第58話 波乱の予兆
夜が明ける。
仕切り直しを宣言したデロス・レメディオスは言葉通り姿を現さず。
対するプレイヤー集団も互いの関係を何ら進展させることはなく。
一見何も変化のないまま一日が終わり、次なる朝を迎える。
黒の殺戮者がいつ姿を見せることになるのか、それを知る者は誰一人居ない。
私がアルフレイドを説得する。
そう宣言した時、あの場を支配した沈黙にはどんな意味があったのか。
アドリアさんやティアなどは、驚いていたようだった。
アルフレイドの性格を知っている人からすれば、あの海獅子戦を終えて尚彼らを説得しようとするのは無意味なことなのかもしれない。
逆にアルフレイドのことを知らないルーク達はやるだけやってみろ、と言ってくれた。
失敗すればそれだけ努力が水の泡になることが分かっていたはずなのに、私の我儘を尊重してくれた。
彼らと、そして数瞬の沈黙の後にただ『頼む』、と私の決断を後押ししてくれたリュウのためにも、必ずアルフレイドを説得して協力を仰がなければいけない。
だから――。
「待っていたぞ」
言葉と共に、店の端に座っていた金髪の巨漢が笑う。
――彼とこうして対峙することは、避けては通れないのだ。
デロスと名乗るその敵がカルカへと攻めてくれば、必ずそいつに傷つけられ、痛みを味わって死ぬプレイヤーが出て来る。
リュウとの言動や前回のトロールの行動から察するに、敵はプレイヤーを殺すことを目的にしている。
何も知らない状態で襲撃を迎えれば、その時の阿鼻叫喚の程は前回の比ではないだろう。
何せプレイヤーの数は前回の100倍以上。
ゲーム開始以来戦闘をしていないプレイヤーも居るだろうし、生産者も数多く居る。
おまけにデロスの行方が分からない以上、戦闘の初撃は向こうに譲っているも同然だ。
死ぬ程の痛みを味わわされ、殺されたプレイヤーが消失してしまうとなれば、パニックになるのは避けられない。
そうして多数の死者が出てしまえば、例えデロスを退けたとしても、もう立て直すことはできないだろう。
戦いに怯え、死を恐れ、永遠にゲームクリアの時が訪れることはなくなる。
それを防ぐには、私達8人では絶対に足りない。
プレイヤーを束ね、統率することができるだけの発言力を持ったプレイヤー。
即ち、私の目の前に居るアルフレイドの協力が必要不可欠というわけだ。
「まぁ座ると良い。ゆっくりと話す必要があるだろう、君にも、私にもだ」
そう言って前の席を指し示すアルフレイド。
小さなNPC経営の喫茶店なため人は少なく、それだけにこの金髪の巨漢は一際異彩を放っている。
「少し、意外に感じてるわ。またこうやって呼び出しに応じてくれるなんて思ってなかった」
「前回言っただろう。次こそお互い納得できるように尽くすと。この話はまだ終わっていない。私としては、一刻も早く君たちに諦めてもらいたいところだがな」
座りながら言うと、そんな答えが返ってくる。
やはり何も変わっていないのか、と胸中でため息を吐いて本題への切り口を発しようとしたところで、
「だが、気になることはある」
アルフレイドがそう、口にする。
「気になること?」
「君たちの主張と無関係ではないだろうことだ。私がここに来た理由の一端もそこにある」
そう言うとアルフレイドは卓上で両肘を付き、指を絡ませて探るようにこちらを見る。
「我々のギルドメンバーが二人、消息を絶った。昨夜のことだ」
「なっ……!」
「西エリアを攻略していた者とは別の者達だ。我々は常に二人以上で行動するようにしている。奇襲で死んだ場合も、もう一人が情報を持ち帰れるように。それでありながら二人共が消え、痕跡は何もない。何かが起きているのだと、我々は考えている」
