第12話 負けられない戦い
【ショウマから決闘の申し込みを受けました。】
目の前のウィンドウに表示された内容を適当に眺めてYesのボタンを押す。
普通だったら俺が決闘に乗ってやる必要はないだろう。
こいつらが言っていることは全く筋が通っていないし、アイテムを渡すことと決闘は何も関係がない。
だがここで俺が退いてしまったらそれこそおしまいだ。
こいつらは自分らがやっていることを勝手に正当化しかねない。
そうなったら他のプレイヤーが真面目に攻略をすることも、生産者がプレイヤーのためにアイテムを売ることもなくなってしまうかもしれない。
場所は騒動があった場所近くの広場。
きっと決闘があることを聞きつけたのだろう、ギャラリーが多く俺らの事を眺めている。
追い払いたいのも山々だがこの騒動を起こした半分の責任は俺にある事も考えて我慢する。
ここで俺が勝てば攻略してるんだから偉いというようなことは起こりにくくなるだろう。
だが逆に言えば俺が負ければそこで奴らの行為が正当化されることになる。
つまり俺は死んでも勝たねばいけないわけだ。
ショウマ、と言ったか、そいつを中心に少し離れたところで6人のプレイヤーが並ぶ。見かけ倒しの鎧は外しているようだが。
「おいおい、お前一人で戦うんじゃないの?」
俺はてっきりリーダー格のショウマだけで戦うものだと思っていたのだが。
「はっ、んなわけあるかよ。お前が喧嘩売ったのは俺ら全員なんだぜ?全員を一気に相手するのが当然だろうが。当然だがお前が負けたらお前のアイテム全部もらうからな。ま、俺らが負けたらお前に渡すことになるんだがな」
げらげらと6人が笑う。
……また適当なこと言いやがって。
こいつらはある程度考えてはいたんだろう。
弱そうな奴を適当に見繕ってアイテムを要求する。もし助けに来たやつが居れば強引に決闘を要求してそいつからもアイテムをかっぱらう。雑だが効果のある作戦だ。
実際俺はその策に嵌ってこういう状況になったわけだし。一人だけなら勝てただろうが6人をいっぺんにとなると怪しい。相手全員がゴルムやアドリアレベルだったらまず勝てないだろう。
そこまではいかないだろうが基本的にOOではレベルによるアドバンテージが薄い。スキル主体で戦うのだから良いスキルを一つ持っているだけでレベル差など簡単に覆る。
無言のまま位置につく。相手のスキルもわからない現時点ではこれ以上考えても無駄だろう。
「お、やんのか。ははぁ、度胸だけはあるみてぇじゃねぇか」
「負けちゃったらどうしようかなー。はっはっは! んなことあるわけねぇか!ゴメンゴメン」
ギャラリーがどっと笑う。こいつらも娯楽がほしいだけなんだろう。あんま目立ちたくなかったけど仕方がないか。
相手の言うことは無視して装備の方に目を向ける。
重装備を脱いだ奴は3人。杖を持ったメイジが一人と遠距離型が2人か? 一人は弓っぽいがもう一人の武器はよくわからない。
[身体異常]のせいで自分の武器選択画面を見れなかったから、どんな武器があるのか把握しきれていないのだ。
後の3人は全員が重装備だ。
タワーシールドを装備した壁役が一人。
盾と刀剣を装備した奴が一人。
もう一人は大槌を装備している。
近接が3人後方支援が3人か。
……なかなかバランス取れてるのになぜ真面目に攻略をしない。
相手のスキルが分からないから何とも言えないがセオリーとしては後方から落とすべきだ。
数で圧倒的に劣っているがやるしかない。
10秒
カウントダウンが始まる。無言のまま拳を構え腰を落とす。段々と意識を戦闘にシフトさせていく。
7秒
ギャラリーの喧騒が聞こえなくなり、相手の6人しか見えなくなる。
4秒
相手もようやく下卑た笑いを消し、余裕の表情で武器を構え始める。
1秒
視線は一人、集団後方のメイジに固定。
DUEL!
