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オリジナルオンライン−唯一無二のその力で−  作者: 井上狼牙
第二章 交錯する各々の意志
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第51話 黒の訪問者

 交錯は一瞬だった。


 全力を乗せて叩き込んだ拳は、しかしその男に命中することはなかった。

 神速の動きで閃いた右腕が背中の大鎌の柄を掴み、左肩越しに突き出された刃の横部分が拳を受け止めたのだ。

 中途半端な姿勢にも関わらず、俺の全力を跳ね返す膂力。

 その鋭利な刃に斬られたならば即座に左拳を叩き込もうと考えていた俺は、押し返された勢いのまま後退し――相手の口が裂けたのを見て全力のバックステップに移行する。

 鎌が翻り、大きく弧を描いて下から上へ空気を切り裂く。

 辛うじてその範囲から外れた俺は、しかし回避が間に合わずに薄く切り裂かれた左腕の痛みに思わず顔を顰める。


 黒い渦。

 禍々しい殺気。

 そしてこの痛み。

 何もかもが証明していた。


 こいつが、新たな襲撃者なのだと。


 敵が再び現れることは予想していた。

 ならばここですることは恐怖に慄くことじゃない。

 ――ただ全力で、叩き潰すだけだ。


「まっさか出会い頭に全力で殴られるたァ思ってなかったぜ。くっくっく。人が居ねェって場所で餓鬼二人に見つかっていきなり計画が狂っちまうとは……本当に分かんねェもんだなァ、オイ?」


「訳分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ。お前が敵だってんなら容赦はしない。とっ捕まえて何もかも喋ってもらう」


 相手は人間。

 そう、人間だ。

 種族的なことは分からないから人間と断定することはできないが、会話が通じる敵が現れたのだ。

 こいつなら、全てを知っているかもしれない。

 この訳の分からない世界に降って湧いたチャンスだ。

 絶対に、逃すわけにはいかない。


「俺を……捕まえるだァ?」


 一瞬呆けた面をした奴は、その口を歪めてくつくつと笑いだす。


「俺に頼んねェと……俺を捕まえて何もかも吐き出してもらわねェとお前たちは何も分かんねェ訳だ。くっくっ……愉快だなぁお前ら。踊らされて弄ばれて、憐れに思えて来るぜ」


「何を――」


 何を言ってやがる。

 そう言いかけて、ぐっと堪える。

 俺たちが無知なのは分かりきっている。

 そしてこいつは、一先ずそのことについて話すつもりはないらしい。


 何でこいつはこの場所に現れた?

 こいつの計画とは何だ?

 こいつは魔神と関係があるのか?

 何をしにやってきた?

 ライラはこのことを知っているのか?

 ライラはどうして俺たちの前に現れない?

 なぜライラは俺たちに謎を明かしてくれない?

 魔神の目的は、女神との関係は、あの黒い渦の先は、バジリスクがあのボスエリアに居た理由は、トロールが現れた理由は、痛みを感じるのは、死んだ奴が帰ってこないのは、一体どうして、なんで、なんで――。


「ふぅー……」


 長く、長く息を吐いて疑問を思考の隅に追いやる。

 今まで、散々、悩み、考え続けた問題だ。

 ここで考えたところで何も変わらない。

 そしてこいつを捕まえれば何かが聞きだせるかもしれない。


 ならば考える必要はない。

 ただ全力で、こいつをぶっ潰す。


 拳を構える。

 ゆらりと立つ奴は動かない。

 こちらの動きを待っているのか、舐めているのか、それとも何か考えがあるのか。

 一向に動き出さない奴の様子に自然と警戒心が高まり、その緊張感に思わず俺が足を踏み出そうとした――その瞬間。


「――ああ、そうか」


 俯いたその姿勢で、奴が低く呟く。

 口を裂き、見開いた目を真っ直ぐに俺へと向け、百年越しの再開を迎えたかのように興奮を露わにし、


「そうか、そうか、そうか! その構え! その技! その気配! お前が! お前があの時の! ああ、最高だ、最高だ! この場に来て真っ先にお前に会えるとはなァ!」


「何を言ってやがる……?」


 両手を広げ、狂ったように叫び出すその姿に、先ほど飲み込んだ言葉を思わず吐き出す。

 狂気としか言いようがないその姿。

 しかし奴の目は、俺の姿を捉えて放そうとしない。


「分かんねェか。そうだよなァ、そうだろうとも! お前は何も知らねェ! 全てはこれから体験する絶望だ! 俺を捕まえる!? やってみろよ。俺が俺のこの手で、お前を、お前が愛したモンを切り刻んでやろう! あの時に味わった絶望をもう一度味わえ!」


