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9.譲れないし譲らない


 焼きもろこしを食べていたらいつの間にか学園祭初日が終わっていて、次の日になっていた。

 さらには、あと1時間程で我がクラスの“グラシア姫”が始まるというではないか。

 時間というのは、本当に過ぎるのが早い。



「ヒェッ……な、なんだ…ハターミさんか、びっくりした……そんなところで、何、してるの…?」

「焼きもろこしを食べているわ」

「い、いや…それは見ればわかるんだけど…なぜそんな物陰で…」



 物陰で焼きもろこしを食べていた私を見つけてしまい悲鳴を上げた彼は、ラブ・オブ・フェイトにおける攻略対象の一人で、この劇で私と同じ裏方になったコナー・ギルバーツだ。

 いくら私が影を薄くしていようが、隠れていなければふとした瞬間に見つかるもの。

 彼はそのふとした瞬間に私を見つけてしまうようで、その度に先程のような悲鳴を上げていた。


 コナー・ギルバーツ──心の中でメガネくんと呼んでいる──もイケメン──と言うより美少年──なのであまり関わりたくは無いが、彼と話すときは大概周りに誰もいないことと、彼のファンは排他・加害系ではなく庇護系であること、彼自身が大人しくてとても良い子で庇護欲をそそられる性格(ドジっ子)なこともあって、他のイケメンたちと違いそこまで嫌悪感はない。



「隙間とか物陰に居るのが落ち着くのよ。あなたも焼きもろこし食べる?」

「それはわからないでもないけど…焼きもろこしは、いらないかな………っていうか、どこから出したの、その焼きもろこし…」

「そう、残念だわ」

「あ、自分で食べるんだ…………いや、まだ食べるの?…そういえば、朝も食べてる姿を見かけたような……よくお腹に入るね…」

「美味しいものは別腹なのよ」

「うん、朝から同じもの食べてるから、同じ腹に入ってるよね」

「ちなみにこれは6本目よ」

「多っ!…いや、まあ、良いんだけど、良いんだけど…………公演まであと一時間しかないから…何と言うか、気をつけて。じゃあ、僕はこれで…」

「ええ、また後でね、ギルバーツ君」

「うん、また後でね、ハターミさん」



 トタトタという可愛らしい音を立てながら、メガネくんは去っていった。

 私も、焼きもろこしを食べ終わったら台本の確認と道具のチェックをしなくては。






*****






「きゃっ」



 舞台袖で道具の点検をしていると、ふと、そんな声が耳に入ってきた。それは本当に小さくて、聞き逃してもおかしくないほどのものだったが、私の耳にはしっかりと届いていた。

 急いで声の主──ヴァニラちゃんの元へ向かう。声は反対側の舞台袖から聞こえたはず。



「どうしたの」

「は、ハターミさん…」



 そこに居たのは予想通りヴァニラちゃんと、いじめっ子三人組リアリスとラミアンとスキューラだ。よく見ると、ヴァニラちゃんがかけている白いエプロンが大々的に濡れていた。


 ヴァニラちゃんが今着ているのは、市井で暮らすグラシア役用の、少しボロっちいワンピースだ。

 家事もこなす彼女のイメージに合わせ、そのワンピースの上に白いエプロンを着けている。

 それに、薄い茶色の染みが出来ていた。きっとお茶か何かをこぼしたのだろう。


 …配役が決まった時から何か起こるだろうな、とは思っていたが、まさか準備期間中ではなく本番直前に起きるとは。

 事が起こった時にその場にいなかったのでいじめっ子たちの仕業かは分からないが、もし彼女たちの仕業なのだとしたら少々意地が悪い。その割にはやる事がみみっちくも思うが。


 ───ああ、でも、ゲーム中でもこんなイベントあったなぁ。公演直前にいじめっ子の手によって衣装がボロボロにされてしまうハプニングが。

 ゲーム中では確か、その時点で一番好感度が高いキャラが駆けつけてくれて、何とかしてくれた筈だ。具体的な方法は思い出せないけど。


 ただ、ゲームではボロボロになったのは市井で暮らすグラシアの衣装ではなく、王族と認められた後のドレスだったし、ボロボロになった理由がお茶をこぼされたのではなく、カッターで切り裂かれていたからだった。

