第71話 紅蓮の炎と黒の死神
「終わらせる? ふざけるな、ふざけるなよッ! てめェに何ができる! 今この瞬間まで俺を殺せなかったてめェに、今更何ができるってんだよッ!」
建物の屋根の端と端とで、俺とデロスは向かい合う。
俺の言葉が起爆剤になったように、デロスは感情を昂らせながら叫んだ。
「俺のスキルなら! てめェらを一人ずつ殺していくことなんて簡単なんだよ! 今だってそうだ! お前はアリ共の侵攻を止めていい気になってるみてェだが、あんなのはいつだってできんだよ! なんならもっと強ぇモンスターを大量に従わせて――」
「――だから、自分のスキルを過信しすぎんなって言ってんだろうが」
笑みを消して喚き散らすデロスの言葉を遮る。
「んなことできんなら最初っからやってんだろ。そうしないのはできない理由があるからだ。――そうだな。『女神の加護』とやらの効果ってとこだろ?」
「っ……てめェ……!」
図星だったのか、デロスが顔を歪めてこちらを睨んでくる。
余裕がなくなったその様子に、俺は逆に笑みを浮かべて応じてみせる。
俺の予想が合っていようとそうでなかろうとどうでもいい。
こいつを倒して捕まえる。
そうすれば全て分かることだ。
「ふざけんなよ! 終わらせるのは俺だ! 何もかんも終わらせて、てめェを殺す。俺が、俺が、俺――があ゛ああああああッ!」
デロスが吼える。
天に向けての咆哮、それに呼応するように溢れ出した黒いオーラがデロスの身体を、手に持つ鎌を包み込んでいく。
デロスが咆哮を終えた時、そこに居たのは笑みを浮かべた狂人ではなく、ただただ濃厚な殺気に塗れた一人の死神だった。
「ぶち殺すッ!」
デロスが叫びと共に地を蹴る。
彼我の距離を一瞬で詰める速度。
最短距離を駆け抜けて迫る鎌に、俺は最小限の動きで応じた。
「っ!」
見える。
極限の集中によるものか、はたまた[激昂状態]の効果か。
スローに感じられるほどの状況の中、迫る鎌に寸分の狂いもなく右拳をぶち当てて逸らす。
甲高い音と共に横に抜ける鎌だが、直後見えない壁に激突したかのように跳ね返った。
「[威圧]ッ!」
虚を突いた攻撃を[威圧]で防ぐが、デロスが[威圧]の中でも動けるのは分かっている。
デロスが鎌から左腕を離し、振りかぶる。
唸りを上げて振るわれたデロスの左腕と、炎を纏い加速した俺の左腕が激突した。
「ぬ、おっ!」
踏み込み。
交錯点に左腕を置いたまま左足を強く踏み込み、身体を沈める。
直後、全身のバネを使って叩き込んだ発勁がデロスの身体を吹き飛ばした。
「があっ!」
それでもデロスは止まらない。
一つ離れた建物の上に着地したデロスの身体が急激に霞んでいく。
何らかの隠蔽スキルの効果。
視覚では完全に追えなくなったデロスが、凄まじい速度で移動を開始する。
俺を完全に無視し、屋根から屋根へ飛び移りながらの移動。
向かう先にあるのは、キシンがいるはずの時計塔だ。
言葉通り遊びをやめて俺たちを本気で殺しに来ているのだろうが、今の俺ならば関係ない。
「[炎速]、[チャージフィスト]!」
炎を爆発させてデロスに追いすがり、拳をぶち込んで地面に叩きつける。
[聴覚異常]と[激昂状態]によって強化された俺ならば、デロスの隠蔽スキルも看破できる。
もうこいつには誰も殺させない。
「がああああっ! うぜェなァおいッ!」
「お互い様だよ。しつこいのは嫌われるぜ!」
今度は建物を破壊しながらデロスが跳躍し、俺の居る建物へと突っ込んでくる。
一撃確殺の鎌による攻撃と、絶大な防御力を誇る左腕での防御。
更に隠蔽スキルによる奇襲と黒いオーラによる高威力の遠距離攻撃。
どれも凶悪で悪辣で、ここにモンスターを操るスキルまで加わるのだから本気のデロスは本当に厄介極まりない。
だがそれは、俺に関しても同じだと言えるだろう。
[激昂状態]を発動した俺の全能力値は2倍、基礎能力に関しては4倍だ。
