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オリジナルオンライン−唯一無二のその力で−  作者: 井上狼牙
第一章 焼き尽くす炎の拳
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第25話 隠密ハイキング

「くっそ!」


 レイナの手を引いて全力で逃げる。

 背後からは、武装したサルが百匹単位で追いかけてきていた。


 差は広がらない――それどころか、足場の悪い道を走る俺たちと、樹上を猛スピードで移動してくるサル。

 少しずつ距離が縮まってきている。


「キキッ!」


 そして時折飛んでくる矢。

 ほとんどは見当違いの場所に飛ぶものの、いくらかはこちらへと飛んできて、その対処に追われるごとに差は縮まる。


「このままじゃ追いつかれる!」


 走りながら、思わず叫ぶ。

 だがレイナは冷静に、背後に右手を向けて口を開いた。


《強靭なる巨大な氷の壁 雄々しく気高く立ち塞がらん》


[薄氷壁(スィンフロストウォール)]!」


 レイナ詠唱とともに、後方に巨大な氷の壁が出現する。

 ボス戦で見たよりも大きいものの、明らかに薄い。


「あれじゃ突破されるぞ!」


《壁より出でし強固な槍 敵対する者を貫かん》


[氷槍(アイスランス)]!」


 サルが氷壁に激突する寸前、壁から巨大な槍が出現して集団に突き刺さる。

 それでもサルは巧みに回避し、こちらへと近づかんと木々を飛び移ってきた。


「ああ! もう面倒ね! [アイスフロア]!」


 それを目にしたレイナは前へ向き直って叫ぶ。

 今度は何が起きるのか、そう思って後ろを見た瞬間――足が滑った。


「あああああっ!?」


「行くわよ!」


 レイナの魔法によって凍った地面の上を、勢いのまま滑り降りていく。


 そうして俺たちは迫り来るサルの大群から、なんとか逃げおおせることに成功したのだった。

 







「ふぅ、何とか撒けたか」


 安全エリアまでたどり着き、ため息を付きながら座り込む。

 いつぞやのアドリアと一緒に来た安全地帯と同じ場所だ。

 要するに、下層まで降りてきてしまったということになる。


「はぁ……全く、何なんだよあいつらは」


「知らないわよ。というか、多すぎじゃないかしら……」


 恐らく百匹かそれ以上は居ただろう。

 そしてその大半が武器を持ち鎧を身につけていたのだから、あれとまともに相対すれば一瞬で負けていただろうことは想像に難くない。


「敵を発見したら雑兵がそれを報告。兵を掻き集めて戦闘態勢が取れ次第、風に紛れての射撃で先制。百匹の武装した兵の物量で押しつぶす、と。これが全部本当なんだとしたらとんでもない知能だぞ」


 行方不明になった二人はあれからも逃げ切って上層へと到達したんだろう。

 痕跡を探すならば上層への到達は必至だ。


「武器を持ったサル、矢を射るサル、あの様子だと魔法なんかも使ってきそうだよな」


「本当にサルなのかしら……」


 加えてあの数。

 あれ全部とまともにやり合おうと思ったら、ボス戦以上の人員を揃えなくてはならないかもしれない。


「あの群れが一つだけなのか他にもあるのか……一つだけだとしたらゴルゴ山の中層は奴らが牛耳ってることになるのか?」


「シカもいるらしいじゃない。そっちならそこまで強くないんじゃないかしら」


「かもな。とにかく、サルとは会わないように立ちまわるしかないか」


「そうね」


 とりあえずの方針を決め、安全地帯から出る。

 そうして再び、俺達は中層へ向けてゴルゴ山を登り始めた。








 結局中層へとたどり着くまでにも、幾度となくヘビの襲撃を受けた。

 その度にレイナはバタバタと走り回り、俺はその処理に追われたのだが、まぁそれは置いといて。


「空気が変わった。この辺から中層か」


 俺たちは再び中層へと到達した。

 雰囲気は明らかに変わっているし、よく見ると生えている木もここら辺を境に変わっている。

 例のビュオオッという風の音も健在だ。


「とりあえず慎重に索敵して行こう。下っ端にさえバレなければ群れが集合したりもしないだろうし」


「やっぱり群れのボスが居るのかしらね。そいつを倒せばどうにかなるかしら」


「そうだとしても、あの群れと正面からやるのはまだ無理だろ」


 こんな時はアドリアの[隠密行動]が羨ましい。

 彼女なら下っ端に気付かれずに情報収集ができるだろう。

 とはいえこの場にアドリアはいない。


「いいか、行くぞ」

 

