なんだかもどかしくなって
十八日目。
軍人さんが、難しい顔をして考え込んでいた。
声をかけるのもためらわれるほど。
「ぐんじん、さん」
「あ、…………お帰り、千早」
ふっと口元を緩めて笑うその姿も、どこか無理をしているように感じられて。
「今日は、俺が夕飯作ってみたから、食べて」
そんなこと、今まで一度だってしたことないのに。
「…………うん」
曖昧に頷くと、軍人さんはぽん、と私の頭に手を置いた。
「…………どうして、……そんなに」
「何?」
独り言のつもりで呟いた言葉は、軍人さんに伝わっていた。
「なんでもないです」
「駄目。はっきり言いな」
有無を言わせない口調だったから、渋々口にする。
「…………軍人さん、何か、無理してるみたいに、見えるから」
話すと、軍人さんはまた笑って、
「千早が気にすることじゃない」
明らかに無理してる声と顔で言う。
ひらひらと手を振る。まるで、ひとりにしてくれと言うように。
「軍人さん……っ」
私は、何もできない。軍人さんのために、何もできない。
相談を受けることも、思いをぶつけられることも、憂いを晴らすことも、ない。
そんなの、
「ひどすぎます……」
「?」
軍人さんが顔を上げて、私を見る。
「軍人さんは、いっぱい隠しごとしてるでしょう? 自分の過去のこととか、職業のこととか、交友関係のこととか、いっぱいいっぱい隠しごとしてるんでしょう?」
口を開いて出てきた言葉は、止まらない。
「そんなの、私は別に根掘り葉掘り聞きたいわけじゃないです。話したくなったときに、話してくれればいいって思ってます。でも、」
軍人さんが、ぼやける。
「なんで、今の葛藤とか、苦しいことを隠そうとするんですか? 私はそんなに信用ないですか? 子供だから話さないとでも? 酷いですよ」
伸ばされた手を弾く。
行きどころをなくした軍人さんの腕が、空を彷徨う。
「それは、私に対する最大の侮辱です。 ……一緒に、住んでるじゃないですか。一緒に暮らしてるじゃないですか」
最後は、嗚咽だった。
「何でもいいんです、ぶつけたっていい。傷つけたっていい。そんなの気にしませんから。話してください。あなたを、」
「君の母親と父親を見て、思うんだ。俺がいる世界は、時代は、どうなってるのかと思って」
私の言葉を遮って、軍人さんは、掌を見ながら小さく答えた。
「俺は未来を知るのは好きじゃない。予測されたことが次々と起こるのは楽しくないだろ」
軍人さんらしいなあ。
「でも、……考えたら止まらないんだよ。俺は死んだからここに居られるのか? この時代、俺の存在が消えているから俺がここに存在できるのか? それともこの時代に、俺と、もう一人年齢が違う俺がいるのか」
「…………それ、は」
そうではないと断言できなかった。
軍人さんは自嘲気味に笑った。
「考えたって分からないことを考えるのは好きじゃないんだけどなァ」
下ろした髪をぐしゃぐしゃにして、笑う。
柔らかな金糸が絡まる。
そして大きなため息をひとつ。
「今日の俺は、ちょっとおかしかったと思って忘れて」
そう言うと、リビングから出ていこうとした。
私はとっさに軍人さんの腕を掴んだ。
軍人さんは静かに瞠目したけど、素直にすとん、と私の横に座る。
「どうしたの?」
「ザシャさん」
「なに?」
「ザシャさん」
「…………?」
怪訝そうな顔をする軍人さんに、何を言えばいいのかわからない。
何を言ったって、気休めにもならない。
軍人さんは、またひとつため息をついた。
「千早」
「はい?」
軍人さんは眉を下げて笑うと、
「なんでも、していい?」
そう言った。
「そうですね。きちんとTPOを弁えるなら」
目を、見て。
この人と、完全に心が繋がることはないんだろうと思いながらも、それでも目を見て。
軍人さんを、見つめる。
軍人さんは顔を崩して、というより困った顔で言う。
「ちょっとだけ抱き締めさせて」
普段の彼からは想像もつかないような、声で。
軍人さんでも、こんな、どこに焦燥をぶつけていいかわからないような顔……、するんだ。
軍人さんが、ひどく人間くさく思えた。
「少しだけ……、目を閉じていてください」
「わかった」
すっと躊躇いもなく目を閉じる。
私は軍人さんの前に立つと、ぎゅうっと抱き締めた。
左胸を、軍人さんの顔に押し付けるように。
