第53話 だってそこには何もない
全く、面倒なことになったものだ。
奥の壁に寄りかかりながら、狭い店内を見回して内心でため息を吐く。
カウンターに座るアドリア。
その隣で行儀悪く机に腰かけるゴルム。
入り口付近で目を瞑り静かに立つルーク。
俺に最も近い席で料理を貪るキシン。
そして行き場を失い、カウンターの奥から居心地が悪そうにこちらを覗くバナミル。
突然呼びかけて集まってもらったのはもちろん、デロスの存在を伝えるためだ。
迷子になっていた俺に色々言いたいことはあったのだろうアドリア達だが、俺の言葉に何かを察したのか、大人しく俺が話し出すのを待ってくれている。
そして――。
「リュウ!」
扉が喧しい音を立てて開くと同時に、レイナが店に踏み込んでくる。
店内を見回し、俺と目が合った瞬間安堵の表情を浮かべるが、すぐに場の空気を察したのか普段の表情へと戻った。
そして遅れて店内に入って来た少年が戸を閉め、店内は一瞬の静寂に包まれる。
「よし、揃ったな」
俺が呟くと同時、場の空気が変わる。
恐らくバナミルを除いた全員が、これから俺が言う事を予想しているだろう。
俺たちはこれから訪れる脅威を、試練を乗り越えなければいけないのだと。
「集まってもらったのは他でもない。魔神からだろうと思われる刺客が新たに現れた。――やがて、ここに襲撃に来る」
再び、闘いが始まる。
俺とキシンがカルカへと帰りついたのは午前9時――およそ今から1時間半前と言ったところだ。
巨大トレントのボスエリアから見えたカルカの方角へと歩き続け、その途中にあった村からワープポータルで飛んできた。
それまでの道中で会話が少なかったのは、やはりお互いデロスのことを考えていたからだろう。
とは言え、ワープポータルが見つかったのだからカルカへの移動は一瞬だ。
帰りついた感慨を噛みしめながら神殿から出て、急ぎアドリアへ帰還と話したいことがある旨を知らせて今に至る。
「………」
俺が話を終えれば、狭い店内を沈黙が支配する。
各々の考えていることは分からないが、それでも誰一人事態を軽く見ていないことは分かる。
「あいつがいつ攻めて来るかはサッパリ分からない。明日かも、一週間後かも、もしかしたら今すぐにかもしれない。俺たちはいつか分からないその襲撃に備えて、迎撃の準備をする必要がある訳だ」
正直、デロスの行動は全く読めない。
感情に任せて行動するかと思えば、俺の攻撃を完全に見切るほどの洞察力を持っている。
強さだけでなく、それを使うだけの頭があいつにはある。
だが、全てを合理的に運ぼうとするかと言えばそうではなく、奴は俺とキシンを殺せるだけの力がありながら見逃している。
あいつは自分の身体が追いついていないからだと言っていたが、それすらも本当かどうか分からないのだ。
俺達を油断させるための嘘かもしれないし、あの場で俺達を殺すことに意味が無かったのかもしれないし、やはり単純に最高のコンディションで遊びたいだけなのかもしれない。
俺達は奴の能力も、目的も知らない。
となればやはり、いつ襲撃が来ても反撃できるような準備を整えておかなければいけないだろう。
「本当にやり辛い……」
突然の襲撃に戸惑いながらも、全力で対抗すれば解決できた前回とは違う。
デロスを退けるには、力だけではまるで足りない。
そして――。
「目的は襲撃者の撃退もしくは討伐、可能ならば捕獲……ですか」
「ああ。あいつをとっ捕まえて、知ってることを洗いざらい吐いてもらう」
アドリアの言葉に頷く。
物騒な言い方になってしまったが、これが俺の掲げる最終目標だ。
「トロールと戦ってから五日くらいしか経ってないのに、もう次の刺客が現れた。多分これを退けたとしても、次から次へと襲撃が来るだろう。正直、そんな状況にいつまでも耐えられるとは思えない」
単純な話、仮にトロールとデロスが同時にあのボスエリアに現れていれば、俺達は成す術なく全滅していただろう。
そうできない理由が何かあるのかもしれないが、そうでなくても現状は綱渡りにも程がある。
これを打開するためには、行動を起こさなくてはいけない。
その為の第一歩が、このデロス捕獲作戦と言うわけだ。