 呟き、俺は慎重に索敵を開始した。







「……居たぞ。あそこ」


 中層に入って少し歩いてすぐ、大きな木の上に一匹のサルが陣取っていた。

 武装はしていない。

 やはり、敵発見役と戦闘役は違うということか。


 それにしても、これだけ早く見つけられたということは、逆にさっきは中層に入ってすぐ発見されていたということだろう。

 思ったよりサル共の索敵範囲は広いようだ。


「どこよ、見えないわよ」


「あそこの太い木の上の……おい、あんま顔出すとバレるぞ」


「そんなこと言われても分かんないわよ。リュウ、目が良いのね」


 現在俺達は、木の影に隠れてサルの様子を観察していた。


「あ、いた! あれね」


「お、見えたか。魔法で届きそうか?」


 密着しているせいですぐ傍にあるレイナの顔に語り掛ける。

 視線が合うと、顔を赤くしてそっぽを向かれてしまったが。


「届きはするけど、一撃で倒せるかは微妙なところね」


「うーん、倒し損ねたら増援呼ばれそうだしなぁ」


 呟きながら、あれこれと考える。

 30mもあれば、近接攻撃が届くところまで近づく前に逃げられてしまうだろう。

 木の上ならば尚更だ。

 

「あ、そうだ」


「ん? 何よ?」


「レイナ、矢って作れるか?」


「矢? そんな物何に使うのよ。あなた素手じゃないの?」


「投げるんだよ。そういうスキルがあるから」


「ふぅん、まぁ作るのは難しくないと思うわ」


 そう言うとレイナは右手を突き出して五指を広げる。

 何やらぶつぶつと詠唱を始めた。


 まず細長い氷の塊が出来上がり、矢じりができ、尾羽ができる。


「こんなところかしら」


 出来上がったのは光を反射して光る氷の矢。

 かなり透明度が高く、透き通っている。


「すごいな。そんな精密な作業もできるのか」


「氷魔法は想像力が物をいうもの。何でもできるわ」


 胸を張って得意気に言うレイナ。

 自然と豊かな胸が強調されて――なんでもない。


 ともあれ氷の矢は手に持つことができた。

 これなら[矢投擲]で投げることもできるだろう。


「――[毒付与(ポイズンエンチャント)]」


 握る矢が、毒々しい紫色に染まる。

 木の上のサルに狙いを定めて、軽く腕を振りかぶり――。


[毒矢投擲(ポイズンスロー)]」


 音を立てないように矢を放つ。


 投げ矢の数少ない利点は音がほぼ全く出ないことだ。

 氷の矢は真っ直ぐとサルへと突き進み、気付かれることなくその体に突き立った。

 トンッ、と静かな音と共に、サルが木から落下する。


 矢に付与したのはダメージ毒ではなく麻痺毒。

 この首飾りだと毒の効果はそこまで強くないから麻痺時間はせいぜい10秒といったところだが、近づいて止めを刺すには十分だ。

 

 無様に木から落ちたサルは、レイナの手によってHPを0にした。







「この調子で進んでいけば大丈夫そうだな」


 静かな暗殺を3回ほど繰り返して呟く。

 どれも相手に気付かれずに終えることができたが、進む速度はそれ程早くない。

 この調子で行くと、山頂にたどり着くのはいつになるのか。

 

