第50話 登った先で
今回で本編50話達成!
しかしなんとここに至るまでに2年と3か月が掛かってるという……
既に書き溜めが死んでてそろそろ更新が停まるかもしれない、せめて2章完結までは止まらずいかねば
とにかく記念すべき第50話『登った先で』、どうぞ!
あ、これからもどうぞよろしく
メイジやヒーラー、回復中のプレイヤーでさえ、その枝は容赦なく貫きに来る。
近接プレイやーが攻撃しにくい状況なため、ターゲットを壁役に固定することが難しい。
相手が30本もの腕を持っているとなれば尚更だ。
HPを減らし続け、ようやっと赤いオーラを纏い始めたと思えば、突然地面から無数の枝が生え多数のプレイヤーが死亡。
それに強い印象を付けられ地面を警戒した他のプレイヤーが、今度は壁からの攻撃により落下、再び串刺しにされて死亡。
残ったプレイヤーは、本体からの攻撃と壁からの攻撃、両方向に注意しながら、どうにかボスを討伐する。
「まともにやってたらこんなことになってたんだろうか…。ますます欠陥がでかすぎるボスだなホント。」
最後の最後まで口の中からの攻撃でトレントを仕留め、崩れる身体から抜け出しての一言。
かなり下の階層で戦っていたらしいキシンがこちらを見つけ、ため息を吐きながら駆けて来る。
「…無様に死んだと思ってたら、突然トレントが暴れ出すんだ。一体何事かと思ったけど、本当にこんなバカをやってたんだな…。」
「…ひでぇな。俺も必死だったんだ。何とかなったんだから良いだろ。」
近づいてかけられたキシンの言葉に、こちらとしては苦笑するしかない。
あの時にあれ以外方法はなかったし、結果的にはあれが最善だった。
となれば、もうこれ以上語る必要はないだろう。
「ボスは倒した。となれば、次はエリアの開通だ。」
「そんなことは分かってる。でも、どこにも通路がなくないか?もしかしたらここからはどこにも繋がってないんじゃ――。」
首を巡らせるキシンの言葉が、途中で止まる。
疑問に思って視線を追うと、その先には空から降り注ぐ日光が、薄暗いドームの一部分を照らしていた。
上方を仰ぎ見れば、螺旋通路の行き止まりだった部分の壁が開き、空が覗いている。
「あったな。通路。」
「ああ、行こう。」
こうして俺たちは、ドームの上へと続く螺旋通路へと向かう。
後に残ったのは、消えた灰になったトレントの残骸だけだった。
「なぁ、さっきのボス。ちょっと弱いと思わなかったか?」
黙々と通路を進んでいく空気に耐えられなかったのかリュウがそんな話を振ってくる。
「弱かった?あんだけ無様に足掻いていたのに、いざ終わってみれば弱かったってのは無理があるぞ。」
「無様ってお前……。確かに苦戦はしたけどな。奴の攻撃は確かにこっちの裏を突いてて、反応が遅れた部分もあった。」
壁から生えた枝にぶっ飛ばされて下に落ちるときのリュウの表情は、そりゃあ驚愕に満ちていた。
そのことを指摘したのだけれど、僅かな苦笑と共に否定される。
「でも逆に言えば、それだけだ。こっちの意表を突くってことは、分かってれば対処は容易いってことだろ?実際攻撃パターンの変化さえ分かってれば、地面からの攻撃も壁からの攻撃も躱せる。そうなりゃあいつはただのサンドバッグにすぎない。」
「ふむ。」
言われて考える。
確かにあのトレントは初見での回避が難しい攻撃ばかりをしていた。
攻撃パターンが分かっていれば、後は次々と叩き込まれる突きにだけ注意して、相手の変化に合わせて対処していけば良いだけの話だ。
今回は初見、それに死んだらあの滝からのリスタートというわけで緊張感があったが、それさえ抜きにすればここまで相対しやすい敵もないだろう。
口の中という安全地帯があれば尚更だ。
