10.押して駄目なら押し倒せ
劇中は何も起こらず、“グラシア姫”の公演は終わった。さすがにいじめっ子たちも劇中に何かするほど腐ってはいなかったようだ。
良かった、これで何か起こっていたら事を起こした奴らの人間性を疑っていたところだ。
これで憂う事は何も無くなった。後は学園祭最終日を思う存分楽しめばいい。
そして学園祭最終日。食べ物系の屋台を探し、朝から正門付近をフラフラしていた私にヴァニラちゃんが声をかけてきた。
「あの、昨日はありがとうハターミさん。その…お礼にクッキーを焼いてきたの。よかったら受け取ってくれないかな」
「ヒヨリでいいわよ。クッキー、ありがたくいただくわ」
差し出されたクッキーを受け取ると、彼女はホッとしたように息を吐いた。
…お礼を受け取ってもらえるか不安になる程、自分は取っ付き難い雰囲気を出しているのだろうか。
出してるんだろうな。うん、出してるわ、間違いなく。(作り)笑いはするけど、私は基本無表情だ。そりゃ取っ付き難いわ。
「興味深い事を話しているな。良かったら僕も混ぜてくれ、昨日の事は僕も気になっていたんだ」
「!?」
背後から突然声をかけられ、本能が働いたのだろう。
私は動揺し、振り向きざまに背後の人物に肘を打ち込んだ。
パシン、と乾いた音が響く。私の肘は騎士様の掌で受け止められた。
騎士様は誰かを庇っているようだった。視線を少しずらすと、王子の姿が目に入る。
…そうか、私は今王子にエルボーを決めようとして、それを騎士様が止めたのか。
冷静になってあたりを見渡してみると、誰もがポカンとした顔でこちらを見ていた。
そりゃそうだ。この平和な学園で、王子にエルボーを決めようとしてる人を見てしまったらそんな顔にもなるだろう。
しかも相手は地味~な小娘。これがわかりやすく暗殺者のようなナリをしていれば、即座に誰かがしかるべき機関に通報しているのだろうが、私はただの地味女である。
王子と騎士と小娘2人。うち1名(女)が王子相手にエルボー決めかけてるとか、どんな状況だ。
「あー……申し訳ございませんライアン様。私、背後から突然声をかけられるのが苦手でして、ついエルボーを決めようとしてしまいましたわ」
「………いや、こちらこそ突然声をかけてしまってすまなかった。以後気をつけよう」
「お許し頂きありがとうございます。ええ、そうしていただけると助かりますわ。自分で言うのも何ですが、私、見境がないので」
王子相手になんと図々しいとは思うが、こればかりは私にはどうしようもない。
突然背後に現れる人物は敵。敵にかける情はない、やられる前にやる。これは15年で身についた癖のようなものだ。一度ついた癖というのは、改善するのが難しい。
これでも一応気をつけてはいるのだが、不意打ちをされるとどうしても手が出てしまう。ちなみに治すつもりはない。
「…人が集まってきましたね、話をするなら場所を移動しましょう。声が聞き取りづらいですし、何より日差しが暑いので」
意外と皆素直に私の提案に従ってくれた。
特に騎士様が意外だ。さっきのことを叱られると思ったのだけど、そんな素振りはこれっぽっちも見せてこない。
別に叱られたい訳ではないのだけど、まあ、うん、なんかね…うん。
そそくさと校舎裏の日陰に移動する。
うむ、今日もここは涼しい。人もめったに通らない場所なので、一人になりたいときの絶好スポットだ。私はよくここに来る。
「…誰もいないな。こんな場所があったとは」
「今は誰もいないですが、誰も通らないとは限りませんし、さっさと終わらせてしまいましょう。で、昨日の事の、何が知りたいので?」
さっさと話を切り出してしまう。無駄話をする気はない。
「では聞くが、昨日の劇中、ヴァニラさんが着ていたのは君の服だったろう。あれはいったい何故なんだ?」
「…衣装が違ったのは気づくとして、よく彼女が着ていたのが私の服だとわかりましたね?」
「………昨日の朝、偶然君を見かけてな。それで既視感を覚えて気づいたんだ」
「なるほど」
見つからないように行動していたつもりだったが、さすがに無理があったか。
まあ、そんなことはどうでもいい。重要なのはそこではないのだ。
「私は服を貸しただけですので、詳しい話はヴァニラさんからお聞きください」
「えっ、あのっ…私、衣装を汚してしまって…通りがかったヒヨリさんが、よかったらと自分の服を貸してくれたんです」
