第九十二話 「単騎決戦 破」
浅黒い男が自信有り気な顔で刃をこちらに向けて来る。あのナイフ、何かしらの魔力が篭ってるな。
「どうして旧英雄なんかが人間族側の味方を?普通は襲う側でしょう?」
「ふむ…俺を召喚した国は滅ぼし、流れでこの国も堕とそうと、元首を殺そうとしたんだがな…逆にやられてしまってな」
負けたから、その下に就いた感じか。ならもういいや。私は弓の魔力回路を閉じて、弓から矢を抜き、鏃の方を旧英雄の首筋に向けた。
「……弓を使わないのか?」
「えぇ。実際、この弓を使えばこの国は一瞬で消し飛ばせますが、それだと面白くない。ゆっくり、しっかりと時間を掛けて倒すのが面白いじゃないですか?」
…まぁ。こうは言ってるものの、月神も、赤眼軍勢もこの弓で消滅させてる訳なんだけど。取り敢えず、今は目の前のこの男を倒して、人皇の位置を把握して効率良く殺して行こう。そう思って、一歩踏み出そうとした瞬間────。
「っ!?」
足が重くて持ち上がらなかった。身体が若干前のめりになりバランスを崩しそうになるがなんとか持ち堪える。足元を見ると、ナイフが二本刺さっていた。…あぁ、なるほど。拘束系の魔力と見た。
「…(身動きが取れない、となると増援が来るのも時間の問題か。なんとしてでもこの足枷を外さないと…)」
「どうした?」
私は握っていた矢に『雷帝』の魔力を込める。『雷帝』や『霹靂』を使えば普通に物体を浮かす事ができる。つまり、月帝弓が無くても遠距離攻撃が可能になるのだ。私は矢から手を離して、標的へと向けた。
「……『霹靂』」
「──────っ」
デコピンの要領で矢を弾く。矢はパンっという音を立てて風を切りながら標的に向かって飛んで行った。真っ正面からの一撃、そこらの人間なら普通に弾け飛ぶクラスだ。『雷帝』と『霹靂』、相性はとても良い。
だが、それが彼に被弾する事は無く、矢は90度方向を変えて、私と彼のちょうど真ん中辺りに落下して地面を割った。
「何が起こった…?」
「身動きを封じたと思ったが、流石は弓使いと言ったところか?弓無しで矢を放つとは、もう少し反応が遅かったらどうなってたか…」
矢の近くにはそのナイフが刺さっていた。あのナイフに触れるか、一定範囲内に入った瞬間物質の動きを封じるという感じの魔力なのかな。
うーん…面倒くさい。脚が動かせない、っていう事だけでもかなり不味いのに。一層の事、私の足元を起爆して、このナイフを外そうか。多分この外装なら耐えられる。
私は小規模な最終定理を作り出す。と言っても即席で、名前も考えてないぐらいの物だけど。想像では、『雷帝』と『殲滅』を孕んだ剣。『雷帝』で『殲滅』の火力を底上げする感じだ。『殲滅』で自滅しないのかと思われがちだが、『殲滅』は一番最初に触れた物のみを消滅させる物で、『霹靂』が無いと連鎖的な消滅が出来ないのだ。なので、『霹靂』を混合しない事で地面だけを吹っ飛ばそうという算段だ。こうやって想像すると、案外直ぐに出来上がる。
旧英雄は何かを感じ取ったのか、腕目掛けてナイフを数本投げてきた。だが遅い。もう最終定理は完成している。何かに触れた瞬間に爆発しそうなこの剣を私は手から離した。
剣が地面に付いた瞬間、淡い緑光に包まれ、大爆発を引き起こした。すさまじい爆風が自分を襲うが、外装のお陰でダメージは少ない。流石は土人族特製の鎧だ。そこらの鎧とはレベルが違う。
彼方側は大ダメージを負ってると信じたい。確認がてら足元を確認すると、ナイフは無くなっていた。よし、動ける。
人皇の詳しい場所が聞けなかったのは残念だが、かなり面倒くさい相手だったので後回しだ。計画変更、取り敢えず今は長耳族の奪還が優先しよう。その後で人間族を殲滅する。