いくら武器が脆弱な拳と言えども、ステータスが大きければ高威力の攻撃を繰り出すことができるのがこの世界の法則。
故に俺は本気のデロスと渡り合い、圧倒することさえできている。
鎌を打ち払い、拳を防がれ、攻防は続く。
それでもその戦いの天秤は、少しだけ俺の方に傾き始めていた。
「おおおおっ!」
全力で振りぬいた右拳がデロスの掲げた左腕を潜り抜け、身体へと命中する。
直後膨れ上がった紅蓮の炎が弾け、デロスの身体を軽々と吹き飛ばした。
「ぐ――がああああッ!」
屋根の上で数度バウンドし、四足で這いつくばり屋根を削りながら制動をかける。
歯を食いしばりふらつきながら身体を起こすデロスからは、確実に少しずつ精彩さが失われていた。
「……何でかは知らねぇけど、見たとこお前だって痛みは感じるんだろ。俺の目的はお前を殺すことじゃない。もうこうなった以上お前の負けだ。いい加減諦めたらどうだよ」
「……諦める? 諦めて大人しくてめェらの役に立てってか? ふざけるんじゃねェよ。俺は俺であるためにここに居る。そんな俺を投げ出して、どこに行く場所があるってんだよ!」
デロスが高らかに叫び、それに応じて黒いオーラも膨れ上がる。
「終わらせてみろ! お前が守りたいと願うものを、守って見せろよ! そうしてお前の価値を、俺へと証明してみろッ!」
オーラが濃くなっていく。
透けていた黒がその濃さを増し、闇と同化していく。
鎌を掲げ闇を背負ったその姿は、まさに死と躍る死神を想起させた。
「……リュウ」
唐突に、俺を呼ぶ声が届く。
振り返ってみると、道を挟んだ向かいの屋根の上に長大な弓を携えたキシンの姿があった。
「……来なくても良かったのにな」
緊張した面持ちで漆黒のオーラを纏うデロスを見つめるキシンに、俺もデロスへ向き直りながらそんな呟きを送る。
実際、キシンの能力から考えれば、こうして前線に出て来ることに意味はないはずだ。
「そうも言ってられないだろ。僕の目的は兄さんの行方を知ることだ。決着の場面に居合わせないで良い筈がない」
言いながら、キシンは弓に矢を番える。
その様子に、俺は口に笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
どこまでも兄を追い掛けるキシンのことだ。
きっと逃げろと言っても従わないだろう。
それでも、俺があいつに攻撃を通さなければいい話だ。
「じゃあ前言は撤回だ。俺と、こいつで。終わらせてやるよ! デロス・レメディオス!」
「上等だ! お前を殺したらそいつも他の奴らもまとめて後を追わせてやる。そしたらお前も泣かずに済むよなァ、リュウ!」
紅の炎と、漆黒のオーラが爆発する。
俺とデロスが地を蹴ったのは同時だった。
「かはッ!」
遠く間合いの外で、デロスがオーラを纏った鎌を薙ぎ払う。
俺の居た場所が一瞬で破壊の嵐に晒され吹き飛ぶが、その時には俺は既にデロスの真横まで移動している。
「[炎速]!」
背後で炎を爆発させて加速。
屋根を踏み砕きながらデロスに接近し、同じく爆炎で加速させた右拳をデロスの鎌へと叩き込む。
交錯と共に衝撃。
せめぎ合った黒いオーラと炎が同時に破裂し、お互いを少しだけ後退させる。
直後、虹の光線がデロスへと突き刺さった。
「ぐ、ふうううあああああっ!」
左腕の防御も間に合わない一矢。
絶大な威力を持った一撃は更にデロスを後退させ、右手に握る鎌からわずかに力が抜ける。
当然、その隙を逃す俺ではない。
「う、おおおおおっ!」
叫びながら、両の拳をデロスへと叩き込んでいく。
一発一発に全力を込め、それに呼応するように膨れ上がった炎が俺の攻撃を更に強化していく。
「がッ! あ! ぐッ! があああああっ!」
獣の様に吼えたデロスが、俺の攻撃に応戦して来る。
幾発かの攻撃を鎌で受け、左腕で防ぎ、放たれた左拳の一撃は俺の頬に抉るような痛みを齎す。
