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第九十八話 「やっと出会えた」

 階段を降りながら、私はリーゼリットの事を考える。『叡智』の話によれば、長耳族最古の王で、原始の時代を生き抜いたとされる最古の旧英雄。気宇壮大な魔力総量を持ち、原初の時代に生えていたとされる神樹の力を扱う。

 神樹の力は長耳族の王たる彼のみの特権であり、他者がその力を模倣しようとすると不完全な物として実現される。『全』の魔力を持つ者でも完全な神樹を実現させる事は不可能だって話だ。だから人皇が『神樹棘殲(スタルリード)』を行使した時、棘も何も無いただの触手のようなものが現れた訳か。

 そんな事を悶々と考えていると、リーゼリットがはたと止まった。


「そういえば」


 あぁ、王様が見上げるのは良く無いな。私が見上げないと。と言うわけでリーゼリットの二段下に降りてからリーゼリットの方に向いた。


「別に立場は気にしなくても良いのだぞ?」

「いえ、貴方は王で私は一般人ですから。私が上に立っていたらいけません」

「まぁ、貴様がそれで良いのなら良いのだがな」

「それで、何でしょうか?」

「貴様の名を聞いてなかった。我の名は知っているようだが、ずっと小娘と言われるのも癪だろう。名を名乗れ」


 名前、か。てっきりずっと貴様か小娘呼ばわりされるかと思ったけど、そうでも無いみたいだね。


「ラルダって言います」

「ラルダ、か。貴様の名、覚えたぞ」

「はい、ありがとうございます。ところで」

「なんだ?」

「何故私達には家名が無いのでしょうか?月神には存在しており、人間族にも存在しているのに」

「長耳族、いいや。魔族と呼ばれる者達に家名は無い。月神とやらに家名が存在しているのは人間と神の間に出来た半神半人だったという奴であろう」

「成る程、ありがとうございます」


 人間族だけの物だったのか。どおりで長い名前だけだと思った。話は終わり、階段を降り、王の間へと続く廊下に出た時、再びリーゼリットが止まった。


「どうしました?」

「また来たか。次は残った兵を総動員して我等を止めに来る気だ。仕方ない、急ぐぞ」

「はい…わっ!」


 急に抱き上げられて、思わず声を上げてしまう。ていうか、この持ち方…お姫様抱っこ?


「あ、あの!私、まだ走れますよ!?」

「そう無理強いをするな。先程の戦いで大魔術を何発も放ち、魔力が底に尽きかけてるのは知っているんだぞ?ましてや貴様はこの後にもう一つする事が残っているのだから、此処は我に任せよ」


 あぁ、成る程。これがクレスにお姫様抱っこされた状態で目覚めた時の剣聖の気持ちか。何となーく分かった気がする。これは嬉しくなる。


「『神樹煌壁(カイザルシーラ)』」


 虚空から光った苔が付いた大樹が其処彼処から生えて来て、通路を塞いでいく。あれが神樹か。それも本物の。


「このまま行くか」

「えぇ?」

「なんだ、嫌なのか?」

「いえ…嫌じゃ、無いです…」

「そうか」


 違うんだ。これを映写器で投影されてあっちで見られてると思うと恥ずかしいんだよ…。主に『叡智』に見られてるのが!

 そんな事を思って顔を熱くしていると、王の間に辿り着いていた。私はお姫様抱っこから解放されて、お母さんとお父さんが居るとされる部屋へ向かう。


「えっと…此処に居るんですよね?」

「あぁ。開けるなら早くしろ」

「はい……」


 ドアノブに手を掛ける。そしてゆっくりとドアノブを回し、中を覗く。中はちょっと埃っぽくて汚らしい部屋だった。そして、少しだけ甘ったるい臭いがする。

 扉を全て開いて中に入る。其処には足枷を付けられた細っぽい女性と同じ様な男性が座っていた。女性の方には身体中に痣や傷が付けられており、目に光がない。余程乱暴に扱われたんだろうな。

 男性が此方を向いてじっと私の顔を見てくる。そして、少し口を開いて。


「……お前、ラルダか?」

「うん……そうだよ、お父さん…」

「おぉ……おぉぉぉ…もう会えないと思ったのに………あぁ、綺麗に成長したな。父さんは嬉しいよ…」


 震えて、痩せこけた手で私の顔に触れてくる。その手を握って私は言う。


「うん、うん。お父さんとお母さんに似て、綺麗になったよ。二人とも、大丈夫だった?大丈夫じゃないか」

「俺は平気だ…。けどリイアが…」


 確かにお母さんの方の状態は酷い。なんで、私の親だけこんな……。


「お母さん…?」

「………」

「お母さん?」

「…ん」

「ラルダだよ。二人を助けに来たんだ」

「……あら、ラルダ。大きくなったのね。でも…これも幻覚なのね。こんなにはっきり見える幻覚も、初めてだわ」


 死んだ目で私を見て笑ってくる。ちょっと怖い。でも、これが幻覚ではなく現実である事を証明しなければ。私は、二人の足枷を、『霹靂』で強化した拳で叩き割り、二人を立たせて導く様にして部屋の外に出る。


「ほら、幻覚なんかじゃないよ。二人とも、私が二人を解放しにきたんだ」

「あぁっ…明るい。そして、この実際に触れる暖かい肌…ラルダ、貴方本当に貴方なのね…!」

「そうだよ!分かってくれたんだね…お母さん!お父さん!」


 私は二人に思い切り抱きつく。すっかり細くなって、背も同じくらいになってしまったけども、懐かしくて、なんだか目尻がまた熱くなってきた。やっと出会えた。


「や、やっと…やっと出会えた…!やったぁっ…!あははっ!あはははははっ!」


 二人に抱きつきながら、涙を流しながら笑う。嬉しさのせいか、涙と同時に笑いが込み上げてくるのだ。お母さんも静かに涙を流している。


「リーゼリット様」

「なんだロッド」

「俺と妻の毒を取り除いて頂き、ありがとうございます。お陰で娘を悲しませずに済んだ」

「我の独断でやったまでだ。感謝される筋合いは無い」


 小さな声で会話しながらリーゼリットはフッと笑みを浮かべて、誰にも聞こえぬ声で呟く。


「やはり、この様な展開はいつ見ても、飽きぬものだな…」


 暫く王の間には、暫くラルダの笑い声や、ロッドの笑い声などが響いた。

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