第54話 隣の君は
「はぁ……」
大きくため息を吐く。
時刻は午前9時半。
バナミルの店を後にして、ある場所へと向けて歩いているところだ。
『最低ね、最低。リュウがそんな人だとは思わなかったわ』
『そうですか……僕はそんなに女の子っぽくないですか……』
『あっはっはっは! お、んなの子? だって! あっはっはっはっは! ティア! お前はもう駄目だ!これからは男として生きぐへっ!』
あの後、俺は女性三人からそれぞれ異なる侮蔑の視線を向けられることとなった。
一名ほどおかしな奴も居たが、俺が超絶失礼なことを言ったのは揺るぎようのない事実で。
今までに無いほど本気で謝り倒し、ティアの赦しを得るまでに十分程を要した。
「むしろ、赦してくれただけでも感謝するべきよ。女の子を男と間違えて、しかもその判断基準が……」
俺の隣を歩くのはレイナ。
キシン姉妹とは店を出たところで別れた。
彼女の厳しい言葉に頷き、話しながらも再び上がっていく怒りのボルテージに首を竦めざるを得ない。
「分かってるし、感謝もしてるよ。俺もあん時はちょっと動揺してたんだって」
「ふーん……」
こちらをジト目で見るレイナ。
だが、その目には先ほどまであった怒りがなくなっている。
やがて噴き出したようにふっ、と笑うと、視線を逸らして歩を少しだけ速めた。
そのどこか見惚れてしまいそうになる仕草に照れ臭くなった俺は、レイナの後姿から目を逸らして周囲の喧騒に耳を傾ける。
裏通りから出てしまえば、そこでは多くではないにしろ人が行き交っている。
何ら変わらないカルカの景色。
「帰って来たのか……」
そう感慨に包まれるほど、長い間カルカを離れていた訳ではない。
せいぜい二日程度。
それでも、長い間歩き続けて帰りついたこの場所は、何故だか懐かしみに溢れていた。
「ね。さっきの話の続きがしたい」
レイナがくるりと振り返って、後ろ向きに歩きながら言う。
「続き?」
「そう、続き。リュウが女の子ばっかり助けるって、その話」
後ろ向きでありながら、危なげなく歩いていくレイナ。
どこか面白がっているような様子に、思わず苦笑してしまいながら口を開く。
「女の子ばっかってのは語弊があるって。あの子――ティアは…その、男だと思ってたわけだし、キシンと一緒に行動してたのだって成り行きだしな」
再び自分で墓穴を掘りながらも言う。
成り行き、そう、成り行きだ。
ショウマと決闘をしたのだって、ティアを助けようというよりも、プレイヤー間の亀裂を気にしてのものだ。
キシンのことは言うまでもなく成り行きでのことなのだから、俺が女好きだとか、そういう話には繋がらないはずだろう。
女の子に興味はあれど。
「――私の時も、成り行きだった?」
そう言われて、息が詰まった。
レイナが足を止める。
数人のプレイヤーが歩く中で、レイナはこちらを向いたまま微笑を崩さない。
「ずっと、聞きたかったの。リュウは、どうして私を助けてくれたの?」
この人は、どんな人なんだろう。
私はリュウのことを何も知らない。
何せ、出会ってから一週間と少ししか経っていないのだし。
私が彼に弱さを見せてしまうことがあっても、私は彼の内側を見たことがない。
普段は不愛想で、少し怖い顔をしているかと思えば、話しかけると笑って、戸惑って、怒ってくれる。
その感情の豊かさは、彼と仲が良いゴルムの影響もあるのだろうか――とは言え、私が知っているのはそこまでだ。
私が抱くこの好意は、本当に彼に向けられたものなのだろうか。
彼に救われたから、守ってもらったからこそ抱く紛いものなのではないのだろうか。
彼のことを知りたい。
例え今は紛いものだとしても、彼をもっともっと知って、本物の恋にしたい。
そう強く思ったからこそ、私は今彼と共に歩いている。
「どうして……か」
私の数歩手前で止まると、リュウは難しい顔をする。
そんな顔をするときの彼は、決まって曖昧な答えを返す。
この時もそうだ。
「どうしてだろうな。自分でも分からない。会ったばっかで、何も知らない相手だ。助ける必要なんて、なかったはずなのにな」
そう言って、小さく笑うリュウ。
「訳分かんない世界への怒りがあって、それを諦めようとするレイナにも怒りがあって、レイナに似た自分への叱咤があって、そんで可愛い女の子を見捨てられないって下心もあった。あん時の俺の行動は咄嗟のことで、深い意味も、感謝されるような価値もないよ」
そう、自分を卑下するように言うリュウ。
曖昧、ではない。
きっとこれが、彼の本心だ。
「リュウがそう思ってても、私が救われたのは本当。あの時のリュウの言葉がなかったら、私はまだ前なんて向けてなかったもの」
「……なんかあったのか?」
私の心の揺れを察してか、リュウがこちらを慮るように言う。
リュウが居たから前を向けた。
それでもまだ、私は弱いままだ。
私の悩みをリュウに打ち明けて、一緒に悩んでほしい。
もっと近くで、彼と一緒に居たい。
でも――。
「うん、なんかあった。でも、大丈夫。今回は、自分の力だけでやってみたいから」
「ん、そうか」
彼に一緒に悩んでほしい。
でも、彼と一緒に戦いたいという気持ちだってある。
彼に頼りたいとは思うけど、そればかりじゃ駄目だ。
そう思っての言葉に、リュウが短く答える。
彼の気持ちを知りたいと思って質問したのに、逆にこちらが心配されている。
どうしてこうなったのだろう。
こんなんじゃ駄目だと、強く思う。
「ごめん、足止めて。行こう?」
「……ああ」
私はリュウのことが好きだ。
