閑話 旅立つ蕾
「……ここは」
目を開けると簡素な木の天井があった。
見覚えのない天井、自分の家でもなく、ゴブリンの集落でもないその景色に、寝ながら首をかしげる。
ぼんやりとその天井を眺めていると、横から声が掛かった。
「あ、気が付いた? 大丈夫? 起き上がれる?」
聞き覚えのない、けれどどこか優しさを感じさせるその声に、のそのそと上半身を起こす。
声の主は、私の居るベッドのすぐ脇に置かれた椅子の上に座っている女性だった。
ゆったりとした白い服を纏い、長い水色の髪を背中まで垂らした、どことなく落ち着いた印象を与える人だ。
「君は……?」
「ちゃんと起きれるみたいね。初めまして、私の名前はアリア。魔術師よ」
魔術師。
そんな職業、元の世界にはない。
まだここは、日本じゃないどこかなんだ。
でも、どうしてこんなとこに居るんだろう?
私はさっきまで森で……。
「森……そうだ。私、グルドに裏切られて……」
意識を失う直前の、グルドの狂ったような笑いが思い出される。
未だに信じられない、あの気の良いゴブリンに裏切られたなんて。
「あの! グルドは……ゴブリン達はどこに――!」
「どらああああっ! 嬢ちゃん、目ぇ覚めたんだな!?」
「良かった良かったホントに良かった! うおおおおっ!」
どうやら扉の外に居たらしく、二人の男が叫びながら飛び込んでくる。
片方は燃えるような赤い短髪に同じく赤い目。
腰にも赤い長剣を提げた、私より少し年上くらいの青年。
もう一人は双子か何かなのだろう。
金髪で琥珀色の目であることを除けば、ほとんど目鼻立ちは赤い青年と変わらない。
武器は腰に提げたメイスと、背負う盾。
そんな、エネルギーの塊だと自己主張しているような二人が、ドタバタと暴れながら部屋に入ってくる。
「ちょっと! 病人の前でドタバタ暴れんじゃないよアホ共ー!」
その二人がスッテーンと転びゴロンゴロン、ドン! とベッドにぶつかって止まった。
「全く、客人の前で恥ずかしい……」
二人の足に槍の柄をひっかけて転ばしたのは、その後ろから部屋に入って来た茶髪の女性。
短いショートヘアにキッとした釣り目。
喋り方と相まって強気な性格が伺える。
「ごめんね、うちのバカ共が。アタシの名前はリリィ。ま、いろいろ聞きたいこともあるだろうけど、とりあえずこれを渡しておくよ。あなたの武器でしょ?」
ベッドに突っ込んで呻いている二人に気を取られていると、リリィと名乗る女性から刀が手渡された。
「……え? これって……」
――私の初期装備の刀ではなく、グルドが使っていた刀が。
「なん……で……?」
「思い出したくないこともあるだろうけど、全部正直に言うよ。アタシたちがあんたを救出するまでの経緯を」
そう言った瞬間、転がっていた二人がバッと飛び起きる。
「おいリリィ!」
「んな傷を抉るような真似すること――」
「あんたらは黙ってて。ずっと隠し通すなんて無理なんだから、今言うのが一番いいの」
ピシリとリリィが二人の言葉を遮る。
――違う。この人たちは何かを勘違いしている。
救出ってどういうこと?
一体何で? どうしてこんなに重苦しい空気になってるの?
これは私の刀じゃないのに、グルドのなのに。
グルド達は何をしたの?
聞くのが怖い。
何があったのかを、知るのが怖い。
それでも、聞くしかなかった。
「何が……あったの……?」
「……アタシ達は、冒険者をやってるんだ。それで今回受けた依頼が、ゴブリンの集落を壊滅させること」
ゴブリンの集落を、壊滅。
確かにリリィはそう言った。
つまり、グルド達が――。
「ゴブリンてのは、知能が低くて弱いでしょ? それでも、たまに知能が高くて強い個体が生まれると、そいつをリーダーにして強力な集団が作られることがあるんだ。今回の事例がそうで、一つの集落が作られるほどゴブリンが増えていた」
「そこで冒険者に、依頼が出されたの。内容は、ゴブリンの集落を直ちに壊滅させ、ゴブリンを残らず駆逐すること」
アリアが言葉を引き継ぐ。
淡々と告げられるその言葉に、私は声を出すことができなかった。
ゴブリンの集落を壊滅、つまり、あの時に見えた黒煙は、リリィ達が起こしたものだったのだ。
どうしてそんなことをしたのかは聞かない。
きっと、この世界ではそれが普通なんだろう。
モンスターは人間に害を与えるもの、だから殺さなくてはいけない。
実際、グルドは私を裏切った。
リリィ達が助けてくれなかったら、どうなっていたか分からない。
でも、本当にそうなの?
