第68話 過信のツケ
[背後転移]というスキルは、俺達が思っていた程便利なスキルではないらしい。
作戦会議の時、ショウマは自分の持つそのスキルについて効果を細かく説明してくれた。
[背後転移]とは文字通り、発動した対象の真後ろに瞬間移動することができる能力だ。
それ自体に殺傷能力はないものの、このスキルの有用さは言うまでもないだろう。
発動までの予備動作は必要なく、発動も一瞬、敵味方区別なく使用できるというチートぶりは、決闘で俺を大いに苦しめてくれた。
連続での使用はできないし、射程もそう長くはない。
寸分の狂いなく背後に来るのだから分かっていれば対処はできる、などと欠点はあるのだが、それでも俺はこのスキルこそが対人戦最強だと確信し、だからこそ対デロスのためにとショウマを引っ張り出してきたわけだ。
そんな俺の過剰な期待に対し緊張したのか、ショウマは言い難そうに[背後転移]の難点について教えてくれた。
『確かに便利スキルってのは認めるが、そこまで有能なスキルじゃねぇんだよ、こいつは。使うにはそれなりの条件が整ってる必要がある』
まず、[背後転移]発動によりワープするのは対象の背中の正面、五十センチ程の間隔を空けた場所だ。
そして重要なのはここからで、ワープする場所に物や生物がいた場合、元からいた存在が優先される。
つまり対象の背後五十センチの空間に何かがあった場合、フウマは[背後転移]を発動した瞬間に弾け飛ぶことになる。
『空気なんかは流石に除外されるが、例えそこに居たのがフワフワの綿毛モンスターだろうと、場所の取り合いして負けんのは俺だ。ちっこいモンスターだったら足が飛ぶだけで済むが、大型モンスターなら使った瞬間神殿で目覚めるぜ。一回カリスが壁に背中預けてる状態で使った時も似たようなもんだったなぁ』
神殿のワープゾーンに突っ立っていても、死に戻りしたプレイヤーが居た場合押し出されるだけなので問題ないのだが、そこはシステムとスキルの違いだろう。
この効果があるおかげで、剣をまっすぐ前に伸ばして[背後転移]発動、移動した瞬間相手の胸から剣がうわー、みたいな展開にはならないわけだ。
それが今回の状況では逆に枷になっていると言えるが。
『連続じゃあ使えねぇから俺は確実に当てられるときにしか出ねぇ。ステージ作りはてめぇらに懸かってるからな』
[背後転移]を使って戦おうと思うのならば、奇襲の為にショウマが隠れることができる場所があり、且つ[背後転移]を発動するに足るスペースがある場所までデロスを誘導してこなくてはならなかった。
俺は確かに、それをやり遂げたはずだ。
「……は?」
ぼろきれの様に吹き飛ばされて、四軒隣の建物に突っ込んだデロス。
その痕跡は確かに、作戦が成功したことを示していた。
気を惹く役割を買って出たキシンの下にデロスを誘導し。
最も開けた屋根の上というスペースでキシンが大技を放ち、俺とキシンの二か所に意識を割かせ。
一度もデロスに見せていなかった[威圧]で動きを止めたところを必殺の一撃で仕留める。
賭けに近い作戦だった。
アリに群がられ、戦力を分断され、危なくなったら逃げると嘯いていたショウマが今の段階まで同じ場所にとどまっている保証もなかった。
それでも結果は見ての通りだ。
俺がデロスを誘導し、キシンが気を惹き、ショウマの一撃でデロスは吹き飛んだ。
それなのに、それなのに――。
――なぜショウマの腹には穴が開いているのか。
「……くそ」
腹の中央から、右に抜ける巨大な裂傷。
向こう側が見えるほどの大きな傷を、ショウマは呆然と眺め、呟く。
――直後、ショウマはゆっくりと屋根の上に倒れ伏した。
「ショウ……マ?」
手に持っていた大槌が重々しい音を立てて投げ出され、倒れたショウマは顔を俺の方に向けて自嘲気味に笑った。
その瞳には計り知れないほどの感情が渦巻いていて――。
「……あぁ、やっぱ俺には、何もねぇや」
ショウマはあっさりと、光の粒になって消えた。
「――は」
喉の奥から、声が漏れる。
何が起きたのか、そんなことは分かり切っている。
見えていた。
俺には全てが見えていたから。
動いたのだ、デロスが。
動けないはずの、[威圧]の波動の中で。
左腕でキシンの矢を防ぎ、右腕の鎌を背後へと向けた。
その結果、ショウマは[背後転移]を発動した瞬間、腹を貫かれていたのだ。
そのまま槌を振るえば、当然吹き飛んだデロスの握っていた鎌は体を抉り取る。
それだけの傷を受けてしまえば、もはやHPは残らない。
分からない。
何故こうなった。
どうしてこんなことが起こり得たのか。
「――過信しすぎなんだよなァ。何もかも」
唐突に、言葉が響き渡る。
直後、遠くで建物が轟音と共に吹き飛んだ。
そこから現れるのは、右手に持った鎌を掲げながらゆっくりとこちらに歩み寄るデロスだ。
纏っていたマントは消え、その下の淡泊な意匠の布装備と白い肌が露わになっている。
そこに、今の一撃の影響は見えない。
巨大な槌に叩き潰されたはずが、その身体には傷一つなかった。
「あんな矢の一撃で俺の気を惹けると思ったのか? お前の意志の籠ってない一撃に俺が気を取られるとでも思ったのか? 近くに潜んでるアイツの気配に、俺が気付かないとでも思ったのか? お前の――」