じゃあ逆に彼は私のことを、どのように思っているのだろうか。
レイナは俺のことを、どう思っているのだろう。
俺がなぜレイナを助けたのか。
そんな質問を投げかけて来た背景にはどんな感情があったのか、俺には分からない。
それを察するには余りにも、俺とレイナの付き合いは短すぎる。
レイナは壁にぶち当たっている。
力になりたいと思うが、レイナ自身が一人でやると言った。
ならば俺にできることはそれを見守ることだけだ。
俺はレイナのことをどう思っているのだろう。
それはまだ、分からない。
好きだ、という感情はある。
だが、それを言葉にするには、状況が異様過ぎる。
ゲームに閉じ込められ、日夜戦闘に明け暮れ、命を脅かされているかもしれないと言う状況。
その中で恋愛に浸れるほど、俺は器用じゃない。
好きだと伝えたいのかどうかも、良く分からないのだが。
「おーーーーほぉ。なるほどなるほど、そういう……」
もどかしい気持ちを抱えながらあれこれ頭を捻っていると、道端からそんな声が掛けられる。
あれからそれ程時間は経っていないが、どうやら目的の場所へと到達したらしい。
プレイヤーの露店が数多く立ち並ぶ商店街から少し離れた通りの一角。
まだ珍しい、プレイヤーが管理する建物。
そこが俺たちの目的地だ。
「お二人がそんな関係だったなんて……!」
家、というよりも、屋台のような建物だ。
それ程大きくない室内には炉や金床などの生産道具が置かれている。
壁の一面がなくカウンターのようになっていて、外と会話ができるようになっていた。
恐らくそこから生産の注文を受けるのだろう。
そしてその場所に、俺たちと向かい合う形でこの建物の持ち主――ラナが立っていた。
「こんにちは、ラナ。それと、違うから」
挨拶と共にそう否定してのけるレイナ。
そうか、違うのか。
違うって何が?
まぁ、そういうことだろう。
レイナは俺をそんな目で見てない……ということだろうか。
――やめよう。
俺が器用ではないと、そう言ったばかりだ。
今の俺に、そんなことを考えている余裕はない。
「……すごい。こんな立派な店を構えたんだ。随分お金が掛かりそうだけど……」
「そりゃあ初期投資ですから、今はすっからかんですよ。それでもこの場所に店を構えてから売り上げは大幅アップしてますから、取り戻すのはそう難しくないはずですよ。生産広場じゃアイテムのグレードにも限界がありますし」
レイナの感嘆の言葉に、ラナはそう返す。
確かに、ここに置いてある生産設備は、自由に使える生産広場の物より少し高級感がある。
グレードの高いアイテムを作るために露店ではなく自分の店舗を持ち、設備を揃える。
それに他のプレイヤーより一歩早く着手したのがラナという訳だ。
「それで今日はどのような用件で――ってのは、聞くまでもないですね……」
「ああ……すまん」
ここに訪れた理由は言うまでもなく、ボロボロになった俺の装備の修理だ。
「ちょっと色々あって死にまくってな。危うく壊れるところだったよ」
「リュウさんが数日いなかったのは知ってましたけど、それ程ですか。時間はかかると思いますけど……ちょっと見せてもらえますか?」
トカゲ竜との交戦した時のデスペナルティで、大幅に耐久度を削られた防具類。
それ以前の戦闘で袖がなくなり、今回ところどころに穴が空いたそれをラナに渡す。
数分間丁寧に防具を検分し、ラナが出した結論は――。
「修理、不可……」
という結論だった。
「……マジで?」
「正確には、これを繕おうと思ったら修理じゃなくて作成になるってことです。それ程、ボロボロです」
「なる…ほど。それ、時間はかかるのか?」
「今日中に……は厳しいですね。早くても一日近く……明日の朝くらいにはなると思います」
「そうか……」
防具なしで戦うという選択がない以上、修繕は必須。
だが、デロスがいつ現れるか分からないのだから、防具が手元にないという状況は不安だ。
それでも――。
「やるんなら今でしょ。修理してもらいなさいよ」
パン、と俺の肩を叩いてレイナが言う。
「そう言ってもな……」
「今日来る可能性が低いって言ったのはリュウでしょ。なら、今日以外チャンスはないじゃない。ほら、ちゃっちゃと頼む!」
「……」
まぁ、実際そうだ。
デロスの準備にどれくらい時間が掛かるのか分からないが、明日以降は常に襲撃の危険が付きまとう。
今日もそれは変わらないが、一番可能性が低いことは確かだ。
ならやはり、今日しかないのではないか。
「うん、そうだな。ラナ、頼むよ」
デロスと少し戦って、自分に足りないところや、試してみたいことは見つかった。
だが、防具を預ける以上今日は何もできない。
まぁ、仕方がないだろう。
俺の言葉を受けたラナは、ほーん、と俺とレイナに視線を往復させていたが、やがて意地悪く笑う。
「何やらありそうな雰囲気みたいですけど……分かりました、お受けしますよ。たーだーしー」
ラナは小柄だが、キシンやティア程子供っぽくはない。
年齢は恐らく俺やレイナとそう変わらないだろう。
年相応に恋愛にも興味があるのだろうラナ……だが、次いで出た言葉は恋愛がらみなどではなく――。
「リュウさんはずっと未踏エリアに居たわけですから、素材いっぱい持ってますよね? 防具丸ごと1セット作るのとそう変わらないから、結構な量の素材が必要なんですよねー」
初対面の時と何ら変わらないラナの言葉。
それに苦笑しながら、トレードウィンドウを表示する。
まだ時間はある。
レイナとの距離は、少しずつ縮めていけば良いだろう。




