第60話 その夜の約束は
集会は今夜。
ギルドメンバーが各々狩りから戻り、夕飯を取り終えた後の22時。
それが、OOの、そしてデロスとの戦闘の行方を左右するギルド集会の開始時間となった。
集中している時ほど、時間の流れは早く感じる。
だが今ほどそれを実感したことはなかった。
ただこの先にある出来事への緊張が、極限まで高まっていた。
「もう、こんな時間か……」
ここは、カルカ城へと続く石段の途中。
少し高くなって城下町が良く見渡せるその場所に、私は一人で座っていた。
既に夜の帳がおり、城下町のあちこちでは店の明かりが煌々と輝いている。
時刻は20時。
あと1時間ほどすれば、I.W.の集会に向けて準備を始めなければいけない。
ようやく、望んでいた時が来る。
私が彼らを説得して、デロスと共に戦うことができたら。
そしてリュウやゴルムや、他にも大勢いる力を持った人たちがOO攻略のために力を合わせることができたらどれだけ良いだろう。
リュウはデロスを倒した先にも、再び敵が現れる可能性があると言っていた。
魔神とやらの目的は分からないけれど、私達を害そうとしてきている以上、それを退ければ更なる敵が現れてもおかしくはない。
そんな時にボス戦で見たアルフレイドの、I.W.の力があれば、どれだけ頼もしいことだろうか。
緊張はしているが、同時に興奮もしている。
絶好のチャンスが訪れた。
話を聞く限り、I.W.の中にも私達の話に耳を傾けようとしてくれている人が居るのだ。
後は彼らに包み隠さずに全てを話して、協力を願えばきっと――。
「――なんだ。ガチガチになってるかと思ったら、そうでもないんだな。心配して損したか」
突然、背後からそんな声が掛けられた。
座ったまま振り向くと、そこにはよっ、と片手を挙げるリュウの姿があった。
「こんばんは、リュウ。よく私がここに居るって分かったわね?」
「いや、分かってない。警戒がてら散歩してたら、知ってる後姿を見っけただけだよ」
そう言うとリュウは少し間隔を空けて隣に座る。
警戒してたらわざわざ城下町の中心地に来ないとか、来るなら後ろじゃなくて前からでしょとか、そんな細かいことは気にしない。
今はただ、隣にリュウが居ることが嬉しかった。
「ま、失敗したって死ぬ訳じゃないんだ。要はデロスを倒せりゃあ良いんだから、アルフレイドのことはおまけくらいに考えとけよ」
その言葉は、あらかじめ用意してあったものなのか。
私の心の負担を取り除こうというその言葉を、しかし首を振って否定する。
「決めたの。私は何としてでもアルフレイドに協力してもらうって。集会で私の言葉が跳ね除けられたら、最悪襲ってきた敵の前に放り出してやるんだから。アルフレイドは頭が良いみたいだから、そんなことにはならないって分かってるけど」
アルフレイドは、損得勘定ができる人間だ。
だから、私の言葉を否定することよりも、ゲームオーバーが存在した時のリスクを考えて行動してくれる。
それ故にアルフレイド以外の人間にデロスの危険性を伝えられるかどうかが、今夜の課題だと言えるだろう。
「そっか。そう……かぁ~」
何やら難しい顔で俯くリュウ。
残念がるようなそのため息には、一体どんな意味が込められているのか。
「そう言えば、防具は新しくなったのね。ラナに感謝しなきゃ」
見れば、リュウの身に着ける防具はやはり以前とは少し異なっている。
おぞましいヘビ皮は変わらないが、あちこちに濃い緑の線が走っている。
デザインも少し変化しているし、どことなく強そうに見えた。
「ああ、これで俺も戦える。いつデロスが来ようと、俺の準備は万全だ」
結局、今日もデロスの襲撃が来ることはなかった。
勿論夜間に襲撃が来ることも十分考えられるので油断はできないが、だからこそ皆の挙動には疲れが見え始めている。
