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第九十四話 「人格破壊者」

 気が付けば王の間の様な場所に辿り着いていた。王宮内には誰も居なくて、少し妙だったが気にしないでおこう。そして、あの玉座の横に立っている男は…。


「よくぞ来たな。『救世』を名乗り、長耳族の英雄とならん者よ!」

「……!」


 旧英雄、又は長耳族の始まりの王、リーゼリット。彼は私に向かって大声で言った。私はその声で少しびっくりする。確かに彼には会いたかった。でも今はそれじゃない、人皇だ。私は無言でさっき殴られた事で少し壊れた月帝弓をリーゼリットに向ける。


「おっと、そう殺気を出すな。我は貴様と争う気は無いのだ。まして、女を相手をする気もない」

「女だからって!舐めないでください!」

「ふふふ、舐めてなどおらぬ。貴様は強者だ。だが、貴様の目的はあくまで人皇の殺害…我の事はおまけであろう?」

「……え?何で知ってるんですか?」


 まさか、情報の漏洩!?あの『叡智』がそんなミスを?いやまさか…。でも魔力を全く感じないし、本当に戦う気はないらしいので弓を下ろす。


「貴様らは我が子孫。親が子供に対してお前の事などお見通しだと言うのと同じようなものだ。貴様らの思考を読むなど容易い」

「『同調』無しで……じゃあ人皇は何処ですか?」

「其処の部屋の中だ」


 そう言って彼は一つの扉を指差した。其処にいるのか。早く、お父さんとお母さんの居場所を聞き出して無事を確認したい。そう思いながら、其処の扉に近付こうとすると、リーゼリットに止められた。


「待て」

「何故です?」

「貴様があの部屋を覗けば後悔する。開けるでないぞ?」

「でも…」

「貴様も、自分の両親が、同胞が如何なる扱いを受けているか、知りとうないだろう?」

「っ…」


 確かに、知りたくない。でも知らなければ事が進まない。彼は口を噤んでいる私から目を背けて、人皇が居るとされる部屋を睥睨する。彼的にも、やはり自分の子孫が雑に扱われていると言うことが気に入らないらしい。彼は溜息を一つ吐いて、


「人の皇。いつまで其処に引きこもっている気だ?客人を待たせるとは些か、礼儀がなっていないと思うのだが?」


 王の間に響き渡る様な声で言い放った。リーゼリットと人皇はどちらの方が立場が上なのだろうか?この場合、召喚した人皇なのだろうが、そうは見えない。

 その声が届いたのか、ゆっくりと扉が開く。私は人皇よりもその部屋から漂ってきた異臭に顔を顰めた。なんだ…この臭い…?妙に甘ったるくて、鼻をつく様な…。そして、魚屋の前を通った時にふっと鼻に入るあの臭いに似た臭い。


「一体何をしていた?」

「お前に言う程の事ではない」


 人皇はリーゼリットからの質問を流し、こちらに目を向ける。


「貴方が人皇ですか?」

「如何にも、私が人皇。最後の人間族の王だ」

「そんな貴方に、少し聞きたい事が」

「ふむ…聞くだけ聞こう」

「長耳族の奴隷達は、何処ですか?」

「何故貴様に答える必要がある?ましてや、教えるとして、貴様らにおいそれと身柄を渡すと思うか?」

「誰もそんな事思いませんよ。では追加でもう一つ」


 私は淡々と言葉を続ける。


「貴方が持つ奴隷の中で、私の顔に似た、長耳族は居ますか?」


 そう言って、首元のマフラーを取る。完全に素顔が露わになった。だけど、これで良い。


「…………………そうか。奴らの娘だったのか………くく、ふふふ………」

「何が可笑しい」

「いや、すまない…ふふっ。わざわざこんなところまで、両親を助ける為に来るとは、健気で良い娘だ…。だが、すまない。貴様の知る両親はもう居ないのだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、私の体は、冷水をぶっかけられたみたいに冷たくなっていった気がした。

