第61話 決断の時
「そろそろ……か……」
夏の夜の生暖かい風が、前髪を揺らす。
いつになく落ち着いた気分で空を見上げてみれば、雲一つない綺麗な夜空が広がっていた。
「本当にあっちに居なくて良いの?」
心配そうなゴルムの言葉に、俺は首を振って返す。
「俺が居たってできることはないだろ。アドリアとティアも居るんだから、向こうは女性陣に任せるさ。俺達は、あいつらが居ない間こっちを守ることに集中しよう」
「リュウが良いって言うんなら良いんだけどさ……」
納得しがたい様子のゴルムだが、俺の言っていることは間違っていないはずだ。
もうすぐ、I.W.のギルド集会が始まる。
ギルドメンバーだけでなく一般のプレイヤーをも巻き込んだそれは、もはや集会どころか一つのイベントのようになってしまっている。
夜間は娯楽がなく、皆が暇だったのだろうか。
とにかく、I.W.のメンバー、彼らに攻略を託そうとする者、彼らを見極めようとする者、そして単に暇だった者が大挙して集会の行われるカルカ城へ出向いている現在、城下町に居るプレイヤーはかなり減っている。
デロスが攻め入るのには、絶好の機会のように思われた。
「でもこれは、逆に好都合……だな」
元々の俺達の懸念は、城下町にいるプレイヤーが多すぎてデロスの襲撃から守り切ることができないだろうという物だった。
城下町の中心のカルカ城に大勢のプレイヤーが出向いている現在、俺達はデロスとの戦いに集中することができる。
最悪、俺達の目論見を看破したデロスがあえて襲撃をしない、という選択肢を取ることもあり得るが、どちらにしろこの集会が終われば事態は動く。
I.W.と共に戦う未来か、俺達があいつらを切り捨てて戦う未来か。
何にせよ――。
「こっちは任せろよ、レイナ。後は、お前次第だからな」
全ては、カルカ城に居るプレイヤー達に託された。
「すっごい人数。これ皆、あなた達が集めたの?」
カルカ城の中庭。
広大なそこに集まり思い思いの会話に耽るのは、様々な装備を身に着けた1000人に上るかというプレイヤー達だ。
前列に居るのはI.W.のメンバーの様だが、それ以外のプレイヤーに見覚えはない。
隅でこちらを見守るアドリアさんとティアの存在が、とても心強かった。
「集めた、と言っても掲示板や、口頭での呼びかけ程度だ。我々もこれほどの人数が集まるとは、予想していなかった」
中庭の最奥、城の入り口付近に設けられた簡易式のステージ。
その裏での私の質問に重々しく答えるのは、アルフレイド。
公式の場だからか、金属甲冑に大剣を背負ったフル装備だ。
首元には海獅子からドロップしたもので作ったのか、蒼い玉を咥える獅子を象った首飾りが掛けられている。
久しぶりに見る、威厳あるギルドマスター様の姿だった。
「少し早いが、我がギルドのメンバーは全員集まった。いつでも始められるだろう」
「そう。じゃあ、時間になったら始めましょうか。いつ襲撃が来ないとも限らないし」
そう言う私を、アルフレイドは微妙な顔で見つめる。
この集会が襲撃の格好のチャンスだと言うことは、リュウから聞いている。
ここに大勢のプレイヤーが来ていると言っても、まだ城下町には多くのプレイヤーが残っている。
リュウの言う通り手薄になったそこを襲われれば、対処ができないまま蹂躙されてしまいかねない。
だから、リュウとゴルム、ルーク、ショウマ、キシンの5人は、城下町に留まって襲撃を迎え撃つ運びになった。
戦力を分散する苦肉の策だが、まだデロスが来ると決まった訳ではない。
とにかく私としては一刻も早く集会を終わらせて、アルフレイド達の協力を取り付けたいところだ。
「それも、あの人達次第だけど……」
前列の、明らかに異色なプレイヤー達を覗き見ながら呟く。
アルフレイドと同じくフル装備で周囲を威圧するように立ち並ぶのは、言うまでもなくI.W.のメンバー達だ。