「あいつはとんでもなく強かった上に、次に現れるときは更に強くなっているかもしれないと来た。捕獲どころか、撃退できるかも怪しい。けど、やるしかない」
俺が今最も話したい相手と言えば間違いなく女神ライラだが、やはりこちらからの干渉で成せることではない。
デロスは、女神を始めとして俺達の知らないことを数多く知っている。
魔神のことも、女神のことも、この世界のことも、奴ならば知っているだろう。
これは危機だが、チャンスでもある。
このチャンスを物にできれば、それは大きな前進に繋がるだろう。
「もう良いだろう。俺は行く。後は勝手にやっていろ」
「おい?」
短い沈黙を破って入口の引き戸を開けるのは、ずっとつまらなさそうに話を聞いていたルークだ。
「敵が来ると言うのならば闘うまでだ。細かいことはお前たちで好きにしろ」
そう言うと、振り返ることなく店を出ていく。
一見すると冷たい態度だが、それでも話を聞きにここまで来てくれただけ前より態度は軟化している。
彼なりに変化はあったということか――少なくとも、ルークならば戦うことを厭うことはしないだろう。
準備や小細工に関しては、俺達で用意すればいい。
「ま、そうだな。正直、今できることは少ない。一回解散して、夜にもう一度話し合おう」
それまでに来てしまった場合は頑張って対処するしかない。
どのみち、一日足らずの準備でどうにかできるほど、デロスは甘くないだろう。
奴の気まぐれが一日でも長く伸びるよう祈るだけだ。
「おっけー。俺は考えるの好きじゃないし、ルーク同じく細かいことはアドリアさん達に任せるよ。戦闘面で役に立てるように、ちょっとでも技術を磨いておくからさ」
そう言うと、ゴルムが軽やかにカウンターから飛び降りる。
そのままレイナに視線を向けてから、その視線を俺に。
「――じゃあね、リュウ。また後で会おう」
「ああ。なんかあったらすぐに来れるようにしとけよ」
俺の忠告に一つ頷くと、ゴルムは店を後にする。
「私も、一応この情報を皆に知らせてきます。どうなるかは分かりませんが……伝える必要はあるでしょう」
俺が居ない間に何かあったのか、レイナを見ながらそう言い残すとアドリアも店を出て行く。
俺とてそう簡単に信用してもらえるとは思っていないが、事は俺達だけに留まらない。
デロスの目的はトロールと同じく、カルカにある何か、またはプレイヤーの殲滅だろう。
それが何に繋がるのかは分からないが、デロスはそれを目的とし、襲撃を仕掛けて来る。
信じてもらえなくとも、プレイヤー全員にこの情報を伝えることは必須だろう。
店に残るのは店主であるバナミルを覗けば4人。
俺とレイナ、未だに昼食をかっ食らっているキシン、そして――。
「リュウさん、お久しぶりです」
そう言って話しかけてきたのは、レイナと共に店に入って来た、栗色の髪を持つ少年だ。
腰に短剣を下げ、赤を基調とした革の装備を着込んでいる。
初め見た時は分からなかったが、その顔をまじまじと見つめてみれば、
「あー、ショウマと決闘した時の――」
「覚えていてくれましたか!」
名を知らない少年が、明るく笑って喜色を露わにする。
彼は確か、俺とショウマ達のパーティーが決闘をする原因となった、生産広場の近くに露店を開いていた少年だろう。
運悪くショウマに目を付けられカツアゲをされていたところで通りかかった俺が口を挟んだことで、決闘に発展したのだったか。
「その節はお世話になりました。あの時まともにお礼を言えなかったので、またこうして会える機会を楽しみにしていたんですよ」
「いやいや、そんな大したことをしたわけじゃないだろ。あの時は俺自身があいつらにイラッときただけだ。……それにしても、雰囲気変わったな? 最初誰だか分からなかったよ」
ショウマにカツアゲされていた時のこの少年は、もっとおどおどしていて正直頼りなかったものだ。
だが今は、茶色をした瞳は輝き、笑顔は人懐っこい印象を与えていて、前までの印象は欠片も残っていない。
余りの変わりように、気付かなかったのもやむなしと納得しかけているほどだ。
「そうかもしれませんね。なにせ――」
「ティアはリュウにぞっこんだからな。プライベートエリアでもリュウのことばっか話してるくらいだ」
「んなっ!? ちょっとお姉ちゃん!」