私は屋根に跳び、駆け出す。屋根から屋根へ、跳び駆けながら、『通信』の護符を起動し、大声で叫ぶ。
「『叡智』!」
『あぁ。奴隷になってしまった長耳族達の位置はちゃんと探知済みだよ。今からそれをナビしていくから従ってくれ。それと、当然屋内の侵入もあり得る。もし人間族に見つかったら…』
「殺す!早く場所を教えて!」
『了解した。まず、二人だ。そのまま真っ直ぐ屋根を三つ超えた先…地下室に居る。その二人を買ったとされる人は居ない、避難したようだ』
「了解!」
私はスピードを上げて一気に目的の家屋に辿り着き、拳を『霹靂』で強化して屋根を突き破り侵入する。地下室に二人だったか。よし。そのまま階段を降りていき、地下室に居るとされる長耳族を見つけ出す。地下に入ると、暗くて、湿っぽかった。こんな所に幽閉してたのか…。
私はドアを見つけたので蹴り破って中に入る。地下室内も当然暗い。長耳族の姿も見えない。少し荒い技だけど、手の中に『雷帝』の魔力を生み出して灯としよう。地下室全体が照らされて全貌が明らかになる。地下室は粗い石造りで、地面は土。所々に蜘蛛の巣が張ってあって如何にも手入れしていない感が否めない感じだった。そして、そんな地下室の端で二人で縮こまっている女性の長耳族二人を見つけた。彼女らは私を見ると一瞬怯えたが、耳が長いのを見ると安堵の吐息を漏らした。
「大丈夫ですか?」
「……ぁ…ぅ……」
「なんで…?助けに…来てくれたの?」
「同じ長耳族ですから」
そう言って手を差し伸べる。片方の女性はその手を握って立ち上がった。脚や腕が細い。食べ物もろくに食べさせて貰ってなかったのか?もう片方は俯いたままで立とうとしない。よくよく見るとそちらの方が、手などが細く、傷だらけだった。……酷い。
「『究極治癒』……」
取り敢えず、見てるだけで痛々しかったので治癒魔術を二人に行使する。二人の傷はあっさりと塞がり、綺麗になった。取り敢えず一安心だ。
だからってここで放置は良くない。どうしたものか…。
「あ、あの…!」
「ん?」
「助けに来てくれたん、ですよね!ありがとうございます!」
「え、あぁ。はい…使命ですから…。少しこの部屋から抜けます。直ぐ帰ってくるので」
そう言って私は地下室を抜けて、『通信』の護符を再び起動する。
「回収完了、指示求む」
『僕が『転移穴』で其処の地下室と龍の郷を繋ぐ。だから救出次第其処の地下室に連れて行ってやってくれ』
「了解」
地下室へと戻り、『転移穴』の事を二人に告げてから現場を後にする。そして再び指示を聞き、また別の家屋へと侵入、救出する。しかし、ここでアクシデントが発生した。
私が十六件目の家屋に侵入しようとした時に、唐突に後ろから凄まじい勢いで殴られたのだ。思いっきり飛ばされ、屋根から落ちた。
「がはっ…!」
屋根から落ちた事で背中を強打し、少し息が上がる。おかしい、外装を装備しているにもかかわらずなんで防御が出来ていない?
「南からの侵入者と聞いて、飛んで来てみれば…可憐な長耳族の小娘だけか!こんな小娘に南門の軍隊は全滅、九十級は手こずったと言うのか?笑わせる!」
白い髪をはためかせながら大きな笑い声をあげる男が一人。いや、後ろには五、六人の兵士が居た。東か西、又は北門から少しの兵士を連れて飛んで来たのだろう。口振り的に此奴も旧英雄か。何体の旧英雄を従えているんだ…?それに何故、屋根の上の様な開けた場所にも関わらず、存在を検知できなかったんだ…?
ていうか九十級で手こずったのは私の方だが。
流石に前回の様に逃がしてくれる訳ではなさそうだし、此処は本気で戦おう。魔力の出し惜しみはしない。




