第57話 空っぽの俺
「よし、そんじゃあ始めるか」
言って、店内の各々の顔を順々に見ていく。
いつになく真剣な顔でカウンターに座って両膝に手を添えるゴルム。
心なしか間の距離が縮まったように見えるアドリアとルーク。
隣で俺の言葉の続きを待つレイナ。
覚悟を決めた様子で鼻息を荒くするキシンと、それを宥めようとするティア。
そして、入り口付近に仏頂面で立ち尽くす大槌使い――ショウマ。
朝見た時とはまるで違う雰囲気。
各々が自分の心に向き合い、この場所に立っている。
戦う覚悟は、できている。
「防衛戦だ。デロスがこの場所に攻めて来る以上、俺たちはこの場所を守りながら戦わなくちゃいけない。そのためには、準備が必要だ。情報を共有して、万全に奴を迎え撃つための準備が」
デロスは身体が付いて行かないからと仕切り直しをすると言い出した。
奴自身が愉しむための提案であることは確かだし、その結果デロスはあれ以上に強くなるのだろうが、俺たちにとってもデメリットだけではない。
奴が攻めてくるまでの間に、存分に準備して、作戦を練れる。
それはやはり今回と前回での最大の違いであり、状況を打破するための手段となり得るだろう。
「さぁ、作戦会議を始めよう」
「頼む、ショウマ。俺達に力を貸してほしい」
メールで言われるがままにプライベートエリアから外に出た俺を迎えたのは、頭を下げるリュウと奴が発したそんな言葉だった。
「……何のつもりだよ」
隣に女の連れも居る状況で人に頭を下げるなんて、普通はすることじゃない。
怪訝そうに様子を伺う女の視線は気持ちの良い物ではないし、そもそも俺に頭を下げられる価値なんてない。
「あの時と、同じことが起きた。またあの惨劇が繰り返される。それを止めるために、お前の力を借りたい。……頼む」
頭を下げた状態のまま、リュウが答える。
曖昧な返答だったが、それでも事情は察せてしまった。
あの化け物が、またはそれに似た何かが現れたのだ。
それを察した瞬間、あの情景が脳裏に浮かび上がる。
攻撃しても全く怯まずに巨大な棍棒と丸太のごとき腕を叩き込んでくる奴の姿が。
全身を襲う激痛と、思考を支配する虚無感が。
そして成す術もなく吹き飛ばされて消えていった仲間の姿が思い起こされて、込み上げて来る吐き気を一心に嚥下する。
「なんでそれを――俺に言うんだよ」
恐怖を外に出さないようにしながら問うが、語尾が震えるのを抑えきれなかった。
「てめぇは知ってんだろうが。俺はもう戦う気なんてねぇんだよ。命懸けの戦いなんか勝手にやってやがれ。俺はてめぇに、手を貸す気なんかねぇ!」
手を振って、叫ぶ。
そうだ、協力なんてする訳がない。
誰が好き好んであんな地獄に挑むってんだ。
「分かってる。お前があれ以来滅多に外に出てないのも、なんでそうしてるのかも知ってる。それでも俺は、お前に頼む。お前の力が必要なんだ」
「だからッ! 俺はてめぇに力なんて貸さねぇって言ってんだろうが! あんだけ痛みを味わって! ケイゴが消えて! それでどうやって外に出られる! 何でこれ以上戦えるってんだ! ああ!?」
忘れない、忘れられるわけがない。
あの絶望を忘れて、また奴と戦うなんて、できるわけがない。
「今回の敵は、トロールとは違う、人型だ。お前の[背後転移]があれば、上手く行けば一撃で倒せるかもしれない。――俺が酷いことを頼んでるってのは分かってる。お前のスキル目当てでまた地獄に引っ張り出そうってんだから、断って当然だ。……でも、頼む。あいつは俺一人じゃ倒せない。俺に力を貸してくれ」
リュウはそう言って、再び頭を下げる。
――なんなんだよ、本当に。
俺には分からない。
なぜこいつは、再び戦おうとしているのか。
あんな訳の分からない、この頭の可笑しいゲームに現れた狂気に、なぜ立ち向かっていけるのか。
どうしてこいつは、他人を守るために戦おうとしているのか。
俺には分からない。
あの日トロールに殺され掛け、その後にケイゴが死んで消えたことを知って、俺が味わったのは恐怖よりも大きな諦念だった。
もうやっていけねぇ、これで人生終わりか、下らねぇ人生だったな、と。