「姉ちゃん……?」
ティアと呼ばれた少年の言葉に割り込んできたのは、今まで無言で昼食を食べ進めていたキシンだ。
顔を赤くしてキシンに飛び掛かるティアと比べてみれば、確かに二人は似ているところがあるかもしれない。
「二人は姉弟なのか?」
「……はい。と言っても、双子なので歳の差はないですけど」
「ほい! はあへよ! まあはぺおわっへはいんははは!」
キシンの頬を抓りながらのティアの言葉。
性格はまるで似ていないようだが、背丈や顔立ちは似ている部分が多い。
「双子でゲーム……いや、お兄さんも居るんだったら三兄妹でゲームか。仲良くて良いことじゃないか」
「そう……ですね。他の家と比べたら、結構仲は良かったと思います」
「あ……悪い。不躾な質問だった」
「良いんですよ。僕もお姉ちゃんも、もう受け入れてますから」
謝る俺に、首を振るティア。
キシンの兄さんに関しては、不確定なことが多すぎる。
深く触れないようにするのが正解だろう。
ティアがキシンの頬から手を離すと、今度はキシンが頬を抓りにいく。
「にしても驚いたぞ。僕と一緒に迷子になってるバカがお前の言うリュウだったなんて」
「い、痛いなぁもう! そんなこと言うなら僕だって驚いたよ! なんでお姉ちゃんがリュウさんと一緒に居るのさ」
「そりゃあ、こいつのせいで迷子になったんだからな。カルカに戻るまで面倒を見てもらわなければ釣り合わないだろう」
「リュウさんに助けてもらったんなら素直にそう言いなよ……」
強がるキシンの言葉にあきれ果てた顔をするティア。
姉弟仲睦まじいその光景に少しだけ羨ましくなり目を逸らしたところで、俺はバナミルが既にこの場から消えていることに気付く。
恐らく、店の準備のために奥に引っ込んだのだろう。
彼は俺達の行動には干渉しないで中立を保つようにと決めているようだが、それでもこの場所を貸してくれるほどにはお人好しだ。
バナミルのツンデレに感謝を送り、再びじゃれ合う姉弟に声を掛けようとしたところで、
「リュウのバカ。女の子ばっかり助けて」
その声が、俺に絶大な衝撃をもたらした。
「今、なんて?」
「え?」
声の主はレイナ。
こちらに聞こえるような声量で言っていなかったからか、聞き返されたことに疑問の声を上げる。
甘い、甘すぎる、俺の[聴覚異常]はそんなちんけな能力じゃない。
「今、言ったこと、もっかい言ってくれ!」
思わず大股でレイナに近づいて、細い肩をガッと掴む。
レイナが戸惑いに目を見開くが、それに気を遣えるほど俺は冷静じゃなかった。
「い、いや。そんな、大したこと言ってないっていうか……リュウには、関係ない話だから……」
「それでも、構わないから! 言ってくれ!」
実際のところ、さっきの言葉は全て俺に届いている。
それでも聞き返すのは、その内容が信じられないものだったから。
「あ、う……」
言う事を聞かない俺に、レイナが戸惑いながら顔を赤くする。
よっぽど言いたくないのか、目を逸らしながら口を開けたり閉じたりしている。
それでも俺の意志が変わらないのを感じ取ったのか、意を決したように俺と目を合わせ、
「リュウが……ティアや、キシンさんみたいに、女の子ばっかり助けてるから……私は、特別じゃないんだって、それで……」
「お、んなの子……?」
「は?」
小さな声で呟くレイナの口が引き攣り、素っ頓狂な声が上がる。
だが、俺はそんなレイナの変化に気付けない。
レイナの肩から手を離し、突然で驚いたように目を見開くその顔を眺め、視線を下に下げる。
――そこにあるのは、間違いなく服を押し上げる双丘。
次いで、俺の豹変に取っ組み合いを中断していたキシンを振り返る。
同じように見てみれば、そこには僅かながらも女性を象徴する膨らみがある。
これがあるからこそ、俺はあの場で中性的な見た目であるキシンの性別を判断することができたのだ。
そんなことがあるはずがない、あっていいわけがない。
そんな思いを胸に、視線を横にずらす。
「ば、ば、ば……」
だって、そこには、何もないじゃないか。
「馬鹿ぁーーーっ!!」
強烈な平手打ちが、顔面を襲う。
キシンの弟――もとい妹である少女、ティアからの苛烈な一撃だった。




