第67話 消えない笑み
本当に、嫌な相手だ。
再びデロスと向かい合って、そう思う気持ちが一層強まる。
こいつの行動は何から何まで、俺の無能さを思い知らせてくれる。
こいつが何も考えずにただカルカを襲撃してくれていたら、どれだけ楽だったことか。
こいつが集会の場ではなく城下町に攻め入ってくれていれば、俺達は万全の態勢で、誰を巻き込む心配もなく戦いに臨めた。
こいつが最初にアルフレイドを殺していなければ、ギルドマスターの指示の下強力なギルドメンバーが共にデロスと戦ってくれたかもしれない。
こいつがアリやトカゲ竜を操っていなければ、俺達はここまで混乱して戦力を分散させることもなかった。
俺が中庭へと到着した時にこいつが逃げ出していなければ、俺はアリが城下町を埋め尽くす前にレイナと共にこいつを仕留められていたかもしれない。
今更何を言っても、もう遅い。
全てはこいつが俺達の裏をかいてやったことで、俺が予想できなかったことだ。
本当に何もかも、嫌になる。
「場所を変えようぜ。こんなとこでやって、そいつらを巻き込みたかない。お前も実際、俺らを皆殺しにする気なんてないんだろうが」
「あァ? ……ハッ! んなこたァねェよ。お前らが歯向かってくんなら俺ァまとめて――」
「――良いから行けよ」
直後、デロスの身体が吹き飛ばされる。
接近して叩き込んだ俺のアッパーを、左腕で受け止めた結果だ。
神殿の天井をぶち破って浮き上がったデロスを、全力で跳び上がって追撃する。
「はっ! 容赦ねェなァおい!」
「するわけ、ねぇだろうが!」
叫び、再びの激突。
だが、今回は先ほどと結果が変わる。
今更な話だが、俺は武器は装備できない。
そしてそれは、手に装備するもの全てがそうだ。
ナックルやクローはもちろん、防具である手甲や籠手すら装備できない。
つまり完全な生身である拳で、デロスの鋭利な鎌を受け止めることはできないということだ。
「っ!」
俺の拳を迎え撃つように振るわれる鎌。
当然そのまま拳を振り切れば、俺の拳は簡単に切り裂かれる。
俺は攻撃を中断して、鎌の迎撃に集中を注ぐしかなかった。
そして轟音。
攻撃を攻撃で上書きして防御せざるを得ない状況に陥れたデロスは、笑みを貼り付けたまま少し離れたところに着地。
辛うじて鎌の腹をぶん殴って軌道を逸らした俺も、攻撃へと移れないまま神殿の屋根に着地する。
「さァ、行け!」
そこに襲い来るのは、今も地と空を埋め尽くしているアリ共だ。
一瞬前まで動きを止めていたアリが、デロスの合図で一斉に動き出す。
神殿の壁を伝って屋根の上に登って来たアリが迫り、空中のアリが羽音を撒き散らしながら突っ込んでくる。
――だが、それごときで俺を止められる訳がない。
地面のアリの頭を叩き潰し、飛ぶアリは地面に引きずり降ろして同じく潰す。
これだけ無防備に突進してくる奴が居るのだから、遠くから放たれる魔法も全て手前のアリに当たって終わりだ。
操っているとは言っても、統率は取れていない。
やたらめったら俺に向かって攻撃して来るだけだ。
次々と迫り来るアリを屠っていくが、それを黙って見ているほどデロスも甘くはなかった。
「はっはっははあっ!」
アリの壁を切り裂いて、凶刃が迫る。
「なめんなよ! おらッ!」
鎌の腹へと拳をぶち込んで地面へと叩きつけ、反対の拳をがら空きの胴へと叩き込む。
「かっ! ……くはははっ!」
左拳は確かに命中するが、デロスは半歩後ずさっただけで攻撃は止まらない。
無手というのは、確かに武器を持っていないのだから素早く動けるように思えるかもしれない。
いや、確かに移動に関しては他のどの武器より速いだろう。
だが、攻撃速度の点で言えば拳は短剣や槍に遠く及ばない。
一撃一撃に踏み込みを必要とする拳は、相手に大きなダメージを与えようとすればそれだけ強い踏み込みが求められ、振りは自然と大きくなる。
片手でそんな大振りの攻撃を行ってしまえば、もう片手で強烈な攻撃を行うことなどできない。
それこそが、最小の動きで致命傷を与えることができる、武器での攻撃と拳の差だろう。
そんな俺が、武器の威力で明らかに劣るデロスに致命的な一撃を与えるには、どうするべきか。
その方法は二つ。
顔面を狙うか。
「はっはァ!」
顔の真横で俺の右拳を左腕で受け止めたデロスは、獰猛に笑うと右手一本で鎌を斜め下から切り上げる。