「それはいいけど、止めを刺す役変わってくれないかしら? あのサル、近くで見ると可愛いからちょっと忍びなくて……」


「……持って帰って飼うか?」


「……それならもう少し可愛いのを飼いたいわよ。犬とか猫とか」


 レイナが口元を緩めながら言う。

 ペットに対する愛情はどの女の子も一緒か。


「俺が倒すとなるとぶん殴ることになるから、結構グロテスクになると思うぞ」


「……私がやるわ」


 あまり手足が変な方向に曲がったサルの死体は見たくない。


 適度に気を抜きつつも、慎重に進む。

 索敵役のサルのいる間隔は、それなりに大きい。

 1匹のサルが担当している範囲が広いのだ。


 だから1匹を倒せば、その1匹が担当していた範囲は自由に動くことができるようになる。

 だがその分、群れ全体での索敵範囲もかなり広いだろう。

 もしかしたら本当に、中層全部がサルに牛耳られているかもしれない。


「もう結構登ったわよね」


 レイナが後ろを振り返りながら言う。

 ゴルゴ山は基本的に斜面がなだらかだ。

 日本の山ほど急角度の山ではないから、どれだけ登ったのかが分かりにくい。


 だが下層と中層、合わせてそれなりの高さには到達しているはずだ。

 ゴルゴ山の標高は五千メートル。

 頂上にボスエリアがあるのだとしたら、かなり近づいている頃だろう。


「――と。なんか居るな。多分サルじゃない」


「サルじゃない? 何か新しいモンスターってこと?」


「多分な。シカか、未発見のモンスターか――」


 呟きながら、モンスターが居ると思われる方向へと足を向ける。


 木の裏に隠れて慎重に音のする方向を覗き見ると――居た。


 立派な角を持った、日本で目にするのとそう変わらないシカが――五匹。

 多いとはいえない数だが、何より重要なのはその大きさだ。

 角を合わせると1匹が大イノシシくらいあるのではないか。


「うわぁ、あれは強そうね」


「角もでかいなぁ。あれへし折って兜につけたらカッコイイぞ」


「……本気で言ってる?」


「冗談だよ……さて、どうするか」


 シカは周囲の草をむしり取ったりしているだけで、特に何か行動をする様子はない。

 草食動物なのだし、見た目ほど強くはなさそうだ。


「レイナ、さっきのもう一回頼む」


「はいはい、ちょっと待ってて」


 慣れた様子で、レイナが詠唱を始める。


 それを待つ間に頭に浮かぶのは、この世界に関することだ。


 この巨大なゴルゴ山でさえ、広大なフィールドのほんの少しのエリアに過ぎない。

 この山の先にも、海を超えた先にも、幾つものエリアが広がっている。

 そんな世界に俺たちを閉じ込めたリリックは、一体何を目的としているのか。


 俺達はただゲームを攻略しているだけで、このゲームの本質を何も知らない。

 リリックは、女神ライラと無関係ではないだろう。

 女神に、魔神に出会ってからというもの、このゲームには何かがあるのではないかと言う疑問を拭い去ることができない。

 何か大きな、とんでもないことが起きているのではないかという根拠の無い不安が、俺を捕らえて離そうとしない。


 一体、何が起きているというのか。


「はい、できたわよ」


「お、おう、ありがとう。……ん?」


 レイナの言葉に、思考を中断して氷の矢を受け取った――瞬間。


 草を食んだり体を舐めていたりと思い思いの行動をとっていた5匹のシカが、同時に体を震わせてこちらを見た。


「――バレた?」


「リュウ、何をしたの?」


「いや何も――」


 していない、と言うことは止めざるを得なかった。


 シカが1匹残らず猛然と走り出したからだ。

 ――こちらへ向かって。


「まずい!」


 後ろへと後退するのは間に合わない。

 シカはかなりの速度でこちらへ迫ってきている。

 この速度のままあの巨体で体当りされれば、大ダメージは避けられない。

 角に貫かれれば一撃即死もあり得るだろう。


 俺一人ならともかく、隣にはレイナがいる。

 レイナを庇いながらあの突進を受け止めることはできない――なら。


「レイナ、ちょっと失礼!」


「ええ!?」


 珍妙な声をあげるレイナを無視して、レイナの細い体を抱え上げる。

 予想よりも遥かに軽かったレイナを左脇に抱えて、突っ込んでくるシカに向き直った。


「ちょっと! 降ろしなさい! 降ろしてよ!」


 レイナが顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


「暴れんな! ちょっと揺れるから気ぃ付けろよ!」


 シカは前に2匹、その後ろに1匹、さらにその後ろに2匹、といった隊列だ。

 これなら、十分躱せる。


「ふっ!」


 前の2匹の間を、体を横にしながらすり抜ける。

 瞬間、その後ろに居たシカが角を真っ直ぐ俺に向けて――。


「ヒッィイン!」


「らぁ!」


 スライディングして角を蹴り上げ、その勢いのままシカの足元を潜り抜ける。


