第46話 山岳の夜
「……着いたか。」
「ああ……もう駄目だ……。」
レアモンスターであるトレント、ロンロートレントを倒してから既に3時間は経過している。
ゲジゲジの大群に襲われたり、キシンが適当に設置した魔法陣に吹き飛ばされたりしながらも歩き続け、今や辺りは真っ暗。
景色どころか足元さえも見えないような暗闇の中、俺たちはようやく岩の天辺に到達していた。
「全く、冗談じゃねぇぞ。これでようやく岩一つとか、どんだけ広いんだこのエリア……。」
適当に登った岩が一番大きかった、という可能性もなくはないが、見渡す限りは一面に岩が生えている。
地面を歩いても一向に終わりが見えなかったのが、岩一つ一つにも道や洞穴、モンスターが配置されているとなれば、このエリアの途方もない広さが伺えるだろう。
「もう僕は動かないー。寝る、もうここで寝るぞー。リュウ、野宿の準備だ―。」
「お前な…。ここは安全地帯じゃないし普通に襲われるぞ。寝てる間にトカゲ竜の住処へ逆戻りとかマジで勘弁してくれ……。」
バッタリそのまま倒れ込むキシンにそう忠告する。
とは言え、辺りが真っ暗なこの状況では高いところから何かを探すなどできるはずがない。
ここまで登ったことを無駄にしない為には、ここで野営をするしかないのだ。
「仕方ないな……。ちょっと準備するから見張っててくれ。」
「おー……。任せろー……。」
「全く……。」
周囲にモンスターがいないのを確認しながら頂上部分の地形を調べにかかる。
「意外と平べったいな。寝る分には障害はないか。」
登りきるのにかなりの時間を要した岩の頂上は、平たい台地になっていた。
ちょうどバジリスクと戦った時の地形に似ているだろう。
違うとすれば、ところどころに岩のコブができていること程度だ。
「これはこれで背もたれに丁度良さそうだしな。そんじゃあこの辺に――。」
適当なコブを選んで、アイテムウィンドウを開いて件の石炭岩を取り出し、50cm程間隔を置きながら
大きな円を描いて配置する。
あの洞穴から回収し、トカゲ竜との戦闘でのデスペナルティで失わなかった石炭岩はそう多くはないのだが、どうやら数は足りたらしい。
まだ転がったままのキシンを呼び寄せてその中に招き入れ、コブの近くに座らせる。
「なんだこれ?こんなんで魔物除けになるのか?」
「バカ言え。なるわけないだろ。モンスターが出て来たらこいつを投げつけて爆発させんだよ。お前もいくつか持っとけ。」
アイテムウィンドウからファイアージェムを取り出し、キシンに放る。
危うげながらもそれを受け取ったキシンは、しげしげと眺めてから自分の近くに置く。
「なるほど。僕達を燃やし尽くそうとしてくれたこの岩を逆に利用しようってわけか。」
「まぁな。こいつらが爆発した理由がなんなのか曖昧なのが不安なんだが……まぁ燃やせばあん時みたいに爆発してくれんだろ。」
俺たち諸共爆発しないかも不安だが……まぁなるようになるだろう。
「とりあえず飯にするか。つっても、大したもんがある訳じゃないけど……。」
ウィンドウからトレントドロップの枝を取り出し積み上げ、ジェムを放り込んで火をつける。
貴重な素材でもったいないと思うが、今は変わりがないので仕方がない。
少々喧しく音を立てる炎が周囲を照らすが、それでもやはり遠くまでは見渡せない。
「食えそうなもんは……サソリくらいか?最近こんなんばっかだな……。」
ヘビといいトカゲといい……まぁ美味いから良いんだが。
「サ、サソリって食べられるのか?あんま美味しくなさそうだぞ……?」
「うーん。一応ヘビもあるけどこいつは解体できないからな。刃物持ってりゃあ別だが……。」
「持ってたら今頃それで戦ってる。」
「だよな。まぁサソリは現実世界でも食用にしてる地域はあったみたいだし、普通に食えるんじゃないかな。殻ごと食うのは身が少ないからだけど、こいつには肉もたっぷりついてるしな。」
言いながら、サソリの胴体部分をウィンドウから取り出す。
あれだけ巨大なサソリだったのだから、当然中には肉もたくさん詰まっている。
適当に殻を剥いでトレントの枝に突き刺し、火で炙る。
何とも簡素な晩餐だが、それでも漂う香ばしい香りはすきっ腹を否応なしに刺激して来る。
「リュウはすごいな。僕一人じゃあ、こんなこと絶対にできなかった。」
「……こんなこと?」
火が肉を炙る音だけが響く中、唐突に発せられたキシンの言葉。
その真意が分からずに問い返すが、キシンは火を見つめたまま言葉を探すように黙り込む。