もう一つは――。
「あ?」
「力づくで無理やり叩き込むか、だ!」
[身体異常]を全開にした俺の左拳は、振るわれる鎌の速度を容易く上回ってデロスへと吸い込まれた。
[身体異常]によって俺の基礎能力は単純に2倍。
その筋力と敏捷力があれば、通常ではあり得ない速度で動くことも可能だ。
当然それだけの速度で動けば、その分技の威力も上がる。
衝撃に目を丸くしたデロスは先の一撃とまるで違う威力に吹き飛ばされ、隣の建物の屋根の上で着地する。
そしてむざむざ距離を空けてもアリの攻撃の時間を作るだけ――ならば追撃するのみだ。
「あいっかわらずバケモンやってんだなァ!」
「お前が、俺の何を知ってるってんだよ!」
飛んでいるアリを潰しながら五メートルの道幅を跳び越え、向かいの建物の上に居るデロスに殴りかかる。
そこからは一進一退の攻防が続いた。
拳の間合いまで入り込みたい俺と、鎌の柄の長さまでの間合いを維持したいデロス。
そしてデロスの鎌の長大な範囲に対して、建物一軒一軒の屋根は狭すぎる。
自然、お互いに移動しながらの戦闘となった。
建物を飛び移りながら交錯を繰り返し、移動の度にアリが巻き込まれて無残に砕け散る。
高速戦闘について来れなくなったアリの魔法が、足場にしていた建物を次々と傷つけていく。
「くっはは! 楽しいなァ!」
他の建物に飛び移って鎌の一撃を躱した俺を、デロスが元居た建物を破壊しながら追撃する。
その顔には相変わらず狂気の笑みが貼りついていて、俺の中の嫌悪感は微塵も薄れない。
「俺は全く楽しかねぇよ! とっととくたばれ!」
まだ空中に居るデロスに両拳を叩き込む[サクリファイスバースト]を放ち、HPを犠牲に強化された一撃が、デロスの身体を吹き飛ばして地面に叩きつける。
無論技自体は奴の左腕に完全にガードされているのだが。
アリの群れの中に落下したデロスが、起き上がると同時に回転。
周囲のアリが綺麗に斬られて黒い欠片を撒き散らし、その中心でデロスが叫ぶ。
「闇よ闇よ! 俺の呼びかけに応じろ! あそこに居る女神の尖兵、消し飛ばしてやってくれよ!」
言葉に応えるかのように虚空から黒いオーラが噴き出し、デロスの下へと集中していく。
だが今度は鎌が巨大化するのではなく、オーラは渦巻いて鎌を包み込みーー。
「ぶった斬れええええッ!」
「っ!」
放たれたのは、黒い斬撃。
闇を凝縮したような漆黒の斬撃が、デロスの鎌の一振りを拡張して飛翔する。
そして訪れるのは、理不尽なまでの破壊だ。
その技にどれ程の威力が内包されているのか、斬撃に触れた物がゼラチンの様に次々崩壊していく。
当然その破壊の嵐は俺の居る建物まで届き――。
「く、そっ!」
全力で地面を蹴って、隣の建物へと飛び移る。
だが破壊は既にその建物すらも侵食を始めていて、俺はただがむしゃらに破壊の波の中を駆け抜けて――躱す。
そしてその時に、失策を悟った。
「……っ!」
振り返ると、元居た場所にデロスは居らず、できた間を埋めるようにアリが群れているだけ。
俺の居た建物とその周囲は破壊し尽され、原形をとどめていない。
そして平らになったその場所にも、デロスの姿はない。
当然だ。
奴から目を逸らせば、こうなることは分かっていたはずだ。
慌てて聴覚に意識を集中させ――全力で横に跳ぶ。
「やっぱバレちまうのかよォ!」
同時に、左肩に強烈な痛みが走った。
受け身を取れずに建物の上を転がり、肩を抑えながら何とか立ち上がる。
「くそ……! 油断も隙もねぇな……」
「当たり前だ! それでこその戦いだろうが!」
当然、そこに居るのは最初と何も変わらない姿のデロスだ。
変わったことと言えばその笑みの濃さと、瞳の中の興奮の度合いだけ。
痛みの正体は、気配を消して背後に回ったデロスの一撃によるものだ。
肩の傷はそれ程大きくない。
回避が一瞬遅れればバッサリいっていただろうが、これは肩を少々切り裂かれた程度。
それでも叫び出したくなるほどの痛みが、俺の全身を駆け抜ける。
「死なないお前らだろうと、痛みは一緒だもんなァ! ああ、良いなァ! 痛いだろ、痛いだろ!? 生きてるって気がするだろ!? 生きてェって思うんだろ!? 良いよなァ! それでこそ戦いの意味があるってもんだよなァ!」
「ああ……痛ぇよ、くそ……てめぇの言葉にゃ納得しがたいけど……な」
