プロローグ
プロローグ 午前零時
午前零時。
世界が眠りにつく時間に、僕の一日は始まる。
窓の外には、いくつもの明かりが浮かんでいる。
誰かがまだ仕事をしているのかもしれない。
誰かが大切な人と話しているのかもしれない。
誰かが、明日なんて来なければいいと願いながら、布団の中で目を閉じているのかもしれない。
僕には、わからない。
ただ、窓の向こうに人の暮らしがあることだけは知っている。
僕は夜の街を歩く。
信号が赤なら立ち止まり、青になれば歩き出す。
コンビニに寄って、温かい飲み物を買う。
店員さんにお礼を言って、誰もいない道を帰る。
毎晩、同じことの繰り返し。
それでも、僕にはそれ以外の過ごし方がわからなかった。
いつからこうしているのか。
考えたことは、何度もある。
けれど、思い出せない。
気付けば、この部屋にいた。
気付けば、夜を歩いていた。
気付けば、それが当たり前になっていた。
だから僕は、考えることをやめた。
自分が何者なのかなんて、知らなくても生きていけると思っていた。
少なくとも、あのノートを見つけるまでは。
⸻
午前七時十二分。
目覚まし時計が鳴る三分前に、俺は目を覚ました。
今日も仕事だ。
それだけで、気が重くなる。
昨日と同じ電車に乗り、昨日と同じ道を歩き、昨日と同じように頭を下げる。
そうやって一日を終えるたび、自分が少しずつ何かを失っている気がした。
何を失ったのかは、わからない。
ただ、何かを楽しみにして明日を迎えることが、いつからかできなくなっていた。
その夜。
俺は、机の引き出しにしまい込んでいた一冊のノートを見つけた。
何かを書きたかったわけじゃない。
誰かに読ませるつもりもなかった。
ただ、胸の中に溜まったものを、どこかに置いておきたかった。
けれど、白いページを前にすると、何も書けなかった。
俺はノートを閉じた。
そのまま眠りについた。
そして翌朝。
ノートを開いた俺は、そこにあるはずのない言葉を見つけることになる。
『昨日も、お疲れさま。』
その一言が、俺の知らない夜へとつながっていることを。
このときの俺は、まだ知らなかった。




