第44話 強者の意思
「ふぅ、やはり気を張った一日の最後にこうして寛げるのは贅沢だな。」
ギシ、と木製の椅子の背もたれに体を預けるアルフレイド。
「今は西エリアの攻略をしているんだった?あそこは虫だらけで攻略が捗っていないって聞いたけど。」
「ああ、我々のメンバーの中にも虫が苦手な奴が居てな。他のエリアに回すことになってしまった。まぁ所詮初期エリア、もうすぐボスゲートも見つかることだろう。」
その言葉に、卓上のコーヒーに伸ばしていた手がピクリと震える。
「それは、ボス攻略も少人数で行われるということなの?そんな連中が大型の虫と戦えるとは思えないのだけれど。」
平静を装い、コーヒーに口を付けながらアルフレイドの様子を伺いながら問う。
「そうは言うが、何もボスを初見で倒す必要などあるまい。本来は、何度も挑戦しながら情報を入手し、幾度となく死にながら勝利する物だろう?我々も、少数での攻略が無理ならば連中の尻を蹴ってでも連れていくさ。」
アルフレイドは微笑を崩さない。
「そうまでして他人に頼らないのはどうして?人数が足りないのなら、ギルド以外からも人を募ればいい。人数が多くて困ることよりも、人数が少なくて困る方が重大だと思うわ。それなのに、あなた達が自分達だけで攻略しようと思う理由は何?」
「それは集会の時に言ったはずだ。強さを独占するためだと。」
即答され、思わず息が詰まる。
「本当にそれだけ?それだけの為にあなた達は皆の自由を奪おうと言うの?」
「自由を奪う?日々戦いに明け暮れ、効率良く強くなるための方法を模索し、休みすら自由に取れない生活のどこに自由がある?それならば、牙を捥がれ檻に閉じ込められようとも、穏やかな生活がある方が幸せではないか?いや、待遇はもっと良いだろう。我々が制限するのは攻略に関してだけだ。それ以外は何をするも自由。いずれ我々がゲームをクリアする。どこに不満があるのか分からんな。」
両手を広げて言うアルフレイド。
横暴とも言える振る舞いだが、言っていることはある意味正しい。
と言うよりも、善悪を判断できる話の内容ではないのだ。
「このゲームでスキルは有限だ。そしてボスエリアには30人しか入れない。ならばその30人を厳選し、全てのスキルを集中させようとする考えは自然な物だろう。私からしてみれば、皆で協力して仲良く攻略しようという考えの方が呑気で無駄なことだと思うがね。」
アルフレイド達の考えが正しいかどうかなんて、やってみなければ分からない。
そして彼らの考えは長期的な物だ。
お試しでやってみるというわけにも行かない。
だから彼らが言っていることを否定する権利なんて、私にはない。
「君たちは、甘えすぎた。ゲームを攻略したい、早く元の世界に戻りたいと思いながらも、徹底的に物事に取り組もうとしない。だから我々が動いた。そして――。」
自分のシステムウィンドウを開いたアルフレイドが、一つのページを開くとこちらに飛ばしてくる。
「我々に賛同する者も多く居るのだ。」
そこに表示されていたのは、アルフレイドが受け取ったメールの数々。
うち一つを開くと、I.W.の志向に賛同し、協力したいと言う内容が書かれていた。
「これって…。」
「既に1000近くのプレイヤーが我々に賛同の意を示している。対価を支払い、攻略をしてもらおうというプレイヤーが1000人だ。無論反対するプレイヤーも居るが、強制するつもりはないのだから問題あるまい。」
つまりこれだけの人数のプレイヤーが、30人にOO攻略を託すことを承諾したのだ。
思わぬ事実に黙り込む私に、アルフレイドは更に言葉を重ねる。
「分かるか?我々は自由を奪ってなどいない。正当な対価を元に動くだけだ。そしてそれに反対する者たちを止めるつもりもない。無論、対価を払っている者達から目の敵にされるだろうが。」
その通りだ。
自分が金を払っているのに、あいつは払っていない。
あいつは対価を支払わずに恩恵を受ける卑怯者だ。
そう罵られ、周囲から忌避される人が出るかもしれない。
しかしアルフレイド達からしてみれば、金を払っていないのが悪い、払わないのならば相応の力を見せろ、ということになるのだろう。
「だがそうであろうとも、我々がそれを気に掛けるつもりはない。我々の目的はただゲームを攻略し、現実世界に戻ること。余人のことなどおまけにすぎないのだから。」
「そのおまけに、人の幸せが懸かることになるのは分かっているの…?」