「千早……?」
くぐもった声が聞こえるけれど気にしない。
今は、私よりも低い軍人さんの、他人の体温と触れ合って感じる。
「軍人さん、あのね。胎内回帰願望、って知ってます?」
「知らない」
ぽんぽん、と頭をなでると、そのまま言葉を続ける。
「心音を聞くと、お母さんのお腹の中にいるような感じがして安心するそうなんです」
「……赤ちゃんみたいだ」
笑いを含んだ声で言うから、
「誰でも、そう思うんです。安心しませんか?」
軍人さんは私の胸にぐっと額を押し付けた。
鼓動を感じるように。
軍人さんは何も答えなかった。
私はそのまま、頭を撫で続けた。
すると、不意に彼の腕が私の背に回った。
「………………安心するよ」
言いながら。
「赤ちゃんみたいだね」
「誰でも、そうなんですよ」
ぽんぽん、と最後に頭を撫でて離れようとすると、
「あと十秒」
きゅうっと抱きつかれた。
何この子可愛い。
…………と、大の大人(しかも男で普段は余裕綽々の女好き)に思ってしまったことは秘密にしておく。
軍人さんはきっかり十秒で離れた。
少しだけ吹っ切れたような顔をして。
そして、
「柔らかかった」
はにかんだように笑う。
「結局あなたはそれですか!」
何かすごく損をした気がするのは私だけでしょうか。
少しだけ軍人さんの素顔が見えたような気がした、十八日目の夜。
びこーず作者VS登場人物あとがきこーなー{{ (>_<) }}ガクブル
作者:一日ぶりです作者です。今回は軍人さんがヘタレてました。
ザシャ:俺だって人間だよ。
一人、しかも年下の女の子としか知り合いじゃなくて、世界でひとりぼっちで過ごしてればそうなるって。
千早:大丈夫ですよ軍人さんくらいタフでウザい方ならなんとかなりますって。
ザシャ:…………そうだね(シュン
だけど千早、君は気にしなくていいと思うな。
千早:? 何をですか?
ザシャ:胸の大きさ。
バキッ。
千早:そうですか。
作者:何でいつもお前は黙って殴られるのかな。
ザシャ:この状況下で余裕で拳捕まえたら駄目だろ。
というか女の子になら殴られてもいいし殴られるのに抵抗はないね。
作者:そうですか。(こいつ真性の変態だな)
ザシャ:作者、聞こえてるよ心の声。
むしろ殴られそうになって避けるってのもどうかなと思うなァ。
ストレス溜まってたり、こっちに非があったら、黙って殴られるよ。
作者:そうだね。ぶっちゃけ潔く殴られろって感じはするかも。
ザシャ:……ところで作者。傷の舐め合いはできた?
作者:傷の舐め合いって言うな馬鹿。
抱き合って眠ればそれでおっけーだけど(キラッ
ザシャ:そうやって頭真っ白にして気持ちいい?
作者:この私が気持ち悪いことすると思う? 軍人よ。
ザシャ:いや、思わない。
作者が立ち直るために必要なプロセスならそれでいいと思う。うん。オモイマス。
作者:そう。
まあ、迷惑をかけるのは友人A(♂)のみなんだけど。
ザシャ:可哀想だねその人。
ま、その人(♂)もストレス発散にはなるかもね。
作者:別にいいんです、素敵な恋ができるためですから。
ザシャ:その君の素敵な恋って、どこが基準なの?
作者:単純だよ、相手も自分も幸せ。素敵でしょ。
ザシャ:ロミジュリ的なのは幸せな恋じゃないと。
作者:うん。禁断の恋は嫌い。結局両方共傷ついて終わりだから。
ザシャ:俺も嫌いかな。
作者:そろそろ締めようか。
ザシャ:だねえ。次回は年明けになりそうです。
作者:その前にお正月企画upするよ。
ザシャ:本編はどうなるの?
作者:………………( ̄- ̄) シーン…
ザシャ:作者。俺が頭真っ白にしてあげようか。
作者:お前だけは本っ当にやめて。
だってお前、“馬並み”なんでしょ。
ザシャ:“魚並み”じゃなくてよかったよ。
……っていう、ロミジュリの冒頭の真似だね。
作者:よく気がついたね。
ロミジュリは悲劇的な最後に似合わず、最初はお下劣ネタから入るんです。
作中のマキューシオっていう奴が主に下ネタ吐きまくる。
“丸い魔法陣の中に棒を――”とか。
ザシャ:それ、直接的じゃないよね。
俺は直接的なのが好みなのに。
イギリスねえ…………。
作者:ザシャが何やらぶつぶつ言い始めたので、これまで!
千早&ザシャ&作者:では皆さま、良いお年を!!!
ザシャ:次回は?
作者:((逃亡




