第59話 転機
私が話をする間、アルフレイドは一言も言葉を発しなかった。
私はリュウから聞いた大イノシシのボスエリアに魔神が現れたことから、一つずつ語っていった。
今回のようにプレイヤーが消え、捜索したこと。
ゴルゴ山のボスエリアで石化能力を持ったボス、バジリスクと戦ったこと。
バジリスクをようやく倒せるというところで突如トロールが現れて、バジリスクの首を叩き潰したこと。
トロールはそのまま暴れ回り、プレイヤー全員が戦闘不能に陥ったこと。
トロールに傷つけられた者は現実と何ら変わらない痛みを感じ、殺されたプレイヤーは消えてしまったこと。
カルカを目指すトロールを追いかけ、何とか討伐したこと。
そして数日後、再び新たな敵が現れたこと。
「デロスと名乗ったその敵は、準備ができたらカルカを襲撃すると言って消えた。それが昨日の朝のことよ。私たちは準備を整えてそれを迎え撃つつもりでいるけど、プレイヤー全員を守りながら戦闘なんて、とてもできない。だから……あなた達の力を借りたいの」
何度か言葉に詰まりながら説明を終える。
リュウがトロールに殺されながらも消えなかったことは話さなかった。
殺されても死なない可能性があるのは確かだが、リュウだけが例外という可能性の方が大きい。
楽観視するくらいなら最悪を予想していた方がマシだろう。
「……やはり何度聞いても、信じがたい話だ」
長い沈黙の後、アルフレイドがため息と共にそう零す。
やはりこの突拍子もない話を、そう易々と信じてはくれないか。
そう思っていたのだが、続くアルフレイドの反応は違った。
「私一人で判断する訳にはいかないか……」
顔を伏せ、考え込むように呟くアルフレイド。
私はその言葉に驚きを隠せなかった。
「どういう……こと……?」
「どうも何も、そのままの意味だ。この件は私一人で処理できる問題ではない。一度、ギルドへ持ち帰る必要がある。少し時間を……いや、それよりも――」
呆気にとられる私に、アルフレイドは真っ直ぐ視線をぶつけて、
「君自身に説明してもらうのが一番良いのかもしれないな」
そう言った。
「――ちょ、ちょっと待って。あなたは私の話を信じるっていうの?」
「信じるわけではない。だが、現に仲間が行方不明になっている。ギルド内で反対の声も上がっている。そうである以上、ここで私が君の意見をここで断ち切ることはできない。ギルドが割れている現状、リーダーの独断専行は最も愚かな行動だと言えるのだから」
そう言うアルフレイドの目には、微かな闘志の色が宿っている。
その目を見て、私は悟った。
本気なのだ。
この男は本気でプレイヤー全員を纏め上げ、納得させたうえで少数精鋭のOO攻略を成し遂げようとしている。
それこそが攻略の最適解なのだと信じ、実行しようとしているのだ。
アルフレイドは何も、己の自己満足でアドリアさんや私を非難していた訳ではなかった。
攻略の遅延を心の底から嘆いたからこそ自分でギルドを立ち上げ、そしてそれを揺るがすものだと判断したからこそ、私の言葉に耳を傾けようとしている。
私がアルフレイドを説得する必要などなかった。
ただ現状を説明することさえできれば、攻略を第一に考えるアルフレイドならば協力することが利なのだと、そう判断してくれるのだ。
「君達を無能だと嘲ったことは謝罪しよう。無論、この後の状況次第で再びレッテルが貼られることは有り得るが――ともあれ、その上で君に頼む。我々のギルド集会に参加し、君の言葉を我がギルドメンバーに届けて欲しい。君たちに協力するか否かはその後、各々が答えを出すだろう」
その言葉にそっと目を瞑る。
紛うことなきチャンス。
その場でI.W.の信用を勝ち取れば、大きな発言力と強大な力を得ることができる。
そうすればプレイヤー全員を守り切り、圧倒的な数と力をもって敵を退けることができるかもしれない。
それでも、ここまで一足飛びに話が進んだのは、消えてしまったI.W.メンバーの存在があったからに他ならない。
顔も知らない二人に謝罪と感謝の念を送り、目を開く。
