第70話 終わりにしよう
全てが見えていた。
僕の放った一撃がデロスの左腕に止められたのも。
直後に空間を歪ませるほどの波動がリュウから放たれたのも。
それを意に介さずデロスが動いたのも。
ワープしたショウマにデロスが吹き飛ばされたのも。
デロスの一撃にショウマが倒れたのも見えた。
そして一瞬の問答の後に、リュウが建物ごと黒い光に飲み込まれたのも見えていた。
倒壊した建物を尻目に、デロスがこちらを向く。
かなり距離があるこの時計塔からでも、デロスの瞳に映る愉悦だけは余さず感じ取ることが出来た。
「これで終わりだよ、てめェらは! 何もかんも失って、惨めに泣き叫んで死んで行け!」
ゾッとするほどの笑みを浮かべながらデロスがそう叫ぶ。
その言葉に僕は、俯きながら静かに息を吐いた。
「リュウ……」
最初に見た時からデロスの強さは分かっていた。
こうしてあいつと相見えることに、恐怖がなかった訳ではない。
それでも僕は、兄さんが消えた理由を知っている奴から逃げることなんて出来なかった。
だからショウマが、リュウが斃れたこの状況で僕がすべきは、打ちひしがれることでも、投げやりになって特攻することでもない。
勝ち目を捨てるな。
最善を探せ。
僕に何ができる?
何を利用すれば、あいつを倒せる?
「……決めた」
僕一人であいつに勝つことはできない。
でもまだ多数のプレイヤーが残っているだろう場所を、僕は知っている。
避難場所であるカルカ城まで奴を連れて行けば、囮にできるプレイヤーがいくらでもいる。
利用できるものは何でも利用して、目的を達成する。
もう既に、決めたことだ。
今更見ず知らずのプレイヤーが消えたところで、僕にデメリットがあるわけでもない。
「[属性魔法陣]」
足元に軽く風属性の魔法陣を描く。
ここから飛び出せば多少のダメージは受けるだろうけど、それでもこの時計塔を律儀に降りていくよりかは、よっぽど危険は少ないはずだ。
未だ多くのアリが蠢く城下町。
屋根の上から少しずつこちらに迫ってくるデロスから視線を外し、遠くに見えるカルカ城に向けてスキルを発動して時計塔から飛び出す――直前。
「[威圧]」
聞こえないはずの声が聞こえた瞬間、デロスの背後の瓦礫が轟音と共に爆散した。
瓦礫が吹き飛び、近くの建物へと降り注ぐ。
それを横目に、俺は大して移動していなかったデロスへと意識を向ける。
追撃を仕掛けてこなかったのは今の一撃で倒せたと思ったからか、はたまたただの気まぐれか。
なんにせよ、そんなことはどうでもいい。
デロスの居る建物に跳び乗ると、向かいの端にいたデロスは呆気にとられたような顔をしてこちらを見ていた。
「く……はっ! はははははっ! まだ生きてやがるとは! 確かに殺したと思ったんだがなァ! 本当にお前は最高だ! そんな歪で強大な力を持ってやがるから! 俺はお前と戦いたくて戦いたくて仕方がねェんだよ!」
すぐさまその表情を笑みへと変えて、叫ぶ。
最初から何も変わらないその姿。
だが今だけは、その姿を見ても嫌悪感を抱くことはなかった。
「仲間を失った気分はどうだよ。あのハンマー野郎が死んだのはどうしてだろうなァ? ああ、可哀想になァ、痛かっただろうになァ。惨めに死んでいって本当に可哀想だよなァ? お前はあいつが死んで一体――」
「――黙れ、よ」
――分かっている。
ショウマを戦場に引きずりだしたのは俺だ。
戦いを恐れてプライベートエリアに引き籠っていたショウマを、能力目当てで俺が戦いに駆り出した。
俺がそれをしなければ、ショウマは死ぬことはなかったはずだ。
それでも――。
「どうでもいいんだよ。そんなことは」
微かな怒りを込めて口にする。
ショウマは言った。
『今回のこと、俺が協力する前に、了承してもらう。俺はてめぇらに手を貸すが、命まで懸ける気はねぇ。怖気づいたらすぐ逃げるし、窮地に陥ってるてめぇらを危険を冒して助けに行くなんてもっての他だ。無論俺のことも同じように扱ってもらって構わねぇ。これが俺の、協力する上での最低限の条件だ』
あいつがどんな心境でこの言葉を言ったのかは分からない。
それでもあいつはこう言った上で了承し、戦いへの参加を表明した。
だからここでショウマの死を理由に足を止めることは、あいつへの侮辱だ。
「ショウマの死がどうとか、俺とお前の過去がどうとか、そんなことは今、関係ないんだよ」
無論、ショウマの言葉を免罪符にするつもりは毛頭ない。
ショウマを殺す原因を作ったのは俺だ。
そのことから目を逸らす気も、罪の意識から逃げるつもりもない。
それでも、今俺がすべきなのはそんなことじゃない。
「まだ俺が生きてて、てめぇが目の前に立ってる。だったら下らないことを考えんのは全部後回しだ。お前を倒して――終わらせる」
屋根を踏みしめる足に、夜風を感じる両腕に力を込める。
自然と噴き上がった炎が、俺の体を包み込んだ。
「ハッ! 出しやがったな! それが竜王の力かよ! まだまだ楽しませてくれるみたいだなァ、おい!」
「悪ぃが、もう終わりだよ。気づかねぇのか?」
