第3話 無刀流
そうして俺とゴルムは、西エリアへと訪れていた。
公式情報によるとここは虫がメインのフィールドであり、サービス当初でも人は少ないだろうと言う考えの下でだ。
なにせRPGでは基本的にモンスターはでかい。
自分と同じくらいのアリや蛾がいるエリアに人があふれる方がおかしいだろう。
案の定、プレイヤーはまばらに見える程度で、かなり空いていた。
「さぁて、いっちょ試し切りしてやりますかー」
「俺に付き合わせて悪かったな。存分に暴れてくれ」
「……イモムシとかとやる勇気は俺にはないから。あそこらへんのアリンコにしとくぜー!」
アリンコと言っても全長1mはあるかなりでかい虫なのだがゴルムは雄たけびをあげながら構うことなく突っ込んでいく。
「おりゃ!」
自分の身の丈ほどもある大剣を抜き打ちで叩きつける、が、アリの黒く光る甲皮も見せかけではないようで、ギィン! という鈍い音とともに刃が弾かれた。
反応して大顎を突き出してくるアリだが、攻撃が弾かれて仰け反るかと思ったゴルムの大剣が現実ではあり得ない軌道を描き、弾かれた衝撃を全く無視して斬撃を繰り出す。
おそらくあれが反動制御の影響だろう。
今度も弾かれるが、いい加減ゴルムも学習したのか次は甲皮と甲皮の間の部分を狙い、胴と頭を一刀両断した。
ちなみに頭もバスケットボールくらいある。
「いよっしゃあああ! 見てたかリュウ! アリに勝ったぞー!」
大剣を振り回して大声で叫ぶゴルム。
初期モンスターと言えど結構短時間で倒したな。
「お疲れ。なかなかスキルを使いこなしてたな。カッコよかったぞ」
「そんな褒めてもなんも出ねえよー。おお、今アリンコ倒したので新しいスキルを手に入れたみたいだ」
「おぉ? いきなりか。どんなやつなんだ?」
「[首狩り族]。相手の首部分に対するダメージが増加する。取得条件は斬首でモンスターを倒すこと。だそうで」
「いきなりスキル入手とは……なるほどね。と言うか取得条件がそれってことは、最初にモンスターの首を落としたプレイヤーはお前だってことだな。おめでとう」
「怖いこと言うなよー。ああいう敵って関節部狙うしかないじゃんさ。まぁ首である必要はなかったけどね」
「そうそう。……さてと、それはともかく、ゴルム、提案があるんだが」
「ん?」
俺の真剣な声色にゴルムも若干表情を硬くする。
「今日は別行動しないか?いろいろ実験してみたいからお前に変なとこ見られたくないし」
できるだけ軽い調子で言う。
別にカッコ悪い所を見られたくなかった訳じゃない。
[身体異常]がある以上、俺は何らかの形で戦う手段を見つける必要がある。
その試行錯誤の過程に、要を付き合わせたくなかった。
せっかくのゲームなのに、俺の所為で楽しめないと言うのは、やはり申し訳ない。
ゴルムはそんな俺をじっと見つめると深いため息をついた。
「はー。全くこれだからリュウは。俺がそんなこと気にするわけないじゃんさー。ま、いっか。リュウにも思うことがあるんだろうし」
どうやら普通に御見通しだったみたいだな。
「おう。ありがとう。じゃあ夜にカルカで会おう」
「うん、またね。しっかりいいスキル見つけてこいよ」
俺はゴルムと軽く拳を打ち付け合い、歩いていく友の背中に手を振った。
「さてと、実験開始といきますかね」
俺はエリアを闊歩しているアリを眺めつつ呟く。
「今思いついてる方法は2、いや3通りか。かたっぱしから試してみるかな」
言いつつアリに近づいていく。
この西エリアの序盤に居るモンスターはアクティブではないため、こちらから攻撃しない限り攻撃してくることはない。
俺はアリから十メートル程離れた場所に立つと拾っておいた小石を握る。
投げナイフやチャクラムなどが持てないことは確認済みだが、この小石なら持つことができた。
