第32話 フューリーモード
トロールは悠々と歩いていた。
既に城下町カルカは見えている。
トロールに与えられた使命は、城下町カルカで暴れ、多くのプレイヤーを殺すこと。
ここに来るまでにいくらか羽虫は屠ったし、中々の強者にも出会ったが、関係ない。
トロールはあくまで愚鈍な兵士。
与えられた命令をこなすだけだ。
どうせ自分を止めることができるニンゲンなど居ないのだから。
「っとか思ってんじゃねえだろうなあああああ!」
突然、背後の崖、その上から太い丸太が飛び出す。
そしてその上に乗っていた4つの人影が宙を舞った。
重力に従ってそのまま落下するはずの人影は、しかし落ちることなく滑空する。
ズン! と丸太が落下し、そしてそのままトロールの頭上を飛び越えた4つの人影は、トロールから三十メートル程離れたところに着地した。
「――と、いうわけでだな。粉々になる準備はいいかよ?」
先ほどトロールが潰し損ねた相手、武器を持たない一人のニンゲンが、腕に炎を纏わせて言った。
「アッハ♪」
トロールは笑う。
こいつらを完膚なきまでに叩きつぶし、その後にあの城も破壊する。
そうすることで、与えられた命令を完璧に遂行する。
「来いよ」
雲の切れ間から光が注ぎ、トロールと四人のプレイヤーを照らす。
トロールとプレイヤー達の闘いも、終焉を迎えようとしていた。
「ふぅ……」
さて、思ったよりトロールの移動速度が速かったがなんとか追いついてみせた。
崖から飛び出したのは予想外だったが。
まぁ特に大したことをしたわけではなく、近くにあった木をへし折って乗り、レイナの[氷床]で滑って来ただけだ。
崖から飛んだのはゴルムの風魔法[滑空]によるもので。
とりあえず追いついた。
となればやることは一つ。
「行っくぜえええ!」
[炎速]でスタートを切り、トロールへと突っ込む。
「アッハッハハハハア!」
狂ったように笑うトロールもそれにノッてきた。
轟音と共に棍棒と拳が激突し、大気が震える。
「そこぉ!」
「ふっ!」
「[氷砲弾]!」
後退した俺とチェンジする形でゴルムとルークが斬撃を放ち、レイナが氷を射出。
「ヒヒャヒャ!」
回転。
伸ばしきった腕が振るわれ、左腕が氷を砕き、棍棒がルークとゴルムめがけて襲い来る。
「でぇい!」
トロールと同時に回転したゴルムがその遠心力を余さず乗せて棍棒にぶつける。
棍棒は大きく弾かれるが、ゴルムは[反動制御]によって後退は最小限。
仰け反ったトロールの胴体にルークとゴルムが各々の武器を叩き込む。
「まだだ!」
トロールが、仰け反った勢いのまま右半身を軸に反転し回し蹴りを放つ。
「[強化盾]!」
それをルークはスキルを使い正面から受けきった。
同時に俺とゴルムが同時に攻撃を叩き込む。
「グゥ!」
「[氷槍連弾]!」
攻撃を終えた俺達が後退すると同時に、入れ替わるように無数の氷の槍が飛翔。
苦悶の声を上げながら棍棒を振り回そうとしたトロールの腹に突き刺さった。
「どうだ?」
「ガアア!!」
数歩たたらを踏むも、トロールは倒れない。
それどころか俺達がせっせと与えた傷は少しずつ塞がっているようだ。
肉が盛り上がりレイナの氷の槍が抜け、地面に音を立てて転がった。
「とんでもない再生力だな……」
「トロールって言ったら愚鈍で脆いのがテンプレなのにねぇ、設定無視しすぎでしょ」
奴の体はブヨブヨだから[発勁]は効かないしなぁ。
あの再生力を上回る攻撃をしろとなると――。
「悪いが俺はお手上げだ。攻撃はお前らに任せる」
ルークが突っ込んできたトロールの棍棒を防ぎながら言う。
まぁ壁役に火力を求めるのも酷な話か。
「レイナ。こないだのアレ、行けるか?」
「詠唱に時間はかかるけど、雨が降った後だから湿気は十分。行けるわよ」
「オーケー。ゴルム! レイナの魔法と同時に全力で行くぞ!」
「了解!」
レイナが後方で詠唱を始める。
魔法の内容は、言うまでもないだろう。
発動と同時に俺とゴルムの火力で押し切る!
「ガアアア!」
棍棒、拳、蹴り。
トロールの攻撃は速く重いが、落ち着いていれば対処が不可能な訳じゃない。
盾で防ぎ、大剣で弾き、拳で逸らす。
それができれば少なくともダメージを負うことはない。
《吹き荒れる吹雪 降り注ぐ氷槍 彼方の敵を見定めん》
そしてネックである攻撃も、これで終わりだ!