そのまま何もする気力が湧かずにプライベートエリアに籠り続け、特に何をするでもなく日々を過ごした。
ただひたすら、無意味な生活を送っていた。
分かっている、本当は分かっている。
俺がここでリュウを跳ね除けるのは、トロールと同じような敵と戦うのが怖いからじゃない。
ただ俺に、何もないだけなのだ。
ここ数日間の、自堕落で無意味な生活。
それはこのゲームを始める前の状態と、何も変わっていない。
俺には何もない。
戦おうとする理由が、生きていこうとするに足る理由を、俺は持っていないのだ。
現実に帰ったところで何もない。
この世界の奴らだってどうでもいい。
仲間が、ケイゴが消えた時だって、大した悲しさは感じなかった俺だ。
そんな俺が、どうして更なる恐怖に立ち向かっていくことができるというのか。
俺は、リュウとは違う。
そんなことはとっくに、分かりきっている。
なのに――。
「お前にも、考える時間が必要だと思う。今日の17時に『ばななみるく』で作戦を立てる。覚悟が決まったら、そこに来て欲しい」
リュウはそんな俺の様子に気付かないように話を終わらせる。
いや、恐らくある程度は俺の内心を見抜いているのだろう。
それでも尚、こいつは俺を引っ張り出そうとしている。
その理由が何なのか、俺には見抜けない。
リュウは一瞬目を瞑ると踵を返し、迷いのない足取りで歩き去っていく。
戸惑った様子でそれに追従する女を見ながら、俺は高ぶる気持ちを抑えながら息をつく。
一体、どうすれば良いというのか。
リュウは、決闘の時の『攻略を手伝う』という約定を持ち出して強引に俺に手伝わせることもできたはずなのに、そうしなかった。
奴は本当に、俺に選ばせようとしているのだ。
更なる敵と遭遇し俺の手ですら借りたいと思っていて尚、俺の選択を尊重しようとしている。
「なん、で、そんなにお人好しなんだよ……!」
最初からそうだった。
俺達と初めて決闘した時から、奴は他人のことばかり考えて行動していた。
まるで、空っぽな自分を埋めていくように。
仲間と共に過ごすことが、仲間を守ることが生きがいなのだとでも言う様に。
「俺にはねぇよ、そんなもんは」
そう、思っているのに。
戦う意味などないと、あいつの手助けなんてする義理はないと思っているのに。
「なんで来ちまうのかな」
時刻は既に17時5分前。
リュウに会ったのが昼頃で、それから優に4時間以上が経過しているはずなのだが、その間の記憶を鮮明に思い出すことはできない。
気付けば、裏通りの小さな店まで足を運んでいた。
「……来てくれたのか」
そんな俺が来るのを分かっていたかのように、入口の前に立つ人影があった。
「何意外そうな顔してやがる。てめぇに逃げ道塞がれっちまったんだから来るしかねぇだろうが」
「バーカ。お前がそう言いつつ散々悩む性格なのは知ってんだよ。ほんととことん悪役に向いてないタイプだよな」
なんでカツアゲなんてやってたんだか、というリュウの呟きを聞きながら、店の方へ歩み寄る。
どうやら10分前ながら既に数人は店内にいるらしい。
そいつらに聞かれないようにと声を潜めかけ、思い直して呼吸を一つ挟み通常の声で、
「条件がある」
そう、声を掛ける。
「なんだ?」
「今回のこと、俺が協力する前に、了承してもらう。俺はてめぇらに手を貸すが、命まで懸ける気はねぇ。怖気づいたらすぐ逃げるし、窮地に陥ってるてめぇらを危険を冒して助けに行くなんてもっての他だ。無論俺のことも同じように扱ってもらって構わねぇ。これが俺の、協力する上での最低限の条件だ」
俺には何もない。
守りたいものも、取り戻したいものもない。
そんな俺が、こいつやその仲間たちと肩を並べるなんておこがましすぎる。
だから今回は、ただ自分の為だけに戦いたかった。
俺の言葉を聞いたリュウは少し目を丸くしたが、やがて薄く笑うとこちらに右手を差し出してくる。
「分かったよ。俺達はあくまで協力関係。命まで懸けた過干渉はなし。仮に死のうとそれは自己責任と、そう言う事で良いな?」
ここで茶化してこないあたりがまたこいつらしい。
リュウの問いにああ、と短く答えて手を握ると、強く握り返される。