 私が何も言えずに立ち尽くしていると、人皇が加えて言ってきた。


「私は自分の性処理や労働を全て奴ら奴隷に任せて来たのだがな…やはり、奴らだって疲労し困憊するのだ。なので、少しだけ小遣いをやる事にしたのだよ」

「……あっ…あ……」

「それがこれなんだがな?この国の薬剤師が仕立てた薬だ。服用すればとんでもない快楽が訪れるというな」


 そう言いながら懐から白い粉末が大量に入った瓶を取り出してこちらに見せてきた。私も実物を見たことはないけど、生前、小中高と嫌と言う程見せられて聞かされた物を思い出した。あれは、麻薬だ。それか、麻薬に似た何か。どちらにせよ、一回でも服用すれば逃れられなくなり、最終的には人格が破壊される劇薬。それを、奴隷達に飲ませていた?ってことは……。


「わああああああああああああっ!!!あああああああああああああああああっっ!!!」


 思わず叫んでしまっていた。弓を構えて人皇目掛けて射出しようとするも、それは成されず動きを封じられた。何故体が動かない、と思い四方を見渡すと黒いナイフが四方向に刺さっていた。全て、柄が私の方向に向いた状態で。まさか…。


「すいません、陛下。遅れてしまって」

「わあぁっ…あっ……」

「構わん。寧ろ丁度良すぎるぐらいだ」


 私の横を通り、階段を登って、人皇の隣に立って私を見下ろしてくるのは南門で出会った浅黒い男。九十級が立っていた。此処まで来て、宿敵が目の前にいるのに、何も出来ないなんて…。目尻が熱くなってきて、一筋の涙が零れ、そこからは止まらなくなった。


「なんで……どぉしてぇ…自分から使い物にならなくして……なんで…」

「使い物にならなくなったら捨てるだけだ。ゴミ同然だからな。あぁ、丁度良い。もう奴隷が尽きていた所だったんだ。貴様は弓も魔術も使えるし、護衛としては上出来だな」


 そう言いながら人皇は階段を降りて、私の顎を上げた。


「どうだ?私の下に就くと言うのは。断れば九十級に殺してもらうが…承認すれば延命出来るぞ?」

「嫌っ!貴方なんかの下でなんか絶対に嫌!」

「そうか……殺れ」

「御意」


 人皇が私から離れ、九十級が杭を構えた。前とは違って手も動かせないので、魔力でのレジストが出来ない。あぁ…これはもう詰みだな。なんでこうも、私は恵まれないのかな。

 六本の杭が飛んでくる。外装があるとは言え、彼処から飛んでくるに加えて、九十級の投擲力を見れば外装の間を狙ってくる事なんてありありと分かった。

 全ての杭が私の身体に突き刺さり、六ヶ所から激痛が生じる。血が流れていく感覚が気持ち悪い。

 最後に九十級は一本を私の頭蓋に向かって投げてきた。あぁ、本格的に死ぬな。これ。一回死んだ経験があると言っても、一瞬だった。けど、今回は違う。痛みに悶えて死ぬ。それが少し、怖かった。

 私は死を悟り目を瞑ると、リーゼリットの声が聞こえた。


「そこまでだ」

「え?」


 目の前に魔力障壁が現れ、杭を弾き飛ばした。


「リーゼリット、様?」

「九十四級!貴様、何故邪魔をする!」

「何故?逆に聞くが、何故邪魔をしないと思ったのだ?我がいつ貴様ら人間族側に加担すると言った?」

「貴様は私が召喚したのだぞ!召喚者に逆らうなど言語道断、到底許される行為ではない!」

「そんな事、どうでも良い。我を誰と心得る?長耳族の始祖であり永遠の王だ。それを弁えた上での行動なら、我は貴様等の敵となろう」


 そう言って、リーゼリットは階段を降りて私の前に立った。涙が止まらなくて前が見えないけど、涙を拭って彼の方を見る。


「死を前にしても、人間族に屈しなかったその勇姿。しかとこの目に焼き付けたぞ。我の子孫として、上々だ」


 そう言って、彼は私を背にして言い放つ。


「我が此方側に寝返った事がどう言う事かを今から教えてやろう。しかとその目に捉え、死せ。愚民共」


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