「分かった。やらせて。必ずあなた達に真実を伝えて、協力してもらうんだから」
「ああ、よろしく頼む。話を聞く限り、君達には時間がないのだろう?今夜までにメンバーを招集しておこう。それまでには、準備をしておいてくれ」
「うん、分かった」
「メンバーだけでなく、できるだけ多くのプレイヤーを同席させたい。場所も考えなければいけないな。普段通りに噴水広場では窮屈か――」
「――そんなら、良い場所を教えて差し上げよう」
突然、アルフレイドの言葉を遮って声が響く。
何事かと店の入り口を見てみれば、そこには揚々と立つゴルムの姿があった。
急の来訪に驚く私に軽く手を振って、ゴルムは私とアルフレイドの席まで歩み寄ってくる。
「最後の方だけだけど、話は聞かせてもらったよ。おにーさん、俺、良い場所知ってんだよね。人がいっぱい入れる、集会にうってつけなとこ」
ゴルムの言葉に、アルフレイドが呆気にとられたように目を丸くした。
事態は確実に進展している。
それが良い方向へなのか、はたまた逆方向へなのか、それはまだ誰も知らない。
「うっす、お疲れっす」
モンスターの断末魔が響き渡る中、そう言って戦闘を労う男の名前は、フウマと言う。
「ああ、ありがとよ」
フウマは、あるギルドに属している。
いや、フウマ自身としては胸を張ってギルドの一員だとは言えないのだが、それでもゲームのシステム上フウマはそのギルド、『無敵の戦士達』の一員だということになっている。
ギルドマスターのアルフレイドに頭を下げて入団を許可されて以降、フウマは一度もまともに戦闘をしていなかった。
とは言えそれも当然だ。
ギルドI.W.の掲げるのは、少数精鋭によるOOの最速攻略。
その道のりに大した力を持っていないフウマが参加することが許されないのは、当然と言えた。
フウマはある日、ゴルゴ山のボスの偵察のために山道を走っていた。
スキル[影歩]を駆使し、苦戦しながらもボスエリアに到達したフウマを待っていたのは、巨大なヘビのボス。
その目を見た瞬間フウマの意識は途絶え、次に目覚めた時は集団でのボス討伐の真っ最中だった。
ボスはバジリスクから見知らぬトロールへと変わっていて、混乱したフウマは何も分からないままエリアの端まで叩き飛ばされ意識を失い。
結局三度目に目覚めたのは全てが片付いた後だった。
後にアドリアさんに聞かされたのは、嘘か真かもわからない空虚な言葉。
フウマは、分からなくなってしまった。
現実ではただの大学生。
頭が良い訳でも、社交力に優れた訳でもない、一般の学生だ。
そんな人間が突如ゲームの世界に閉じ込められ更に訳が分からない状況に振り回されれば、混乱して当然だろう。
そんな折に耳にしたのが、I.W.の話だ。
フウマは一も二もなく飛びつき、しかし自分で何もしないのは歯がゆいとアルフレイドに協力を申し出た。
本当は彼らと共に戦いたかったのだが、試しに受けた戦闘試験では君をギルドに入れる訳にはいかないと言われ。
最終的に彼らを補佐するという立場でI.W.への入団を許可されたのだった。
「しっかし、敵も随分減ったなぁ」
「……そっすね。前はワラワラ寄ってきて大変だったのに」
前を歩くI.W.のメンバー、センクの言葉に、軽く相槌を打つ。
今のフウマの仕事は、正式な戦闘メンバーである彼の補佐をし、必要とあらば彼を置いて逃走し情報をギルドに持ち帰ることだ。
本来であればバディーは戦闘メンバー同士で組むのだが、このバグズフォレストに限っては攻略メンバーが少なく、フウマのような非戦闘メンバーも駆り出されている。
経験値が分配されてしまうのでフウマが戦闘に手を出すことは一切許されていないが、ペアのセンクはI.W.のサブリーダー。
一人で戦っていながらも、現れるアリを危なげなく倒して進んでいた。
「そろそろこのエリアも、終盤ってことかねぇ」
感慨深げなセンクの言葉だが、気持ちは分かる。
このバグズフォレストは、四大初期エリアとでも言うべきエリアで、難易度的にはジュラス広原やゴルゴ山とそう変わらない。