その文字が表示されると同時に、俺は地面を蹴っていた。
決闘開始と同時に突進する。虚を突かれた壁役が慌てて盾を構えるがこいつに用はないので盾ごと蹴飛ばしつつ脇をすり抜ける。
と、目の前に迫ってきた斬撃をくぐって回避。
その先にメイジが居るのを見て体勢を立て直し、顎下から掌底で攻撃。
直撃し仰け反った所を追撃しようとしたところで左から大槌が迫っているのを見て慌てて回避する。
が、真横に叩き付けられた大槌から波のようなものが射出されそれに足を取られてたたらを踏む。
これも何かしらのスキルか。
大槌の武器スキルかもしれない。
「初期装備の癖に調子乗ってんじゃねぇよ!」
弓使いが意味不明な悪態をつきながら矢を放つ。
それと同時に刀剣使いが横切りを放ち大槌使いが再び大槌を振りかぶる。
「[毒付与]、[威圧・圧]!」
毒々しい衣を纏い威圧を発動する。
やれるかな、と思って駄目元やってみたら見事にやれてしまった毒威圧。
効果は抜群で眼前に迫っていた矢を吹き飛ばし近接二人の攻撃を止め間近にいたメイジをよろけさせる。
食らった3人が体が紫色のエフェクトに包まれる。毒を食らったらしい。
OOには当然様々な状態以上がある。2Dのゲームならばゲーム内のキャラクターが状態以上に陥るだけだがVRゲームでは違う。
麻痺になれば体が動かなくなるし、眠りを食らえば睡眠状態にもなる。毒になると気分が悪くなるらしい。というか徐々にHP減少がメインの効果だけど。
「おりゃ!」
毒状態になって動きが鈍くなったメイジに急接近し[直拳]からの[チャージフィスト]で屠る。
毒だけでなくメイジの紙装甲と俺のレベルのおかげもあってか今の攻撃だけでメイジはHPを0にする。
ちなみにOOの決闘ではHPが0になっても死ぬわけではない。
身体は動かなくなり倒れるが、しっかりと意識は身体の方にあるらしい。
決闘が終わると自動的に蘇生されるとのこと。
「まず一人……とっ!?」
メイジから視線を外し残りの5人に振り向こうとした瞬間全身に悪寒が走り体を目いっぱい仰け反らせる。
ジュッ!という音と共に俺の喉元を掠めて飛び去った『レーザー』がギャラリーの頭上を通過していく。
「ヒュ~、やるねぇ。まさかこれが躱されるとは思わなかったわ」
ニヤニヤしながらそう言うのは軽装三人組の最後の一人。
手に持つのはSF映画にでも出てきそうな鈍く光る光線銃。
こいつは周りとは違うらしく戦闘開始時点では相手に武器を見せないようにしていたらしい。正直、今のが躱せたのは偶然でしかない。
「くっそ。そんなチート武器があんのかよ。発射音聞こえなかったぞ」
そう言われて気を良くしたのか光線銃使いは腕を組んで話し始める。
「色々とデメリットはあるけどな。なんてったって連射はできないからよ。こうやってPT組むしかないんだわ。ちなみにエネルギーは太陽光!」
「燃費悪いな」
「エコだろ?」
調子に乗ってペラペラ喋ってくれたおかげである程度は戦略を立てられそうだが他の奴らのスキルも分からないし非常にやり辛い。
こう話している間にも近接武器二人は毒を回復させて俺を囲もうとするかのように左右にじりじりと進んでいるし、弓使いは矢を引き絞って今にも撃てる体勢だ。
何より時間をかけて光線銃のレーザーが充填されたら面倒だ。
正面に銃、その斜め後ろに弓。
壁役は銃使いの斜め前に立っている。
恐らく俺が突っ込んだら奴が割り込んでくるんだろう。
そして俺の右前方に刀剣使いが居て大槌使いが……いない?