「訳の分かんねぇことを……聞きたいことが増えたぜ。何としてでもとっ捕まえてやる」


「やってみろ! デロス・レメディオスだ。お前に名乗るのは二度目になるぜ、リュウ!」


「俺の名前を……!」


 紡がれる俺の名前に、一度俺と会っているかのような口ぶり。

 当然、今までの人生でこんな奴に出会ったことはない。

 だがそれでも、この男の発言が全て嘘でできているとも思えない。


 どちらにしろ――。


「お前をぶっ潰す選択肢しか残ってねぇな」


「その通りだ! 始めようじゃねェか。忘れられねェ思い出を植え付けてやるよ!」


 黒い瞳を獰猛に光らせてデロスが吼える。


 突然現れた第二の襲撃者、デロス・レメディオスとの戦いは、こうして始まった。






「消えて無くなれ」






 瞬間、視界を虹の流星が横切った。


 凄まじいエネルギーの奔流を感じさせる一矢。

 俺の横を轟音と共に通り過ぎたその輝きは、勢いを一切衰えさせないまま飛翔し――。


「――ぬがあああああっ!」


 ――意表を突かれたデロスの掲げた左腕と激突した。

 虹色の輝きが光を増し、デロスがその勢いに押され後退していく。

 その足が岩の淵にかかり、あと少しで落ちるかというところで――。


「調子に乗りやがって……!」


 右腕一本で振るわれた鎌が真っ二つに矢を寸断する。

 輝きを失ったそれはバラバラに砕け散り、木片がデロスの背後へと吹き飛んでいく。


「調子に乗っているのはどっちだ?リュウによっぽどご執心なようだけど、僕を無視して二人っきりになれると思うなよ」


 一撃でデロスの余裕を吹き飛ばすほどの矢を放った存在――キシンは、日頃の軽薄さが失われた声音でデロスに向き合う。


「あァ? お前、女じゃねェか。女が男の戦いに口出して来るんじゃねェよ!」


「バカ言え。たった今その女に吹き飛ばされかけたのはどこのどいつだ? 君が何者だか分からないけど、リュウの反応とその気配を見れば分かることはある。君が兄さんの消失と関係があるというのなら、容赦はしない」


「ちっ、生意気なその目。あの女を思い出して吐き気がしてくるぜ。お前から先にぶっ殺してやろうか? ああ!?」


「上等だ、やってみろ」


 デロスが鎌を両手に持ち替える。

 先ほどの虹色の矢はデロスの左腕に命中したものの、その傷が腕の機能に支障をきたしているようには見えない。

 何かしらの防御機構、スキルまたは防具が働いたのか、はたまた奴の防御力故か。


 ――そんな思考をする暇もないほど、デロスの動きは速かった。


「ガァ!」


 キシンが緑の魔法陣と共に撃ちだした矢を容易く躱し、弾かれたように接近してくるデロス。

 高速で振るわれる鎌を横からの拳で弾き飛ばすが、デロスの攻撃は続く。

 ゴルムが[反動制御]を使う時のように、鎌は止まることを知らずに振るわれ続ける。

 真横に振られたかと思えば跳ね返ったかのように再び一閃。

 腕がムチのようにしなって鎌の先端が迫り、それをしゃがんで躱したかと思えば振り下ろされる。

 攻撃に専念しているかと思えばそうではなく、反撃の拳はしっかりと見切られて更なる反撃を招く。


 野生の本能を感じさせたトロールの動きとはまるで違う。

 そこには技で相手を圧倒し屈服させようという合理的な意志があった。


「やり、づれぇ!」

 

 頬を切り裂かれながら踏み込み、右拳を叩きつけるが鎌の腹に逸らされて逆に凶刃が首へと迫る。

 左拳で弾くが拳の間合いから押し出され、得たものは頬の痛みのみ。


 こいつは戦い方を分かっている。

 拳でしか戦うことのできない俺が、どうすれば嫌がるのかを知っている。

 掠りもしない殴打を繰り返し、逆にデロスの鎌が幾度となく肌を斬りつける一方的な攻防が続き、


「つまらねェ」


「なっ!?」


 ――突如訪れた衝撃が俺の拳を弾き、身体を吹き飛ばす。

 しかしデロスは岩肌に転がった俺を追うことはせずに立ち尽くし、顔を伏せていて表情が伺えない。


「このっ!」


 高速で空中に二つの魔法陣を描き放ったキシンの矢は、しかしデロスの身体に到達することなく木片に変わった。


「ああ、駄目だ、つまらねェ。こんなんじゃ少しも楽しめやしねェよ」


「ああ?」


 立ち上がって拳を構えても、何も行動を起こさないデロス。

 そこには、数分前までは確実にあった喜色が消えていた。


「俺たちが弱すぎて相手にもならねぇとか言うつもりか?説得力ねぇぞ。悪いが俺はまだ――」


「あー、違ぇよ。いや、違わなくはねェか。それも間違っちゃいねェが、それだけじゃねェ」


 先ほどまでの興奮とはまるで違う、落胆を覗かせた冷静な声。

 何が言いたいのかは分からないが、どうやらすぐさま攻撃してくることはないらしい。

 警戒は解かないまま、デロスの言葉の続きを待つ。


「てめェらが弱すぎんのは分かってる。最初から分かってたことだ。ただ、思ったより俺の身体がついていってねェ。来たばっかってのもあるが、これじゃあ楽しみも半減ってこった」


