いつの間にかあなたが大切になっていて
嫌な予感、っていうのは、だいたい当たる。
だから今日は、あまり外に出たい気分じゃなかった。
「千早、……俺達もう一度やり直そう」
夜道、マンションのすぐ近く。
そんなに明るくはないところで、――――聞きなれた、聞きたくもない声が聞こえた。
二十八日目。
「佑、都……」
沢城佑都。
中学生の時に、三ヶ月だけ付き合って別れた人。
もう、顔も見たくなかったのに。
「……その危険なものを仕舞ってくれる?」
街灯に反射して光る……刃物っぽいもの。
なんてもの持ってるんですか。
過去から来た常識外れな軍人さんも、そんなものちらつかせながら往来を行き来したりしませんよ。
「なあ、俺たちもう一回やり直そう。今度はうまくいく」
佑都はそう言って笑う。
屈託のない笑みを見て、持っている刃物を見て。
少しだけ、笑えてきた。
でも……、今度?
「……そう言って、ほかの女の子とさっさと付き合ったのはどこの誰だっけ…………」
「っ、あれは本当に反省してる。今は、――――」
反省してる?
本当にしてるんだったら、こんなところまで、そんな物騒なもの持って来ないでしょうよ……。
「俺ともう一回付き合って。今度こそ幸せにするから」
そんな詭弁、もう聞きたくない。
だから別れた。
だから離れた。
なのに。
「私は今の生活が幸せ。だからあなたなんか必要じゃない」
佑都の顔から笑みが消えた。
包丁を持って、一歩ずつこちらへ向かってくる。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
だけど、逃げてもすぐに追いつかれる。
どうしよう。
どうすればいい?!
「受け入れてくれないなら、……お前を殺して俺も死ぬ」
「……!!」
絶句した。
この人厨二病だ…………。
厨二病だよどうしよう。
「俺と付き合って」
一歩、距離を詰めた。
「……無理。できない」
佑都は、にこっと笑った。
「……そ、じゃあ死んで」
逃げられない。
足が、動かなかった。
口をついて出てくるのは、強気な言葉でも。
足が、動かない。
殺される。
…………んだなあ。
私は。
このまま、何もせずに。
佑都が乾いた笑い声を上げる。
身じろぎもできず、突っ立ったまま。
ぎゅっと目を瞑った。
「………………ったすけて」
言葉が、出た。
「助けて」
叫んだのは、
「助けて、軍人さん……っ」
今日、手を振り払った、
「助けて、軍人さん!」
あの人の。
「ザシャ……!!」
名前。
バン、バンッ、
音が、した。
二発の、
銃声――――?
侑斗が足を止めた。
「な、んだ……?」
佑都の足元に、二つの薬莢。
ふと、思い浮かんだのは軍人さんの顔だった。
「ああ、撃ってしまった」
後ろを振り向くと、やっぱり銃を携えた軍人さんが、立っていた。
偶然通りかかった、って感じで(実際偶然だろうけど……)。
「なんだこの外人は?!」
「千早、こいつ殺してもいいよね」
口元は笑っているのに、目が笑ってない。
「数日前から殺気を出してた子だねぇ?」
罠にかかった獲物を狙うように、
「あんな殺気を向けられるこっちの身にもなってくれよ。夜も眠れないじゃないか」
猛禽類のような目つきで、
「殺気を向けられて苛々して正常でいられなかったのは本当に反省してるよ。まあ、総括するとすべて君が悪いけどね?」
笑う。
「俺に分からない言葉で、延々何を喋ってる?!」
……やっぱり、通じてないんだ。
そっと軍人さんの背中に隠れる。
それを見て、佑都が言う。
「新しい彼氏?」
「…………」
違うけど、軍人さんとの関係性を言う気もなくて黙っていた。
佑都はそれを勝手に勘違いしたみたい。
「じゃあそいつもろとも死ね」
軍人さんは、哀れみを込めた目で見つめた。
そして、構えた包丁に向けて、発砲した。
バン、と音がした。
「夜だから響くねえ」
事も無げにそう言って笑った。
「…………っなんなんだこいつは! 狂ってる!!」
佑都は踵を返して走っていった。
あなたも十分そうでしたけどね。
「どうして、こんなところに」
帰り道、軍人さんを見上げながら聞く。
軍人さんは、私を一瞥して、
「数日前から、妙な殺気を感じてたんだ」
もう一度繰り返す。
「色々なことを考察すると、多分千早にだろうと思ったし……、待ってれば来ると思った。俺のいる部屋か、千早の帰り道のどちらかに」
全然、気付かなかった。
殺気、とか。
私に、とか。
軍人さんは、私の頭を撫でた。
今度は振り払わなかった。
「……でも、どうしてこの場所が分かったんですか」
「ここは、部屋から見えるんだよ」
部屋から?
軍人さんは、微かに笑った。
「それに、ここからも部屋が見える。まあ、狙うならここだろうと思ったし、実際今日見えたから」
だから、ここに来れたんだ、と続けた。
それにしても、目が良すぎます。
「……でも軍人さん」
「何だい?」
にっこりと満足気な笑みを浮かべている。
「もし軍人さんのところに来てたら、確実に殺してましたよね」
軍人さんは、目を見開いて私を見下ろした。
そして、ふっと破顔した。
「そうかもね」
それだけ言うと、私に背を向けて歩き出した。
軍人さんを追う。
大股で歩く軍人さんの服の袖を掴んで、
「……ありがとうございます」
小声で言った。
軍人さんは止まらなかったけれど、少しだけ歩く速度を落としてくれた。
……本当は、こんな人なんだろうと思う。
今までのことがなんとなく申し訳なく思えて、少しだけ、素直になることにした。
「軍人さん」
「……だからザシャだって……。何?」
私を見下ろす瞳に、さっきまでの怒りや苛立ちは見られない。
「……助けに来てくれるかも、とか」
軍人さんの横に立って、彼を見上げた。
「思ってました」
びこーず作者VS登場人物あとがきこーなーm( __ __ )m
作者:な、長い!
ザシャ:長かったね。
作者:……ごめん。
ザシャ:で、俺は長時間殺気を向けられて苛立って首絞めたと?
酷くない? 俺そこまで人格逝ってないよ。
作者:殺気を向けられてぞくぞくしちゃうよりマシでしょう。
ザシャ:そういう変態がいたなあ……(遠い目
作者:いたんですね。
ザシャ:ということで、今回登場した(もう二度と登場しない)のは。
作者:千早の元彼・沢城佑都さんです。
ザシャ:名前の由来は?
作者:適当に思いついた名前です。
そんなに考えなかった。
ザシャ:……そうなんだ。
作者:これは、確か1月21日の午後6時に投稿されるように予約しました、
ちゃんと投稿されてるでしょうか。
ザシャ:心配だね。
作者:……それでは、あと二日です。
それまでお付き合いください!
ザシャ:それでは、また会おう。