「よし、そんじゃ心強い味方も増えたところで作戦会議といきますかね」
握手の後、にやりと笑ったリュウが店を振り返る。
その、どこまでも仲間への信頼の籠った顔を見て、俺は悟った。
羨望。
俺がリュウを見て抱く感情はただ一つ。
ただ、羨ましいと、こいつのようになりたいと思う感情だけ。
自分にないものを羨む、嫉妬に似た感情があるだけだった。
「なっさけねぇなぁ」
この戦いを終えた先に、俺の求めるものが待っているとは思えない。
それでも、これを乗り越えて何か変わるものがあるのならば、こいつらについていく意味はあるのかもしれない。
もしそれでも、何も変わらないのだとしたら――。
作戦立ては思いのほか順調に進んだ。
デロスと一度交戦したという事で今回の指揮は俺に任されているが、もちろん俺にリーダーの経験なんてない。
よって一、二、三、四悶着くらいあると思ったのだが、そもそも俺の指示に口を出す奴すら居なかった。
情報は少ない。
奴が鎌を扱うこと、それで居ながら速度が尋常ではなく速いこと、キシンの矢を防ぎきる何かしらの手段を持っていること。
そして次に戦う時にはこれらの情報が全て役に立たなくなるくらい強くなっている可能性があること。
特に最後は重要な事柄だ。
ここで立てた作戦が完全に無になる可能性もある訳で、自然と全員の気が引き締まっているように感じる。
「何度も言うけど、俺達があいつに勝っていることがあるとすれば、それは数だ。敵が一人しかいないなら、物量で押しつぶせばいい。逆に言えば、デロスが今すぐ攻めてこないのも、下手をすれば押し切られる可能性があることを分かってるからだ。多分、何かしらの対策を立てて来る」
この場でまず最初に行ったことは、全員のスキル情報の共有だ。
あまり使わないスキルは基本的に使えないスキルな訳で、俺はほとんどが既知の情報だったが他のメンバーにしてみれば自己紹介も兼ねた重要な情報だっただろう。
それを踏まえた上で考えた簡単な役割振りが、
リュウ:前衛攻撃
レイナ:後衛魔法
アドリア:遊撃
ルーク:前衛盾
ゴルム:前衛攻撃
キシン:狙撃
ティア:全体補助
ショウマ:待ち伏せ&一撃
と言った感じだ。
ティアに関しては[貫抜き]という優秀な中距離スキルを持っているのだが、あまり戦闘経験がないということで全体の補助に回ってもらうことにした。
戦闘だけでなく、他のことに気を配れる人員が居た方が良いというアドリアの提案だ。
ショウマは基本的に戦闘に参加せず待ち伏せし、[背後転移]からの一撃を狙う運びになっている。
これが上手くいくかどうかは、誘き寄せる俺達の腕に懸かっているだろう。
後は基本的にいつもと同じ布陣、各々が戦いやすいと思われる役割になっている。
勿論これの通りに行くとは思っていないし、非常時に対応できなくなるようならば作戦など捨てた方がましだ。
その旨を十分に言い聞かせた上で、デロスとの戦いに臨んでもらうことになる。
そして――。
「他のプレイヤー達についてだ」
俺の言葉に、I.W.とやらのボス戦に参加したらしいアドリア、レイナ、ティアの肩がぴくりと反応する。
「デロスがここに攻めて来る以上、他のプレイヤーに被害が及ぶのは避けられない。俺達で防げればいいけど、デロスの居場所も攻めて来る時間も分からない現状じゃ、無理な話だ。せめて、どっか一か所に全員を集中させられれば守りやすくもなるんだけどな……」
「それは……」
俺の言葉に、アドリアが顔を顰める。
俺は伝聞でしか知らないが、現状プレイヤーを牽引しているI.W.のギルドマスターは中々頭が切れる奴らしい。
それだけに、突拍子もない俺達の話を信用しようとしない。
俺達がたった8人でデロスに挑もうとしているのも、件のギルドマスターに世論が流されて協力者が募れなかったのが大きい。
説得して皆を避難させるなど無理だと声を詰まらせるアドリアに、もういっそのことゲームのイベントが来たからと騙して死地に送り込んでやろうかと俺が悩み始めたところで――。
「私がやる」
俺の隣に居たレイナが、そう宣言した。
「私がアルフレイドを説得して、他の人たちの協力を得られるようにして見せる」