その直後に背後からザッ、という明らかな移動音。
その音を認識すると同時に半回転しつつ真後ろに無刀流初級技[爆烈拳]を放つ。
視界いっぱいまで広がっていた大槌に、ここまで近づかれていたことへの寒気が走る。
「う、おおっ!」
全神経を集中させて打ち放った[爆裂拳]は大槌と激突すると同時に炸裂。
両者に軽いダメージを与えると共に全方位に衝撃を放ち、俺と大槌使いを真逆の方向へ吹っ飛ばす。
「ふっ!」
「くそっ!」
その衝撃を利用して左斜め後ろから放たれていた矢を回避。
勢いのまま光線銃使いに肉薄すると牽制に[ジャブ]を放って動きを止めつつ[チャージフィスト]の構えを取る。
「させるかよ!」
先程の予想通り壁役がタワーシールドを構えて俺と光線銃使いの間に割り込む。
だが俺は攻撃を止めない。
「お前が来ることは読めてんだよ! 無駄、だ!」
叫ぶと同時に正面からタワーシールドに[チャージフィスト]を叩き込む。
高速の拳はタワーシールドと激突。
強烈な衝撃に相手のタワーシールドが跳ね上げられるが俺の攻撃は止まらない。
武器スキルの技には一部貫通効果を持つものもある。[チャージフィスト]はそのうちの一つで、盾を無視してダメージを与えることができる。しかも盾を貫通すると威力も上がるんだとか。
カッコイイ台詞と共に光線銃使いを助けに来た壁役だったが、貫通した高威力の[チャージフィスト]を受けて後方に吹き飛ぶ。さすがに壁役ならHPも多いだろうし今のでは倒せていないだろう。
今度こそ光線銃使いに攻撃しようとするが代わりに割り込んできた刀剣使いに阻まれる。どうやら充填が完了するまで光線銃使いを守る魂胆らしい。
と、刀剣使いが盾を構えその陰に隠れる。何事かと思った瞬間背後に強烈な気配。
「くたばれ!」
「ちょ、待っ……」
叩き付けられる大槌を[放撃]を使って受ける。
強烈な衝撃に吹き飛ばされるのをなんとか堪えるが、相当なHPを持って行かれる。
「はーああ、さっきからなんで気づくんだよ。とっとと終わらせてえのによぉ」
そう言うのは大槌使い……ショウマだ。
「いきなり真後ろに現れんのはスキルの効果か? 随分便利なスキルもあったもんだな」
「その通り。スキル[背後転移]。効果はある程度想像できんだろ?これがある限りお前にゃ負けねえよ」
「ま、一人倒せただけでも上出来じゃね? って言ってもギリは俺らん中で一番弱かったけどな」
刀剣使いも調子に乗ってゲラゲラ笑う。
ギリとはそこでぶっ倒れてるメイジの事だろう。
「ショウマ。充填完了したしそろそろ決着を付けるぜ」
「はっはっは。勝てなくて残念だったな。ま、お前のアイテムは俺らが有効活用してやるからよ」
そう言い残して光線銃使いの背後に瞬間移動するショウマ。
鈍重という大槌のデメリットを粉々に破壊するスキルだなあれ。
長く、長く息を吐く。
そして吸う。チャンスは一瞬。『それ』を狙うしか俺に勝ち目はない。
「そんじゃな。6人相手にここまで立ち回ったことは褒めてやるよ」
集中
目の前に銃使い、そのすぐ後ろに弓使い。そして刀剣使い、大槌使い、壁役がその後ろに並んで静観している。
意識を聴覚に集中。発砲音は聞こえないが、もう頼るのはこれしかない。長く吸った息をぐっと止める。カメレオンと戦った時のように意識から少しずつ周りの音を排除していく。
「あばよ」
視線を銃口に固定。銃というのは大雑把に軌道がわかってもタイミングが全く分からないものだ。
俺の心臓の鼓動が聞こえる。ゲームでこれまで再現されていることに軽い驚き。
そして銃使いの鼓動も聞こえる。俺よりもゆっくりのペース。まるで、負けることを考えていない様子だ。そして……。
カチ
引き金が引かれ無音で致死のレーザーが発射される――その寸前の引き金が指に引かれることによって発生した音を俺の聴覚が感じ取ると同時に首を左に倒す。
瞬間、過たず放たれた致死の光線が俺の頬を掠めて通過。
足を踏み出す。
次だ。
次でこの決闘の決着が決まる。
何としてでも勝つ。
勝たなきゃいけない。
無償で情報を公開しているアドリアのためにも。生産活動を頑張ってプレイヤーに貢献しようとしているバナミルやラナのためにも。今最前線でゲームを攻略している奴らのためにも。俺は絶対に負けるわけにはいかない。
自らの一歩一歩が凄まじく遅く感じられる中、俺の視線はそいつの武器に固定されていた。