彼らの中で意見が割れているということは聞いたが、海獅子のボス戦の前にはチョーシ乗んなとのお言葉を頂戴している。
皆が皆そうではないとは分かっているのだが、それでも一定の不安はあった。
「そう、心配する必要はないと思うがな」
「え?」
私の呟きを聞いたのか、背後のアルフレイドが言葉を発する。
「私自身も半信半疑だが、それでも君達の意見を跳ね除けることに対するデメリットは弁えているつもりだ。そしてそれは、あいつらにしても同じだろう。荒くれで手の付けられない奴も居るが、私自身が選んだ者達だ。そうそう馬鹿な真似はするまい」
それも君の言葉次第だがな、と最後に付け足したアルフレイドの言葉を、複雑な気持ちで受け取る。
アルフレイドを最初に見た時には何とも傲慢なプレイヤーが居るものだと思ったが、今は少し違う印象に変わっている。
確かに傲慢かもしれないが、そこが彼の良いところだ。
自分の強さを否定せず、他者を導くために己の力と知恵を総動員する。
何ともギルドマスターと言う役職に向いた人柄だと言えた。
「この集会が終わって何もかもが片付いたら、また話しましょう。その時は一つ物申したいことがあるわ。『I.W.のプレイヤー30人での攻略なんて間違ってる』ってね」
「そうか、楽しみにしていよう。……その時には私の意見も、変わっているかもしれないがな」
その言葉は、何を見据えてのものだったのか。
珍しく苦笑しながら言ったアルフレイドの顔を眺めてから、視線を外す。
「時間だ。私が軽く紹介をしよう。呼んだら、ステージに出てきてくれ給え」
「ん、分かった」
私の了承を得ると、アルフレイドが舞台裏からステージへと出て行く。
次第に静かになっていく城の中庭に、否応なく緊張が高まる。
それでも、私の目的は見失っていない。
私にしか、できないことだ。
必ずや、やり遂げて見せよう。
パンパン、と拍手を打つ音に中庭が次第に静まり返っていく。
無論最前列に立つフウマは、その前からステージの上に立つ存在に気付いていたのだが。
「時間になった。これより、インビンシブルウォリアーズのギルド集会を始める」
重々しく、ギルドマスターであるアルフレイドが声を発する。
その言葉は物理的な圧力を持っているかのように、中庭内のプレイヤー達を黙らせた。
「相変わらず怖ぇなぁアルは……」
ぼそっと呟かれたセンクの言葉は、この場に居る全員のプレイヤーの内心を代弁していたことだろう。
フウマもあのアルフレイドの気迫に気圧され、それでも頼み込んでこの場に居る訳だ。
「内容は、もはや言うまでもないだろう。シッターと宗玄の二人が姿を消してから二日が経過した。今回の集会の目的は、今後のギルドの方針を決めることと、それをこの場のプレイヤーに認知させることだ。……異論はないな?」
舞台下を睥睨するアルフレイドに、返される言葉はない。
満足したように目を瞑ると、アルフレイドはステージの端へと合図を送る。
そこから進み出てきた人物に、中庭のプレイヤーが一斉にざわめいた。
「やっぱりあいつか……!」
無論、フウマ自身にも覚えがあった。
この場の全員が思わず息を飲むほどの美女。
黄色に近い茶髪は後ろで一つに束ねられ、目は透き通るような琥珀。
スタイルの良さは装備の上からでも分かるし、何より身に纏う何かしらのオーラが、彼女の美しさを際立たせていた。
あの美貌に、左ではなく右腰に差した片手剣。
まず間違いなく、アドリアさんと共にいた女剣士だろう。
「なんでこんなとこに……」
いくら美人と言えど、あの女は意味不明なことを喚き散らす嘘つきで、I.W.の敵。
こんな場所に顔を出すような人物じゃないはずだ。
そしてそんなことは、あの女を連れて来たアルフレイドが一番よく分かっているだろうに。
「どうも、こんばんは。レイナと言います。皆さんの力をお借りするため、やってきました」
凛とした声で、レイナと名乗った少女が言う。
その謎めいた言葉は、中庭内のざわめきをさらに大きくさせた。