「氷魔上級魔法! [氷結領域]!」
「[噴火]!」
レイナの魔法が完成すると同時に体に炎を纏わせ、噴き上がった熱気が俺達を包む。
直後、レイナの右手から氷の波動が扇状に放たれた。
「アアアアアア!」
俺達に触れた波動は熱で霧散していくが、それでも勢いは弱まることなくトロールへと襲い掛かる。
「今!」
叫び、凍り付いた地面を砕きながらトロールへと接近する。
赤い怪鳥のように完全に凍り付くことはなかったものの、身動きは取れていない。
これなら――。
「――いける!」
右腕を目いっぱい後ろに伸ばす。
同時に右側に居たゴルムも大剣を左に振りかぶった。
俺の腕を炎が、ゴルムの大剣を暴風が包み込む。
やがてお互いの技が交わり、融合し、炎の竜巻へと変化する。
「無刀流――」
「――旋刃の型!」
「「[炎旋豪拳刃]!」」
空気が唸り、トロールに炎の竜巻が激突。
溢れる熱気が氷を瞬時に蒸発させ、風が爆発した。
「[カバーリング]!」
ルークがスキルで爆発の余波から俺達を守る。
「……やったか?」
「どうかなー…? 煙でよく見えないや……」
煙がもうもうと立ち込めてトロールの様子が見えない。
これでも倒せていなかったとしたら今も回復が進んでいるはずなんだよな。
てかこれ以上の火力っていったいどうしたら――。
「[庇護者の守護]!」
「くっ!」
「がっ!」
「きゃっ!」
足元から凄まじい衝撃を受けて上に吹き飛ばされる。
煙から出てきたトロールによってではない。
地面から突き出してきた――岩の柱によって。
「くそ……」
「ルーク!」
痛みはほとんどない。
ダメージも大して負っていない。
それは、ルークが発動したスキルのおかげだ。
味方のダメージを全て自分が肩代わりするスキル、[庇護者の守護]。
その効果によって俺達は守られ、四人分の痛みとダメージを一身に受けたルークは片膝をつき動けなくなってしまった。
「てめぇ……!」
煙から現れたトロールは既に満身創痍といった状態だった。
全身はひどく焼け爛れ、左腕に至っては肩からもげている。
「アー」
それでも少しずつ傷は塞がっていく。
そして何より、全身から立ち上る黒いオーラが、トロールが弱るどころか桁違いに強くなっていることを表していた。
「[激昂状態]……!」
紛れもなく、[激昂状態]発動の証。
あの攻撃で倒せなかった。
それどころか最悪の状況になってしまった。
橙大蛇や大イノシシであれだけ手に負えなくなったのが、ただでさえ強いトロールが[激昂状態]を発動したら一体どれ程の――。
「ガアアアッ!」
「くっ!」
ルークを担いで急いで距離を取る。
わずかに遅れて、背後で次々と岩の柱が天を突いた。
恐らく土系統のスキル。
あの棍棒と同様に当たれば大ダメージは免れないだろう。
それだけの威力を持っていながらこの量、この密度。
これを躱して奴に攻撃を与えるのは――。
「俺がやる!」
体勢を立て直してゴルムが岩の柱の上に着地する。
そして次々と突き出される岩の柱を躱し、それらを足場にしてトロールに接近していく。
あっという間にトロールの元までたどり着くと、大剣を振りかぶった。
「これで終わり――」
「――駄目だゴルム!」
力の限り叫ぶが、もう遅かった。
何かが凄まじい速度で上へと吹き飛ばされる。
それがゴルムだと気付くのに、少し時間が掛かった。
「レイナ! ルークを任せた!!」
意識のないルークをレイナに預けて走り出す。
受け身は取ったのか、まだゴルムは死んでいない。
だがHPは消える寸前だ。
恐らく、落下するだけで死ぬ。
そして落下地点では、トロールが恍惚とした表情で棍棒を振りかぶっていた。
「うおらあああああああ!」
無数に連なる岩の柱を避けながら、全速力でトロールに接近する。
だがそれを邪魔しようと、一面に生えていた岩の柱から次々と木の枝のように岩が飛び出してくる。
知覚する暇などない。
勘と予測だけで予兆も何もない岩の猛攻を躱し切る。
「ゴルム―――!」
俺の感情に呼応するように炎が溢れだし、拳を包む。
俺はそれを全力でトロールに解き放った。
爆炎、轟音。
膨れ上がった炎はトロールを吹き飛ばし、俺はなんとか落下してくるゴルムを両腕でキャッチする。
「はぁ……はぁ……危なかった……」
再び岩を潜り抜けながらレイナの下へと戻り、気を失ったゴルムを寝かせる。
「やだ……ねぇ、どうしたら……!」
レイナが悲壮な感情のこもった声で言う。
当然だ、ゴルムとルークを一瞬で戦闘不能にした相手に、たった二人で立ち向かうことになったのだから。
状況は絶望的、戦力差は一目瞭然だ。
それでも――。
「任せとけ。あいつは絶対、俺が倒す」
[激昂状態]。
この力のことは良く分からない。
「これ以上皆を傷つけられてたまるかよ」
だがそれでも、俺の怒りがそのまま力に変換されてるってことは分かった。
辺りに連なっていた岩の柱が同時にひび割れ、崩れ落ち、塵と化す。
開けた視界に待つのは緑の体躯。
怒りが力になるのなら、この状況で俺が負けるわけがない。
炎は激しく燃え上がり、その温度を増す。
突如地面に炎の線が走り、俺とトロールを囲みこむ。
直後、線から炎が吹き上がり、瞬く間に俺とトロールを囲む炎のフィールドが出来上がった。
レイナは、壁の向こう側だ。
お膳立ては済んだ。
さぁ――。
「決着を付けようぜ」




