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オリジナルオンライン−唯一無二のその力で−  作者: 井上狼牙
第二章 交錯する各々の意志
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第47話 消えた兄

 兄さんが消えた。


 どうして急にそんなことを話そうと思ったんだろう。

 リュウの姿が、兄さんのそれと重なったから?

 リュウなら、僕の考えを分かってくれると思ったから?

 何も迷わずトロールのことを肯定したこいつには、何かがあると思ったからだろうか。


 多分、全部少しずつ合っていて、少しずつ間違っている。

 そもそも僕は、相手がどう思おうと自分の道を曲げないと決めたはずだ。

 この話をしてリュウが呆れようが泣こうが笑おうが、僕のやることは変わらない。


 それでも僕は話した。

 ここで笑って話を誤魔化すこともできたけど。

 それは多分、リュウに僕と同じものを感じたからだ。

 謎に対する、異常なまでの執着心を。







『なぁ、お前たち。ちょっといいか?」


 僕と妹が連れ添ってプライベートエリアから出ると、兄さんから声が掛けられる。


 妹とは一緒に暮らしているが、兄さんのプライベートエリアは別だ。

 だから普段は顔を合わせることすら少ないのだけど、今日は向こうからこちらを探していたらしい。


『どうしたの? お兄ちゃん。そんな派手な格好して』


 僕と兄さんの仲を良く知っている妹が、一歩前に出て事情を聴く。

 確かに兄さんは、街中を歩くには少々派手な装備をしていた。

 普段は身軽なTシャツ姿でいるのに、この時は全身甲冑に巨大な槍を背負っている。

 質は別としても、新しくこれだけの装備を揃えたのだからそこそこの金を支払っているはずだ。

 しかもその装備を街中で装備している。

 ちょっと良く分からない。


『ま、そこも含めての話だな。二人共今日は狩りだろ? ちょっと時間くれよ』


 そう言うと、兄さんはくるりと踵を返して噴水広場の端にあるテーブルへと向かう。

 こちらの話を聞かないその態度に少々イラッとするが、妹は何も言わずについていくので仕方なく追従する。

 座った兄さんの前に並んで腰かけ、背もたれに寄りかかったところで兄さんが口を開く。


『俺な……ボス戦に参加しようと思うんだ』


『……ボス戦に……参加?』


 言っていることが分からずに妹と共に首を傾げる。


『何を今更。兄さん、今までボスと戦ったことないのか? 一々そんなことで報告しなくていいんだぞ?』


『あー、悪い悪い。俺の言い方が悪かった。……というか、相変わらず口が悪いな妹よ』


『僕は兄さんの戯言に付き合ってる程暇じゃないんだ。そんな時間があるんならゴブリンとジャンケンしてた方が有意義だよ』


『お前偶に訳分からん例え使うよな』


 目を細めてため息を吐く兄さん。

 その様子に本当に席を立とうかと思ったところで、兄さんが真剣な表情に戻って口を開く。


『ボス戦ってのは、新しく見つかったゴルゴ山のボスゲートの話だよ。アドリアさんは知ってるだろ? 彼女に誘われたんだよ。ボス戦に参加してくれる人を探してるってな』


『ボス戦に参加してくれる人を探してる? そんな事をしなくても、掲示板で呼びかければ人数は集まるんじゃないのかな?』


 妹のもっともなその言葉に、しかし兄さんは意を得たり、と言う風に頷く。


『俺も最初はそう思ったんだがな。どうやらちょっと厄介なことになってるらしい』


 曰く、ゴルゴ山でプレイヤーが消えた。

 探ってみれば、どうやらその原因はボスエリアにあるらしい、と。


『だから今回、アドリアさんは結構慎重になってる。何かあった時、万全な状態で迎え撃てるようにってな』


 あの有名なプレイヤーがそう言うのならば、プレイヤーが消えたという情報は本当なのだろう。

 それでも、


『馬鹿馬鹿しいな』


 そう吐き捨てて、席を立つ。


『そんなこと、わざわざ僕たちを呼ぶようなことじゃないだろう。そんなイベントに興味はない。僕はもう行くからな』


『待て待て、まだ話は終わってない。てか、本題はこれからなんだが』


 兄さんはそう言うが、どうせ下らない話に決まっている。

 踵を返し、さっさとその場を去ろうとしたところで――


『な? ちょっとだけ待ってくれよ。キシン。』


 この世界でのキャラネームで呼ばれて、足を止めざるを得ない。


『なんだよシェイス。僕にはやることがあるんだけど』


 振り返り、意趣返しの意味も込めてキャラネームで呼び返してやると、兄さんは笑って肩をすくめる。


『なに、今ので兄妹今生の別れってなっちまったら悲しいなー、なんて思って……分かった分かった、本題に入るよ』


 僕の視線をどう感じたのか、兄さんが姿勢を正して表情を変える。


『俺は実際、今回のボス戦でなんか起きるんじゃないかと思ってる』


『え……?』


 兄さんの言葉に、妹が声を上げる。

 そんな妹と、去ろうとしない僕を見て、兄さんはウィンドウからあるアイテムを二つ取り出し一つずつ放ってくる。

 それはどうやら便箋であるようだ。

 NPCが安価で売っていながらシステムにメール機能があるため使われず、しかしメモを残すには有用なアイテム。

 それを手にして首を傾げる僕たちに兄さんが、中身はどっちも一緒な、と前置きをしてから説明する。


『そん中には俺の集大成が詰まってる。っつっても、そんなに大したもんじゃないけどな』


『……何が書いてあるんだ?』


『詳しくは後でそいつを読んでもらいたいんだがな。ずばり、このゲームの謎についてだ』


『……』


 兄さんの真意が分からずに、言葉の続きを待つ。


『色々気になることがあってな。このゲームの成り立ち、システム、スキル。そんでリリックの行動。ま、そこらへんはそん中に書いてあるから見といてくれ。俺自身考えてはみたが、分からないことが多すぎる。ゲーム攻略のために戦う奴が多く居るんなら、俺はそれを解き明かしたい』


