第63話 氷を潰す嵐
振るわれた左腕が、体に纏わりつく氷を容易く吹き飛ばす。
「くっは! ははははっ! いいぜ、いいぜェ! 七賢者の加護たァまた、いいモン持ってるじゃねェか! これだから〈所持者〉ってのは面白ェ!」
全力の上級魔法をぶつけたはずのデロスは、それを意にも介していない様子で叫ぶ。
だがそれで完全に、デロスの意識は私の方へと向いたらしい。
「命が惜しい人は逃げて! ここは危険だわ!」
既に数人の死者を出してしまった。
これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない。
「逃が、さねェ!」
床を踏み抜き、大きな音をさせてデロスが跳び上がる。
一気に三メートルほども跳び上がったデロスは、そのまま人ごみの中に着地し、巨大な鎌を振り回そうと――。
「させない! [氷砲弾]!」
まだ空中に居るデロスを、氷の塊で狙い撃つ。
直撃はしなかったが、それでも体制を崩すことはできた。
「散って! 早く!」
「う、おおおっ!」
デロスの直下に居たプレイヤー達が、避難を始める。
それを皮切りに、中庭の出口へとプレイヤーが向かい始めた。
「くははあっ! こうでなくちゃなんねェ!」
轟音と共に着地したデロスが、こちらに向けて駆けだす。
巨大な鎌を持っているにも関わらず高速だが、魔法に速さは無意味。
「[氷散弾]!」
前に向けた右手から、氷の欠片が銃弾の様に発射される。
ばら撒かれたそれはステージの明かりを反射させながら彼我の距離を駆け抜け、
「[死嵐]!」
黒いオーラを纏った鎌の一閃に全てが弾き飛ばされる。
「はぁっ!」
「ぬらァ!」
遠心力に従って振られる鎌を、左手の剣で受け止める。
鎌の一撃は、見極めるのは簡単だが、威力は他の武器とは大違いだ。
遠心力を乗せた一撃は、その衝撃だけで腕の骨を容易くへし折る。
だから受け止めるには、剣一本じゃ足りない。
「[獅子水爆]!」
瞬間、虚空から生み出された水が剣を包み込み、内包した力を爆発させる。
「ぐっ!?」
左手を襲う衝撃に顔を顰めるが、それでもデロスの攻撃は防ぎ切った。
新しく得たこのスキルは、何もない所から高圧の水を生み出すもの。
そしてこのスキルは何より、私と相性が良い。
「[氷結領域]!」
先ほども放った上級魔法を、今度は無詠唱で発動。
白い波動がデロスを包み込み、その身を凍らせていく。
「あーあ、鬱陶しい!」
だがデロスが左腕を振ると、それだけで氷は砕け散った。
やはりあの左腕には何かしらの特殊効果があるのか。
「なら、そこ以外を狙うだけ!」
感情に呼応するかのように、水が虚空から溢れ出す。
それを凍らせれば、大した魔力も使わず、一瞬で氷の魔法が完成する。
もはやスキルを発動する必要もない。
ただ剣を振り、水を制御するだけで、それは氷の奔流へと変化する。
だが、それが効果を及ぼすかはまた、別の話だった。
「効かねェんだよ! そんなもんはよォ!」
デロスはその氷の嵐の中を、何の障害もないかのように駆け回る。
足元の氷を踏み砕き、氷槍を打ち払い、砲弾を切り裂く。
私の攻撃が、彼に何の影響も与えていないのは明白だった。
デロスに攻撃は届かず、接近されて剣を数度打ち合えば限界が訪れ、水圧で吹き飛ばすのも、そう何度も効くとは思えない。
攻略されるのは時間の問題だろう。
それでも、時間稼ぎとしては十分だった。
「くたばれェ!」
叩きつけられた鎌が、氷の壁を打ち砕いて破壊する。
しかしそのまま私をも傷つけるはずの鎌は、その寸前でピタリと停止することになった。
「悪い。遅れた。……ほんと、悪い」
横からデロスの鎌を掴んで止めるのは、橙色の皮装備に身を包んだ青年。
俯き気味なその青年からは、本当に申し訳なさそうな謝罪が飛んでくる。
「ううん、リュウは悪くない。悪いのは全部、この変態野郎なんだから」
万感の思いを込めて、そう口にする
そして水を向けられた変態野郎は、乱入者の正体に気付くと、全身で喜色を露わにした。
「くっは! は! はははははあ! 待ってたぞ! リュウ! ようやくお前と戦えるわけだァ!」
両手を広げ、数歩後ずさり、リュウの姿を仰け反りながら視界に焼き付けようとする。
その醜悪で、狂気としか言いようのない姿に言いしれない嫌悪感を抱き、
「……くそ」
呟かれたリュウの悪態が、ひどく耳に残った。
「さァ! 開幕だ! 踊ろうじゃねェか! 俺とお前で! お膳立ては済んでるぜェ!」
奴は、至極満悦と言った表情で興奮したように叫ぶ。
そこにはただ、これからの戦いに対する期待と愉悦があった。
「俺はもっと、穏やかにお前と向かい合いたかったぜ。こんなに騒ぎを大きくしやがって……」
表面上は取り繕ってそんな風に言って見せるが、内心は焦りと自分への怒りで荒れ狂っていた。
なぜ、デロスがこの場に現れることを想定していなかったのか。
俺達がスキルを持っているのだから、デロスだって何かしらのスキルを持っているに決まっている。