 ゲームと今とでは状況が違いすぎて、これっぽっちも事態解決の参考にならない。


 とりあえずヴァニラちゃんのエプロンを剥ぐ。小さく悲鳴が聞えたが、知ったことか。


 そこには、エプロンからにじみ、ワンピースにも染みができてしまっているという現実があった。

 これでは染み抜きも間に合わない。と言うかそもそも、洗剤がないこの世界での染み抜き方法など知らないのだが。



「まあ!中の衣装にまで染みができてしまってますわ!これでは舞台に立てませんわねぇ?(わたくし)ちょうどお忍び用の装飾が控え目なドレスを持って来ていまして、よろしければ私が役を代わりましょうか?」



 言い忘れていたが、リアリス・トルチエーネは背が高いし足が長い。

 ヒールを履いていることもあるが、それを差し引いてもリアリス・トルチエーネは背が高かった。

 具体的に言うと176cmである。そしてヴァニラちゃんは149cmだ。ちなみに私は155cmです。


 彼女が着る服のサイズが、ヴァニラちゃんに合う訳がない。リアリス・トルチエーネのドレスはスカート部分が長いので、おそらくヴァニラちゃんでは裾を踏んづける。ヴァニラちゃん用に手直しをしている時間はない。

 よって、彼女が言う“お忍び用の装飾が控え目なドレス”をヴァニラちゃんが借りて着ることはできないのだ。


 もしこのまま待っていたら、攻略対象の内の誰かがやって来て、彼女を救ってくれるだろうか。

 そしたら私は彼女が誰と仲を深めているかがわかる。

 しかし、誰かが来る保証はない。


 そういえば、どうしてヴァニラちゃんは姫役を譲らなかったんだろう。

 役が決まって数日は、あんなにおどおどしていたのに。

 ああ、でも、ある日突然堂々とし始めたっけ。あれも何でなんだろう。


 ヴァニラちゃんは、放課後はいつも攻略対象の人たちと遅くまで演技の練習をしていた。私は大道具の配置や大きさを決めるために、こっそりそれを眺めていたから知っている。

 今日この日のために、彼女は毎日頑張っていた。


 それを今、横から──リアリス・トルチエーネに()(さら)われようとしている。


 ヴァニラちゃんの頑張りが、全て無駄になってしまう。


 ちらりとヴァニラちゃんを盗み見る。

 その顔は今にも泣き出しそうな程に歪んでいて、縋るように私を見ていた。

 せっかくの可愛らしい顔が台無しである。



「ねぇ、ええと………あぁそうそう、ハターミさん…でしたわね?あなたもそれで良ろしいでしょう?」

「……いいえ、役を代わる必要はございませんよ、トルチエーネ様」

「………え?」



 つかつかとヴァニラちゃんに歩み寄る。

 そっと彼女の手を取って、彼女が安心できるような笑みを作った。



「…ハターミさん?何を──」

「…ねぇ、私と服を交換しましょう?」

「えっ…服を?」

「そうよ、今私が着ている服を着て舞台に出るの。ほら、この服地味でしょう?姫の衣装に着替えた時、見違えるくらいに栄えると思うわ。どう?」



 聖クリストフォード学園に制服は無く、各々好きな服を着て登校している。

 それは私も例外ではなく、今日は裏方用にといつも以上に地味〜な服を着ていた。

 大丈夫、黒ではないから程よい地味さなはず。


 私とヴァニラちゃんは同じくらいの背丈と体格なので、服が入らないという事もないだろう。…ちょっと丈が長いかもしれないけど、そこはまぁ誤差の範囲で済むはずだ。



「人の服を着るのは抵抗があるでしょうけど…」

「ううん、そんなの全然気にならないよ!でも、本当にいいの…?」

「ええ、もちろん。よかった、これでトルチエーネ様の手をわずらわせずに済みますわ。継母役をどうしようかと悩む必要もなくなりましたわね」

「………それもそうですわね。良かったですわ、本当に」



 どうやらリアリス・トルチエーネは自分が姫役をやるに当たって、継母役をどうするのか考えていなかったらしい。

 くるりと後ろを振り返って、「盲点でした…」と呟いていた。

 ………何とかなって本当に、本当に良かった。


 聞こえなかったフリをしてヴァニラちゃんに着替えに行こうと声をかける。

 彼女は主人公らしい可愛い笑みで元気に「うん!」と答えた。










 ブーーーーーと開幕のブザーが鳴った。


 重々しい赤い幕が開かれ、舞台に立つ二人の人物──正確に言うと一人と赤ん坊の人形──にスポットライトが当たる。


 それを受けて、男はゆっくりと語りだした。







 ───“グラシア姫”の開演だ。


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