 思い当たることがない訳ではない。

 特に、リリックの行動についてはプレイヤー全員が疑問に思っていることだ。

 なぜOOに干渉するなどという犯罪を犯したのか。

 なぜOOをログアウト不可にして、プレイヤーにクリアを強いることをしたのか。

 そして兄さんは、それ以外にも謎は多くあるという。

 詳しいことはこの便箋の中に書いてあるのだろう。

 それでも、


『それが何でボス戦に参加することに繋がるの?』


 その妹の問いには、内心同意するしかない。

 先ほどの兄さんの口ぶりからすれば、OOの攻略自体にはそれ程興味を持っていないはずだ。

 それがどうしてゴルゴ山のボス戦に参加することになったのか分からない。


『そ、まさにそれがさっきの話と繋がるわけだ』


『さっきの話って言うとつまり……』


『ボス戦でなんか起きるんじゃないかって話だね』


 口ごもる僕の言葉を妹が引き継ぐ。

 その言葉に兄さんは大仰に頷き、


『俺は既に一回、ゴルゴ山のボスに挑んでるんだ』


 そう口にした、


『挑んだ? そこで何か情報を掴んだってことなのか?』


『半分正解で半分間違いだ。俺は何も見てないし何も聞いていない。なんたって入ってすぐに自殺したからな』


『……はぁ?』


 得意気な顔でそう言ってくる兄さんに、姉妹共々疑問の声を上げざるを得ない。

 まともな話をしていたと思ったらどうしてこうなるのか。


『……帰るぞ』


『だから待てよ。言ってんだろ? 半分正解だって』


 呆れて帰ろうとする僕に、尚も食い下がる兄さん。

 話すならとっとと全部話してくれよと思いながらジト目を向けるが、兄さんは口の端から笑みを消さない。


『こっから先は、俺も確信を持ってる訳じゃないし、攻略を掻き回すつもりもないから言うのはお前たちにだけだ。……俺はあのボスエリアで、確かに狂気を感じた』


『狂気……』


『言っとくが、これは本当に俺自身が感じただけのことだからな? 何の証拠もないし、他人に言うつもりもない。これをどう受け取るかもお前たちに任せる』


『……』


『ボスエリアに入った瞬間、俺は明確な殺意を感じた。そこにずっと居たら死んじまうんじゃねぇかってくらいの殺意だ。竦みあがった俺はすぐさまその場所から離脱するための手段……つまり自殺を行った。――以上、これが俺の行動の理由だ』


『……』


 余りに簡潔な物言いに、姉妹揃って何も言えなくなる。


 狂気? 殺意? 訳が分からない。

 ここはゲームの世界だ。

 ゲームが現実の産物である以上、その枠が現実を超えることなんてあり得ない。

 一体兄さんは何が言いたいんだ?


『だから、そう戸惑うなよ。俺はお前たちに信用を強要してる訳じゃない。ただ、俺がボス戦に向かう前に伝えておきたかったんだよ』


 僕たちに笑い掛けながらそう言う兄さん。


『俺は一度逃げちまったけど、あそこには何かがある。アドリアさんが協力してくれってんなら、応じるさ。俺の目的のために』


『そんなの、信じると思ってるのか?』


『ははっ。俺はお前なら案外信じてくれそうだと思ってるぞ?』


 どうしていいか分からずに兄さんを否定する僕に、しかし兄さんは取り合わない。

 そのまま立ち上がると、僕と妹の頭にそれぞれ片手を乗せてポンポン叩いてくる。


『何も起きない可能性の方がずっと高い。それでもなんかあった時、お前らに何も言わないで居なくなるのは嫌だからな。……それはお前たちの好きにしてくれ』


 そう言って、僕たちの手元の便箋を示す。


『誰かに伝えるもよし、見なかったことにして破り捨てるもよし。一回読んでくれりゃ、それで俺は満足だからな』


 そろそろ行くよ。


 そう言って、兄さんが僕たちから距離を取る。

 何故だか分からない。

 兄さんがどこか遠くに行ってしまう気がして、便箋を握りしめた手が震える。

 そんな筈ないのに。

 どうせ今夜噴水広場に来れば、その呆けた面を拝めるはずなのに。

 どうして僕はこんなにも不安になっているのか。


『お兄ちゃん……』


『そんじゃあな、汐里(しおり)、雫。強く生きろよ』


 妹が兄を呼び、兄が僕たちの本名を呼ぶ。

 現実ではいつもあったやり取りのはずなのに、なぜか今はひどく悲しい気持ちになる。


『おい、兄さん!』


 その感情に耐えきれなくて、歩き去ろうとする兄さんの背中に声を掛けた。


『この続きは、兄さんが埋めろよ! 僕はぜっっっったいにやらないからな!』


 まだ中を見ていない便箋を掲げてそう叫ぶ。

 兄さんのやりかけの物を、引き継いだりなんかしてやらない。

 僕にとって兄さんなんて、居ても居なくても変わんない存在なんだから。


 その思いがどこまで伝わったのかは分からない。


 兄さんは最後に、こちらに笑みを向けながら手を振り、そして居なくなった。



 結局、兄さんが帰ってくることはなかった。




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