いつ来るか分からない敵に、四六時中気を張っていれば疲れるのは当然。
来るなら早く来いと思うのだが、そう急かして疲れさせることが相手の狙いなのかもしれない。
結局は何もできないまま、ただ警戒する時間だけが過ぎていっている。
「リュウも、あんまり気を張りすぎないでね。ちゃんとご飯食べて、ちゃんと寝てる? そういうことも準備のうちに入るのよ」
「この世界で食べるってのは関係ないんじゃ……まぁ、そうは言ってもあんまり寛げないだろ。あいつの顔を知ってるのは俺とキシンだけだし、一番異変に気付けるのは俺なんだから」
軽く自分の耳を指し示しながら言う。
確かに、リュウのスキルがあれば一早くデロスの出現に気付けるかもしれない。
でも、
「だーめ。そういうこと言ってたらいざって時に力が出ないわよ。万全の状態で挑むんでしょ?」
リュウは人一倍今回の戦いに気合いを入れている。
そんなリュウが気を張ってしまうのも分かるのだが、リュウの力なしで敵を退けるのは難しいだろう。
リュウにはしっかりとした休息をとって、万全の状態でデロスとぶつかってもらいたい。
だから――。
「――ん?」
隣で難しいなー、などと笑っているリュウの頭にそっと手を添えてこちらに引き寄せる。
リュウは疑問の声を上げながらもされるがままに体を倒し――私の太ももの上に頭を載せた。
「……レイナさん?」
「ちょっと、う、動かないでよ。恥ずかしいんだから……」
恐る恐る、と言った感じで声を発するリュウを、頭を押さえて黙らせる。
リュウは向こうを向いたまま、跳ね除ける様子もなく身を強張らせている。
「ほら、力抜く。キシンちゃんから、しばらく野宿してたって聞いたんだから。それから寛いでないんだったら、寝れる時に寝ちゃいなさいよ」
「……あいつはキシンちゃんってキャラじゃないだろ。というか、この状況で寝れる程純白な心は持ってないって言うか……」
耳を赤くしてそんなことを言うリュウに、膝の上の体温を意識して今更ながら顔に熱が上る。
それでも我慢して無言を保つ内に、次第にリュウの体からも力が抜けていく。
「い、痛かったりしない?大丈夫?」
「お、おう。大丈夫……です」
それからしばらく無言の、しかし内心では落ち着かない時間が過ぎる。
嫌な時間ではなかった。
ともすれば、ずっとこのままで居てもいいと思えるような。
勿論そんな訳にもいかないのでどちらかが口火を切る必要がある。
今回は、リュウが先だった。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「……何?」
向こうを向いたまま、リュウが問う。
そんな質問とも言えない質問に続きを促すと、リュウはその時初めて寝返りを打って、正面を向く。
自然とお互いが、至近距離で見つめ合う形になった。
「どうしてレイナは、あいつらにこだわるんだ?あの中に知ってる奴が居る訳でもないんだろ?どうして見ず知らずの奴らのために、そんなに頑張るんだよ」
どうして見ず知らずの人を助けるのか。
それは、昨日私がリュウに向けて言った問いに似ていた。
「ゴルムは、強い奴が居た方が攻略が捗るって言ってたけどさ。レイナはそんな打算だけでやってるようには見えないから。それで……何でなのかな、ってさ」
最後は少しだけぼかして言う。
要するに、私がお人好しだと言いたいのだろうか。
確かにその自覚はあるが、それでもこの質問の答えは決まっている。
「私を助けてくれた人が、お人好しだったから」
そう言うと、こちらを見つめるリュウの目が少しだけ見開かれる。
「今私はリュウに何も返してあげられないけど、その分、他の人を助けたい。リュウが私を助けたことに意味はあるんだって、証明したいから。私は私にできる範囲で、皆を助けたい。私の力はリュウやゴルムにはとても及ばないから……」