「また訳の分からんことを……」


 会話をしてみれば何かわかることがあるかもしれないと思ったが、手に入ったのは新たな謎のみ。

 身体がついていかねぇとは何のことかサッパリだが、響きから察するにデロスの能力にはまだ上があるということだろうか。


「俺としちゃ冗談だと嬉しいんだがな」


「期待には応えられねェな。詳しくはお前らの大好きな女神さまに聞いて来いよ」


 女神。

 突如出てきたその言葉に息が止まる。

 後ろのキシンには何のことか分からないようだが、俺にとっては大きな意味を成す言葉だ。

 女神ライラ。

 あの少女が関わっている。

 デロスが本気を出せていないのも、女神が何かしらの――。


「――ハッ! 良い目をしてやがる。女神の名前を出した瞬間それたァ、随分お熱みたいだなァ?」


「…最近会ってなくてな。会いたくて会いたくて仕方がねぇよ」


 軽口で応じるが、返事は返ってこない。

 数秒のにらみ合いが続いたのち、


「仕切り直しだ」


 デロスがぽつりと言葉を発する。


「……何だと?」


「仕切り直しっつったんだよ。今すぐじゃねェぞ。俺がこの身体に慣れて、お前らのおもてなしの準備が整ったらお化粧して盛大に入場してやんよ」


「お前……逃げる気か?」


 身体に慣れるという意味は良く分からないが、デロスはどうやら今すぐ戦うわけにはいかない理由があるらしい。


「勘違いすんなよ。最高の状態で戦わねェと面白かねェだろうが。元はと言やァ俺はしばらく準備するつもりだったんだぜ?お前らがこんなとこにいるからその計画も頓挫しちまったがなァ」


「……なら、尚更逃がす訳にはいかねぇよ!」


 叫び、地を蹴る。

 今が意図せずして相手の目論見を防いだ状況だと言うのなら、ここからの仕切り直しは有り得ない。

 その結果相手が本調子になるというのなら尚更だ。


「――勘違いすんなよ」


 拳はデロスに届かず、逸らされる。


「お前らは俺より弱ェえ。本調子じゃなかろうとお前ら二人ごとき封殺できるぜ」


「やれるもんなら――」


「それをやらねェで仕切りなおすって話をしてんだよ。言われた仕事もあるが、俺はそれだけに縛られるつもりもねェ。せっかくお前に会えたんだし、なァ?」


 デロスが口を横に引き裂いて笑う。


「時間は――決めない方が面白ェか。場所はあの城で良いぜ?俺が直々に会いに行ってやるよ」


 そう言うと、俺を無視して岩の淵へと歩いていく。

 完全に背を向けている、無防備な状態。

 だがここで俺が何かをしたところで、届かない。

 きっと奴は言葉通り、俺を殺すだけの力を持っているだろう。

 今の俺では足りない。

 届かせるだけの力を持っていない。

 ここで奴を逃せば更に強くなるだろうと言う事が分かっていても、どうすることもできない。


「おい、待てよ」


 そしてその背に声を掛けるのは、俺ではなくキシンだ。


「リュウが君を見逃すんだとしても、僕はそうは行かない。君が何かを知っているんなら、僕は退けないんだよ」


 キシンはそう言うと、矢筒から最後の三本を全て取り出し同時に番える。

 背を向けるデロスに向かって矢を引き、手を離せばすぐさま撃てる状態。


「その矢ァ撃ってみろ。その瞬間お前を殺すぞ」


 デロスは振り返らない。

 キシンも、矢を番えたまま動かなかった。

 そのままデロスは岩の淵へと足をかけ、こちらをチラリと見る。


「じゃあな、リュウ。次は最高のショーを見せてやるよ」


 そう言うと、デロスは躊躇いなく飛び降りて行く。


 俺たちは、動くことができなかった。

 答えを知っているであろう存在に出会いながら。

 その目論見を潰えさせることができる機会に巡り合いながら。

 それらを無にすることを分かっていながら、俺たちは動けなかった。


「対策を……考えないとな」


 デロスの飛び降りて行った場所を見つめながら呟く。

 弓を下ろしたキシンも、黙って頷いた。


 向かう先に、大きな難が待っている。


 いつかは分からない期限が、確かに近づき始めた。

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