「当然だ。そんなことはこのギルドを作る上で散々話し合った。これが我々の導き出した、最速かつ確実にゲームをクリアする手段なのだ。」
どうして。
アルフレイドは間違ったことは言っていない。
なのにどうしてこうも納得できないのか。
受け入れるに足る理由はもう聞いた。
なら引けばいい。
自分のことは自分のことだ。
アルフレイド達に攻略を投げ出そうと考えているならば勝手にすればいい。
そう理解しているのに、なぜか納得できない。
「へいお待ちどお。肉野草炒め定食だ。」
悩む私を置いて、バナミルが料理を運んできてアルフレイドの前に並べていく。
「それ以上何も言う事がないならば、これで終わりという事で構わないだろうか。せっかくの料理が冷めてしまう。」
話を終わらせたくない。
まだ私は何も伝えていない。
そう思いながらも言葉が出てこず、立ち尽くすことしかできない。
どうすればいいか分からずに言葉を探すうちに、脳裏にトロールの獰猛な笑みが思い浮かんだ。
「なら、トロールが、魔神共が攻めて来たらどう対処するの?奴らに殺されたプレイヤーが消滅するんなら、少人数での攻略は危険だわ。それでもあなた達は…。」
我ながら苦し紛れ、としか言いようがない反論だった。
根拠も何もない、今までと何も変わらない言葉。
そしてアルフレイドは、私の言葉を一刀のもとに切って捨てた。
「下らない。」
そう、言い切る。
怒りや呆れなど、一切感じさせずに。
それどころか、失望の表情すら浮かべて。
「我々は妄言虚言は相手にしないと決めている。これはゲームだ。幽閉されているという非日常な状況であろうとも、ここが現実の一部であることに変わりはない。痛みを感じることがあろうとも、プレイヤーが消えることがあろうとも、それが何かしらの超常現象であるとは断じて認めない。それが我々の意志だ。」
そこで言葉を切り、少し表情を和らげて目を瞑る。
「そして私個人からして見ても、そのようなことを信じることは到底できない。確かにプレイヤーが10数人行方不明になっていることは知っている。だが、なぜそれがゲームのイベンドか何かであると考えない?痛みがあったとして、トロールが現れたとして、何故君たちはそれがゲームの一部であると考えない?私にはそれが全く理解できない。」
その言葉を受けても、私は何も返すことができない。
トロールの殺意を感じたことも、痛みに恐怖を感じたことも、今ここでは何の役にも立たない。
相手を説得するに足る理由にはならない。
そして仮に魔神の脅威について納得させられたとしても、それがI.W.の解散につながることはない。
結局は少数が良いか、多数が良いかなど、実践してみなければ分かることではないのだから。
だから私は、何も言葉を返せず、顔を伏せるしかなかった。
「また今度、話をさせて。」
普通なら断るのだろうが、しかしアルフレイドは静かに頷く。
「構わない。その時には、お互いに納得できるように私も尽くそう。」
そう言われてしまっては、もう何も返すことはできなかった。
「ご馳走様。」
テーブルに小銭を置き、カウンターで静かに話を聞いていたラナの脇を通り抜けて、店の外に出る。
そのまま前も見ずに、暗い裏路地を歩き続ける。
思考が纏まらない。
暗い靄が頭の中をぐるぐると回って落ち着かない。
どうしようもなく歩が早まり、やがて壁にぶつかってその場にへたり込む。
自分でも、どうしてこれ程悩んでいるのか分からない。
いや、分かってはいるのだ。それを認めたくないだけで。
私はリュウに救われた。
彼自身はそのようには全く思っていないだろうが、確かに救われたのだ。
弱くても、先が見えなくても、一歩ずつ進んでいこうと思えた。
それをアルフレイドに否定されて、分からなくなってしまったのだ。
弱い奴に戦う意味はない。
ただ効率的にゲームクリアをするべきだと。
それが間違っているとは思わない。
確かにそれが一番効率がいい方法だという事は分かっている。
それでも、納得することができない。
私は心の底から、ゲームクリアの為に戦いたいと思っている。
でもそれは無意味なのだ。
そうアルフレイドに断言され、そしてまともに言い返すこともできずに言い負かされてしまった。
私は弱い。
いつからこれ程弱くなってしまったのだろうか。
ゲームに囚われ泣き、リュウに救われながらも、こうして再び悩んでいる。
情けない、情けない、情けない。
視界が滲んで、涙が頬を伝う。
「リュウ…。」
今この城下町にはいない彼の名前を呟くも、その声は暗い裏路地に吸い込まれていくだけだった。