「ああ?」
疑問に眉を寄せたデロスが一瞬視線を周囲に向け、そしてその目が見開かれる。
「俺のアリ共が……」
「誰かは分からないが、やってくれたみたいだな」
辺りを埋め尽くしていたアリが、一斉に元来た道を戻っていく。
どのアリも敵であるはずの俺をターゲットせず、ただ一心に西エリアに向けて移動していた。
恐らく、アリを操作していた何らかの元凶が倒された結果だろう。
システムに従う存在であるアリ達は、定められた行動範囲であるバグズフォレストへと戻っていく。
「アリが居なくなれば、プレイヤー全員が自由に動けるようになる。いくらお前でも、数千のプレイヤーを一気に相手できるはずがない。終わりなんだよ、お前は」
「ふざ……けるなよ……俺のスキルが……!」
「過信し過ぎなんだよ、自分の力を。お前はとっとと俺達を殺すべきだった。俺の仲間を舐めすぎたんだ。――そんでお前に、もう誰も殺させるつもりはない」
身に纏う炎が、その強さを増す。
[激昂状態]。
目の前に立つ存在に、怒りを感じているわけではない。
それなのに、ずっと発動できなかったこのスキルが発現したのは何故だろうか。
分からない、分からないことが多すぎる。
俺達は、ゲームが始まって二週間が経過した今でも何も知らないままだ。
でもその一端を、この男は知っている。
「終わりにしてやるよ。他の誰でもない、俺の手で。お前にとっちゃそれが、一番嬉しそうだしな」
漆黒の鎌を携えた狂人、デロス=レメディオスへとそう告げる。
城下の夜の戦いが、終わりを迎えようとしていた。
アリの群れが、バグズフォレストへと帰っていく。
それは即ち、ボス討伐に向かったアドリアさんとルークの勝利を意味していた。
同じものを目にして歓声を上げるプレイヤー達を横目に、私は思考を巡らせる。
アドリアさん達と別れた私は、リュウの援護よりも城下町のプレイヤーの避難を優先した。
城下町のそれぞれの場所で防衛線を築いていたプレイヤー達の場所を巡り、軽く状況を説明しながらカルカ城への避難を援護する。
もっとするべきことがあるのではないかと悩んだが、少しでもデロスの凶刃に晒されるプレイヤーを減らしたかった。
そして何より、デロスの相手をしているリュウへの信頼があったのだ。
自分でも何故これほど彼への信頼が湧き上がってくるのか分からない。
少なくとも私の知る限り、リュウが隔絶した力を持っていたり、誰かを相手に無双していたりといったことはない。
ただの一プレイヤーであるはずなのに、それでもリュウが負けることなどどうしても想像できなかった。
そしてリュウを信じて避難を終えたところで、こうして唐突にアリが退散を始めた。
となれば、私がこれからすべきことは一つ。
「センク!」
「分かってら! おら、戦える奴! んでアルみたいに消える覚悟がある奴はついてこい! あのアタマおかしい奴を倒しに行くぞ!」
「「おおっ!」」
I.W.サブマスター、センクのストレートな言葉に、しかし多くのプレイヤーが声を上げて同行を表明する。
カルカ城に避難してきたプレイヤーは数千人に上る。
アリがいなくなった以上、あとは数を以てデロスを倒しに行くだけだ。
「私は先に!」
「あ、おいちょっと! あーもういい! 来たい奴は来いよ! もう行くからな!」
背後で聞こえる呼びかけを背に、中庭を飛び出して城下町へと続く石段を駆け下りる。
この戦いが終わりに向かっていることは明白だ。
それでもその結果がどうなるのか、それは未だに分からない。
何か見落としがあったら。
私の行動が裏目に出ていたとしたら。
本当は避難などせずにリュウに加勢するべきだったのではないか。
今更になってそんな不安が心を過る。
リュウへの信頼は、欠片も揺らいでいない。
リュウが死ぬことなど考えられないし、あり得るはずがないと思っている。
だがデロスは、どこまでも得体が知れない。
また私達の予期しない形で何らかの攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
その矛先がリュウではなく私達へ向いた時、私は本当にそれを――。
「レイナ、さん!」
「――ゴルム!」
突然掛けられた声に思考を中断する。
走りながら視線を向けると、こちらに駆け寄ってくる青年の姿があった。
「ごめん、時間かかっちゃって。何となく状況は分かってるよ。――もう、終わりなんだよね」
「……うん、そう。後は、デロスだけ」
ゴルムはデロスが連れてきたボス級モンスターと一人で戦っていた。
彼の奮戦がなければ、私達の避難もリュウの戦いも、どれだけかき回されていたか分からない。
「大丈夫。リュウなら大丈夫だよ。あいつは馬鹿で、強いから」
私の不安を感じ取ったのか、ゴルムがそう口にする。
リュウを誰よりも知っているからこそのその言葉に、私は無言で頷く。
そこからはお互いに一言も喋らなかった。
アリが消え、無人となった城下町を駆ける。
この先で戦っているだろう仲間の無事を、祈り続けながら。