これで全て?
「あんたは集落の端の小屋に閉じ込められてた。その……なんて言うか、ゴブリンにそういう目的で捕らえられる女性は少なくないの。アタシには気持ちは分からないかもしれないけど、心の支えくらいにはなれるから、落ち着くまで面倒見るわよ」
言いにくそうにリリィが言う。
そういう目的……か。
やっぱり少し勘違いをされているようだけど、とても助かる申し出だ。
この、体の中を掻きまわされたような喪失感は当分消えないだろうし、私はこの世界のことをよく知らない。
助けてくれるというのなら、甘えさせてもらおう。
「この刀はどこで……?」
最後に一つ、グルドの刀についてだ。
グルドが常に身に着けていた刀。
これをどうして私の刀だと勘違いしたのか。
そこまで知りたいことでもなかったけど、なぜか、聞かなきゃいけない気がした。
でも、返って来た言葉は予想外の内容だった。
「ん? あんたの倒れてるすぐ傍に置いてあったわよ? ゴブリンが持つには不釣り合いの武器だったから、あんたのだと思って持ってきたんだけど……」
「……え?」
私の傍にあった?
どうして裏切ったはずのグルドが私に刀を残して行くのか。
そもそも集落が襲撃されていたはずなのに、自分の武器を置いて行く意味が分からない。
「グルドは……ゴブリンのリーダーは倒したの?」
「……ええ。ゴブリンとは思えないほど強い個体だったわね。戦っている途中で武器が折れなかったら、私たちが負けていたかもしれないわ」
「ああ、あいつは強かった。でもま、武器がそこら辺のナマクラじゃあねぇ。ゴブリンだからしょうがないのかもしれないけど」
「でもそう考えるとなんでその刀を使わなかったんだ? 人間の武器を使う知能くらいあったはずなのに」
リリィ達の、何気ない会話。
でも私はそれを聞いて、察せてしまった。
――グルドの真意に、気づいてしまった。
「え?」
「ん、あれ?」
「あら、大丈夫?」
視界が歪む。
涙が零れる。
どうしようもなく、無念な気持ちが溢れてくる。
決して、裏切られた訳じゃなかったんだ。
私を助けるために、自分が悪役になったんだ。
ガルナを倒させて、約束を破って、私に子を孕ませようという悪役に。
たぶん、グルドは察していたんだと思う。
あの時の黒煙で、集落が襲われていることに。
きっともう、ゴブリンが助からないことに。
だから、関係ない私を逃がそうとした。
ゴブリンに襲われた被害者に見せかけて。
あのまま私が集落に向かっていたら、私は目の前の四人と戦っていただろう。
そうなってしまえば、私はもう、人間とは関われない。
だからグルドは、私を助けようとしたんだ。
ゴブリンの誇りにかけて。
「……バカだ」
手の中の刀をギュッと握る。
グルドは私に、この刀と一緒に未来をくれたんだ。
だったら、生きよう。
ここがどこだか、どうやったら元の世界に帰れるのか、どうやったら生きていけるのか、分からないけど。
あの気の良いゴブリンにもらった未来を、無駄にしないように。
もうグルドはいないけど。
未来を、覚悟を、誇りをもらったから。
「ねぇ、冒険者って、どうやったらなれる?」
泣き出した私に戸惑っていたリリィが、ポカンとハテナマークを浮かべる。
しかし直後、ニッと笑った。
「何も必要ないよ。要るのは覚悟だけ。それさえあれば、生きていけるからね」
「そう……」
「そういえばまだ聞いてなかった。あなた、名前は?」
「ミオ……ねぇ、無理なお願いかもしれないけど――」
ゴブリンにも勝てない貧弱な私だけど。
「――私を、あなたたちのパーティーに入れてくれない?」
諦めないで精一杯、この世界で生きてやろう。
リリィは再びポカンと硬直した後、くるりと周囲のメンバーを見渡し、力強く頷いた。
「分かった。よろしくね、ミオ。歓迎するよ」
――私の、誇りにかけて。
「ようこそ、《ポランの根》へ」