姿を隠して移動できるのならば、誰に気付かれることなくこの場で暴れ出すことも可能なのだ。
それを完全に、見落とした。
この惨状を引き起こした原因は、間違いなく俺にある。
「そうやって自分を責めないで、リュウ。例え分かっていたとしてもこの場に居た誰も、こいつの存在に気付かなかった。アルフレイドが殺されるまで、誰も……」
「くっはは! そうとも! 流石にお前自身に近づいたらバレちまうからなァ! 一番面白そうなアイツをぶっ殺してやった! まァこれから皆殺しにしちまうから順番は関係ねェしなァ?」
「……くそ」
既に犠牲者が出ている。
そしてこいつの目的はやはり、プレイヤーの殲滅だ。
だが――。
「させるかよ。すぐにゴルム達も到着する。そうすりゃ多対一だ。 いくらお前が強かろうと俺達全員を相手に大立ち回りができると――」
「あー待て待て。ステージはこっからだぜ? 俺がなんで、あいつらが逃げんのを傍観しててやったと思う」
「何だと……?」
中庭に既にプレイヤーはいない。
アドリアとレイナの奮戦の間に、城下町へと移動を開始している。
面白がってこの場に残る奴も居るかもしれないが、それでもこの場での戦闘に巻き込まれるようなことにはならないはずだ。
こいつがこれ以上、何を企んでいるというのか。
その疑問はすぐに、外側からの言葉で解消された。
「リュウさん! レイナさん! 大変です!」
唐突に中庭に小柄な影が飛び込んでくる。
「ティア……?」
戦闘は避け、サポートに回ることになっていたティア。
俺が中庭に突入しようとしていた時には、避難者の誘導をしていたはずだ。
それがなぜ、わざわざ戦場へと踏み込んでくる?
「モンスターが! 大量に! どうしましょう! このままじゃ!」
「何だと……!」
容易に理解できないティアの言葉。
だがそれが届いた瞬間、向かいのデロスの顔がにやりと歪められる。
「来たか……!」
そしてそれがきっかけであるようにデロスは行動を開始する。
踵を返し、中庭の入り口、城門目がけて一気に駆け出す。
「くそ!」
虚を突かれた俺とレイナも慌ててその後を追う。
「何が起きてるってんだ……! [突進]!」
一瞬の加速で前を走るデロスに追い付く。
だがデロスはそんな俺をチラリと見ただけで、鎌をだらりと垂らしたまま走るのを止めようとしない。
「こ、の!」
勢いそのままに拳を叩き込むが、それはふわりと跳び上がったデロスに呆気なく宙を切る。
気付けば中庭を駆け抜け、城門へと到達していた。
デロスは軽やかに跳び上がり、壁に足を掛けながら数度の跳躍で巨大な門の天辺まで到達してしまう。
「リュウ!」
「悪いレイナ! アドリアとティアを頼む!」
心配そうな声を掛けて来る背後のレイナに短く返事をして、俺も跳躍。
[身体異常]を目いっぱい発揮して三メートル程跳躍し、デロスを真似て壁を蹴りながら上方を目指す。
最後に手で自分の体を引き上げれば、そこはもう門の天辺だった。
「くははっ! 来たかよ! 見ろ! これが俺の作り上げたステージだ!」
少し離れた場所で喚くデロス。
だがその言葉に耳を貸すまでもなく、俺の位置からは全てを見下ろすことができた。
城の中庭から外に出たプレイヤー達の大半が、未だ城門付近に止まっているのは知っていた。
だがプレイヤー達を包むざわめきが、今では全く意味を変えていた。
その原因は、彼らの視線の先にある。
ここは城下町よりも高台に位置する。
だから城下町と城をつなぐ道は長い階段になっていて、俺とレイナは数時間前ここで話したりもしたのだがそれはともかく。
この場所は、城下町を見下ろすのに非常に都合が良かった。
「何だよ……あれ……」
俺は最初それを、影かと思った。
遠く、暗闇で蠢く影。
奇妙な光景だが、雲やらなんやらが月明かりに照らされればそう見えるかもしれない。
だがその影が、城下町まで侵食してくるとなれば話は別だ。
「あれもお前のスキルだってのかよ……!」
俺達が向いているのは西の方角。
つまり、あれが湧き出ているのは西エリアということになる。
虫の溢れる西エリアで黒く、群れるモンスター。
そんなもの、一つしかいない。
「アリ……フォレストアントの群れか……!」
「くっはははッ! その通り! さァ! エキストラも到着したことだ! 始めようぜェ! 俺と、お前の、狂宴を!」
地を、空を埋め尽くす黒い波は、既に城下町に到達し、飲み込み始めている。
だがどうやら俺がそれを気に掛けている暇はないらしい。
「ああ、どっちにしろ、俺達の目的もお前だ。とっ捕まえて、洗いざらい話してもらう。その目的はなんら変わってない」
「やってみろ! 俺はお前を殺し! この世界の全員を殺し! そしてお前に止めを刺す! それこそが俺の! 300年前からの願いだ!」
両手を広げ、叫ぶ。
もはやお決まりとなったそのポーズは、言い知れない嫌悪感を俺に与えた。
唐突に始まった戦闘は今、新たな局面へと突入する。