「彼女をこの場に呼んだのは、他でもない。二人の消滅の理由を、知っていると言った。それを話してもらうために、この場を設けることになった」
簡潔なアルフレイドの言葉。
言い終わるかどうかというところで、すぐ近くから舌打ちの音がした。
誰かは分からないが、I.W.のメンバーのものだろう。
恐らく、既に全員が悟っている。
「――ああ、またあの与太話か」
壇上のレイナがぽつりと呟く。
その言葉に、I.W.の幾人かの肩がピクリと動いた。
フウマ自身もそのうちの一人。
寸分の狂いもなく、胸中の呟きを読まれてしまった。
「この中には、そう思っている人もいるかもしれない。まぁ、その通りです。私が、私達が言う事は、今までと何も変わらない。それが事実だから。でも多分、これが最後になる」
ステージの上に堂々と立ちながら、レイナはそう宣言した。
「お話します。私達の知る限りの全てを。その上で私は、皆さんの力をお借りしたいと思っています」
そう言うと、レイナは話し始める。
トロールに続いて、デロスと名乗る敵が新たに現れたこと。
その敵も同じく痛みを与え、殺したプレイヤーを消滅させる能力を持っていること。
消えた二人のプレイヤーも恐らく、デロスに殺されたのだと言うこと。
そしてそのデロスがいつか、早ければ今すぐにでも、城下町を襲撃に来ること。
話し終わった瞬間、中庭の喧騒が一気に膨れ上がった。
「ふざけんじゃねぇよ!」
I.W.から、一人のプレイヤーが叫びながら前へと躍り出る。
「確かに、前と変わらねぇ話だな、オイ? なら結論は変わらねぇ! 誰がてめぇの話を信じるってんだ!」
叫ぶI.W.メンバーに中庭の空気が同調する。
ステージ上のレイナは、それをただ無表情に眺めていた。
「イベントってんでも、ぐーーうぜん誰も見っけてねぇイベントがある可能性もあるにゃあるが、てめぇはそうでもねぇって言う。なんだってんだよ! お前は何が目的だ! 俺達の邪魔にしかなってねぇってんだよ! 大体なぁ!シッターと宗玄が消えたのもそいつのせいだって言ってるが、それも怪しいんだよ! 実はてめぇらが誘拐でもしてどっかで――」
「――その先を言うのは許さんぞ、ミトメ」
尚も言い募るI.W.メンバーを止めたのは、ステージ上のアルフレイドだった。
レイナの方へと歩み寄りながら、厳しい視線を眼下に送る。
「虚言を否定できるのは虚言ではない。お前はレイナに対して、その言葉を掲げて対等に向き合えるのか?」
「……っす、すんません」
ミトメは、荒げていた口調を戻して、素直に謝る。
それでも何か言いたげにレイナをちらりと見るが、レイナはそれを意に介さずに再び口を開いた。
「私は、あなた達を助けたい」
中庭内のプレイヤーを、そして最前列のI.W.メンバーまでをも見ながら言う。
「消えてしまった人達が、どうなるのかは分からない。死んでしまったのかもしれない。生きていたとしても、私達がゲームクリアをした時に現実に戻れない可能性だってある。私はそんなゲームオーバー、絶対ごめんだし、他の人にも味わって欲しくない。助けられるなら、助けたいの」
「だからそんなことは起こんねぇんだって……!」
「あなた達なら助けられるの!」
絞り出すようなミトメの声を、レイナの叫びが一蹴する。
フウマはどうしてか、その声に偽りがあるとは思えなかった。
「私達は、全員を助けることを放棄した。何千人といるプレイヤーを守り切ることはできない、せめて自分達だけでも生き抜こうって。この状況を変えられるのはあなた達しかいない。もう一度、考えて。これからカルカを襲う脅威から皆を守る力を持っているのは、あなた達だけなの。もう一度、思い返して。あなた達がギルドを立ち上げたのは、全部自分達の為だった? 自分達が何をすべきか、もう一度、考えて。――私達に力を、貸してください」
最後に深く頭を下げる。
この女は、何が言いたいのか。
考えろって?
