閑話 見知らぬ世界で
閑話です
本編ではありませんが蛇足でもありません
読まなければ話が分からなくなる恐れがあります
「ミオ、今!」
「はいはいはぁい!」
鋭いリリィの声に、おざなりに返事をしながら落ち葉を踏みつけて駆ける。
視線の先では、ちょうどイアンが左手に持つ盾でリザードマンの蛮刀を弾いていた。
甲高い音と共に、双方の動きが一瞬止まる。
「ふっ!」
そこに生まれた隙に、短く声を発しながらリリィが槍を素早く突き出す。
腰を入れた鋭い一撃は過たずリザードマンの鱗を貫通し、右肩を深々と貫いた。
それでも動きを止めないリザードマンが、蛮刀を捨ててリリィの槍の長い柄を掴む。
一度刺さった槍はそう簡単に抜けるものではない。
至近距離でリザードマンと相対したリリィは――しかしあっさりと槍を手放した。
「ちょえええいっ!」
後退したリリィとすれ違うようにして前に出た私は、長くて邪魔な袖を振り回しながら、両手で持った刀を振り下ろす。
誰がどう見ても素人の一撃。
それでも槍を掴み意表を突かれたリザードマンは、その一撃を躱すことが出来なかった。
「ガッ……!?」
槍を掴む左腕と、その延長にあった胴体が、綺麗に切り裂かれる。
強靭な鱗も、頑丈な筋繊維も、その下にある骨すらも容易く寸断した刀は、まるで何にも触れなかったかのように勢い良く振りぬかれた。
「お、っとと……や、やったか!?」
刀の重さにたたらを踏んだ後、予め考えておいたセリフを口にする。
その時には既に、リザードマンは二つに切り裂かれて地面に倒れ伏していた。
広がる血だまり、切断面から溢れるナニカ。
それらを極力見ないようにしながら背後の仲間を振り返る。
「よし、とりあえず……グッジョブ!」
ビシッと親指を突き立ててみせると、皆も笑みを浮かべながら親指を立て返してくれた。
やあやあどうも皆さんこんにちは、ミオです。
え? 誰かって?
嫌だなぁ、いくら久しぶりだからって私を忘れるなんて冗談は……え、冗談じゃない?
えー、あー、ほら!
突然訳の分かんない世界に放り出されて四苦八苦してたミオもとい神楽美桜ですよ!
サイキョースキル[絶対切断]の所持者!
巨大な大熊でさえ真っ二つにしちまうおっそろしいスキルですぜ、へへっ!
ええ? まだ思い出せない?
ほら、思い出せ!
落とし穴に嵌ってゴブリンに捕まってごちそうされそうになったミオですよ!
え、あ、思い出した?
ははー、良かった良かった。
これで分かんなかったらもう説明できることはなかったってばよ。
謎な世界に放り出されてはや一週間。
なんでこんなことになったのか全く判明していない状況ですが、なんとか日々を生きております。
「うん、今日はいい感じね! そろそろ帰りましょうか!」
「よっしゃー! 酒だー!」
「酒だー!」
「ほーら、あんまり羽目を外し過ぎないのよ」
「へーい!」
リリィの言葉に、イアンとシュラインの双子が両腕を突き上げて叫ぶ。
ついでに私も同じポーズでへーい!
何で喜んでるかって?
