第1話 前世エンジニア、雪で成り上がる
前世エンジニアの記憶を持って戦国時代に生まれた主人公。
とはいえ、覚えているのは断片的な知識ばかり。
チートというには雑すぎる前世知識で、まず手を出したのは、なぜか「雪を夏まで残すこと」でした。
ここから、氷室、鉄砲、弩、そして芋菓子へ続く、妙な一生が始まります。
まずは雪から。
第一部 雪と始まり
第一章 前世の記憶がある件について
僕には前世の記憶がある。
……と言っても、別にドラマチックな話じゃない。「前世は伝説の勇者でした」とか「異世界最強の魔法使いでした」とか、そういうカッコいいやつじゃない。
工場のエンジニア。
それが僕の前世だ。
石みたいなもの──いや、コンクリートか?──に囲まれた箱みたいな建物の中で、何かを組み立てる仕事をしていた。白い蛍光灯。油の匂い。金属が擦れる音。作業着を着て、ヘルメットを被って、毎日同じ場所で同じような作業をしていた。
……地味すぎないか?
転生するならもうちょっとマシな前世はなかったのか。せめて医者とか科学者とか。いや、贅沢は言うまい。記憶があるだけマシだろう。しかもその記憶すら断片的で、肝心なところはほとんど思い出せない。
保温がどうとか、断熱がどうとか、そういう単語だけがポンと浮かぶ。使い方はわからない。原理もわからない。ただ「そういうものがある」という情報だけが、頭の片隅にこびりついている。
例えるなら、テストの前日に教科書をパラパラめくっただけの状態だ。目次は覚えてるけど中身は覚えてない。最悪じゃないか。
まぁ、そんな微妙な前世持ちの僕が生まれたのは、山の中の農村だった。
父は山科庄兵衛。そこそこ裕福な農家の主で、畑は一周するのに一刻──今の感覚だと二時間くらいかかる。人も何人か雇ってる。村の中では顔が利く家らしい。
兄は太郎。僕は次郎。長男が太郎で次男が次郎。安直にもほどがあるが、この時代はこんなもんだ。下には妹と弟もいるが、まだ小さいのであまり記憶にない。
で、この村の特徴は、とにかく冬が長いこと。秋の終わりから春まで、ずーっと雪。一面真っ白。
正直、前世の記憶とこの白い世界の間には、何の接点もないように思えた。
──あの春の日まで、は。
第二章 雪、残ってるじゃん
八つか九つの春先のこと。
畑の脇に古いボロ小屋がある。昔は何かの物置だったらしいが、今は誰も使ってない。その小屋の北側、屋根の影になってる場所に、雪が残ってた。
三月半ばだ。日当たりのいいところの雪はとっくに消えてる。なのにここだけ、薄汚れた雪の塊が、ちょこんと残っていた。
それを見た瞬間、頭の中で何かがカチッと嵌まった。
──雪は空気を含んでいるから断熱効果がある。うまくやれば夏まで残せる。
前世の記憶だ。どこで知ったのかは覚えてない。ただ「できる」という確信だけがある。
……まぁ、八歳の子供が「夏まで雪を残すぞ!」って言い出したところで、深い考えがあるわけじゃない。単純に「面白そう」って思っただけだ。夏に雪があったらすごくないか? なんかワクワクするじゃないか。
まず父上に小屋を使わせてくれと頼んだ。「好きにしろ」と言われた。そりゃそうだ、ボロ小屋だもん。
次に容器。納屋を漁ってたら、デカい古樽を発見。あちこち穴だらけで、水を入れたら下から全部出ていくレベル。でも雪を入れるだけなら問題ない。……問題ないよね?