数歩後ずさって距離を取りながら、会話に応じて見せる。
痛い、痛い、痛い。
トロールの時にはもっと痛みを味わった。
だからって痛みに慣れる訳じゃない。
肩を切り裂かれる痛みは、確かに死の近さを感じさせるには十分なものだ。
「だから……なんだってんだよ……」
痛い。
そりゃあ痛い。
だがそれだけだ。
腕が千切れた訳でもない。
HPはまだ残ってる。
俺はまだ、戦える。
「俺がここに来るよう命令されたのはなァ、俺が弱ェえからなんだよ」
鎌を提げたままデロスは動かない。
代わりにその口から飛び出すのは、情感のたっぷり籠った謎の独白だ。
「女神の加護の下にあるこの場所じゃあ、俺らァ普通には戦えねェからよォ。丁度良いスキル持ってて、普段じゃ役に立たねェような俺が駆り出されたってェ訳だ」
「……」
女神の加護。
それは魔神の口からも聞いた言葉だ。
それがどんな意味を持っているのかは分からないが、少なくともデロスや魔神の行動を制限する役割はあると言うことか。
そしてモンスターを操ることができるデロスが、プレイヤーの殲滅の役を命ぜられた――。
「てめぇらの……魔神の目的はなんなんだよ。俺達を殺してお前らに何の得がある。……俺達が何で巻き込まれなくちゃいけないんだよ……!」
ずっと考え続けてきた問題。
答えを知っている相手が目の前に居るからこそ、その言葉は口を突いて出る。
「ダーメだなァ。そいつァお前俺をとっ捕まえて聞くんだろうが。俺がわざわざ言うことじゃあねェな」
「……そうかよ」
半ば予想していた答えに、短く吐き捨てる。
だが、その通りだ。
分からないことなんていくらでもある。
その答えを知るために、俺は今デロスと戦っているんだ。
「さァ、そろそろ終わりにしようぜ。俺とお前の戦いを!」
最初に決めたことだ。
無知のままでは、何も始まらない。
女神のことも、魔神のことも、何もかも聞き出して、そこから始めるしかないんだ。
だから――。
「ああ、終わりにしよう。俺の力で――いや、俺達で、終わらせてやるよ」
「……ああ?」
俺は何も考えずにただ移動してきたわけじゃない。
逃げる方向を考えて、少しずつこいつを誘導してきたんだ。
合図はさっき聞こえた。
準備は、整っている。
「――待ってたぜ……キシン!」
「――見せてやるよ。これが僕の全力だ!」
俺にしか聞こえない、キシンの叫び。
直後、夜空に虹の流星が打ち上がった。
出所は、少し離れた時計塔の最上階。
そこから放たれた八本の光が、夜空を照らしながら上昇していく。
水面を泳ぐ蛇のごとく夜空を駆け上がった光は、やがて綺麗な螺旋を描きながら一つになる。
「く……はっ! これ程までやるかあの女ァ!」
一つになった極大の光。
デロス目掛けて飛翔するそれに、デロスは叫びながら向き合う。
鎌で斬るのか、左腕で受け止めるのか。
どちらにせよ、俺がこの場でそれを眺めていると言う選択肢はない。
「これで、終わらせる!」
あの矢はキシンが時間を掛けて作り出した、全属性を束ねた攻撃。
多少のずれは風属性で修正できるホーミング機能付きだ。
当たれば大ダメージは免れないし、逃げるのも難しい。
そしてその対処に集中させることは俺がさせない。
「はあっ!」
接近、踏み込み。
デロスに向かって右上から凄まじい速度で落ちて来る光。
それに対してデロスは左腕を掲げ、右手に持った鎌を俺へと向ける。
俺と矢を同時に相手取れる構え。
確かにこれならば、どちらの攻撃も防ぐことができるかもしれない。
――俺の攻撃が、ブラフでなかったならば。
「っ!」
光がデロスの左腕へと接触する寸前、俺は攻撃を中止して後ろへ跳ぶ。
そして獰猛に笑いながら目を見開くデロスの左腕と、七色の光が激突した、その瞬間。
俺はこの瞬間まであえて使っていなかったスキルを解放する。
「――オー、ラアアアアッ!」
空中で発動した[威圧]の波動が周囲へと撒き散らされ、範囲内の生物の動きを一瞬だけ停止させる。
それは俺のすぐ目の前に居たデロスも例外ではない。
光と拮抗しているその姿勢で[威圧]を受け、しかしその一瞬で光がデロスへと到達することはない。
それでも、十分だった。
「――散々待たしてくれやがったなこの野郎おおおおっ!」
デロスの背後に現れた一人の男。
一瞬で振るわれたその男の持つ大槌が、デロスの身体を軽々と吹き飛ばした。




