幽霊屋敷1
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マリーの症状が悪いらしい。今では、誰が誰やら分からないらしい、と過剰な評判を立てている者もいる。
マリーはぶらぶら彷徨い歩いた。それがまた、色々な噂の元になる始末であった。
マリーは至る所に現れた。神出鬼没に見えただろう。噂を信じている者にとっては、恐らく恐怖だっただろう。恐怖は拡大して行った。
良秋の小学校でも、マリーは評判だった。老女が昨日、何処で何をどうしたこうした。幸い、老女と小松原家との関係は、知られずにいた。
子供達は容赦なかった。格好な、なぶり者と言えよう。子供達にとって、恐怖よりも好奇の的としての意味合いの方が強かった。
マリーは子供達の間では『キュラー夫人』と呼ばれていた。中には、彼女を『マリー・キュラー・オジンバラ』だと、信じ込んでいる本当の馬鹿もいた。良秋は幾度、張っ倒してやろうかと思ったか知れない。
マリーに一番興味をそそられていたのが、『スピーカー』と呼ばれる、リーダー格の少年だった。兎に角、良く喋るので、そう渾名されていた。大人や年上との付き合いが多かったからであろう、スピーカーは何でも良く知っていた。スピーカーはマリーの話しを掻き集めていた。自分でも捏造していたのかも知れない。その内どれが本物で、どれが偽物なのか、分からなくなっていたのだろう。スピーカーにとっては、どれも本当なのだろう。
彼の話しによると、キュラー夫人は、夜な夜な、「幽霊屋敷」に出没するそうだ。「幽霊屋敷」とは、緑地にあ
る廃墟のことである。「幽霊屋敷」とも「お化け屋敷」とも呼ばれているが、一応誰も幽霊を見たことがない。廃墟の事は大体そう呼ぶそうである。
今日一日、少年達は幽霊屋敷の話しをし続け、結局今度の日曜、中秋の名月にお化け屋敷を探検することになった。なぜスピーカーは中秋の名月を選んだのか?明るい程恐くないからである。良秋は止むを得ず、この会に参加せざるを得なかった。
お化け屋敷というのは、良秋の中でも、最もはっきりしない事柄の一つである。そもそも、夢か現実かはっきりしないのである。何処にあったのかもはっきりしない。言われれば、そんなものもあった気がする。念入りに強く思い返せば、緑地の途中にあった気もする。時々、何かの加減で自転車からふと、見えることがあった気もする。その都度、思い返しては忘れ、忘れては又見る、ことを繰り返していた気がする。
確か・・・幽霊屋敷は・・・川を背に、ボロボロになった・・・コンクリートの廃墟だったのではないか。周りを鼠色のトタン塀に囲まれ、もしかして「立ち入り禁止」になっていたかも知れない。いや、ただ単に鉄鎖がついていただけかも知れない。周りを砂利か石ころで囲まれているーー庭であるのであるがーー春などは白詰草、蓮華草が外から侵食咲きしていたように見える建物であったような・・・。良秋には、記憶の残底に残っていたような気がする。
いつの頃だったか、現実だろうか、夢に見たのだろうか、良秋は自転車を止め、幽霊屋敷の前に来ていた。トタンとトタンの隙間、鎖の下から入ったのだろうか?
幽霊屋敷は鉄筋コンクリート造りの二階建てで、国会議事堂に似ていた。窓ガラスは割れ、砕け散っていた有り様であった。
一階はやけに狭く、二階は殊更で、チンケで見所何処にも無くしょうもない奴で、それでいて不気味で、直ちに出ないと、誰かが来るかも知れなかった。慌てて逃げた。夢にしてはやけにリアルである。
追加措置としては、「車寄せ」が存在するには、庇が足りず、前の庭は非常に狭く、舗装もされていない。心待ちにしていた玄関前のお車回しが、期待出来ない。
しかし、この建物は、昔の役所か、会社か、何の跡だろうか?前の水道局だろうか?火事の焼け跡だろうか?それとも、『大阪大空襲』の焼けた跡だろうか?どうして長期間、放置してあるのだろうか?
幽霊屋敷は何か非常に重たい印象から、子供達の秘密基地等には成り得なかった。いつの印象も、誰もいない。いつ、恐いものに巻き込まれるかも知れない。
秘密基地といえば、他にあったかも知れない。南住宅(昔、今福鶴見南バス停の東っかわにあった、ボロい文化住宅)の所に、ゴミの山のような所があり、そこで段ボールで、秘密基地ゴッコをしたかも知れない。自動車のハンドルや車の椅子のゴミまで落ちていた。横堤の方にも幽霊屋敷めいた物があったような。それらの記憶がごっちゃに成っているのかも知れない。
しかし、良く覚えてることから実際に無断で入って見たのではと・・・。良秋は冷や汗をかいた。
しかし、今度の日曜、現地集合。幽霊屋敷。行き方も場所も分からない・・・。
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