それでも、純粋な力比べでは俺の方が勝っていた。
「おおおおおおっ!」
俺への攻撃で上体が浮いた、致命的な隙。
その隙に俺は、本能の命じるままにスキルを発動する。
[爆裂連拳打]。
炎を纏い加速した両拳が、高速でデロスへと叩き込まれていく。
数発、数十発、百発にも及ぶだろう拳撃がデロスの身体を穿ち、赤熱した大気が眩く輝く。
衝撃で浮き上がったデロスを、炎により射程が延長された連撃は更に後退させていく。
「があああああああっ!」
「おおおおおおああああっ!」
振りかぶり、最後の一撃を叩き込む。
その時すでに、デロスは三十メートル程離れた中空まで吹き飛ばされていた。
デロスが、ゆっくりと落下を始める。
それでも奴は、まだ俺を見ている。
まだ鎌を離していない、まだ奴の目は死んでいない。
それを認識をした瞬間、俺は迷いなく地面を蹴っていた。
夜空に身を躍らせる。
一っ跳びで自らの下まで迫る俺を見て、デロスは目を見開いた。
そしてその視界を、黒い幕が覆い隠す。
「――これで終わりだよ、お前は」
辺り一帯を覆い隠す闇。
それを発生させたのは、長弓を降ろして小さく呟いたキシンだった。
何も見えない、完全な闇。
それでも俺の聴覚は、数メートル先のデロスを捉えている。
「なめんじゃ、ねェええっ!」
落下していたデロスが、咆哮と共に鎌を横に薙ぐ。
命中すれば一瞬で俺の命を絶ち、受け止められたとしてもこの急場はしのげていただろう最良の一撃。
「あ?」
――だがその一撃は、俺の目の前を呆気なく素通りしていく。
「――人間、視覚が失われたら他の感覚に頼るしかないもんなぁ。そこを利用されたら危険なんだって、俺はしっかり学んでんだよ」
予想通りの結果に、向こうからは見えないだろう笑みを浮かべてやりながらそう言う。
闇に視界を奪われたデロスが狙ったのは、落下する自分を追撃してきていた俺。
正確に言うと、気配を探知するそのスキルで感知した、俺の気配だ。
昨日のゴルムとの決闘の時、俺は砂で視界を塞がれたうえで移動音を誤魔化されて、接近するゴルムに全く気付けなかった。
そして隠れていたショウマを看破したのが気配感知によるものだと言う事は、デロス自身が言っていた。
つまりこいつは、俺が目の前に凝縮させて発動した[威圧]を俺と勘違いして鎌を振るったという事だ。
そして今、共に落下しながらデロスは俺の目の前で無防備な体勢を晒している。
「く、そ、がああああああッ!」
振り切った鎌を戻すことすら敵わず、苦し紛れに鎌の石突を突き出してくるデロス。
躱すことの容易い一撃。
大した意味を成さないその行動は、むしろ俺にとって好都合だったと言えた。
「ついでにもう一つ、教えといてやるよ」
そう言い、開いた左手を突き出されてくる鎌の柄へと伸ばす。
自分のスキルを過信しすぎだと、俺はデロスにそう言われた。
確かに[威圧]を過信しすぎだか故に、[威圧]の中で平然と動いたデロスに反応できずショウマを失ったのは確かだ。
それでも、それでもだ――。
「――俺は自分のこのスキルだけは、何よりも信じてるんだよ!」
俺の手がデロスの鎌を掴んだ瞬間、火花の弾けるような音と共に鎌が俺とデロスの手を離れて吹き飛ぶ。
目を見開いたデロスをよそに、宙を舞った鎌は何物をも傷つけることなく夜の城下町へと落下していく。
[身体異常]による、武器装備不可のデメリット。
それがどんな状況でも効果を発し続けているという事は、ファンディ遺跡で確認済みだ。
OOの開始から俺と共にあったこのスキルが今、デロスへと牙を向く。
獲物を失い、完全に丸腰で落下していくデロス。
そこに俺は、ゆっくりと右拳を振りかぶる。
「――[隕石撃墜]!」
[突進]の発動と共に背後で炎が爆発し、俺の身体を猛烈な勢いで撃ち出す。
――眩く輝く炎を纏ったその一撃は掲げた左腕をも貫通し、デロスを地面へと叩きつけた。