アルフレイドのその言葉に、驚きを隠せない。
間違いなく、デロスの仕業だろう。
敵は準備をしているのではなかったか。
襲撃は既に始まっているという事なのか。
「やはり何か、知っているようだな」
ため息を吐くアルフレイド。
「たった一夜で、既に我がギルド内には亀裂が生まれている。君たちを信じるのか、信じないのか。馬鹿馬鹿しい話だが、これまでの意見を翻して君たちの言葉を信じようとする者も、我々の内には居るのだよ」
唖然とする私に、アルフレイドはどこか年寄りじみた顔を向けながら言う。
「さぁ、話をするがいい。我々を味方に付ける最初で最後のチャンスだ。君たちの妄言を、今一度聞かせてもらおう」
「レイナさん、大丈夫かな」
「……どうだかな」
目的の場所に辿り着き足を止めると、ゴルムもそれに倣う。
「俺はそのアルフレイドって奴を知らないけど、今回のことで何も知らない奴を説得するってのは難しい話だよ」
ただでさえ非常識なこのゲームの世界で起きた更なる非常識だ。
それをそう易々と受け入れられると思うほど、レイナは甘い考えはしていないはずだ。
「それでもレイナがやるって言ったんだ。俺はそれをサポートできるように努力するさ」
「その一端がこれって訳ね。全く、派手なこと考えるなー」
そう言いながら首を上向けるゴルム。
その先にあるのは、城下町カルカの中心部に堂々と屹立する巨大な城、カルカ城だ。
「何、数千人を一度に動かそうってんだ。こんくらいでかい場所じゃないと、窮屈だろうがよ」
最も近くにありながら、一度も足を踏み入れたことがなかったエリア、カルカ城。
その未知で巨大なエリアの全貌が今、明かされるッ!
とか調子乗ったものの、カルカ城に乗り込むのはそう難しいことではない。
城門には強力なガードが二人居て、モンスターなどが近づけば瞬殺してしまうのだがこいつはプレイヤーには特に反応しない。
城下町の各入り口にもこいつらは配置されているのだが、それがデロスにも機能するかは分からない。
最悪、奴もプレイヤー扱いされてスルー、なんてこともあり得るだろう。
ちなみにこのガードは話しかけると少しだけ返答してくれる。
ともかく、プレイヤーが通る分には問題ないガードの見張りを潜り抜けると、次は開かない城門が待ち受ける、のだがこれはVRMMOならではの方法、門を無視して上から通り抜けることで通過した。
ゴルムに上まで飛んで行ってロープを垂らしてもらい、それを使って俺が上まで登る。
流石に迎撃しろよガード、とも思うのだがやはり反応はなかった。
城門から飛び降りると、そこには豪華な中庭が広がっている。
城壁に囲まれたそこは中々の広さで、俺とゴルムの侵入を優しく迎え入れた。
「話には聞いてたけど、ほんとに人っ子一人居ないんだな」
「だねー。なんか物寂しい」
今回の俺達の目的は、大勢のプレイヤーを移動させて守りやすくするための避難所の確保だ。
俺達8人では広い城下町全てを守備することは不可能。
レイナがアルフレイド達を説得できた時のために、全員を一度に収容できるスペースを確保するのは必須事項だった。
一度戦闘が始まれば協力してくれる奴も現れるだろうから、籠城という手段は悪くないはずだ。
このカルカ城は実はとっくに内部が明らかにされていて、人っ子一人いないもぬけの殻だという事は分かっていた。
何もモンスターがいない、イベントも起きない、出入りが面倒ともなれば来る奴も住み着く奴も居なかったのだが、今回のような状況ならばうってつけの場所と言えるだろう。
「この中庭だけでも広さとしちゃ十分だよな。一応城内も確認しとくか」
「おっけー。そんじゃあ手分けといこう」
開け放たれた城の扉を潜って、城の内部に入る。
