」
『叡智』が言葉を切って、真顔でリーゼリットの方に眼差しを向けた。それに即座に気付いたリーザリットも『叡智』に眼差しを送る。
「初めまして、リーゼリット王。僕は…」
「良い。早くラルダの両親を彼方へ送れ。此処に長居をさせていては状況が悪くなる」
「ほう、それは何故?」
「分からぬか?この王宮の地下から漂ってくる悪の気が」
『叡智』はそれを聞き、ハッとする。彼も何かに気付いた様子で、私の両親に向けて言った。
「ご両親方、此方の『転移穴』を通ってください」
「通れと言われても、これ大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。安心設計ですからね」
「そうか、なら。よっと」
お父さんの決断は早い。即座に飛び込んだぞ…。対してお母さんの方はと言うと、飛び込もうとして、一歩立ち止まって、私の方を向いて、
「頑張ってね」
ニコリと笑って言った。あの人の笑顔は痩せこけても変わらないな。ちゃんと食べさせて、また元の笑顔を見たいな。
「うん、ありがとう」
私も笑顔で返す。すると、お母さんは頷いて『転移穴」に飛び込んだ。そして、この場には『叡智』と私、リーゼリットだけが残った。
「リーゼリット様は行かないのですか?」
「ん、あぁ。我は貴様に付いて行くぞラルダ」
「えっと、何故?」
「何、奴が治めていた国が滅ぶのだ。それを見たくない訳が無いだろう?」
そう言って、フッと笑う。余程嫌だったんだな…あの人の横にいるの。
「もう龍帝には伝達を送っといたからね。龍帝が来たら、背中に乗ってそのまま始めてくれて良いよ」
「はいはーい」
そう言って、手を小さく振ると、彼も手を振って、『転移穴」に飛び込んだ。こうして、二人きりになってしまった。
「では、おじ…龍帝が来るまで待ちましょうか」
「あぁ」
暫く会話が途切れて気まずい空気になる。どうしよう…何か良い話、無いかな?なんかこのままだとすっごい気まずい。うーん…。
「ラルダよ」
「はいっ!?何でしょうか…?」
「汝は『殲滅』を会得してから、どう思った?」
「どう…?そうですね…、人を殺すのが楽になった…感じでしょうか」
「そうか。では、果たしてそれが汝に必要か?」
必要か?断じて必要ではない。寧ろ要らないぐらいだ、こんな世界をも壊しかね無い危険な魔力。あの時は凄い力だと思ったけど使っているうちに威力調節が難しいし、消費魔力も激しいから使いにくいと気付いた。
「要りません。人を殺めるのはあまり好きではありませんから」
「で、あろうな。では、それを扱うのはこれで最後だ」
「最後、と言うと以降、使わなくていいと言う事ですか?」
「使わなくて良いのではなく、我がその魔力を摘出してやると言っている」
「そんな事出来るんですか?」
「我に不可能は無い」
「流石です」
私がそう言うと、彼は大笑いした。褒められると素直に喜ぶタイプか。褒められても素直に喜ばない人よりも全然良い。寧ろ好みだ。
そんなことを考えてても彼には筒抜けなんだろうなって考えていると、壁を突き破って白銀色の龍が入ってきた。おじ様だ。
私はおじ様の顔を撫でて、背中に飛び乗る。しかし、リーゼリットは乗ってこないのでちらりと見ると、おじ様と目を合わせていた。
「貴殿が龍帝か…。もう少し、威厳のある者と思っていたが、そうでもないのだな?」
『原初の王様より威厳が無いのは当然だよ、まぁ僕なんてただの龍の様な物だし威厳の欠片も持ち合わせていないのは見逃してくれると嬉しいな』
「変わった奴だ。どれ、背中に乗せて貰おうか」
『どうぞ。安全に運搬するよ』
会話を終わらせてリーゼリットが私の後ろに乗ってきた。最初の言葉で少し喧嘩でもするのかなと思ったけど、杞憂に終わったようで安心した。
「じゃあ、お願い。国の上空へ」
『任せて』
おじ様は私達を乗せて大空へと飛び立つ。強い風を地肌に感じながら私は魔力を右の手先に集中させる。暫くすると青緑色の霧の様な物が出来上がった。これは『霹靂』と『殲滅』の合わさっただけの粒子。これを今から矢の形に練り上げていく。魔力を練り上げ、形を作っていく。隙間なく、細部細部に魔力を込めて、なるべく小さな器に強大な力をねじ込んでいく。
「よし、できた。じゃあ次は…」
左の手先に魔力を込めて、弓を形作っていく。これに関しては人皇戦で産まれた偶然の産物。月帝弓の性能よりかは大幅に劣るものの、最終定理を高威力で放てるのは大きい。
弓を作り終わった頃には国の全体を見渡せるぐらいの高さにまでやって来ていた。全体を見ると、私が壊した所以外はとても綺麗な街だった。これを自分の手で壊す、と思うと少し憚られる。だけど…やるしかない。
弓に練り上げた『殲滅する破星の轟矢』を当てて、狙いを定める。『猟眼』も開眼し、丁寧に狙いを定める。風の向きもちゃんと計算し、此処ぞと言った所を狙う。ズレれば綺麗に消滅させる事が出来ない。消し残し無く、消す。
「………」
数秒の沈黙。私は目に力を入れて、狙いをつける。此処だ。
「……ふっ!」
『殲滅する破星の轟矢』を放つ。それは青白い光を纏いながら真下の中央広場へ綺麗に落下していった。完璧だ。私はそれを確認した後、『猟眼』を閉じて、おじ様に指示する。
「行って!此処に残ったら危ない!」
おじ様はそれに応えて、一気に速度を上げた。かなりのスピードで一気に国の外部へとやってきた。上空から見れば分かるのだが、国の周りは私が襲撃した南門以外、とても綺麗な緑色の草原だった。奥には暗い葉が生い茂る森が存在していた。おじ様が待機していた森だね。
しばらくして、轟音と共に背後が光る。振り返れば目が潰れると思ったので、そのまま前を見続ける。あれは人間族が築き上げてきた歴史、文化…総てを消し去る光。あれを私が放ったのだ。そう思うとなんか、なんとも言えない気持ちになった。
「終わったんだ……やっと…」
私は静かに呟いた。なんとか、大きな峠を越えた気がした。やっと人皇に一矢報いる事が出来た。