そりゃあ今日のお勤めが終わったからに決まってるでしょうに。
「ミオ、なかなかいい動きになってきたんじゃないかしら? まだまだ危なっかしいけど、あなたらしさが出てると思うわよ?」
「へへ、そうかな。皆が居てくれてるからこそだけどね!」
街へ向けて歩きながらのアリアの言葉に、心からの本音を返す。
いくら[絶対切断]があると言っても、私の身体能力は常人以下。
アリアの支援魔法で強化されていても、運動神経の無さまでは如何ともし難い。
それでも私のスキルを活かそうと皆が動いてくれるから、私にも何とか攻撃のチャンスが巡ってくるのだ。
うまく行けば、さっきみたいに綺麗な連携が決まる。
うまく行かなかったら、とんでもないことになっちゃうけど。
「このまま、私達のパーティーに居てくれても良いのよ? ……私達は、歓迎するわ」
「……うん、ありがと」
アリアの言葉に、短く返す。
グルドに助けられて、リリィのパーティーに入ってから、一週間が経った。
リリィ達はモンスターを倒して生計を立てる、冒険者という職業をやっている。
依頼をこなして報酬を受け取ったり、単純にモンスターから採取した皮や牙を売ったり。
命をかけてモンスターと戦う職業だということを考えれば、有り得ないほど少ない収入しか得られない職業だ。
それでもこの世界では、命が脅かされることなんて当たり前みたいだけど。
今にして思えば無茶なお願いだったが、私はグルドとのあの一件から、リリィのパーティーに入って冒険者として活動することになった。
高校生だった時は命をかけるどころか、運動すらしていなかった私だ。
刀を振るうことすらまともにできずお荷物状態でありながら、リリィ達は文句一つ言わず私に戦闘の手ほどきをしてくれた。
まだ一人前とは言わないけれど、少しずつ成長はできているつもりだ。
明るく男勝りなリリィ。
いつもうるさいけれど純粋で、パーティーを盛り上げてくれる双子のイアンとシュライン。
穏やかで、気が利いて、いつもパーティーを支えているアリア。
皆優しくて、私を気にかけてくれて、だから私はどうにかこの世界で生きて行けている。
リリィ達が居なかったら、どこかで野垂れ死んでいてもおかしくなかったかもしれない。
この世界については、何も分かっていない。
まず、日本だとか地球だとか、私が元いた世界と違うのは間違いない。
魔法とかあるし、モンスターとか普通にいるし。
そしてこの世界は間違いなく、私がプレイしようとしていたゲーム、『オリジナルオンライン』と何かしらの関係がある。
私がそう考える理由の一つは、この世界でスキルが使えること。
メニューなんかは開けないから断言はできないけど、それでも私が着物以外の服が着れなかったり、何でもかんでもぶった切れたりするのは間違いなく何らかの力が働いているせいだ。
そしてその力が、私がこの世界に来る直前にログインしようとしていたゲーム、『オリジナルオンライン』のキャラ設定で入手したものと同一の物なのだ。
ならばここはゲームの世界なのか、そう言われてしまうと否と答えざるを得ない。
恥を忍んでそこらの人に聞き込みをしてみても、ゲームのプレイヤーなど誰も居ないし、そもそも日本のことを知る人が居ない。
言動からNPCだとはとても思えないし、メニューやHPバーの有無など、ゲームにある筈のものがどこにも見当たらない。
そして何より、この世界には平然と痛みが存在する。
殴られれば当然痛いし、私が傷つけた相手が痛みを感じるのも同様。
斬りつければ血も内臓も出るし、身体を著しく損傷してしまえば生命活動を停止する。
そして、死んだ者は二度と帰ってこない。
「なんなんだろうね、この世界は」
前を歩く誰にも聞かれないような声量で、そっと呟く。
私は以上のことから、この世界は元の世界とはまるで違う、異世界なのだと決定付けた。
スキルも魔法もある、ファンタジックな異世界だ。
人々は平然とそれらの異能を使いこなし、そこらを闊歩するモンスターを倒し、日々を生きている。
小説なんかの題材になりそうなこんな世界に、まさか自分が来ることになるとは夢にも思ってなかった。
元の世界に、帰りたいとは思っている。
何せ、私はほんのちょびっとだけゲームで遊ぼうと思ってOOにログインしただけなのだ。
それが何の関係があってかこんな世界に飛ばされて、命を懸けながら何とか今日までを生きながらえている。
そんな私が早々に元の世界への未練を吹っ切れるなんて、あるはずがない。
でもこの世界で一週間を過ごして、もう帰れないのではないかと、諦めに近い何かを感じているのも事実だった。
心の底ではもう、リリィ達と冒険者をやって、この世界で生きていくための覚悟を決めようとしている。
人間、どんなぶっ飛んだ生活だろうと、一週間もあれば慣れてしまう物なんですよ。
帰る方法も分からない。
一人では生きていくこともできない。
そんな状態で元の世界への未練を抱え続けていくというのは、難しい話だった。
だから私は、リリィ達に相談したのだ。
私にはやりたいことがある。
しばらくして余裕ができたらパーティーを抜けて、世界を周ってみたいのだと。
何もせずに諦めるよりかは、やれることをやってから諦めたかった。
この世界のことを知り、何も手掛かりがなければ、もしくは元の世界に戻る方法が分かれば、前に進めると思った。
そんな我儘な私の言葉を、リリィ達は深く追求することなく受け入れてくれた。
訳の分からない異世界に放り出された私を助けてくれたことに始まり、リリィ達には感謝してもしきれない。
だからこそ、この先の生活の中で少しでも恩を返していけたらと思う。
「ほーら、ミオ! 何やってんのよ! 早く帰るわよ!」
いつの間に私が遅れていたのか、少し先に居るリリィが手を振って私を呼ぶ。
「はいはーい! 今行くよ!」
リリィの言葉に応えて歩を速めて、振り返って私を待つ皆に向かって笑顔を向けて見せる。
「――バイバイ、要君」
恐らく、もう二度と会えないだろう彼の名前を呟きながら。