「まずは実験その1! でやっ!」
軽く気合を入れて投げた小石はまっすぐアリに向かって飛んでいき、驚いたことにアリの甲皮を貫通して突き刺さる。
ただの小石でもこの威力なのは身体異常のおかげだろうか。
石が刺さったことにより少し動きが鈍ったが、すぐアリがこちらへ向かってきた。
「[威圧]!」
威圧を発動させるとアリがビクリと体を震わせて止まる。
すかさずもう一度力いっぱい石を頭めがけて投げつけると今度は眉間に当たる位置に突き刺さった。
「うーん。昆虫相手だからか見た目より効いてるように見えないなぁ」
ぼやきつつ距離をとる。
足を切り取ってもしなない虫に石をぶつけたところで効果が薄いのは仕方がない。
石投げでもダメージがあることは分かったが、これ一本でやっていくことは無理だろう。
石を投げて攻撃できることは石を持つことができていた時点である程度予想できた。
この身体異常の能力は武器を装備できないというだけで攻撃できないわけじゃない。
「だからこその実験その2!」
俺はクールタイムが終了した[威圧]をもう一度発動させてアリの行動を遅延させるとすかさず急接近し――。
「ふんっ!」
固く握った拳でアリの脳天を全力でぶん殴った。
メキメキと音を立ててアリの甲皮が割れ、体ごと吹っ飛ぶ。
━ スキル取得条件を満たしました。スキル[無刀流]を習得しました。━
「よし!」
そう、武器が使えないならぶん殴ればよかったのだ。
武器で戦った方が強いのだから普通のプレイヤーは素手で相手を攻撃しようなどとは思わないだろう。
だが俺は身体異常のおかげで武器と同じ、またはそれ以上の威力を出すことができているようだ。
[スキル名] 「無刀流」
[効果] 素手スキルが使用可能になる。
[説明] 武器を持たざる者の挑戦の証。
[取得条件] 武器を持っていない時に素手でモンスターを攻撃する。
「っと、まだ終わってないのか」
呟きつつアリを眺める。
小石に撃たれた眉間と体の側面、それとぶん殴った顔面の中央がひび割れているようだがまだ普通に動いている。やはり打撃には強いんだろう。
つくづくゴルムのセンスの良さに驚かされる。
「だったら――」
再び[威圧]を発動させつつ接近する。
しかし今更だが、[威圧]もかなり強いな。
格下限定ではあるものの、動きを止めることができるスキルはこの先も必ず役に立つだろう。
三度動きが止まったアリに近づくと、先程と同じく右腕を力任せに振り抜く。
が、寸前で怯みから回復したアリが突き出してきた顎に弾かれてしまった。
「ふっ!」
続けて突き出される顎の連撃を後退して躱す。
「あの顎がある限り生半可な攻撃は弾かれそうだな……」
俺はとっととこいつを片付けるべく考える。
今持つ[無刀流]は打撃なためダメージは通りにくいだろう。
武器を持てない俺に斬撃はできないので打撃で大ダメージを与えるしかない。
だが素手で大ダメージなぞスキルを使わないかぎり――。
「アホか俺は。スキルを使えばいいんだろうが……」
アリから距離をとりつつウィンドウを開きスキルを確認して走り出す。
[威圧]も何も必要ない。
アリに向かって真っすぐ突き進む。
これで決めてやる。
無刀流初級技!
「[直拳]ッ!」
突進の勢いを乗せて正面から放った拳は、最初に殴ったところに寸分違わずめり込み、そのまま頭を粉々に潰す。
頭をつぶされたアリはしばらく動いていたが、やがて動かなくなった。
死骸が消えてなくなり、視界に獲得経験値とアイテムが表示される。
「倒した……か。うし!これでゴルムに迷惑掛けることもないな!」
スキル[無刀流]か。
癖がありそうだが、使いこなしてやろうじゃないの。
△△△△
取得アイテム
フォレストアントの足×1
フォレストアントの甲皮×1
フォレストアントの触角×1