「衣装を汚した?」
王子が首をかしげた。後ろで騎士様も眉を寄せている。
「何か気になることが?」
「いや、彼女はいつも衣装が汚れないよう細心の注意を払っていたのに、本番直前に汚すようなことをするのかと思ってな」
「細心の注意、ですか。それは、例えばどのような?」
「そうだな…衣装を着たまま飲食をしなかったり、飲み物の横に衣装を置かいようにしていた」
「あとは、衣装を着てきるときは飲食をしている人にぶつからないよう動いたり、練習が終わったら即着替えて、付いた埃をキレイに取ったりもしてましたね」
「ああ、していたな」
確かに、ヴァニラちゃんは細心の注意を払っていたようだ。むしろ払い過ぎである。
着衣中は飲食禁止とか、大丈夫だったのだろうか。後で聞いてみようか。
「そうだ、付いた汚れとはどういうものだったんだ?」
「私が見た限りでは、お茶の染みのようでしたが……そういえば、ヴァニラさんは手に何も持っていませんでしたね」
私と王子と騎士様が一斉にヴァニラちゃんを見た。彼女の方は顔を逸らして、目が合わないようにしている。
「…そんなに怯えないでくれ。叱るつもりはない、ただ知りたいだけなんだ。だから、どうか教えてほしい、昨日何があったのかを」
『叱るつもりはない』という言葉が効いたのか、ヴァニラちゃんは意を決したように口を開いた。
「その…躓いた拍子に、持っていたお茶をこぼしてしまった人がいて…そのお茶が偶然私にかかってしまったんです。その後すぐにヒヨリさんが来て…それだけです」
意を決して口を開いた割には、なんてことはない情報だ。
これでは逆に、何か良からぬ事があったことを、そしてそれを隠していることが丸わかりだが、まぁ、彼女が言わないと決めたのならそれでいいのだろう。その判断が正しいのかは別として。
補足説明を求めるように王子と騎士様が私を見るが、私に説明することなどない。
ヴァニラちゃんの声を聞いて駆けつけたら、彼女の衣装にお茶をこぼしてしまったらしい人がいた。私が見たのはそれだけだ。
我関せずな態度を貫く私に、二人は詳細を聞き出すことを諦めたようだ。王子は「仕方のない人たちだ」と優しい笑みを浮かべながら息を吐いた。
待って、なぜ “仕方のない人” に私もカウントされてるの。おい、そこの近衛騎士、その聞き分けのない子供を見る目で私を見るのを止めろ。
「知りたいことは聞けた、ありがとう。…ところで、これからどこに行くつもりなのか聞いても良いだろうか」
「私は…そうですね、適当にフラフラして、美味しそうな食べ物があったら買って食べる、くらいの予定です」
「私は…えっと、その…」
ヴァニラちゃん は 何か 言いたそう に こちら を 見ている!
頬を赤く染め、上目遣いで何かを訴えかけてきている。
これは…誘われているのだろうか。とても期待されているような気がする。
いくか?いっちゃうか?私、汲み取り間違えてないよね?大丈夫だよね?そうだよこれは確実に誘われてるって、いけ私!
「……………よかったら、ヴァニラさんも一緒にどうかしら?」
ヴァニラちゃんは顔を上げ、キラキラとした目を見開いた。パアァ、という効果音が聞こえてきそうだ。
「ぜひ!」と答える彼女は、男でなくとも惚れそうなほど可愛らしい笑みを浮かべていた。ヒュウ、かーわい!誘ってよかった!
「寂しいな、僕らは誘ってくれないのか?」
「「えっ」」
「あっ、そうですよね、ライアン様もルイス様も一緒に行きましょう!皆で周ればきっと楽しいです!ね、いいよねヒヨリさん!」
「えっ…え、えぇ…そうね…」
え、マジで?勢いで思わず頷いちゃったけど、マジでこの4人で周るの?
私と同じく難色を示していた騎士様を見ると、視線に気づいた彼は同じく視線で『諦めろ』と訴えかけてきた。
………マジかぁ。
隣国の王子にその護衛。今噂の美少女に、なんか地味な女。何だこのメンツ。
目立つ、これは確実に目立つ。目立ち過ぎて多分私の存在は空気になる。…そうだよ私空気になれるじゃん!
そう考えると元気が出てきた。うん、これなら生き延びられる。なんだ、何も問題ないじゃないか。心配して損したわー。
うんうんと1人頷き、ここに居ても始まらないと3人に移動を促す。
この選択を、私は後に後悔することになる。