 それを見た最後尾の2匹のシカは間を狭め、ほぼ密着したような状態で突進を仕掛けて来る。

 左右に逃げる余裕はない。

 下も無理。

 ならば――。


「よっ!」


 大きく跳び上がり、角を足蹴にしてさらに上昇。

 2匹のシカを飛び越え、余裕があったのでついでに一回転。


「せいっ、こう!」


 叫びながら、しっかりと着地。

 抱えていたレイナを下ろすと、レイナはしばらく呆然とした後、ほっとしたように胸を抑えて立ち上がった。


「――次やったら許さないから」


「……すいません」


 氷の視線を受けながら、思わず謝罪する。

 どうして怒られているのかはわかりません。


「また来るぞ」


 一度目の攻撃を外したシカの群れが、再びUターンして戻ってくる。

 このままではあの猛攻を躱した意味がなくなってしまうが――。


《砕け散る氷》


[氷散弾(ショットガン)]!」


 前方に向けられたレイナの右手から、幾つもの氷の塊が凄まじい勢いで放射状に射出される。

 一つ一つがビー玉大の氷の塊は、突進を敢行していたシカと、ついでに前に居た俺に襲い掛かった。


「あ、ぶねっ!」


「あらごめんなさい。うっかりしちゃってたわ」


 なんとかステップを駆使して回避すると、レイナからそんな言葉が飛んでくる。

 ……なんだかお怒りのようですね。


「――ま、倒せたんだからいいじゃない」


 あっけらかんとしたレイナの言葉に振り返ると、確かに5匹のシカは体中を穴だらけにして倒れていた。

 あの短い詠唱でここまでの威力とは……やっぱりとんでもないな。


「ついでに俺も倒されるところだったぞ」


「知らないわよ」


 レイナは飄々と言い切る。

 その顔がまだ少し赤いのは隠しきれていないのだが。


 しかしなぜ、シカは突然俺達に気づいたのか。

 詠唱に気づいた訳でも、物音を立てた訳でもない。

 ただ俺がレイナから矢を受け取っただけだ。


 ――本当に、分からないことが多すぎる。


「考えても仕方ないな。じゃあ続きを……ん?」


「え? ちょっと、どうしたの?」


 振り返った瞬間目に入った光景に、言葉を止めて歩き出す。

 今見えた景色は確かに――。


「あ……」


 レイナも気づいたようだ。

 その場所へとたどり着き、後ろを振り返る。


「こりゃあ……」


 木がなくなっていた。

 ここだけではない。

 ある地点を境に全く木が生えなくなっている。


 そして振り返った眼下にあるのは真っ白な雲海だ。


「きれいね」


 見通しはまるで良くない。

 恐らくまだ雲の中に居るのだろう。

 遠くは全く見えないが――。


「見ろよ、レイナ」


 再び前方を見る。

 正確には、山の頂上を。

 ぎりぎり視認できる距離、白い雲の霧の中にそれはあった。


「ボスゲートだ」


 大きな青いゲート、ここからだとよく見えないが、きっと門の内側には膜が張っているはずだ。

 間違いなくゴルゴ山のボスゲートだろう。


「思ったより近いのね。そんなに時間が掛からずに着けそうじゃない」


「行方不明になったってプレイヤーは上層までたどり着いたんだろ? だとしたら何かあっても不思議じゃないぞ」


「ボスゲートが見えるんだから、もしかしたらボスに挑戦しに行ったのかもしれないわよ?」


「なるほどな。だとするとボスの能力が特殊なのか……?」


 それとも、やはり魔神が関わっているのか。


 思えば、奴らが現れたのは大イノシシのボスエリアだ。

 もしかしたらここのボスエリアに行くと、またあいつらが現れるのかもしれない。


 ――やめよう。

 これ以上考えても意味はない。

 答えが知りたいのならゲームを攻略しろ。

 女神ライラもそう言っていた。


「……行こう」


「うん」


 ここは上層。

 明らかに空気が違う。

 そして俺の耳は『それ』の発する音もとらえている。


 まだゴルゴ山の攻略は終わっていない。


「イェアアアアアッ!」


「え……?」


 甲高い鳴き声が、ゴルゴ山に響き渡る。

 呆然と声を発するレイナの頭上、立ち込める雲の中を、何かの影が横切った。


 空からやってきたそれは、強靭な二本足で着地する。


 そして『それら』は次々と空から降りてきていた。


「またこれはなんとも……」


 鳥とトカゲの狭間、怪鳥とでも言うべきか。

 爬虫類特有の、光が乱反射する緑がかった黒い鱗。

 鳥類特有の尖った嘴。

 大地を踏みしめる足。

 そして広げれば3mにはなるかという巨大な羽。


 それらを持った、如何にも強そうな生物が……7匹。

 しかもまだ空にはそれらしき影がある。


「面白くなってきたじゃねぇか」


 呟き、静かに拳を構える。


「「イェエエエエアアアアッ!」」


 同時に、怪鳥の甲高い大合唱が、ゴルゴ山の上層に響き渡った。



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