思い出されるのは、トロールとの戦いの時のこと。
ゴルムとルークと共にトロールを追い掛けて、でも彼らが倒れた後、私は何もできなかった。
一人炎の中で戦うリュウの無事を、ただ祈り続けていただけ。
「戦うだけが戦闘じゃないって、そう思うから。私は、必ずアルフレイド達を説得する。そうするって、決めたの」
それが直接的にデロスとの戦いに関係するかは分からない。
でもプレイヤー同士の結託は、OO攻略においても、魔神との戦いにおいても、必ず役に立つ。
リュウは私の言葉を聞くと目を瞑って短く、そっか、と言った。
「――今、分かった。俺も決めたよ」
そう言うと、リュウは体を起こす。
重みのなくなった足の上が、どこか寂しく感じられた。
「分かったって、何が?」
問うと、リュウはゆっくりと立ち上がる。
眼下の城下町を眺めながら、静かに話し始めた。
「ずっと、分かんなかったんだよ。俺がなんで戦ってるのか。現実に未練もない。英雄になりたい訳でもない。それでも、ゲーム攻略をしないって選択肢は最初からなかった。何でだろうって、ずっと考えてた」
今、分かったよ。
リュウはそう言って、小さく笑った。
「楽しかったんだ。ログアウトできなくなって、現実から切り離されても、ここはゲームの中。希望はなくても、城下町を出たらそこには未知のフィールドが待ってたんだ。内心、楽しんでたんだよ。……ひどいよな。レイナみたいな人はいくらでも居ただろうに」
「ううん、リュウが謝ることなんてない。ただ私が、弱かっただけだから」
私は絶望して、ゲームを楽しむことなんてとてもできなかった。
それでも今は少しずつ、前向きになれてきているつもりだ。
「今は最初とは変わった。ゴルムだけじゃない、レイナや、アドリアや、ルークも、キシンだってそうだ。ちょっとずつ、輪が広がって行って、楽しくなった。俺、好きなんだよ。友達とかと遊んだり、騒いだりとか。魔神が現れて、トロールが暴れて。それでもこの気持ちは変わらない」
そこで一度言葉を切ったリュウは、こっちを見て、照れ臭そうに笑う。
「もしレイナが消えて居なくなったら、って考えたら、駄目だな。俺は皆が居ないとやっていけない。それが分かったよ。だから、俺は何としてでも、デロスを止める。そう決めた」
リュウは覚悟を決めた様子で、そう言い切った。
「うん、頼りにしてる。私はリュウの強さを、信じてる」
立ち上がってそう言うと、リュウは再び照れ臭そうに笑った。
釣られて私も笑うと、その場にはしばらくお互いの笑い声だけが響いた。
そして一しきり笑い終えると、リュウがおもむろに私の手を取って引き――私を抱きしめた。
「……リュウ?」
「昨日、言ったよな。どうしてあの時レイナを助けたか、自分でも分からないって」
耳元で掛けられるその問いに、黙って頷く。
「確かに、あの時は特に意味のない行動だったかもしれない。でも、今は違う。俺は心の底から、レイナを助けて良かったって思ってる。これからも、レイナを助けたい。俺にとって、レイナが大切だからだ」
きつく抱きしめられたままそう宣言されてしまっては、もうこちらからは何も言えない。
ただただ、リュウの言葉が嬉しかった。
「約束する。俺は必ず、レイナを守る」
「……うん。ありがと」
どうにかそう言葉を返す。
最後に一層腕に力が込められ、そして離れた。
「上手くなんかやらなくていい。レイナが思ったことを言えば、きっとレイナの優しさが伝わるはずだ」
そう迷いなく言うリュウが、暗闇の中でも凄く眩しく見えた。
そんな彼だから私は――。
「じゃ、行こうか。戦いは、こっからが本番だ」
「……うん」
差し出された手を、しっかりと握る。
この先に何が待つのだとしても、もう恐れはなかった。
守ると、そう言ってくれたから。