言い募るデロスが建物を飛び越え、俺の前の建物の上で着地する。
「――お前の[威圧]を、俺が知らないとでも思ったのかよ?」
「……なん……だって……?」
たった今、目の前のデロスが紡いだ言葉が信じられず、呆然と聞き返す。
「言ったよなァ、お前に名乗るのは二度目だって。お前の名前を知ってるのも、スキルを知ってるのも、過去にお前と会ってるからだ! 不思議に思わなかったのかよ、リュウ!」
「そ、んな……わけ……」
ある筈がない。
俺は過去、こんな奴と会うどころか名前さえ聞いたことがない。
大体、[威圧]なんてスキルはこの世界に来てから得たものだ。
それを知っているという事は、会ったのは俺がこの世界に来てからの十日余りの期間ということになる。
こいつがあの場所に現れたのはたった二日前だ。
そんなこと、有り得る筈がない。
「確かに今のァ効いたぜ。確かになァ。だがそれだけだ。もうお前らに手札はない。終わりにしようぜ。俺が全員ぶっ殺してやるよ」
最初から一貫したデロスの言葉。
それを聞いても停止した俺の思考はその言葉を受け止められず、動けなかった。
「[エクセキューション]」
膨れ上がる黒いオーラ。
容赦なく振るわれるその黒い鎌を俺は反射的に受け止めようとして――。
「あ?」
できなかった。
俺の居た建物がゆっくりと落下を始める。
それが直前の一撃で建物が斜めに切り落とされたことによって起きたものだと気付いた時にはもう遅く――。
「じゃあな、リュウ。また会おうぜ。できりゃあすぐになァ」
身動きを取れない空中で、黒い光が俺の身を包み込んだ。
走る、走る、走る。
リュウの援護と神殿の防衛のためにカルカに残ると言うレイナさんと別れて、私とルークは森の中を駆けていた。
目的は、今も城下町を埋め尽くすアリの元凶となっているであろう西エリアのボスを討伐すること。
プライベートエリアに居た人達を説得する時間も惜しかったので、私とルーク、たった二人でのボス戦となる。
「はあっ!」
森の奥へと向かう道すがらも、襲ってくるアリは後を絶たない。
一体どれ程のアリをため込んでいたのか、ペースは落ちたものの城下町へと向かうアリは消えることはなかった。
迫り来るアリの頭をカマの一振りで切り離し、空いた間隙を走り抜ける。
城下町を離れることに、抵抗がなかったかと言えば嘘になる。
これでよかったのか、例えアリに群がられていながらでもデロスと戦うべきなのではなかったか。
そう思う気持ちは、今も私の胸の奥にしこりを残している。
だが、私達はこの道を選んだ。
不安定な環境で戦うよりも、潰せるものを確実に潰す。
その上でリュウ達の戦いを最善な物へと導く、そう決めたのだ。
後はリュウ達を信じ、私達の成すべきことをするだけ。
「あれか。入るぞ!」
前方に見えた一見普通の岩の塊。
その根本にある穴へと向けてルークが突っ込み、私もそれに倣う。
立ち塞がるアリをルークが斬り散らし、入り込んだ暗闇はもうアリの巣の中だ。
薄暗い洞窟。
そこがいくつもの通路と小部屋から成り立っている巨大な迷路であることは、既に私達も知っている。
それでもこの時ばかりは勝手が違った。
「しつこい、ですね!」
巣に入っても変わらず襲って来るアリ。
だがそのアリ達がやってくる方向は常に同じだ。
間違いなく、その先にアリを生み出している元凶が居ると言う事。
「分かり易くていい。行くぞ」
戦闘は最小限に、しかし立ち塞がるアリは速やかに排除。
時折混じる上位種はルークが前に出て私が不意打ちという流れで素早く屠っていく。
そんな戦闘とも言えない戦闘を絶え間なく繰り返し、私達は次々とアリを狩りながら奥へと進んでいく。
そして数分か、十数分か、時間の間隔すら分からなくなるような集中の後に――。
「抜け、た――!」
狭苦しい通路が一転、巨大な空間が姿を現す。
ただの石壁に囲まれた無機質な空間。
その暗闇を仄かな青い光で照らすのは、空間の最奥にある巨大な門、ボスゲートだ。
ただし、門の内側に揺らいでいるはずの膜に、今は巨大な亀裂が走っていた。
「これは……デロスに傷つけられたという事でしょうか」
「だろうな。トロールも、ボスエリアを破壊して外に出て行った。敵が同じことをしたんだとしたら、アリが溢れだしたってのも頷ける」
私の言葉に、ルークは答えながら首を縦に振る。
ゲームのシステムを破壊する行為。
それを相手ができるということは、トロールの時に証明されている。
ボスエリアが隔絶されていないのであれば、そこでの影響は全てカルカまで届きうる。
それこそが、普通では有り得ない程のアリがカルカを襲ったことの原因。
そしてやはりこの先に、アリを生み出す力を持った女王アリが居ると言うことだ。
「準備はいいか? 悪いが、そう待っている時間はないが」
「大丈夫です。……さぁ、行きましょう」
静かに視線を合わせて頷いて見せると、ルークはそれには応じないまま亀裂へと目を向ける。
つれないその仕草に、私は思わず苦笑してしまいながら、ルークに倣う。
一呼吸の後、私とルークは亀裂へと足を踏み入れた。