フウマがなぜI.W.に入ったのか。
OOを少数で攻略することによって効率化を図り、その他のプレイヤーを自由にする。
そのアルフレイド達の自己犠牲ともいえる理念に感心して、協力したいと思ったからだ。
だから自分が今何をすべきかなんて言われなくたって分かる。
レイナの言っていることが、本当だったらの話だが。
ある筈がない。
痛みとか、死とか、ゲームはそんな物とは無縁だ。
それなのに何故、レイナの言葉からは嘘の一つも感じ取れないのか。
何故レイナの言葉には、真剣な響きしかないのか。
もし仮にレイナの言葉が本当なんだとしたら、やっぱりフウマの答えは分かりきっている。
「しゃーねーな。やってやるよ」
「センクさん……?」
半ば固まり切っていた覚悟。
それを他所に続いていた沈黙を破ったのは、すぐ近くのサブマスター、センクだった。
「元々俺はそんな反対してもいなかったしね。こんな非日常だ。今更何があろうと驚かねーよ。だから――騙されてやる」
短剣を抜いてレイナに付きつけたセンクが、意地悪く笑う。
「ありがとう……」
レイナは、少し笑いながらそう答えた。
少しの間その顔を眺めていたセンクは、やがて視線を外すと短剣をしまって振り返る。
「いいかてめぇら! ごたごた言いてぇ気持ちも分かるけどよ! 大らかに行こうぜ! あの嬢ちゃんの言ってることが本当なら一大事だし、嘘だったとしても短けぇ寄り道だ! そんときゃ全力で笑ってバカにしてやりゃいいんだよ! 何を恐れてんだか! 俺たちゃ『無敵の戦士達』だろうが!」
「随分無鉄砲な演説を……」
よく訳の分からない言葉を叫ぶセンクに思わず苦笑する。
でも、それくらい単純なことだ。
ごちゃごちゃ考える必要など、まるでない。
「まぁ、そう言う事だろうな」
叫ぶセンクを他所に、アルフレイドが進み出る。
その場の全員の目が全て、ステージ上のアルフレイドへと降り注がれた。
「覚悟を決めろよ」
その言葉で、その場の全員が話の行く末を理解しただろう。
「元々一人賛成が出れば、私はこの話を通す気でいた。それがセンクであったことには内心不安も感じるが……まぁ他の奴が心の中でどう思っているのかは分からないがな」
静かに言うアルフレイドに、フウマも内心で頷く。
恐らく他にも、センクの意見に同調したメンバーは居たはずだ。
「何にせよ、全員考えたはずだ。今自分達がすべきことは何かと。I.W.の力は、私達だけの物ではない。我々は皆から援助を受け、力を提供する。それが我々の理念である以上、我々は自分達だけでなく、他者のことも考えて結論を出すべきだ。だからこそ、分かっただろう。我々が今すべきは、レイナの言葉が真であるか偽であるかを論ずることではない。OOの攻略を続け、邪魔になる物を全て潰すことだ」
アルフレイドは簡潔に、そう言い切った。
「ここで命ずる!」
鋭い声が、空気を裂くように響き渡る。
早くも、集会の終わりが告げられようとしていた。
「I.W.全メンバーは、レイナおよびその仲間の援護へと回ってもらう! これが私の最終決定だ! 異論は許さん! 総員全力でレイナ達を援護し、邪魔する物は全て――」
マスターの言葉によりギルドの方針が決定。
満足気なレイナが目を瞑り、センクが楽しそうに笑う。
集会が終わりを告げ、訪れたプレイヤー達がギルドの決定から自分達の行動を判断する。
まさにその時だった。
「悪ィなァ、ちょっと死んでくれよ」
唐突に、アルフレイドの体が少しだけ浮いた。
言葉が中断され、目が大きく見開かれる。
突然のことに、皆が何事かとアルフレイドの体を注視する。
アルフレイドの胸から、大きな刃が生えていた。
「………え?」
幻覚でも何でもない。
ステージの光に照らされて鈍く光る黒い刃が、アルフレイドの胸から確かに突き出している。
誰も反応できない数瞬の後に、それが簡単に引き抜かれた。
「がっ―――」
奇妙な声を上げながら、アルフレイドがぐらりと体を揺らす。
誰もが唖然と見守る中、鎧を着た体が、大きな音を立ててステージに倒れ伏した。
「本当はもうちょい時間かけるつもりだったんだが、そうも行かなくなっちまってなァ」
アルフレイドの背後。
何もいなかったはずのそこに、一人の男が立っていた。
明かりに照らされて狂気に染まった顔で笑う、巨大な鎌を携えた男。
「ああ、最高だ。最高の夜だ。今日お前に、最高のステージを見せてやるよ! リュウ!」
そいつは両手を広げて、高らかに叫ぶ。
デロスがいつか、早ければ今すぐにでも、城下町を襲撃に来る。
フウマ達はその言葉を、甘く見過ぎていた。