小屋の土間を掘った。これがキツかった。八歳の腕力じゃ、一日掘っても大した穴にならない。兄ちゃんに「手伝って」って言ったら「阿呆か」の一言で断られた。ひどい。
仕方なく一人でコツコツ掘り続けて、穴に樽を埋めて、藁を詰めて、雪を押し込んで蓋をした。
あ、保温剤って言葉が浮かんだけど、保温剤って何だよ。前世の僕、もうちょっと具体的に覚えておいてくれ。とりあえず藁でいいだろ。藁。
で、その年の春に蓋を開けてみた。
雪、残ってる。
カチカチに凍ったまま残ってる。
……まぁ、当然っちゃ当然なんだよな。前世の知識がそう言ってるんだから。でも実際に見ると、やっぱりちょっと嬉しい。
ただし、初夏まで待ったら、ほとんど溶けてた。底にちょっとの雪と冷たい水が残ってるだけ。うーん、四割ってとこか。
翌年は改良した。樽の周りをもっと広く掘って、藁の代わりに籾殻を詰めた。藁より細かいから隙間なく詰められる。あと、樽の底に水が溜まってたから、底に穴を開けて砂利を敷いた。排水改善だ。
……これで樽は完全に容器としての機能を失ったわけだけど、元から穴だらけだったし今更だよね。父上に怒られないよね?怒られないといいな。
他にも色々やった。屋根を直してもらって雨漏り対策。壁の隙間を藁と泥で塞いで断熱強化。雪は投げ込むんじゃなくて踏み固めて入れる。前世の記憶で「表面積と体積の関係が──」とか浮かぶけど、要するに圧縮したほうが溶けにくいってことだろう。たぶん。
こういう細かい改善を積み重ねて──。
次の夏。蓋を開けた。
雪、半分以上残ってる。
七月の炎天下に、白い塊がどっしり鎮座してる。触ったら指が痛いくらい冷たい。
思わず笑った。いや、これは笑うだろ。真夏に雪だぞ。
で、これを父上に見せたのが、全ての始まりだった。
第三章 領主様、腰抜かす
父上に雪を見せたのは、完全に思いつきだった。
あの年の夏がやたら暑くて、父上が畑仕事のあと「暑い暑い」って水被ってたから、「小屋に涼みに来れば?」って声かけただけ。
父上は半信半疑でついてきた。小屋に入って、樽の蓋を開けて──。
腰、抜かした。
文字通り尻餅ついた。大の大人が。目を真ん丸にして、雪と僕の顔を交互に見て、そのまま何も言わずに走り出した。
え、どこ行くの?
──領主様を呼びに行った。
おいおい、いきなりスケールがデカくなったぞ。
僕たちが「御屋形様」と呼んでいる領主様は、この辺りを治める小さな国人領主だ。戦が多い時代に領地経営で苦労してるらしくて、村に来るたびいつも渋い顔してる人。
その御屋形様が小屋に来て、雪を見て──。
腰、抜かした。
父上と全く同じ反応。親子でもないのに。人間って驚くと同じリアクションするんだな。
御屋形様は雪に触って、冷たさを確かめて、しばらく黙り込んだあと、
「これは、どうやった」
と低い声で聞いてきた。
正直に答えた。穴掘って、樽埋めて、籾殻詰めて、雪入れて蓋しただけですけど……って。
御屋形様はまた黙り込んで、僕の頭を一回撫でて、帰っていった。
数日後、褒美として南蛮渡来のお菓子が届いた。金平糖。
生まれて初めて食べた金平糖は、キラキラしてて、じんわり甘くて、すごく美味しかった。
──ここから先は、怒涛の展開だった。
父上が小屋の横にデカい建屋を建て始めた。僕にやり方を根掘り葉掘り聞いてくる。ちょっと鬱陶しい。いや、気持ちはわかるけど、僕だって詳しいわけじゃないんだってば。
御屋形様もニコニコしながら頻繁に来るようになった。あの渋面はどこいった。氷室──いつの間にかそう呼ばれるようになったこの施設のおかげで、領地の収入がかなり増えてるらしい。
そして、専門の職人が入ってきた。
職人がすごかった。僕が四割残すのが精一杯だった雪を、あっさり八割以上残す氷室を作ってしまった。穴の深さ、壁の厚み、排水の仕組み、屋根の形状。全部がプロの仕事だった。
……人生最初の挫折、ってやつかな。
自分が始めたものが、自分の手を離れて、自分よりずっと上手い人たちに完成される。嬉しいような、物足りないような、ちょっと寂しいような。
以来、僕は氷室には手を出していない。だって、僕より上手い人がやってるんだもん。
第四章 家、めっちゃ発展してる
氷室の成功で、我が家は大変なことになった。
雇い人激増。屋敷拡張。村の道を荷車がガラガラ行き交うようになり、宿や飯屋まで建った。うちの農村が、ちょっとした町みたいになってきた。
──氷室の成功は、僕の手を離れて勝手に転がり始める。良くも悪くも。
お読みいただきありがとうございました。
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