聖なる猫
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山中渓 司の妻、霞は芸能界の元アイドルだった。今回、芸能界の同窓会が開かれることになった。霞は単身東京に乗り込んで来ている。久し振りに見る東京は懐かしかった。
同窓会は至って小さな内輪だけのものである。会場も小さな料亭だった。
霞のデビューした年は、よく陰口を言われたように、至って不作の年だった。結局、成功した者は居らず、ほとんどが芸能界を去っている。唯一しがみついているのが、『パピルス聖猫』というおかしな名前の女である。この女は元、『安井元子』とか、何とかと言い、アニソンの作詩家に成ってから、名前をこれに改めた。
パピルス聖猫の経歴ははっきりしない。いつの間にか舞台の袖で覗いており、気が付けば、舞台の上に上がっていたタイプである。何やら脇役でゴチャゴチャとやっており、アイドル達には、本気で相手にされていなかった。別段美人でもなく、別に才能があった訳でもない。現に、世に出たアニソンもたかが知れている。一体何者なのか、何故残ったのか、誰も知らなかった。
一同見る影もなくなってしまったので、改めて自己紹介が成された。霞はパピルスの隣りである。パピルスが名乗ると、一同から「おお・・・」と言う静かなる、溜息にも似た歓声が起こった。多少軽蔑が混ざっている。一応、今や英雄?である。英雄?の凱旋である。そして、いつもの通り、この女はおかしな服を着ている。僧職者のような、制服のようなーー今でいった「ゴスロリ」ーーといった感じであろうか。
霞にはこの女の記憶がなかった。瑠璃葉が生まれてからこっち、芸能界にはほとんど疎かった。
御飯を食べてる最中、ふと隣りを見ると、おかしななりをした女がいて、びっくりした。耳の中で先程の自己紹介のリフレインが繰り返し聞こえている。思わず・・・
「あなたお名前は?」
「さっき云ったでしょ。予はパピルス聖猫じゃ」
馬鹿じゃあるまいし、なあ。
「あなた声優よね」
「何聴いてるのよ。アニソンの作詩家よ」
「ハア。ハア」
霞がじろじろ見てると・・・。
(この女・・・何処かで見たことがある・・・奇妙な制服、横柄な態度、中途半端な顔立ち・・・。知ってる・・・知ってる・・・何処かで・・・聞いたことが・・・ある)
霞は無意識に
「猫さん、あなた、うちの亭主知ってるわね?」
「有名人?『ジャイアント馬場』?知ってる訳ないでしょ」
知ってる、知ってる、この女ーー司が以前話してたの、思い出した。
「どちら様よ、その宿六?お宅ではどういう常識で物事を・・・」
「猫さん、うちの亭主のこと是非教えて欲しいんですけど、この通りです(ペコリ)」
「ええー!?
・・・。
馬鹿亭主の名前云って御覧なさいよ」
「はい。うちの主人の名前は山中渓 司。政治学者やってます。謎のテレビについてお伺いしたいんですけど。うちの亭主が悪の秘密結社と関わっていやしないかと」
「・・・。
こんな処では喋れないわ。人払いしないと。
奴が漏らしたんだから、私のせいじゃないわ」
「そうです。そうです。猫さんのせいじゃありません」
「天下のアイドル様、世の中には知らなくていーこともあるのよ」
「そこを何とぞ」
「もう一声。もう一丁」
「あなた様には、ご迷惑は、一切おかけしませんわ」
「そう、かけてはいけない。でも、心配しなくていいわ。悪の秘密結社とか、一応関係ないから」
霞はひとまずホッとして
「席をひとまず変えましょう」
霞は強引にパピルスを料亭の隅の階段の間に連れて行った。しょっちゅう仲居が出入りする。
「で、何が知りたいって?」
「宅の主人が言ってる、おかしなテレビについて、ですの」
「悪い秘密結社でもないと云ったけれど、もし似たようなものでも、あなた、知りたい?」
「はい。是非お願いします」
「は~。・・・『成り切り子ども大会』。全国の電波なお子ちゃま達が集まって一発、芸を披露し合って、一発当てるのよ。そこに山中渓と不破というのが居て、不和で困ったわよ」
「そのテレビ何処で放送されてたんですか?何処の電波ですか?」
「そうね、これは普通のテレビじゃないのよ。特殊な電波を使用する(頭の電波)、謂わば・・・『裏テレビ(頭の電波テレビ)』?」
「『裏テレビ』?って何ですのん?学校で講堂で映写機で見せてる奴みたようなもんですか?それとも、ビデオみたようなもんですか?」
「大体違うけど、そうみたようなものね」
「そのビデオ、レンタル出来ますか?」
「そうね。今度、考えとくわ」
「分かりました。それでは、いよいよ話の核心に入って下さい」
「うむ。
楽屋では私達は本番を待っている。舞台では、司会者、パネラー。客席には客達。異様に高まる緊張感。追い詰められて行く出演者。今、舞台では『ミスター珍名・奇名』をやっている。次が、『天才子どもショー』。尚も高まる緊張感。ついに緊張の糸が切れた時に、突如、不破がゴリラの如く暴れ出す。鼠でも悪い頭をかじったんじゃない?防御する山中渓。A・Dが呼びに来た時には、引っかき合いの喧嘩をやっている。
『仕方がないから、もう一遍、珍名・奇名呼んで、来いやー』と、ディレクター。
舞台では
『小鳥が遊ぶと書いて、たかなしと読みます』(テレビ『珍名・奇名さん、いらっしゃいのコーナー、か何か』より)
おい、それ、百回聞いたゾ。日本に2・3軒しかないんだろう!
怒号の嵐。
そこで、『新入り、お前、何かやって来いやー』
新米A・Dに白羽の矢が立つ。
ケツを蹴られて
『え~アフリカは内戦の地よりやってまいりました・・・ドミニクです・・・ドミニクと書いて、土曜日という意味です・・・ボクは、内戦には参戦しません』(テレビ『すばらしい世界旅行』より)
シーン。満場水を打ったように静かになる。
『やっぱり、昨日視たテレビのパクリじゃねーか!』
座布団が飛んで来る。
まあ、こんな処よ」
パピルスは語り終わった。
(何か隠している。この人は何か隠している。それでも・・・まあ、いっかー。これだけ分かれば・・・)
「猫さん、私と親友に成って下さいね。大阪にお立ち寄りの時はどうか、当方へ、お越し下さいね。『地の、濃いフランス料理』を一緒に食べましょう」
「・・・・・・」
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