「なるほどな。で、言いたいことはなんだ?」
「特にねぇよ。ただ単に思ったことを言っただけだ。」
その言葉に、思わずため息を吐く。
まぁ、リュウが言わなければ気にも留めなかったことだ。
と、言うよりもむしろ。
「そんなに気になるほど弱かったか?僕はあんまりボスと戦った経験がないから曖昧だけど、そこまで特別弱かったようにも思わなかったぞ?」
ボスとしての迫力はあったし、やはり一歩間違えれば即死なのだ。
いくら一方的に立ち回ることができたと言え、それで弱いと断言することはできない。
そういう意味を込めて言ったのだが、その言葉を受けたリュウは立ち止まって目を細める。
「リュウ?」
「そういやお前とはファンディ遺跡のとこで会ったんだよな。ゴルゴ山のボスは倒したのか?」
「ああ、あのオレンジ色のヘビだろ?エリアに遮蔽物がなくて手こずったけど、ソロで討伐できたぞ。」
ファンディ遺跡とやらが何かは分からないが、リュウと出会ったのはゴルゴ山のボスゲートを超えた先のエリアだ。
ボスをソロで討伐し、その足で次のエリアの探索も始めたのだから胸を張ってやりたいが、その直後に崖から転落することになるので何も言えない。
だがリュウは、その言葉に衝撃を受けたようだった。
「オレンジ色のヘビ…?ゴルゴ山のボスはバジリスクじゃ…。」
「お、おい?」
歩くことを忘れたかのように焦った様子でウィンドウを開き、何やら操作を始める。
それが掲示板を開くための動作であると気付いた時、僕はある程度事情を察することができた。
昨夜のリュウとの会話で、リュウが兄さんの消えるきっかけとなったボス戦に参加していただろうという事は予想している。
そしてそのボス戦に参加したプレイヤーが主張しているのが、ゴルゴ山のボスは石化能力を持ったバジリスクであったというのものだ。
「ボスは橙大蛇……。あの時戦ったあいつがゴルゴ山のボス……?じゃあなんであんな場所に……。」
トロールという暴虐の存在も、一時は不特定多数のプレイヤーが信用しようとしていた。
それを覆す結果となったのが、この状況だ。
ゴルゴ山のボスエリアに居たのは、毒攻撃が多彩なただのウワバミのみ。
騙されたと感じたプレイヤーは、考えを一転。
バジリスクの存在は眉唾物か、初回限定のイベントであると判断され、トロールもそのイベントの一部だと言う結論に落ち着いたのだった。
僕はどちらかと言えばバジリスクの存在は疑っているが、そもそもどちらが正しいかは考えていない。
というより、僕は掲示板なんていう、大衆に踊らされるためにあるような物は嫌いだ。
自分の目で見て、確かめた物こそ信じるべきだと思う。
その上で、ゴルゴ山で戦った橙大蛇の存在もこうして悩むリュウの存在も見てきているのだから、未だに結論は出せそうにない。
リュウは、恐らく僕より多くの物を見てきたのだろう。
その知識が僕にないことは歯がゆく思われるが、僕も自分の知りたいことを自身の目で見て解き明かしたいと心の底から思う。
「リュウ、行くぞ。」
「あ、ああ。」
だから、目の前で答えの出ない思考の渦に囚われているリュウに声をかける。
ここで悩んでいたって何も分かりはしない。
僕たちにできることは、ただひたすら前に進んでいくだけだ。
「どういうことだってんだよ……ライラ…!」
歯噛みするように絞り出したリュウの言葉には、もどかしさしか含まれていなかった。
「おお…!」
螺旋通路を上り続けドームの天蓋を抜けた瞬間、思わず感嘆の声が漏れる。
周囲の岩よりも二回りはでかい岩に入り、その天辺に到達したのだ。
平らになっていたこの場所からは、山岳地帯の全てが一望できた。
「すげぇなこりゃ…。」