それがなぜこの段階になっても攻略されていないかと言えば、そこに出て来るモンスターが皆昆虫型であることが挙げられる。
イモムシやバッタ、ムカデがビッグサイズで這いずり回り、時には黒光りするアイツまで出没するとなれば攻略メンバーが限られるのは仕方のないことだと言えた。
それでもセンク達は虫地獄を乗り越え、その先にボスの居るであろうアリ塚型巨大ダンジョンを発見し、少しずつ攻略を進めてきた。
ここ二日で見かけるアリの数が急激に少なくなっていることから考えても、このエリアの攻略は終盤に近付いていると言って良いだろう。
「いよいよボスってことっすね……。ボスが見つかったらマスターや皆さんで、ボッコボコにやっつけちゃって下さいよ。そしたら俺達に反対してるやつだって納得しますから」
「まぁボスが見つかったら、な。まだ敵の巣穴ん中だし、油断できないっしょ。っと、言ってる傍から」
薄暗い巣穴、フウマ達の居る通路の少し先を、小型のアリが通り過ぎる。
小型と言ってもこのエリアの、という注釈が付くので現実サイズで考えると有り得ない程大型なのだが。
ともあれ、この巣穴で最も多く見かける働きアリと思われるアリが、少し先の通路を横切った。
「俺らに気付いてねー感じかな。まぁそんなら好都合だ。さっさと仕留める!」
センクが短剣を握り、ダッと駆け出す。
「よっと![決瞬]!」
一瞬でアリの入っていった通路に辿り着いたセンクが、バツン!という空気の裂けるような音と共に姿を消す。
慌てて追いすがったフウマが角を曲がってみれば、そこにはひょいっと短剣を放り投げて鞘に納めるセンクと。
「んー、なんか急いでるみたいな感じだったな、こいつ」
首元を両断され、既に屍と化したアリの残骸があった。
「お、お疲れっす。相変わらず速いっすね」
「おうよ。……それにしても、なんかありそうだな」
「……このアリっすか?」
「ああ。もしかしたら、こっちの道になんかあるとか」
アリの目指していた方向を眺めながらそう推察するセンク。
このアリ塚は巨大な迷路。
今まではただ当てずっぽうに進んでいただけだったのだが。
「ま、とにかく行ってみっか。アリが少なくなってる以上、手掛かりはなんでも利用するべきっしょ」
そう言ってアリの屍を尻目に歩き出そうとするセンクだったが――。
「おん?」
突然、素っ頓狂な声を上げて立ち止まる。
「……なんかありました?」
「いや、んーと……」
何やらウィンドウを開いていじるセンク。
しばらく何かと格闘していたセンクは、最後に苦々しい表情をした後こちらを向く。
「帰るぞ、フウマ。ギルド集会だ」
「ええ……。今すぐっすか?」
「おう。なんか緊急らしいぜ。まぁ内容で言ったら例のことしか無いんだろうけどよ」
そのセンクの言葉に、フウマも顔を引き締める。
例のこと、と言えば無論、I.W.の戦闘メンバーが二人行方不明になったことだ。
フウマ自身はあまり面識のない相手だったが、同じ仲間であるセンク達からすれば、ただごとではないだろう。
そして今日、その事情を知っているかもしれない相手と、マスターであるアルフレイドが話をする予定だったはずだ。
「でもそいつ、アドリアさんの知り合いなんすよね。そんな奴の言う事、信用できるんすか?」
「それを決めるのは俺達じゃなくてアルだろ。そんであいつが集会っつーんだから、俺達は行くっきゃねーんだよ」
そう言うと、センクは踵を返して元の道を戻って行く。
自分の上司であるセンクがそう言う以上、フウマとしても従うしかなかった。
「何が起きてるって言うんだかな……」
思わず一人ごちる。
この世界に来て、フウマの身には理解できないことが多すぎた。
そしてもしかしたらこれからのことも、フウマには対処できないことかもしれない。
「それでも、大丈夫だ」
フウマにはセンクが、アルフレイドが居る。
彼らがフウマ達を束ね、上に立つ限り、フウマ達の安寧は約束されているはずだ。
そうして、フウマ達はカルカへと戻って行く。
そのままあの道を進んでいたらどうなっていたのか、それはもう、言っても栓のない話だろう。