二手に分かれてしばらく適当に探索してみたが、特に目ぼしい物はなかった。
流石に城と言うだけあって居住エリアの部屋は綺麗だし、食堂や宴会場らしき広い部屋もあったのだが、アイテムと言うアイテムが全く存在していない。
ベッドも椅子も机も、明かりすらもない。
やはり、ここにプレイヤーが入ることは想定していなかったと言うことか。
プライベートエリアという個室を各人が持っている中で、わざわざこんな場所に住もうとする奴が居るとは思えなかった。
適当に歩き続け、最後に大きな扉に辿り着いたところでゴルムと合流する。
「なんかあったか?」
「なーんも。アイテムが持ち去られた訳じゃなかくて最初っからないみたいだね。あんま期待はしてなかったけど、それでもちょっとがっかりだよ」
予想通りのゴルムの言葉に、俺もつられてため息を吐く。
まぁ今回の目的はこの城にはない。
とっとと終わらせて城下町へ戻った方がいいだろう。
「じゃあここを見て終わりにしよう。万が一カルカで何か起きてないとも限らないしな」
言って、眼前の大きな両開きの扉を見る。
豪華な意匠の施された、立派な扉。
俺の知識と合わせると、恐らくこの先が王との謁見の間、ということか。
「ここだけなんか居るかもしれないからな。一応戦闘の準備しとけ」
「了解」
扉に鍵の類はついていない。
未だ防具のない俺だが、胸元の首飾りと腕輪の確認をして、右手を扉に添える。
「……っ」
警戒しつつ、少しずつ右手に力を込める。
重い扉が音を立てずに少しずつ開いていき――。
「――ま、そうだよな」
そこには、何もない巨大な広間があるだけだった。
「なぁ、お前はどう思うよ」
玉座すらない謁見の間を適当に探索し何もないことを確認した後。
出入りのしやすいように城壁に梯子を掛けて城下町へと戻っている道中のこと。
しばらく漂っていた沈黙を、口を突いて出た俺の質問が破る。
「どうって……また漠然とした質問だね」
「嘘つけ、分かってんだろ。お前はあいつらを助けたいと思ってんのかって、そういう話だよ」
俺の言葉に、ゴルムが眉を顰める。
考え込むような仕草をするゴルムに、俺は言葉を重ねる。
「お前らの言ってる言葉を、あいつらは信じない。普通ならそこで話は終わり。後は自己責任ってとこだろ?レイナがお人好しなのは分かってるけど、お前はどうなんだよ」
俺はどちらかと言うと自分の行動には責任を持てと思うのだが、突飛な話を信じられないのも無理はないと思う。
レイナのサポートはしたいから助けようと動くという消極的な体制を取っている現状だ。
状況が悪くなれば見捨てるし、積極的に介入する気もない。
「うん、まぁ善意だけでやってたら怒りもするんだろうけどね。あそこまで無碍にされると」
「何か企んでんのか?」
「企みって程じゃないよ。強い人がいっぱい居た方が攻略が捗るでしょ。俺はとっとと向こうに帰りたいんだから、そのための力の前貸しだと思えばそう苦でもない」
当然、とばかりにゴルムが言う。
「ふーん、生かしといた方が都合が良いってか。お前も中々割り切った考え方するな」
「人聞きの悪い言い方するなぁ。まぁ違わないけど」
歩きながらゴルムが笑う。
「でもま、今はそんなに周りを気にしてる余裕はないよ」
「だ、な」
その言葉に、浮つきかけていた思考がスッと冷える。
既にデロスとの邂逅から一日が経過している。
いつ、どこから奴が攻めて来るのか分かったものではない。
最悪、既に密かに襲撃が始まっている可能性すらある。
「気ぃ引き締めないとな」
アルフレイド達を守ろうと守るまいと、俺達がデロスを倒せなくては何も始まらない。
昼間の城下町はいつもと何ら変わることなく、しかしどこか波乱を予感させていた。