「ここまで戦ってきたってことだとしたら、それは俺の力だけじゃないだろ。お前は矢を持ってなかっただけで、状況が違えばお前一人だけでもカルカに帰りつけたはずだ。」
普段軽口を叩き合っているせいか、何だか訳が分からなくなってフォローをしてしまう。
それでもキシンは、首を振って膝の上に顎を乗せる。
「強さなんて、所詮ゲーム内の数値だろ?そうじゃなくて、……なんて言うかな。こう……精神的な話だよ。」
何やら感慨深く語るキシン。
そんな姿がわんぱく少女には似合わなくて、とりあえず焼きあがったサソリの串焼きを渡す。
「食えよ。腹、減ってんだろ?」
「……ああ。ありがとう。」
肉を受け取り、数瞬睨めっこした後に意を決めたように齧り付き、
「不味い。」
「文句言うなよ。調味料なんて持ってないんだから自然素材の旨みを生かした料理に……。」
「素材の旨みも雑味も全部出てマイナスに振り切ってる。コック失格だぞリュウ。」
「へいへい。今度カルカの厳ついおっさん紹介してやるよ。」
言いながら、自分の分の肉を齧る。
……確かに、筋張った硬い肉にパサパサした質感、何よりその味が何とも言えないことになっていた。
お世辞にも美味いとは言えない、というよりも不味い。
コショウが、いや、せめて塩がほしい。
塩さえあれば少しは美味しく食べられるはず……。
とは言え、これは食事と言うよりも空腹を紛らわすための作業だ。
不味かれども、それに害がないのであれば後は腹に詰め込むだけ。
しばし、お互い無言で肉を齧る時間だけが過ぎる。
そんな沈黙を破ったのは、やはりキシンだった。
「なぁリュウ。君は――この前のボス戦での話を知ってるか?」
その言葉。
恐らく、先ほどまでの話の続きなのだろうその言葉に、俺は食べるのを一時中断せざるを得なかった。
「この前の話ってーと、トロールがどうこうって話で合ってるか?」
「やっぱり知ってるのか。いや、知ってて当然だよな。僕が聞きたかったことはそんなことじゃなくて……いやそれも関係あるんだけど……いやそうじゃなくて!」
モゴモゴとはっきりしないキシンが藍色の髪を掻きむしってバッと顔を上げ、
「君は、その話が事実だと信じているのか?」
そう言った。
「……」
信じるも何も、俺はその当事者だ。
そう言い切るのは簡単だし、確かにそれが事実だ。
それでもこの場でそれを言うのは違うと、何となく感じた。
まるでキシンではない誰かに、試されているかのように。
いや、これはきっと俺自身が――。
「ああ、信じてる。トロールに傷付けられたプレイヤーは痛みを感じて、殺されたプレイヤーは皆消えた。俺は、その話を信じてる。」
俺は殺されたプレイヤーが消えるその場面を見ていないし、肝心の自分は死んでも再び神殿で生き返っている。
それでも、俺は後に聞かされたその話を信じた。
そう思うだけの何かがあのトロールにはあったし、何をされてもおかしくないと思うだけの何かがあの魔神にはあった。
これは俺の思うだけ。
それが真実であると断言することはできないし、もちろん他人を説得することもできない。
それでも、俺はその言を信じ、その上で行動すると決めている。
それを知らないはずのキシンは、しかし数度頷いただけだった。
「そう……か……。」
そう述べるキシンには何の表情もない。
恐らく、キシンの言いたいことはそんなことではないのだ。
或いは、言いたいことなどないのかもしれない。
自分の心を整理するように、自分に言い聞かせるために、そう――。
「僕には、兄が居るんだ。」
唐突に、何の脈絡もなくキシンはそう言う。
「別に、ことさら仲が良いわけじゃない。家の中じゃ普通に話して、ちょっとゲームして、喧嘩もする。そんな程度の仲。多分、仲のいい友達と比べたら、友達の方が大事。そんな程度の仲だ。」
俺に兄弟はいないから、その関係がどれ程のことなのかは分からない。
それでも、キシンがその兄のことをどう思っているのかは朧げに察することはできる。
「特に大きな理由があったわけじゃない。何となくで、兄妹揃ってこのゲームを始めた。ログアウトができなくなって、訳が分からなくなって。兄妹だからって支え合ったりしてない。助け合いなんかしてない。別々に行動してたし、お互いに持つスキルも知らない。……それでも、現実に折り合いをつけて、どうにかやっていこうって思って。」
そこでキシンの顔が俺の方を向く。
その瞳の中にあったのは、ただただ無感情な光。
その光が本人の迷いを投影するかのように儚げに揺れて。
「――あの日、兄さんは消えた。突然、このゲームから居なくなったんだ。」
涙もない、怒りもない。
そんな光が、眩い火の光に照らされて、静かに消えた。