リュウも先ほどまでの苦い表情はどこへやら、似たような感慨を抱いているようだ。
僕らが今いるこの場所はそこまで広くない。
だからこそ、360度全てに広がる絶景には、思わず見惚れてしまう迫力がある。
「あそこがトカゲの居た箱庭で…あの辺から山岳地帯に入ったのか。随分遠くまで歩いてきたもんだな。」
遠くに見える緑の庭を見ながらのリュウの言葉。
そこから続く川も見えるのだから、遡っていけば帰るのはそう難しくないだろう。
と、言うよりも――。
「向かってた方向は間違ってなかったってことか。」
――カルカ城そのものが見えるから何も難しいことはないのだが。
「すごいな……。これだけ遠くからあの城を見たのは初めてだ。」
標高としては、こことゴルゴ山の頂上はそう変わらないだろう。
遠くに見える緑の茂み、その麓付近に青と白の城塞が見て取れる。
その向こうの青い海を見るまでもなく、あそこがカルカ城およびその城下町だ。
「方角さえ分かっちまえば後はどうにでもなる。二日かけたけど、これで長い旅も終わりだな。」
「ああ、今日中にあそこに帰りつけるといいな。」
顔を見合わせて、笑う。
昨夜に話をしてから、お互いの態度は変わったと思う。
ただ軽口を叩きあうだけの仲ではなく、少しは理解し合えるだけの仲になった。
もちろん、そこに色恋の感情はない。
女としてリュウをどうこうとは考えていないし、リュウもそれは同じだろう。
僕とリュウの関係は、馬鹿にし合うくらいがちょうどいい。
「なあ、リュウ。」
「ん?」
「ありがとう。役立たずの僕を見捨てないでくれて。」
「その言葉はカルカに帰るまでとっとけよ。」
苦笑するリュウ。
僕が真面目な話をする時には、リュウはいつもこうして苦笑している。
こういうところで茶化してこないのもまた、リュウの人の良さだろう。
「僕は諦めないよ。兄さんの手掛かりを見つけるまで、この世界の謎を解明するまで、僕は止まらない。」
「…そうかい。」
リュウにも何かしらの目的があって、覚悟を決めているのは分かっている。
だから、多く語る必要はない。
協力する必要もない。
必要なのは、相手を信じて、覚悟を見届ける心だけだ。
――というのはただの自論。
だが、リュウならば僕と似たような考えを抱いていることだろう。
再び、顔を見合わせ頷き合い、彼方に見えるカルカ城へと視線を移した――その時だった。
ぞわり、と肌が粟立つような感覚を覚える。
その殺気と形容するしかない異様な感覚を受けて、何もないはずの背後を振り返る。
その僕の動作と隣のリュウの動作は完璧に同時で――。
――背後の何もない空間に突如黒い渦が出現したのもまた同時だった。
「なにが…!?」
訳の分からない状況に自然と声が漏れる。
しかしその答えを得られないまま渦は次第に大きさを増し――。
「なんだァ?人ァ居るじゃねェか。話が違ェなァ全く…。」
――やがて渦の中から一人の人間が姿を現した。
黒い髪に、黒い双眸、しかし日本人のような印象を感じさせない顔立ち。
口元は不平を述べる言葉とは裏腹に愉快そうに歪められ、殺気としか言いようがないほどのプレッシャーに身を打たれる。
黒いマントのような物を身に着けていて防具は見えないが、背中にはシンプルながら凶悪なフォルムの…大鎌。
訳が分からない。
こいつは何者なのか。
あの渦はなんなのか。
この殺気はなんなのか。
なぜこの場所に現れたのか。
何も分からない。
こいつの前に居たくない。
こいつと同じ場所に居たくない。
――怖い。
ゲームの中でこんな感情を抱くことになるとは、夢にも思っていなかった。
そして疑問に、恐怖に囚われて動けなくなった僕に対して――。
――黒い来訪者に拳を叩き込むリュウの姿があった。




